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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

似非中世のちょっとした出来事(仮)

作者: みの男

お試しです。

序盤も序盤の出会いだけとなります。



 町は寒さに占領されていた。


 人族が魔族に敗れて早一年が経つ冬がきたが、カルロは自らのねぐらに横たわり、結局今までと何ら変わりのない一年だと考えている。

 路地裏の奥まったこのねぐらは、誰にも見つからず、また三方向を壁に覆われた立地から、寒さもしのげるいいねぐらだ。

 壁に釘を突き刺して、上には廃材を乗せたぬぐらは意外にも温かい。

 廃材に付けた布で周りを覆い、沢山の古着を下敷きにすると、なにもしないよりはましという程度の暖はとれた。

 カルロはそこに横になって、1年前と今年の違いを考えながらパンをむしっていた。今日の収穫である。


 魔族の一般民か裕福な下級民が捨てたのであろう、このねぐらの前に落ちていたパンの、砂ぼこりに汚れた部分をむしって捨てて、残りの無事な部分を食べるのだ。


 このねぐらには誰も来ないはずなのに、どうしてかじられもしないパンが落ちているのか?という疑問はカルロにはなかった。

 そういったできすぎた幸運に頭をかしげるより、それを享受する方がはるかに理にかなっている。

 パンが落ちている。やった。と、喜んでしまいでよかった。 

 パンの汚れがすべてとれた。口に運んでいくと、炊き出しを食べてもまだ足りなかった腹が、わずかずつたまってくるようだ。

 

 柔らかいパンだ。黒パンのように固くなく、口いっぱいにバターの香ばしさとパン自体の甘さが、小麦の香りとともに広がる。

 やはり裕福な下級民、もしくは魔族の一般民はいいものを食べている、とぼんやり思っていた。

 

 パンはすっかり食べ終えてしまった。

 井戸水を入れた瓶から、水を沢山飲み込む。その前に炊き出しも食べているとしても、拾ったパンひとつで満たされる生易しい腹はしてはいなかったが、水で胃を膨らませることは容易だ。

 

 しかし、冷えた水を飲むと体が冷える。

 カルロは古着や布切れを沢山体に巻き付け、上から毛布を被った。

 凍える寒さだが、我慢できないほどではない。

 

 

 日が昇ると同時にカルロは目を覚ました。物音をきいた気もするが、それよりも眠る前に沢山飲んだ水のせいか、下っ腹が重たい。

 ひきつるような疼痛は、そろそろ限界だということをカルロに教えてくる。

 

 ねぐらから出て、冷えきった外の温度に震えながらそこらの下水溝にいたしていると、どこかから呻き声が聞こえた。

 微かな声だ。ひょっとして、風が唸り声をあげたのかと思うが、今は無風だった。

 どうやら近くに誰かがいるらしい。

 あまりに弱々しい声は、前方の路地のすぐそこから聞こえてきた。

 人死にが起こると厄介だし、流石に寝覚めが悪い。

 そろりと、路地の暗がりに足を踏み入れた。

 

 まだ早朝だからか、上空に伸びる家が奥まで続くこの細い路地には、真上から差し込む明るい群青しか光源がない。

 う、うう、と唸り声に近寄る。

 やはり近くにいたようで、すぐに人影を見つけた。

 カルロは目を見張って驚いた。

 

 その人物は破れた汚い薄いシャツと、半分尻が見えた状態だったから。

 壁に背を預け、立てた膝に顔を埋めているので、顔まではわからないが、カルロはその人物を見て殊更に驚いたのだ。

 

 元王子様。

 彼は落とされた王族の一人、そしてカルロが唯一憧れた王子だったからだ。

 白磁の肌と煤けた白い髪をもつ美少年。どんなに汚れていようが、カルロにはわかった。

 

 そんな彼が、とカルロは王子様の尻を見た。

 赤く腫れ、生々しくも白い液が地面に垂れて、あたりに二枚の紙幣が撒かれている。

 カルロは歯を食いしばった。

 なんと痛ましく、おぞましいことか。

 カルロは彼に近づいた。


 「…ヴィンセント様、こんなところで寝ちゃダメだよ」


 ヴィンセント様と呼ばれた王子は、元々寝ていなかったのか、強張った顔を上げてカルロを睨んだ。


 「おっ、俺は敵じゃないよ。ヴィンセント様、こんなところにいたら凍え死んじゃうよ」


 「…何者だ」


 やさぐれた顔をした彼は、頬はこけ、目の下に隈を作りながらも、やはりカルロの慕った王子様だった。


 「俺はカルロ。覚えてないだろうけど、俺は昔、あなたと会ったことがあるんだ。すぐそこに俺のうちがあるから…」


 疑わしそうな目は変わらないが、必死に言い募るカルロに悪い気はしなかったのだろう、ヴィンセントはカルロに手をひかれるとすっくと立ち上がった。

 そこではじめてズボンが脱げていたのに気付いたようで、ずり上げて位置を正した。

 

