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チョコミントが溶ける頃に 下

その日から、2日が経った。

幸い生嶋さんが倒れた翌日は休日だったので、もちろんぼくは朝から病院に居続けた。

昨日、つまり土曜日は主に家族の時間を多めに取り、今日はぼくのための時間を作ってくれた優しい生嶋さんの両親。

彼氏でもなんでもない、ぼくなんかのために、一緒にいたいはずの娘との時間を分け与えてくれた。


その二人に感謝して、いつ終わりが来るか分からない、残り少ない時間を悔いの残らないように上手く使わなければならない。


そんなことを考えていたら、ノックするために上げた腕が緊張によって空中で止まる。

……いくぞ。


ゆっくりとコン、コンと硬い扉を二回叩く。

中から「はーい」と、彼女の昨日よりも弾んだ声が聞こえたのを確認すると、銀色のドアノブを(ヒネ)った。


視界が一点、白いドアから太陽の柔らかい光が差し込む明るい病室に変わる。

その部屋の中でも一際大きな存在感を放っているベッドで、上体を起こしているのは生嶋さん。

声でも感じたように、一日安静にして少し回復したのだろうか、昨日までの弱々しい表情はなく、代わりに頬を赤く染め緊張した面持ちでいる


「せ、世尾くん……っ!」


ドキッ、と心臓が飛び跳ねた。

彼女は入院している人が身に付ける薄い青色の病衣を着用している。

それ以外はあのデートの日とさほど変わらない、左耳上に束ねた輝く水色の髪に、透き通る湖のような瞳だ。


「お、おはよう生嶋さん」


昨日は生嶋さんの両親がいたけれど、今日はぼくと生嶋さんの二人だけ。

――――意識すればするほど蟻()地獄のように、緊張の渦から逃れられなくなってしまう。

分かってる。そんな展開になるはずないって。でも、心のどこかで期待してしまうのは、本当、なんでだろ。


ぼくは慣れた動作で部屋の隅から、あのお気に入りの椅子を引っ張り出してくると、ベッドの横に持ってきてその上に座った。

近づいて、改めて彼女を見ると痩せた身体部位が嫌というほど目につく。

それを見ると、やはり迫ってきているそれは絶対なのだと実感させられる。


病室は生嶋さんだけでなく、他の人も共同で使っているのでしんとすることはあんまりないのかと思っていたけど、こんな朝っぱらからお見舞いに来る人はぼく以外にいなかったようだ。


ここに来るまでに考えておいた話題はひとまず温存しておいて、まずは聞くことを聞いておかなければならない。

表情を固くし、二つに折られた布団に視線を落とす生嶋さんの顔を覗きこむようにして、ぼくは首を傾げた。


「体調、大丈夫?」


彼女は固くなっていた表情を一気に緩め、えへへ、と得意気に笑う。


「なんか今日は調子いいんだ。……世尾くん、あの日からずっと来てくれてありがとう。すっごく嬉しい」


そう言って幸せそうに口元を(ホコロ)ばせる生嶋さん。

もうすぐ死が訪れるかもしれないというのに、よくも笑顔を浮かべられるものだと尊敬する。


それに、まただよ生嶋さん﹏﹏!

