いくつになっても異世界でも女性には勝てない?
想像してみる。
『14歳の妻を持つ、見た目は青年だけど中身は50歳の男』
うん。
どう考えてもこれはいけない!
「エド、やはり婚約でも早すぎると思うんだよ」
「婚約という事にしておけば実質うちの身内のようなものだよ。便利だと思うんだがなぁ」
もし貴族の妹と婚約してしまったら破棄は出来なさそうだ……
「友人として聞くけどさ、なんでしかし、そこまで俺にこだわるんだい?所詮今の俺はしがない商人にしかすぎないのにね」
正直、そこは本当にわからない。
戦力というか手駒として取り込みたいというのはまだわかるが、
そのために妹まで使うというのは、いくらなんでも俺を買いかぶりすぎだと思う。
「君の価値は君が思うより上さ。『君をよく知っている』私だからそう言えるんだよ」
これはなんだか、いやぁな予感しかしない。
この場はうまく断りたいが、俺が本当は何者か?
薄々感づいてるとしか思えないので対応が本当に難しい!
仕方が無い。
断るのが無理なら問題の先送りだ。
「ではせめて少し考える時間をくれないか?いきなり結婚や婚約とか言われても返答しようがないよ」
「いいだろう。とりあえず『婚約者候補』ということにしておこう」
ここが落としどころか。これ以上の抵抗は無理そうな気がする。
「わかったわかった。でも、アリステアが嫌と言ったらこの話は無しにしてくれ」
「それはもちろん。あと、今後はウチの城に君の部屋を用意させるからね。今日から住んでくれ」
なんだって?
「お、城住みかい?うらやましいねぇ」
「ララガさんも部屋を用意します。今後は泊まり込みで早急にこのプロジェクトを進めてください」
「げぇっ!なんてぇこったい!」
本気で「げっ!」というしかめっ顔をしているララガ。
せっかくの巨乳美人が台無しだなぁ。
「ゴム工場はここアルディンに建築するって事で話がついてるんだよ。なるべく急いで欲しい。春が来る前に新型を出荷したいのでね」
アレクシス卿がそんな事を言い出した。
そこまで裏の話し合いが済んでいたのか!
「これでおおよその同意が得られたようだから、あとの詳細な契約内容はまた検討することとして祭りを楽しもうじゃないか」
「最後に一つだけいいでしょうか?」
話は終わり、という感じで締めに入られそうになったので慌てて発言する。
どうしても、これだけは押し通さなければならない。
「どうしたんだい?」
「私の今後のスケジュールですが…」
多少渋られたがなんとか承認してもらう。やれやれ。
さて。
さすがに疲れたので後はゆっくりしたいなぁ。
『飲み干しの祭り』も2日目だから、そっちも見てみたい。
とりあえず別室で待っていたリーナたちと合流する。
「アデルぅ~!おいらたち金持ちになったけど当面城住みしろってよぉ~不自由になっちまうぜ~」
ララガが自分のメイドのアデルに泣きつく。
「カネが無いのも不自由の極み。なら明日のパンを心配しなくて良いぶんマシ」
アデルはまだ幼いのにシビアだな!
あんな御主人様だから日頃苦労してるようだ。
「どうやら商売の首尾は上々だったようじゃの」
人外少女のリーナが寄ってくる。
「ああ、そっちはなんとかな。ただなぁ……」
リーナに婚約者候補の件をどう伝えようか?ちょっと困っていたら
「委細承知しておる。おぬしの視覚聴覚の感覚はわらわに直結しておるでの」
はい?なんですと?!