 元王子にはあまりにも簡易すぎるねぐらだが、ヴィンセントにはどうでもよかったらしい。

 一瞬顔をしかめたが、誘われるままその中に入った。 

 カルロは必死に、回らない頭を回転させていた。

 握った手は細くなっていて、それよりもまず痛いほど冷えきっていた。まずヴィンセントを暖めて、綺麗にしてやらねばならない。


 「お湯、もらってくるね」

 「……」


 返事は得られなかったが、古着や毛布を彼に巻き付けて、カルロは一目散に飛び出した。

 外に置いていたバケツをふたつ引っ付かんで。 

 

 

 路地から路地にちょこまかと走り回り、五分とかからず目当ての人物の元にたどり着いた。

 ちょっとした広場になっているそこには人が集まっていて、カルロの仲間の姿も見える。


 彼らと挨拶を交わして、カルロはいくつもある大鍋を火で沸かしている人達の一人に近づいた。

 今まさに火を落とし、湯をみんなに配ろうという直前のようだった。


 「おじさん、ちょっとお湯をわけておくれ」


 「やあ…どうしたんだい?赤ちゃんでも生まれるのかな」


 「違うんだ。ええと、ちょっと体を綺麗にしてやりたい人がいて…」


 「!ほう、そうかい。うんうん、そうか…あのカルロが女のために走ってお湯を貰いにくるだなんて。一丁前になって…」


 「…なんの話?」


 彼は町を清潔に保とうというボランティアを行う団体の一人で、また、カルロには幾分親しい男だった。

 おはようのあいさつもなしで息せききってやってきたカルロにビックリしながらも、彼の中では妄想がどんどんと進んでいく。


 「おじさん、このバケツに二杯欲しいんだ…」


 「お安いご用さ。僕はこのためにいるんだからね!」


 嬉しそうにバケツをうけとり、柄杓でざぶざぶと入れてくれた。

 潔癖が高じてボランティアを行う彼らは、主に浮浪者のために湯あみ用のお湯を沸かしてくれているのだ。

 渡された彼らは主にそれを飲み水としたり、温かいままのんで体を温めているが。


 「おじさん、いつもありがとう!」


 「ねぇカルロ。いつも言ってるけど、僕はまだおじさんなんて歳じゃ…カルロ?」


 お湯入りのバケツを受け取ったカルロは、振り返らずに早足で去った。

 

 

 早いところ洗わねば、お湯はじきに冷めてしまう。

 戻るやいなや、カルロに裸になれと言われたヴィンセントは殊更嫌そうに顔をしかめたが、ただの厚意を冷めた水にするのは忍びなかったようで、着衣はあっさりと脱ぎ捨てた。


 日が照りだしても、この場所にはあまり恩恵はない。依然として早朝の寒気の残るこの場所は湯あみには不向きと言わざるを得なかったが、まさか広場にこんな状態のヴィンセントを連れていくわけにいかなかった。

 

 しかし、そもそもヴィンセントも湯あみをしたかったようで、寒さも気にせず、カルロに布巾で顔を拭われたり背中を擦られると、気持ち良さそうに目を閉じていた。

 ある程度洗い流すと、ヴィンセントはカルロに後ろを向かせた。

 

