SS16 「嫁入らせてください」
あっという間に始まって、あっという間に結論が出てしまう話です。
書いている本人さえビックリしました。
個人的にはこれの続きを書きたいのですが、ただのお惚気話になりそうなのでやめています。
トンネルを抜けるとフロントガラスに雨粒が散らばった。
山を燃やすような太陽の下で、細い雨粒が降り注ぐ。
触れても濡れるとは思えない天気雨だ。
僕は車を路肩に寄せ、周囲を見回した。国道を外れると細い農道が続き、その向こうに海が見える。振り返ると緑深い山。ゴミを捨てるな、の標識の下に赤い空き缶が幾つか転がっている。太陽光が乱反射する山道を誰かがこちらに走ってきた。それはキャミソールとジーンズ姿の少女で、薄く透けて見える白い着物を頭上にかざし雨よけにしている。少女は車の横まで来るとガラスをコンコンと叩いた。
「入れてください」
ドアを開けると少女は助手席に座った。短めの髪についた雫が僕の頬に飛ぶ。
「入れてくれありがとうございます」
「災難でしたね。でも、すぐに上がるでしょう」
「いえ、もう少し降る予定です」
少女は黒くて大きな瞳で僕を見つめた。少しつりあがった目尻に薄く紅が差されている。
「早速ですが、嫁入らせてください」
「え?」
聞き返すと、少女は大真面目な顔で言った。
「私はこの近くに住むキツネです。嫁入らせてください」
「どうして?」
少女は上を指差した。
「キツネの嫁入りなんです。だから、嫁入るのです」
「あの……」
「迷惑ですか?」
「いえ」
何故だかわからないが、反射的に答えてしまった。
「では、嫁入らせてください。決まりです」
「……そんな簡単に決めていいのか?」
「迷惑ですか?」
少女が強い口調で尋ねた。小さな手が僕の腕を掴んだ。
僕は考えた。重要な決断ほど、こうやって決まっていくのだろう。
「いや、迷惑じゃない」
「では、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
差し伸べられた少女の手に触れた。
早速、貴方の家に参りましょう。うつむいて頬を赤らめつつ少女は言った。
「少し寄る所があるんだけどいいかな?」
「構いません。ご一緒いたします」
「何か買うものある?」
「とりあえず、歯ブラシを。後は送ってもらう手筈ですので」
「了解」
車を発進させた。いつの間にか雨も止んでいる。雨に濡れた海沿いの国道は陽の光をあびて綺麗だった。
「しかし、なんだか、キツネにだまされたみたいだ」
僕が呟くと、少女は楽しそうに笑った。