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前日譚

作者: 伊月煌

昨晩、Twitterで盛り上がった話のスピンオフ(仮)を書いてみたら、3000字を超えたのでここにあげることにしました。



俺が先輩、ルカと出会ったのは剣術指南を始めとする軍人を要請するための寄宿学校だった。

規模も格式も高いこの学校に貧乏な家の出の俺が入学できたのは本当に奇跡に近いことだった。

だからこそ、授業も訓練も人一倍頑張ったつもりだった。

成績も実技の実績もそこそこあったけど、家柄にはどうしても逆らえなかった。

教師陣にも、同級生や先輩にも好奇と侮蔑の目で見られる。

苦痛だとは思わなかったけどいい気持もしなかった。

「おい、アル。今日も一人で稽古か?」

「手合わせする相手がいねえなら、俺たちが遊んでやんよ。」

こうやって貴族の家の同級生にからかわれることもしょっちゅうで。

まあ、手合わせは最終的に俺が勝つわけだから、なんとなく、こいつらも懲りねえなあとか思うんだけど。

「手合わせしてくれんのか?ありがてえ!」

こう俺は笑って剣を構える。

そして剣を振る。

この日もそうしていたのだけれど。

「あっ…」

つい、相手が持っていた剣を薙ぎ払ってしまい、明後日の方向へ飛ばしてしまった。

「やべっ……」

ちょうど、人のいるところの前に落としてしまい、慌てて俺はそれを取りに向かった。

「すみませっ……」

「……名前は?」

穏やかな口調でそう言われて、俺はすぐに答えることができなかった。

「あっ…アルフォード・リシュフールです、みんなアルって呼ぶけど」

「……そうですか。いい腕ですね。」

にっこりと、笑った彼は落ちていた剣を拾って差し出してくれた。

「ルカ・ミリハと言います。よろしく、アル。」

これが先輩との出会いだった。


***


先輩は、とにもかくにも有名人だった。ミリハ家は大貴族で、先輩はその長男。しかも成績優秀で首席候補だという。

「先輩、稽古つけてくださいよお。」

「何故ですか。僕は忙しいんです。」

あれ以来、俺は先輩を見るたびに声をかけるようになった。

先輩はいつも穏やかな笑みを浮かべて、答えてくれる。稽古はつけてくれないけど。

「なんで!先輩強いじゃんか!!稽古してよ!!!」

「口が悪いですね。何とかしてください、それ。」

「先輩と違って育ちが悪いんで。」

俺がそう言うと、先輩は決まって悲しそうな顔をする。気にしなくていいのに。

事実なんだから。

「育ちなんて関係ないでしょう。貴族に生まれたから優秀な人間に育つとは限りません。」

「……努力は、する。」

先輩がどういう意図でそう言っていたのかはわからないけど、この寄宿学校にいる間、俺は何度もこの言葉に救われていた。

何の面白みもない寄宿学校で先輩と過ごす時間が何よりも幸せで楽しいと思える時間だった。

でも、同時に疑問にも思っていた。

「先輩はさあ、なんで俺のこと構ってくれるの?」

「何ですか、唐突に。」

「だって気になるじゃん?」

首席候補の貴族が、親交を深めて何か得があるような人間ではない。

何にも持ってないし、変な目で見られる。

「剣さばきが、奇麗だったからです。」

自分の手元にある教本に目を落としながら、先輩は答えた。

「……それだけ?」

「何か問題でも?」

先輩がニヒルに笑った。こういう顔もするのか、と思った。


***


「お前、ルカ先輩に何取り入ってるんだよ。」

先輩と仲良くなってから暫くたった頃。

上級生に囲まれることが多くなった。

決していい話ではない。

「……取り入ってねえよ。」

「嘘つけ。お前ごときが気軽に話しかけていい方ではないのだ。」

貴族の社会は難しくてよくわからない。

俺のような平民にはみんな同じに見えるが。

「なんでだよ。先輩は先輩だろ。仲いい人になんで話しかけちゃいけねえの?」

俺は笑ってそう言った。

それが癇に障ったらしい。

「貴様!平民ごときが!!」

上級生の1人が持っていた剣を鞘から抜いた。

「決闘は禁止なのでは?」

「黙れ!痛い目を見ないとわからないようだからな。ここのルールを教えてやるよ。」

やれやれ、これは先輩に見つかったら怒られるなあ。

そう思いながら俺は剣を抜いた。

刹那。

金属音が響いた。

相手は上級生。負ける気はないが勝っても後味が悪いだろうなあ。

そう思いながら軽くあしらう。

自分が悪く言われることにはもう慣れてしまった。

「はっ、この程度の雑魚のどこをルカ先輩は気に入られたのか。」

あの方の目は節穴らしい。

「……おい、てめぇ。」

自分のことはいい。