「言ったであろう?おぬしはわらわが『きーぷ』するのじゃと」
だから悪い虫が付かぬようにせぬとな、とリーナはにたぁと笑う。
今度は俺が「うげぇ」という顔になったと思う……
「おま、それはちょっと酷くないか俺にもプライバシーってものが」
「おっと婚約者候補のアリス様がこっちに来るようじゃぞ」
けけけ、モテる男は辛いのう、と言いながらも席を外してくれるリーナ。
気を使ってくれてるのか?と一瞬思ったが
よく考えてみたら、感覚共有でまるっと全部丸見えなので
単にその方が面白いだけなのでは?と思い直す。
「あ、あの。ちょっといいかしら?」
「どうしたんだい。アリステア?」
精一杯紳士っぽく返事する。
いや、単にどう接していいかわからないだけなんだが。
そりゃ『14歳の金髪ふわふわ猫っ毛少女が婚約者になりました』と突然言われたのに
普通に接することが出来るほど前の世界でモテてたわけじゃない。
「えっと、あ、あの。兄さんから聞いたと思うんだけど……その、私たちの今後を……一応ちゃんと話しておきたくて」
「あ、ああ。ではここでは何だから、ちょっと外に出ようか?」
城の外に出ると、先ほどの馬車試乗の時とは違い人があふれてきている。
屋台も営業を始めたようで、肉を炭火で焼くときのような強い香りが漂ってきた。
「私、実はこの祭りってあんまり好きじゃ無かったの」
外はよく晴れていて、眩しい光が逆光気味にアリステアの髪を黄金に輝かせる。
そしてドレスから出ている足首の白さも同じくらい眩しく感じる。
うわ、この子本当に綺麗だな!ずっとアデルにイジられてたから気がつかなかったけど、実はものすごい美少女なんだと今痛感した。
「おかしいでしょ?城主の妹なのにね。みんな楽しみにしてるのはよくわかってるけど、どうしてもひどく酔っ払ってしまう人が多いから」
その雰囲気が苦手だったということらしい。
そりゃ子供が酔っ払いばかりの環境に放り込まれたらねぇ。
「でも今年は面白かった!もうすぐ先頭がやってくるっていう先触れの鐘が鳴ったとき、きっと貴方だって信じてたけど、本当に一番でゴールするんだもん。しかも3輪で無理矢理飛び込んでくるからびっくりしたわ」
先触れの鐘なんてあったのか。
どうりで街中でレースやってるのに歩行者が誰も居ないはずだ。
「あの時、私決めたの」
「何を、だい?」
「ふふ、それは教えてあげないわ」
そのふんわりした髪のようにふわっと笑うアリステア。
驚いた!
さっきまでは『まだまだ子供だろう』と思っていたけど、なかなかどうして。
「女は生まれたときから女、か……」
それに比べたら、男はいつまでたっても男の子、なのかもしれない。
50歳になっててもそう思うし今でも女性に勝てる気はしない。
やれやれ。婚約とか言っても簡単に消える話だとばかり思っていたが、このぶんならそうはいかなさそうだ。
「でもダニー、あなた本当に変わったわね?昔のトゲトゲした感じが無くなったわ」
えいっと手を伸ばして、ビタビタ俺の顔を叩くアリステア。
前言撤回。やっぱりまだまだ子供やん……
「あ、アリステア様。うちの肉食べていってくださいよ!」
「アリステア様!相変わらず可愛いわね!こっち来て~!」
「お嬢様うちの酒も飲んでくださいよ!飲めればですけどね!」
「アリステア様、いよいよ彼氏出来たんすか?!まさかねー」
アリステアに気づいた民衆から気軽に声をかけられる。
このお嬢様は皆から本当に愛されているようだ。
「ちょっと!今いいとこなんだからみんな邪魔しないでよぉ!」
「がっはっは、アリステア様にはもう春が来るんですかい?まだ冬にもなってませんぜ」
「エドアル様にゃ嫁が来るより早く甥っ子姪っ子が出来ちまうかもですな」
なんかえらくフランクな世界だな。
元の世界の常識じゃ、領主が民とこんな風に話すなんて考えられない。
ここだけなのか。それともそうじゃないのか。
「アリステア、君に言っておかなきゃならないことがあるんだ」
「なぁに?」
「婚約の件だけど、最終的な結論は今しばらく待って欲しい。まだ俺は君のことを知らなさすぎる」
「じゃぁこれからよく私を見て。よく私を知って。よく私のことを考えて。そしてその上で結論を出してくれるのかしら?」
「そうだね。俺は君のこともまだよく知らないし、この世界のことも知らなさすぎる。そして多分自分自身の事もまだ知るべきだと思う」
「なら、いいわ。でもきっと私、貴方を離さないから!」
そうアリステアが言うと、ぎゅっと手を握ってきた。
子供の体温のせいか、その手は熱いくらいだ。
その熱になんだか飲み込まれてしまいそうな感じがする。
「アリステア。皆が見てるよ?」
「いいの。これは見せてるんだから」
思いもかけない積極さだな。
ずっと年下の筈なのに、俺の方がタジタジだ。
それでも、まだ言わなきゃならない事がある。
「アリステア」
「はいダメ!今日から『アリス』と呼んでね?」
「……えっと、アリス」
「はい。ダニー、なんですか?」
何から何まで、アリスのペースだなぁ。