言葉をもっと選ばないと、男子なんか皆勘違いしちゃうんだから。彼女がモテる理由が分かった気がする。

そんなことを思いながら、彼女の言葉に相槌を打つ。


「あ、いや、ぼくが来たかったから大丈夫。――――体調いいからって、調子に乗って無理しちゃダメだよ」


「分かってるよ。大丈夫」


といっても彼女には無茶してデートをしたという前科がある。

ほんとに、と思ったけれどあえて口をつぐんだ。


そこでぼくは、忘れていた見舞い品と言えるのか分からない、プレゼントのことを思い出す。


「あ、そういえば」


「え?」


肩にかけていたショルダーバッグを肩から外すし、口を開けて目的の物を探すといとも簡単に見つけることができた。

だけど、それだけで事は終わらなかった。


……どうやって渡せばいいんだろう。


見つけられたのはいいけど、どう渡せばいいのか迷いが生まれて体の動きが止まる。

頭で色々なパターンのシミレーションを考えるけど、どれも恥ずかしくて普通に渡せる気がしない。

迷った挙句、ぼくはバックからラッピングに包まれた小さな袋を取ると、手の平に乗せ彼女にそれを向けた。

彼女が差し出されたピンク色の袋に視線を向け、興味津々と言った顔で小さなプレゼントを凝視する。


「……これ、プレゼント」


「え? なんの?」


頭上にはてなマークを多数浮かばせ、きょとんとして首を横に倒す。


「……え。な、なんの?」


「世尾くん、私が尋ねてるんだけど……」


生嶋さんに突っ込まれ、ぼくは(アゴ)に手をやって眉をひそめる。


「なんだろ……。特に意味はないんだけど、言うとしたら……デートに誘ってくれてありがとう、っていうお礼かな」


その言葉を聞いた生嶋さんは驚いて胸の前で何度も手を振る。


「いやいやっ、そんなお礼貰うほどのことじゃないよ! むしろこっちがお礼したいくらい……」


そんなことないのは、こっちの方こそだよ。

生嶋さんはぼくに幸せな時間をくれて、ぼくに幸せ、と今呼べるのか分からない感情を教えてくれた。

ぼくがあげるお礼の品なんて、天秤にかけたら絶対に上がってしまう。それくらい、価値のあるものだったんたよ。

彼女の声を聞きながら、ぼくは静かに首を振った。


「生嶋さんがぼくを誘ってくれてなかったら、生嶋さんのことを詳しく知ることはできなかったし、なにより生嶋さんと一緒にいることもなかったんだ。

あと、なんて言うかなー……様子見てるとさ、生嶋さん誰にも倒れたこと言ってないでしょ」


「!!」


彼女はいかにも図星だという、わかりやすい反応をする。

絶対、言った方がいいのに。なにも言わないで旅立たれちゃうと、それはそれで結局悲しむんだよ。


「だから、生嶋さんの一人で抱えてる苦しさとか、色々な気持ち。ぼくに言ってほしいなって。言いたくなかったらいいんだけど。

こんな頼りないぼくだけど、支えられる……かもしれない。ううん、支えたい。

もし誘われてなかったら結果だけしか聞かされないなんて、嫌だ。……だから」


ぼくが長いいくつもの文を言い終えると、薄く微笑んで彼女は言った。


「そうだね……。ありがとう」


「どういたしまして」


つられてぼくも笑い返す。

やっと、生嶋さんはプレゼントを受け取ってくれた。

店員さんに飾ってもらったラッピングをしゅるるっとほどいていく。

袋を縛っていたのは、彼女の髪と同じ色のたった一本のリボン。

役目を終えたリボンは彼女の指から離れ、布団の上に置かれる。


袋から出てきたのは水玉の、チョコミントカラーのシュシュだ。

綺麗な笑顔で彼女が呟く。


「チョコミントだ……」


一昨日と昨日で色んな店を訪ね、やっと見つけたチョコミントの物。

あまり使えないもので申し訳なかったけど、これが精一杯考えたぼくの、生嶋さんへのお礼だ。

彼女は満面の笑みで、ぼくと生嶋さんの髪の色のシュシュを左腕に付ける。



「本当にありがとう、世尾くん! 大切にするね。……似合う?」


どう、と彼女はぼくにシュシュを付けた腕を見せてきた。


「似合ってる」


そう言うと、本当に嬉しそうに、キラキラとした笑みを浮かべた。

そんな彼女がシュシュを指で優しく撫でながら、思い出したように言った。


「ねぇ、なんでこのこと誰にも言っていないって分かったの?」


「えっとねー……学校でそういう話聞いたことなかったし、誰もお見舞いに来なかったから……。なんとなく、そうなのかなって」


「なんとなくって」と小さく笑うと、ふっとどこか悲しそうな顔になる。


「学校には言わないで下さい、ってお願いしたの。友達には……言えなかったんだ。すごく言い出しにくい話だし……ずーっと引きずってたらもう、こんなに進行してて」


仕方がない、と諦めの香りを漂わす彼女に、ぼくは自分の考えを口に出してみた。


「友達に言ってあげた方がいいよ、絶対。後で後悔する」


「嫌だよ﹏﹏……。女子の友情って怖いんだから。嫌いなのに笑顔で接してきて、裏では悪口ばっか言うんだよ」


えっ……怖い、女子…………。

普段あんな仲良くしているように見える彼女達は、嘘なのかな……。

でも、そういうのは女子だけではないと思う。

勢いが弱まったぼくに、ここぞとばかりに言葉を投げかける。


「だからわたしは友達と思っていても、実はわたしのこと嫌いかもしれないでしょ……?

