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第二話 お嬢様の退けない理由

 実のところ、リーリアの話を聞いても特に驚きはなかった。

 一言でまとめるなら、思春期にはありがちな悩みってやつだからだ。


「サンドリス家のお嬢様とはね。俺から見たら、何不自由なく生活してるものだと思っていたけどさ」


「物質的にはとても恵まれていたと思います。けれど、私はお父様やお母様の姿勢についていけなくって、それがどうしても」


「サンドリス子爵の――ああ、噂レベルなら聞いたことはあるが、そういうことか」


 俺は言葉を濁す。

 人が少ない広場を選び、そこの片隅で話をしていた。

 サンドリス子爵を知らない者は、この城塞都市ディアリィにはいない。都市の管轄者である彼は、この都市の代表者であり恐らく一番有名人だ。


「ご存じなんですか」


「冒険者なんかやってるとさ、たまにキナ臭い情報も流れてくるんでね。ディアリィみたいな田舎じゃなくて、サンドリス子爵は国家中枢に食い込みたいと考えているとかね」


 俺の指摘は図星だったようだ。

 リーリアは沈黙でもって肯定する。やがて彼女は口を開いた。


「その噂は本当です。父は権力志向が強い人です。子爵なんかじゃなく、最低でも伯爵くらいまでは位を上げたいと常々漏らしています」


「はっ、贅沢な話だな。俺みたいな不安定な生活してる奴から見たら、全ての貴族は天上人には変わりないってのに」


「天上人、ですか。でも、いえ、グランさんから見たら確かにそうかもしれませんね」


 リーリアの瞳が陰りを帯びた。


「反論はあるだろうけどさ。俺みたいな不安定な冒険者から見たら、貴族なんて人としての格が違うんだよ」


「でも、グランさんは自由がありますよね。少なくとも私にはそう見えます」


「その日暮らしと引き換えの自由だけどな。そんなにいいものに見えるか?」


 俺が切り返すと、リーリアは言葉に詰まった。それでも、何とか反論してくる。


「いい面もあるんじゃないでしょうか。私みたいに政略結婚の道具にされるよりは、遥かにましなように見えます」


「なるほど。おおかた読めたよ」


「よくある話ですから」


 娘を有力な貴族に嫁がせ、姻戚関係を結ぶ。それを背景にして、より権力を強めていく。

 なんのことはない。

 上流社会の政権争いなんて、そんなものだろう。


 だからリーリアの話は、ほとんどこの時点で見当がついていた。

 それでも敢えて聞いたのは、多分気まぐれみたいなものだろう。


「他の貴族の友達に聞いても、女の子ってそんなものよって言われました。例え政略結婚でも、幸せな人生は歩めるとも聞きました。自分でもそれが私の責務だと思っていたんです」


 ぽつぽつと途切れがちに、でも案外しっかりとリーリアは話す。

 多分、自分の正直な気持ちを話すこと自体が少ないんだろう。

 話しているうちに、言葉が熱を帯びてきた。


「だけど、違和感があるんです。イヤと言うことが出来ずに、ただ子爵家の繁栄の為に生きている。けれど、自分一人ではどうすることも出来ません。鬱屈というんでしょうか、こういう気持ち」


