異世界へ
「はぁ、今日も疲れた……」
深夜、店の警備システムをONにしてドアを閉めると、ため息が出てきた。
俺は菊池 原
今年で……いくつになったんだっけ?
ああ、そうだ。もう50歳になったんだ。
40過ぎてから本当に疲れが取れなくなってきた気がする。
若い頃は遅くまで働いてもそれから遊びに行けたのだが、最近はとても無理だ。
しかも離婚して以来、食べるものが偏っているから余計体に負担がかかっている自覚はある。
重い足をひきずるように従業員駐車場に向かう。
俺が勤務している店は大型店で駐車場も広いが、従業員駐車場はその一番端だ。
電車?駅?郊外の店だから、そんなものは無い。
お客もほぼ全員車で来店するような店だ。
それに……もし駅があったとしても、こんな時間ではとっくに終電終わってるだろう。
ま、車通勤だからこそ「終電」という最後のストッパーも無く
こんなブラック企業だと延々と勤務させられる事となるわけだが。
アルバイトはもちろん、せめて若い従業員は少しでも早く帰してやりたくて
出来る限り作業を負担してきたが、それももう限界かもしれないと思う。
自分の車……国産の古い軽自動車が見えてきたところで、
店のほうから
『パリーン!』
と音がしてきた。
あきらかに人為的にガラスが割られた音だ。
「くそっ!」
やっと帰れると思ったのに、この有様だ。
警察と警備会社と、あとさっさと帰った店長に電話して、明日は本社に報告書書いて・・・
ただでさえ忙しいのに、また余計な業務が増えてしまったか。
というか、これから警察の現場検証に立ち会うことになるので、いったい何時に帰れるのやら。
そう考えるとムカついてきたので、軽自動車に乗り込みエンジンをかける。
ちょっと脅かしてやるだけのつもりだった。
どうせコソ泥だろうとタカをくくっていた。
音がした正面エントランス側に車を猛スピードで走らせると、
そこには想像もしていなかった「モノ」が。
「なんだ?ありゃ?」
車のヘッドライトをハイビームにして照らすと、
え?!黄色い大型ユンボが店内に突入している?!
エントランスの前にはユンボを積んできたらしい大型10トントラックと、2トントラックも見える。
「……重機ATM窃盗団か!」
この店のエントランス側には、銀行などのATMがいくつか並んでいるが
それをユンボで文字通り「根こそぎ」引っ張って奪い取る、という強引な手段の泥棒だ。
これは、まずい!
こいつら窃盗団は警備会社が来るまでの短い時間で「仕事」を済ませるプロなので
基本誰かを傷つけるような事はしない。
そんなヒマは無いからだ。
だが、それも余程の場合を除くだろう。
こんなふうにハイビームに顔を照らされていれば「顔を見られた」と口封じされてもおかしくない。
俺はバックにギアを入れると軽自動車を急発進させた。
ある程度加速がノッたところで、サイドブレーキをちょん、とかけて
ハンドルを切りながらフットブレーキをポンッと踏むと、
車は急激にスピン。
ここでクラッチを踏み込み180度向きを変えたところで、
ギア鳴りさせながらも強引に1速へ叩き込む。
これは「バックスピンターン」という技だ。
大昔、深夜の峠道で車をかっ飛ばすような真似をしていた頃、覚えたのだが今でもなんとか使えた。
今でもMT車に乗っててよかった!
これで「追いかけても間に合わない」
と思わせることができれば、命の危険は無くなる。
……しかし、バックミラーにトラックの影から発進してきた車のライトが映る。
追いかけてきたか!
とはいえ、駐車場から出て店の前を通る国道に入ればなんとかなるだろう。
あと少しの距離を逃げ切ればいい。
だが、バックミラーのライトはぐんぐん迫ってくる。
なんだ、この猛烈な加速は?!
今やミラーに大きく映った姿を見て俺は絶望する。
登場以来ずっと国内最速と言われ続け、海外でもモンスター扱いされているスポーツカー。
それの現行モデルは約4リッターツインターボエンジンで、確か600馬力近かった筈。
窃盗団はすべて盗難車で仕事を済ませるのだが、ユンボやトラックなどのほかに、
すべてを捨てて逃げるときのための逃走車も用意すると聞いたことが有る。
それをこんな化物にするとは、悪目立ちしすぎてダメだろ!
しかも、この車、電子制御が良いから下手が乗ってもかなり速い。
ましてや、上手いドライバーだともう手がつけられない。
必死で逃げようとするが、リアから強引に斜めに押されて耐えきれずスピン。
急なGで、車内に空き缶やティッシュの箱が転がる。
なおもクラッチをつなぎ逃げようとするが、
遅れてやってきた2トントラックに前を塞がれる。
ああ。これで終わりか。
そういや、昔、峠で走ってた頃もこの車種に勝てたことは無かったな。
速かったなぁ。あれ。
でもあの頃は毎日楽しかったなぁ。
車から降りてきた外国人風の男たちが
拳銃をかまえて引き金を引く。
頭を狙ってくれているのはせめてもの慈悲のように感じたところで意識が――
――意識が戻った時、俺は泥に顔を突っ込んでいた。
「な、なんだ・・・助かったのか・・・・?」
上半身を起こしながら、口に入った泥をペッと吐き出す。
え?泥?
店の敷地内にそんなものは無いはずだが?
月明かりでうっすら見える自分の体を確認する。
「服が……違う?」
スラックスに普通のワイシャツ、ネクタイの上に制服のジャケットを着ていた筈だが
襟の無いシャツ、それも繕いだらけのボロに作業着に近いようなズボン。
よく見ると体型も違う。
年齢相応に出ていた筈の腹はスリムになってしまっているし
さらに、あれだけ溜まっていた疲れを感じないし、それどころか漲る気力を感じる。
よく考えれば前は老眼で近くも見えてなかったし、
ましてや暗い所では細かな部分なんて全然見えなかった筈だ。
「どういう事……だ?」
後ろを振り返ると月明かりに「馬車」が見える。
馬車だと?
しかし、確かに2頭の馬がつながれた木製の「馬車」としか言えないものだ。
昔西部劇で見たような幌が付いている。
え?これは……
と思ったとこで突然激しい頭痛が襲ってきた。
「いててててててててててててててっ!」
頭痛と同時に頭に大量のイメージが流れ込む。
「ぐっ……くはぁ!」
続けざまの頭の異変に、息が荒くなる。
「俺……は、誰だ…………」
流れ込むイメージは明らかに他人の物。
だが、それで理解できた。
俺はいわゆる異世界に来てしまったようだ。
それも、他人の体をいわば「乗っ取って」しまった。
激しい頭痛にふたたび意識が遠くなる……
よくありそうで無さそうな異世界モノを目指します。