その子にとっても嫌だろうし、言うもんじゃないよ。こんなこと」


「生嶋さんが仲良くしている人は、そんな人達だったの?」


負けじと質問を繰り出すと、うっと言葉に詰まり俯く彼女の姿。


「……信用していないわけじゃないけど、もしそうだったら嫌でしょ……」



生嶋さんがそう思っているのなら、最初はそれでいいと思った。

けど、なんでかそれじゃあどちらとも駄目な気がしたんだ。


ぼくはなんの為にここに来ているのか。

心配だから? 行ってあげなきゃいけない雰囲気だから?

確かに心配だ。そういった雰囲気もあるのかもしれない。


けど、ぼくら彼女の苦しみを少しでも少なくできたらな、支えられたらな――――――って思うから。


だったらその理念に沿って、お節介かもしれないけど、彼女の悔いを残さないように動きたい。


「――――――生嶋さんが仲良くしてる人って誰?」


「えっ……。なんで?」


「ちょっと……気になるから」


困惑を隠しきれていない様子だったけど、ぽつりぽつりと友人の名前を挙げ始めた。


「えっと、ゆかりと、かなと、さおりかな。今一番仲いいのは」


「携帯貸してもらえる?」


ぼくは再び右手を彼女の方へと差し出した。

突然の要求に彼女は怪訝そうな顔をする。


「な、なんで……あ、だ、だめだよ! 渡さないからね?」



とは言うものの、実際生嶋さんは、ベッドの上から一歩も動けない状態だ。ぼくがどう行動に移しても、妨げるようなことはできない。

全体的に白い病室を見渡して探すと、うちの学校の鞄が蜜柑などのフルーツと共に机の上に置いてあった。あ、これか。


「ごめんね、生嶋さん」


謝ってから彼女の鞄をガサゴソとあさる。

本当はこんなこと、したくないんだけど……これしか方法が見つからなくて。

背中に「世尾くーん!? 勝手にあさらないでよー!

ちょっとー!」という彼女なりの阻止の言葉が投げかけられるけど、ぼくは返事をせずに探しだした純白なスマホを手に取った。


……なるべく早めに済まさなきゃ。

急いで扉のひんやりとしたドアノブに手を掛け、「ちょっと待ってて!」と声をかけると駆け足で病室を出た。

ここまでも生嶋さんの声が、途切れ途切れだけど耳に届く。あぁ、戻った時の反応が怖いなぁ……。


とりあえず、早く病院の外に出て電話をかけなきゃ。

中庭って外だから、大丈夫だよね。

人にぶつからない程度に急ぎ足で、するすると人と人の間を潜り抜ける。


――――着いた。


なんとか迷わずに中庭まで辿り着き、握ったままの生嶋さんのスマホを開いた。

じゃら、とチョコミントカラーのリボンが付いたストラップが揺れる。

罪悪感で胸を締め付けられながらも電話帳から話にあった三人の名前を探し、それぞれに事情を少し説明しつつ、電話で病院に来て下さい、と伝えた。

運良く三人全員に連絡がつき、彼女達は快く承諾してくれ、急遽(キョ)この病院の四〇一号室に来てくれるという。

白々しいような、演技っぽい反応をする人は思った通り一人もいなく、みんな絶句や驚愕、言ってくれなかったことへの怒り、または号泣などのそれぞれの反応が電話越しで感じ取れた。

思った通りの人達で良かった。

友達との面会を楽しんでくれたらいいな、とその場を想像しながらほっと一息つく。


う〜ん、ここは空気を読んで部屋に行かないとして……。

彼女のスマホの時計を見ると、示す時刻は一〇時半ちょっと前。


……なにか、食べるか。

って、ぼくいつもなにをするか悩んだ時は、必ず食べ物に繋がってる……!