 カルロは特に何も考えることなく、ヴィンセントに従い、後ろを向く。


 「カルロ、だったっけ」

 ヴィンセントが話しかけてきた。

 「うん。なに?」

 憧れであるヴィンセントが話しかけてくれたので、笑みが声に乗る。

 ついいましがたまで、ヴィンセントの言葉は何者だ?以降は聞いていなかったから、カルロは余計に嬉しかった。


 「僕をどうするつもりだ?」

 「どうって?」


 ヴィンセントは無言になった。

 カルロは何も考えていなかったが、どうにかするべきと考えると、ヴィンセントの面倒をみなければいけないような気になる。


 「あの、ここで生きるなら教えられることはあると、思うけど…。お金ってことならあんまり…」


 「えぇ?いや、金を要求つもりはない。その…つまり、お前が俺に要求することは何かってことだ」


 そう言われても、カルロには考え付かなかった。王子様ができることを考えてみるも、よくわからない。


 「ないのか?」

 「あ、じゃあひとつだけ」


 ヴィンセントはふん、と鼻をならしたが、言ってみろと呟く。


 「また、アニキって呼びたいんだ」


 ヴィンセントは無言だった。

 ダメもとで言っただけなので、拒否されても仕方がないと諦めていたカルロは、そろそろそっちを向いてもいいかだけ訊ねた。

 それにもヴィンセントは無言だったので、不審に思ったカルロは振り返った。

 

 「…ヴィンセント様、風邪ひくよ」


 彼は硬直していた。

 冷え冷えしいその背中に慌ててお湯をかける。そろそろお湯が温くなるころだ。


 「アニキでいいよ。そっちの方がいい」


 ヴィンセントはバケツをひっつかんで、頭から湯を被った。

 カルロはまたも慌てて、彼にくたびれたバスタオルをかけてやった。

 頭をしっかり拭いて身体中の水分をふき取ると、ねぐらのなかにせっついた。

 

 風邪を引かれても薬なんてないのだ。

 アニキはなんら気にすることなく、下敷きになっていた古着類を適当にまさぐり、適当なシャツとズボンを身につけた。自分の履き古しの下着を彼に貸すわけにいかず、元々はいていたものが乾くまで、ヴィンセントは下着無しにズボンをはいてもらう。

 嫌そうな顔をしたが、下着の共有はカルロが譲らなかった。

 

 元の服は汚れていたし破れてもいたが、なんにせよ素材がよかったので、ヴィンセントが丸めて捨てるのを拾い、洗濯物を入れるかごに詰める。これらはいつか洗濯と修繕をほどこして、いつか着てもらうことにした。

 こそこそと洗濯かごに詰めるカルロを、ヴィンセントが呼んだ。

 どうやら着こなしに不安があるようだ。


 「どう?変じゃない?」


 カルロは何も言えなかった。多少でも汚れを濯いだヴィンセントは、くたびれたシャツを羽織ったところで、隠しきれない高貴な雰囲気が出ている。

 お世辞にも、ホームレスとして似合ってるとは言えない。

 なんとも言えないカルロに、ヴィンセントは首をかしげた。カルロは正直に言うことにした。


 「すごい浮いてる」

 「…そうか。じゃあ、趣向を変えよう」


 くたびれた、すこし小さなシャツを脱ぎ捨て、床敷きにしてる服の中でもっとも綺麗で丈のあったシャツを取り出す。


 古びたジャケット、継ぎのあてたスラックスを選び出した。

 髪を調え、手早く全て着ると、出来上がりの彼は、ホームレスさをますます逸脱していた。

 いや、むしろそうなるためにとしか考えられない。

 まるで昔の彼が現れたようで驚いたカルロに、見てくれの大分マシになったヴィンセントは、顔に自信をみなぎらせて言った。


 「カルロ。僕はこんなところにいたくない。僕を助けてくれた君も、こんなところにいるべきじゃないと思うんだ」


 膝をつき、逃がさないようカルロの両肩をしっかりと掴む。無理矢理に目線が合う。


 「君はここが好きか?」

 「わからないよ…。好きとか嫌いとか、考えたこともない」


 カルロは怯えた。肩を掴む手のひらが、かすかに力を増したからだ。

 どうやら答えが気に入らなかったらしい。カルロは慌てて、別に好きだとは思わないと付け加えると、ヴィンセントはうっすらと笑みを浮かべた。


 「君は僕を裏切らないな?」


 「裏切らないよ!アニキは俺のあこがれなんだ!」


 あっさりと言い放たれた言葉にホッとした顔のアニキから、ようやくカルロは解放された。


 「あのさ…アニキ、お腹空いてない?良かったらなんか買ってこようか?」


 カルロはヴィンセントが嬉しそうなのに、ひどく感激していた。

 彼のためなら貯金を崩したって全く構わないのだ。

 いそいそと出掛けようとするカルロの裾を、ヴィンセントが掴む。


 「お金なら僕が出す。僕は、君のアニキなんだろ?」

 そう言って笑うヴィンセントに、カルロはつられてはにかんだ。

 

全て書いたら連載に投稿し直しますが、多分完結は1年後です。笑

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