お兄ちゃん!と呼んで欲しいと言われても
「お兄ちゃん……だと?」
一瞬自分の耳orエドアルの頭がおかしくなったかと思った。
元の世界で俺は50歳。それが20歳そこそこの若者にお兄ちゃんと呼べ、と言われても……
「うん私が、君の、兄になるということだよ」
「エドアル?意味が……わからないんだが……?」
「いやだな。いつものようにエドと呼んでくれよ。もちろん『お兄ちゃん』でもいいよ」
はぁ、やれやれ、という感じで首をふるララガとアデル。
対面を見ると、エドの親戚の2人もやれやれ、という感じでお手上げしてる。
右を見ると、リーナもやれやれ、という風にため息をついている。
?気がついてないのは俺だけか?
エドの隣を見るとアリス何とかという少女の顔は真っ赤になっている。
?
あ!
つまり
「うん。そういうこと。アリステアと結婚してうちの家族にならないか?」
「えっ?ええーっ!」
「お、お兄様!」
アリステアもわたわたしているが、俺も頭が空白になる。
50歳の気分で、もはや自分に「そういう話」は無いと思っていたから、完全に不意打ちだった。
さすがにこの歳になるとモテるとか結婚とか、意識しなくなってたな。
ま、リーナは昨日から俺の妻とか言ってたけどさすが本気にはしてなかったし。
「いくらなんでも、結婚ってのは早すぎるだろう?」
「ああ、アリステアはもう14歳だから大丈夫だよ」
この世界は14歳から結婚OKなのか。
いやそこじゃなくて。
「それに突然そんな事言われても、アリステアに迷惑だろ?」
「私は、その……別に……」
さっきまで元気なアホの子だったのに、突然しおらしくなられると俺も困る!
「いやぁ、実はね。ぶっちゃけて言うと君がレースに負ければ自動的に借金で縛れたんだけどねぇ」
え、つまり
「一生飼い殺しって、エドに飼い殺されるって事だったのか」
「そうじゃよ。ゴムの試作にはとにかくカネがかかっての。その分を全部おぬしが負担しておったから負債はそこそこ増えておったようじゃ」
……そういや、元の世界で初めて加硫を発見した人もずっとひどい貧乏で苦労したらしい。
確かそんな話をタイヤメーカーの勉強会で聞いたような気がする。
貧乏のせいで子供の半分は亡くなったとかなんとか。
「まぁ、正直うちの領地も広がりすぎて人材が足りなくてね。ずっとダニーに来てくれと言ってたんだが、なかなかうんと言ってくれなかったからね」
「だから際限なく貸し付けて『返せなきゃうちで働け』という事か?」
「それが無理そうになったから、まぁ妹にがんばってもらって君を縛ろうかと。本人もまんざらじゃなさそうだしね」
封建制度、怖えぇ!
豊かそうでも、こういうところは元の世界とずいぶん違うな。
「ダニーは学校でも優秀だったからね。領地経営学ではいつもトップだったんだよ」
「お兄様からの手紙はダニールの事ばかりだったから私、よく知ってるわ」
領地の経営学?この世界の学校のカリキュラムはけっこう細分化されてるようだ。
それに手紙制度までちゃんとあるのか……
本当にこの世界は侮れないようだ。
「ま、そこのリーディヤさんが妻とか言わなきゃ、私も今こんな事を言うつもりは無かったけどね」
「ふふ、早い物勝ちじゃ。こいつはわらわが『きーぷ』するぞい」
「うーん、それは困るんですよね。ところで、私の領地アルディンは交通の要所というやつでしてね。ま、色々な人達が通るわけですよ」
「それがどうしたのじゃ?」
「中には珍しい人達、そう『砂漠の民』なんて方々もいらっしゃるわけでして」
「ほぉ、それは珍しいのう。彼らはあまり下界にこないと聞いておったがの」
(……どういう事なんだ?)
(……暗にわらわの事を知っておるぞ、と揺さぶってきておるのじゃ)
(……なんだって?)
(……砂漠の民とはわらわ達とつながりがあるのじゃよ。名前を知っている者もおるはずじゃ)
エド、喰えねえヤツだ。
この世界の為政者はドラゴン相手にも引かない肝が必要なのか!
というか、どこでバレたんだ?
(……こやつも魔法を使えるクチじゃ。隠してはおったが、わらわの魔素を感じ取ったのかもしれん)
「ま、それはさておきです」
すぱっと話題を変えてくる。
「今回レースに優勝したことで、ダニーには約束通り賞金1千万パムを支払うものとするが、当家への債務が5千万パムあるため、賞金はその返済にあてるものとする。なお利息を差し引くと元本の返済は836万パムである」
1パムというのはだいたい1円くらいか?
あ、あれ?俺そんなに借金あったの?!
ぜんぜん賞金じゃ返済しきれないじゃないか。
残り4千万以上のうえ利息もそこそこあるし、この返済はきついわ……
「そこで我々からの提案があるのだよ」
これまで沈黙を守ってきたエドの親戚が話し出す。
「私の叔父だ。亡き父に代わって当家の後ろ盾となってくれている」
「まぁ、私の領地はここほど大きくないし人口も多くないのだがね」
それでも、良い材木と酪農で得られる皮革があったので
「これまでは馬車製造、それも高級品専門という産業があったのでそれなりに潤っていたのだが、今回のレースでその地位が一気に覆りかねないのだよ」
いわく、このレースはここの立地も手伝って案外各地の話題に上ることが多い。
元々はここのワインの宣伝でもあったのだが、馬車のデモンストレーションにもなっていたそうだ。
「レースで勝ったのと同じ最新モデル、と言えばこぞって皆買いたがっていたのさ」
なるほど。
この世界でもレースの宣伝効果は抜群というのは実証されていたのか。
だからダニーは優勝して儲けるつもりだったんだな。
「だが、今回君の馬車があまりにも革新的すぎて、我々の馬車は一気に時代遅れにされてしまった」
やれやれ、という顔でエドの叔父さんは首を振る。
「君の馬車は城の広場に展示してあるが、すごい人だかりだよ」
「そりゃよお。おいらがあの馬車にどんだけ工夫こらしたと思ってやがんでぇ」
ララガが細かい技術的な話をし始めたので
「ご主人様、いつも話が長くなりすぎるから黙った方が良い」
と、後ろからアデルが無理矢理に口をふさぐ。
「だが、これはチャンスでもあるのさ。これまでの馬車がある日突然旧式化してしまう、という事は買い替え需要が大発生するという意味でもある」
まぁしかし、と叔父さんは続ける。
「それもうちが新型を生産していれば、の話であってね。それが『別の誰か』では悲劇でしかない」
だんだん話が見えてきたぞ……
「ということで、あの馬車の秘密を買い取らさせてもらえないかな?」
「作ったのはおいらだけどよ、判断はダニーに任せる。元々販売権は全部ダニーに譲渡済みなんでぇ」
俺のターンか……さて、どうするか?
ここでミスると、後々まで響く大失敗になりそうだ。
売るか?売らないか?さぁ、どっち!