デートの時もそうだったはず。

なにか食べようなんて言い出したの、ぼくだけだし。

そんな食いしん坊な方ではないと思っていたんだけどなぁ……。


ちょっぴりショックを受けながら、中庭を出て仕方がないので売店に足を進める。


* * *


……そろそろかなぁ。

食やらスマホやらなんやらで時間を潰しまくって二時間半。時刻は一時を回りそうなところだ。


生嶋さんは、きちんと話せたのだろうか。

今まで黙っていたことや言えなかったこと、すべて伝えられただろうか。

あとは生嶋さんの友達が純粋に彼女を好いて一緒にいたことを願うばかりだ。


――――――なんか、今更になって自分の行動が正しかったのか、彼女のためになったのか心配になってきた。


勝手に生嶋さんの携帯を持ちだしたことへの罪悪感や自分の行動への不安、ぼくの行動に対する彼女の最悪であろう反応がのしかかってきて、動き出そうとする体がまるで何者かがしがみついているように重く感じる。

……こんなことになるはずはなかったんだけどな。普通に病室で話すつもりだったんだけど。


でも……うん。

どんなに彼女からの反応が冷たいものでも、ぼくは伝えたほうがいいと思った。

伝えられるチャンスなんて、もういつあるか分からないのだから。

強制的なやり方は本当に悪かったけど、彼女が顔も見たくないほど嫌だと言うのならぼくはもう帰るつもりでいるし、どうなってもかまうもんか。

生嶋さんの為を思って、と自分を守るようなことを彼女に押し付ける気はないから。


エレベーターに向かい、数人の人々とエレベーターがやってくるのを待つ。

今何階にいるのかを表す赤い数字をぼーっと見つめていると、数字はやがて一に変わった。

扉が開く。

中からは泣き腫らした赤い目をしてぽつぽつと言葉を交わす女子三人と、年配の女性、若い男性二人組が出てくる。

高校生と見られる女子三人が横を通った時、ぼくの耳は一人が発した、思いがけない啜り混じりの言葉をチャッチした。


「幾羽ちゃん、せっかく仲良くなれたのに――――……」


彼女の名を聞き、はっとして後ろを振り向くと中でも長身のボーイッシュな女子がお下げの子の頭をこてんと小突いていた。


「……泣くな。あたし達が泣いたら、幾羽はもっと辛くなる」



――――――この人達はもしかして。


「あのー、すいません……乗りますか?」


後ろからかけられた迷惑そうな女の人の声で前に向き直ると、エレベーターの中には一緒にエレベーターを待っていた人の姿があった。

しまった。

その中に飛び込むのも気まずく、ぼくは大丈夫です、すいませんと頭を下げて見送った。


すぐにまた後ろを見ると、もう廊下の角を曲がるところで、見えたのは三人の後ろ姿だけだった。

もちろん、会話なんて聞こえやしない。


良かった……。

生嶋さん、女子の友情は怖いって言ってたけど、生嶋さんの友達は病室から出ても陰口を言うどころか君を思って泣いてたよ。

偽物の友情じゃなくてよかったね。ぼくも、自分のことのように嬉しくて堪らない。


もう一度押したボタンでやって来たエレベーターに今度こそ乗り込み、さっきとは大違いに鼻歌を歌いながら軽やかに廊下を歩く。

今朝と同様のやり取りをして扉を開くと。


「……」


入ってきたぼくを重苦しい雰囲気が包み込む。

病室に生嶋さん以外の影はない。


……忘れてた。

でも、なんでそんな暗いんだ? さっきまで友達と喋ってたんだし、もう少し明るくてもいいはずじゃ……。

ぼくの顔なんか見たくもないとても言うように、体育座りをして膝に額を付ける彼女。


な、な、な、なんで……!?

あぁ、理由はよく分からないけどぼくは彼女に嫌われてしまったのかも。

どう考えてもぼくの行動でこんな被害を受けてしまっているとしか考えられない。

でもこれは自分の選択――――どう行動することもできた中であの道を選んだのだから、悔いはない。

でも、それは彼女の友達が偽物の友情を築き上げていないと信じた中の話で――――……。

もしかして、さっきすれ違ったあの三人組は彼女の友達でない、全くの他人?