なんだか、美少女に振り回されるのもこれはこれで楽しくなってきたが言わなきゃならない。
「この祭りが終わったら、俺はいったん旅に出ようと思うんだ」
じっと、アリスはこちらを見ると
「それはリーナと行くんでしょ?」
と突いてきた。
「なぜそう思うんだい?」
「だって。あの子普通じゃないでしょ?ダニーは何だか縛られてる気がするから。そもそもあの子どこから来たの?親は?なぜ一緒にレースを?お兄様さえ一目置いてるのはなぜ?そして……どうしてダニーのつ、妻とか言ってるの?」
やっぱおかしいかーそりゃそうだよなー
さっきの交渉の場でもごまかしきれてないよなー
かといって、さすがに『あんな少女ですがリーナはドラゴンの変身した姿です』
とか言い出したら頭おかしいとしか思われないだろうし。
「まぁ彼女との約束があってね。でも簡単に言えばたぶん捜し物を探しに行くだけだよ」
「それは見つけやすいものなの?」
「うーん。モノというか人……かな?」
「何よそれ。そこからわかんないの?」
「実はまだちゃんとリーナと打ち合わせしてないからね。でも多分間違いない筈だよ」
『優勝したら頼み事を聞いてもらえるなら』
という約束でリーナにはこのレースを手伝ってもらったという経緯がある。
元々、リーナはドラゴンが無視できないほどの『物凄い魔法』を使った人間がいるから調査しに来たわけで、そんなリーナが俺に協力を求めるとすれば、その魔法使いを探すことしかないだろう。
「どうせゴムの製造体制が整うまでは時間があるし、その間に市場調査もしたかったからね」
ゴムの販売権は手に入れたものの、どんな製品を作るかはまだ決めていない。
色々と考えているアイテムはあるんだが、本当にそれがこの世界にマッチするか?は未知数なので
ニーズとウォンツを複数の地域で探る必要があると思っている。
そしてアイテムが決まらないと、販売網を構築することも出来ないから
『俺の最優先事項も旅に出る事なんだよなぁ……』
ということだ。
「いいわ。それが仕事なら邪魔しちゃダメ、ってアデルも言ってたし」
ふう。ゴネられるかと少し心配していたが杞憂だったな。
心の中でアデルに感謝する。
「でも浮気は許しちゃダメとも言ってたわね。もしそうだったら包丁を用意するべきだって」
心の中のアデルをぶん殴る。もちろんフルスイングだ。
「い、いや浮気とかそもそも俺たちまだ」
「へぇ?しない、って断言しないのはどうして?」
俺は思い出してしまった。
脱サラで起業して成功したような「社長さん」達が浮気する確率を。
(少なくとも、俺の回りの社長さん達はほぼ全員だった……)
一応俺もまだまだこれからとはいえ、ある程度の資金も調達できたし商材も目処が付いてきたわけで。
(向こうから女性が寄ってくることもまったく無いと否定できるものではないかもしれない……)
という色気が出てしまっていたかもしれない。
「私も貴方を縛った方がいいのかしら、ね?」
にっこり笑うアリス。その笑顔が怖いんだけど!
「ど、どう縛る気なのかな?アリス」
「こうするのよ!」
どうするのか?ビクビクしていたらアリスはどこからか大きい石のついた指輪を出して、今まで繋いでいた俺の『左手の薬指』にはめた。
「こ、これは魔除けなんだから。無事に帰ってこないと承知しないわよ」
左手薬指は元の世界なら結婚指輪とかをはめるんだが。
魔除けも魔物からじゃなくて魔性の女を寄せつけないためなんだろうか?
この世界だとどうなんだろね?
というか、いつの間に指輪のサイズを?
そして、アリスの『縛り』はそれで終わりじゃ無かった。
「ちょっとしゃがんで?」
「はい?」
「いいから、ダニー。ちょっとでいいから」
「こんな感じ?」
中腰になってはみたものの、どういう事かな?と思っていたら
いきなりアリスが抱きついてきて瞬間、唇を奪われた。
「――ぅんんッ!」
な、何をするんだぁ!
すぐアリスは離れたけど、ここは祭りの会場だから
「ヒューッツ!!!アリステアお嬢様やるねぇ!」
「まぁまぁ!大胆ねぇ!」
多くの人に目撃されてしまった!
ぐはぁ!元の世界ならこれで社会的に死を迎えるほどの出来事だから
精神的に大ダメージをくらった気がする!
まぁやってしまったアリス本人も顔真っ赤にしてるから、自分へのダメージも大きかったようで痛み分けだな。
「こ、これでもう貴方は逃げられないわ」
いやむしろこの場からは即逃げたいです……
アリスはぎゅっと俺の袖を掴むと上目遣いで
「でも、本当に……早く無事に帰ってきてね」
と言う。
こ、これは結構破壊力あるな!
アリスが俺の帰る場所になるのかどうかはわからないが、
旅から戻ったらすぐ顔を見せようと決めた。
……そして、その決意がフラグになったのか
この旅があんなに大変な事になるなんて、俺はまだ当然知るよしも無かった。
出張とPCの不調で更新遅くなりましたがこれで第一章終了です。
次から旅の話ですが、スローライフ的なものにはなりそうにありません。
相変わらずドタバタしそうです。
次こそは早めに更新したいと思うのですが……