でも

「もういっぺん言ってみろや。」

他人のこと、

今は、特に、

先輩のことを言われることは、我慢ならなかった。

先ほどとは打って変わって本気で剣を振った。

本気になった俺を見て危機感を感じたのか、傍観に回っていた周りの上級生が加勢し始める。

そして

「っ!?」

上級生の1人の剣の切っ先がこめかみに掠った。

そしてその切り傷から出てきた液体が目の中に入る。

「やべっ……」

思いのほか切れたのか、それとも数人相手にしたことの体力の消耗が答えたのか。体がぐらりと揺れた。

視界が暗くなる。

「アルっ!?」

聞き覚えのある声が珍しく切迫していた。

その声を聴いた瞬間、俺の意識は闇に沈んでいった。


***


金属音がした。

何だろうと思った僕は音のする方向へ歩を進めた。

すると、1人の生徒を囲むようにして生徒が群がっていた。

喧嘩か?

そう思った瞬間、真ん中にいた生徒の体がぐらり、と揺れた。

その顔には見覚えがあって。

「アルっ!?」

気づくと叫んでいて、気づくと走り出していた。

見ると、こめかみから流血している。

体にもいくつか傷があった。

「ルカ先輩っ……」

「あのっ……」

周りを囲んでいたのはアルよりも年上の生徒たち。

僕を見て青ざめていた。

「……この子は、」

僕の大切な後輩です。

「覚悟は、いいですね。」

今までに自分でも聞いたことのないような冷たい声が響いた。


***


「んっ……」

目が覚めるとそこは保健室だった。

起き上がろうとすると、頭痛がする。

「まだ横になっていたほうがいいですよ。」

声が聞こえたほうを見ると、ベッドのわきに先輩が座っていた。

「なんであんな馬鹿な真似したんですか。」

普段ならあしらうのに。

先輩の声はいつもより硬くて、怒っているように聞こえた。

「……先輩のこと、悪く言いやがった。」

許せなかった。

そうつぶやいた言葉は思ったよりも掠れていた。

「……だからって、あの人数じゃ勝ち目なんて…」

「関係ねぇよ。」

ついそう遮っていた。

「先輩は俺の大事な守りたい人間の中にいんの。だから、何人相手だろうと、どんな状況だろうと、俺はあんたのこと悪く言うやつは許さねえの。」

そう笑って言うと、先輩は悲しそうに目を見開いた。

「……無茶はしないでくださいよ。」

「えー。」

「たまには先輩の言うこと聞いてください。お願いだから。」

先輩があまりにも必死だった。初めて見た。

「わかった。努力する。」

だから、安心させようとまた笑って答えたら、先輩もようやく笑ってくれた。

まさか、この時あんな決断をしてるなんて夢にも思っていなかったのだけど。

このまま、ずっと一緒にいろんなもの守るために闘えるんだとばかりおもっていたのだけれど。

現実は、

あまりにも残酷なものだった。


***


それから間もなくして、アルは眠りについた。

よほど疲れていたのだろう。小さく寝息を立てて、しばらく起きそうにもない。

僕は無意識に溜息を漏らしていた。

声をかけたのは本当にたまたま見た剣さばきが素晴らしいものだったから。

まさか平民の出だとは知らなかったし、知った後も気にもしなかった。

このまま何もなければ平穏に暮らせていたのかもしれない。

アルがこんなに人に対して興味を示す性格でなければ。

いや、そもそもあの時声なんてかけていなければこんなことになんてならなかったのに。

僕はこれから、寄宿学校と敵対する陣営に加わることになっている。

家からの命令だった。

仲良しごっこをしている平民に傷をつけたくなければ、そうしろと言われたから。

それでも、アルと話すことはやめなかったし、今もこうして保健室に来ては面倒を見ている。

未練がましくなるからさっさと縁など切ってしまえばいいのに。

そうすれば、あんなキラキラした目で見られなくて済むのに。

『先輩は俺の大事な守りたい人間の中にいんの。だから、何人相手だろうと、どんな状況だろうと、俺はあんたのこと悪く言うやつは許さねえの。』

こんな殺し文句、言われることなんてないのに。

「勘弁してくれよ……。」

それでも、彼と一緒にいたいのは。

彼の隣で彼の笑った顔を見るのがこの上なく好きなんだ。

僕も同じで、彼を守ってやりたいんだ。

「君といると、決心が揺らぐよ、アル。」

僕は小さく、ぽつりと呟いた。


先輩の像を作ってくださったのはフォロワーさんです(笑)

個人的には最後のパラを書きたかったがための小説でした。

お付き合いいただきありがとうございました。

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