「ああ、まあ何となく言いたいことは分かる」


「それで昨日、ついに両親と大喧嘩になりました。私はサンドリス子爵家の道具じゃない。一人の人間であって、自分の人生を選ぶ権利がありますと主張したんです」


「そしたら?」


「両親は烈火のごとく怒りました。

 親に向かってその口の聞き方は何だ。何不自由なく暮らせるのは誰のおかげだ。お前が着ている服は、一体誰の収入から買ったものだと思っているんだ。

 そういったことを言われて、返す言葉もありませんでした」


 うつむき気味に、リーリアは話す。

 その顔を見なくても、俺には彼女の表情は容易に分かった。

 自分も同じようなことをしたからな。


「それで家を飛び出してきたってわけか。勢いは良かったものの、買い物一つ自分でしたことがないから腹空かせていたってところだろうよ」


「そうですっ。財布は持っていたんですが、お店の人に声かけられなくって! 路地裏に隠れてうじうじしていたら、グランさんに拾われたんです!」


「おい、お嬢さん。誰が君を拾ったって?」


「グランさんに決まってるじゃないですか。他にどなたがいるとでも」


「いないが。その言い方だと、俺のところに押しかける気なのか」


 顔をしかめながら、俺はリーリアを睨む。

 怯んだ様子を見せたけど、リーリアは果敢に答えた。


「う......数日だけでいいんです。財布も預けます。

 私が身の振り方を決めるまでの間だけ、グランさんのところに泊めてください。お願いします!」


「イヤだね」


 まさか断られるとは思わなかったのか、リーリアは目を見開いた。俺は心を鬼にする。


「自分の世話一つ出来ない子供を居候させるほど、俺は暇でもお人好しでもない。

 頭冷えただろ、家出なんか無理だってさ。諦めて帰れよ」


「え......でもグランさん、私の話を聞いてくれて」


「聞くのとそのあとの面倒見るのは全然違う。

 そんな余裕もない。必要なら徹夜仕事だって命を賭けた護衛だって、俺みたいな冒険者はやらなきゃいけないからな」


 そうだ。

 人には自分の立場にあった居場所がある。この子は下流区域にはいてはいけない人間だ。

 リーリアは一時の感情で混乱しているだけだ。

 冷静になったら、それくらい分かるだろうよ。


「お金なら少しくらいは持って」


「金だけの問題じゃないんだよ、お嬢ちゃん。お荷物なんだよ、俺にとっちゃな」


 それを教えてやるのが、大人(おれ)の優しさだろうよ。


 意気消沈したリーリアから背を向けた。

 後ろめたさが俺の背中を叩いたけど、意識的に無視する。

 悪いが、お嬢様。関わらない方がお互い幸せなんだよ。


「そこの道まっすぐ行けば、貴族街に直通だ。二度とこんな場所にくるなよ。下手すりゃ身ぐるみはがされて、娼館に沈められるぞ」


 我ながら陳腐な捨て台詞だ。だけどこんなことしか、俺は言ってやれないんだよな。

 若気の至りで突っ走って自分に似合わない場所に突っ込めば、取り返しのつかないことになるんだからな。


「どうしても、駄目ですか」


「どうしても駄目だ。命を落としたくはないだろ?」


「おっしゃることは分かります。だけど、せめてチャンスをください。お願いします」


 リーリアが頭を下げた。

 その華奢な体を震わせながら、貴族のお嬢様が俺なんかに頭を下げて懇願している。

 馬鹿なやつ、と俺は心の中で吐き捨てる。


「さあね。俺の知ったこっちゃないさ」


 わざと冷たく言い放ち、俺は背を向けた。

 ちくりと刺さった罪悪感には、見ないふりを貫き通して。



† † †



「グラン、あんたあの女の子のことどうにかしてくれないかい。ずっと宿屋(うち)の軒先にいるんだよ。困っちまってね」


「は? まだ帰ってないの?」


 宿屋のおかみに声をかけられたのは、その三日後だ。

 前のクエストが終わったから、俺は宿を引き払って自宅に戻っていた。

 そこへおかみが訪ねてきたってわけだ。


「帰ってないねえ。

 あんたがどんな言い方したのか知らないけどさ、とにかくてこでも動かない有り様だよ。

 心配だから中に入りなって言っても、首を横に振られちまってね」


「嘘だろ、あのお嬢様にそんな根性があんのかよ。飯は?」


「知らないねえ。うちもあの子を四六時中、見張っているわけじゃないし。でもパンあげたら、お礼言って受け取っていたけど」


「一応食ってるのか」


 安堵した自分に違和感を覚えつつ、俺は覚悟を固めた。

 まったく頑固なやつだ。

 面倒みる義務はないけど、自分の気持ちをまっすぐに貫こうって態度は嫌いじゃない。嫌いになれない。


 "ちっ、まったく俺もお人好しだよ"


 ため息が一つ、心の中で浮かびあがる。「分かったよ。俺がどうにかするから」とおかみに答えて、そのまま立ち上がった。


「ああ、そうしておくれ。あのまま倒れでもしたら、大変だからねえ。うちの評判にも傷がつくし」


「なんて言ってるけど、ほんとは心配なんだろ。邪魔なだけなら、無理やり追い払ってるだろうしな」


 そう問うと、おかみは小さく笑った。


「腐っても客商売だからね。軒先も宿屋の一部には変わりないさ」


「そういうことにしといてやるさ」



 外は雨だった。この季節のディアリィは、じとじとした小雨がよく降る。

 湿気にまとわりつかれ、俺は顔をしかめた。いや、今は彼女の相手が先だ。


「ずっとそこにいたらしいな」


 宿屋の軒先で、リーリアはうずくまっていた。

 膝を抱えたその体勢から、彼女は首をこちらに向ける。目の下の隈が濃い。


「......帰りたくありませんでしたし、それに」


「それに?」


「グランさんにああいう言われ方して、悔しかったので。何にも出来ない小娘と思われたままなのはイヤです」


「それでここで粘っていたってわけか」


 俺の居場所を知らないから、代わりに宿屋に居座ったってことらしい。


「他にどうすればいいか、分からなかったんです。住所をどこかで聞いて、グランさんの家に押しかけることも考えたんですけど、それも違うかなって」


「それで意地を見せることにしたと。案外強情だな」


 リーリアは頷いた。

 白金色の髪が流れ、それがやけに眩しく見えた。

 深くため息をついて、俺は彼女の横に座る。


「負けたよ、リーリア。ついてこい。しばらく面倒みてやる」


「本当ですか!?」


「ああ。でも最長一ヶ月だけだ。家出を続けるか、それとも実家に戻るのかは、その間に決めろ。分かったな?」


「ありがとうございます......ありがとうございます!」


 リーリアが立ち上がる。

 小雨を背景にしているからか、その表情は妙に明るかった。

 若いってのは眩しいな。


「そんな顔出来るのも、今だけだと思うけどな。とりあえず飯食わせてやるから、話はそれからだ」


 厄介な荷物抱えちまったなあ。

 でもさ、リーリアの笑顔見てると、これで良かったのかもなとも思えちまうんだよな。自分でも不思議だけど。

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