いや、まさか。でも、それじゃあこの空気と辻褄(ツジツマ)が合わない……。

ぼくは彼女の気分も害した上に、誤った選択をしてしまったのだろうか。


口を開きにくい空気の中で、ぼくは他の患者さんの迷惑とも知りながら精一杯謝罪した。


「ごめんなさい! 生嶋さん。

生嶋さんの鞄を勝手にあさった上に、スマホまで勝手に持ちだして使って……。そんなことをしたくせに良い結果は出なかったみたいだし、本当に悪いと思ってる!」


床に膝をついて、後からおでこも床にぺたりとつけた。

ヒヤリとした感覚が感覚器官を刺激する。汚いなんて思っている暇はなかった。


「本当に本当に本当にごめんなさいっ!

ぼくがいたら気分が悪くなると思うからすぐ帰る。

シュシュも捨てちゃっていいよ。お大事に……」


機関銃のように次々と言葉を発した後に舞い降りてきたのは、沈黙。

なんてうざったい男なのだと幻滅しちゃったかな、生嶋さん。

でも、こんなのがぼく。だからモテないのかな……。


彼女は今、どんな表情をしているのだろう。怒った顔かな。悲しんだ顔かな。

土下座したまま、ふとそんなことを思った。

床しか見えないぼくの耳に籠もった彼女の声が聞こえる。


「世尾くんは本当、最低だよ……。

女の子の鞄あさってスマホ見るとかありえない。そんな人だとは思わなかった」



――――うん、分かってる。そんなことを言われても仕方無い。


でも実際に生嶋さんの口からそんなことを言われると、さすがにちょっと傷付いた。

「でも、」と彼女が言ったのは逆接の言葉。


「そんなことをしてまでわたしの為に一生懸命になってくれて、世尾くんは本当優しい人。

そんなところは思った通り、かな……。ありがとう」


え……。

思っていた展開と、違う。

恐る恐る顔を上げると、ベッドの上で体育座りしながらニコニコと微笑む生嶋さん。


「え、ちょっと待って……どういうこと? なんで、うまくいかなかったんじゃないの……?」



堪らず説明を求めて言うと、彼女は笑顔でマジシャンが種明かしをするかのように、ぼくに答えを教えてくれた。


「世尾くんがやってくれたのは、正解だったんだよ。

三人共わたしの為に怒ってくれたり悲しんでくれたりして……。きちんと、伝えたいことも伝えられた。


全部、世尾くんのお陰だよ」



ぼくの行動は、間違ってなかったんだ……。

そう実感すると、ひどい脱力感に襲われる。

床に正座しながら、ほっとした気分で彼女の言葉に耳を傾けた。


「だから、まぁ……鞄をあさってスマホを見たのはやだったけど、終わり良ければ全て良しだから!

だから絶対このシュシュは捨てないよ。一生、大切にする」


もう余命が残り少ない彼女にとって、『一生』という言葉の重みは普通の人が言うのとは全く違う。

軽く言った『一生』とは、本当に違う言葉のように。


それにしても、ならぼくが入ってきた時の暗い空気はなんだったんだ?

まだパズルを完成させるにはピースが足りなくて、ぼくは生嶋さんに尋ねた。


「じゃあ、なんでぼくが入ってきた時、あんな暗い空気だったの?」


すると、水色の髪を揺らしながらいたずらっぽく笑ってちょろっと舌を出した。


「ごめんね。あれは世尾くんを驚かそうとした演技。……騙された?」


「なっ……! 生嶋さん……」


感情がころころ変わりすぎてどっと疲れた。


それよりも、彼女は悪戯(イタズラ)を仕掛けるような人だったのか。

彼女の色々な一面を知っていく度、知れた喜ばしさと切なさが絡み合う。

でも、そんなことをできるほど元気ということなのだろう。

ぼくは深い溜息をついて、二つの想いを口に出した。


「ごめん。……あと、ありがとう。シュシュを大切にするって言ってくれて」


少し顔を赤らめて、笑う。


「わたしはごめんよりありがとうの方がいいな」


「分かった。……“ありがとう”」


「どういたしましてー」


二人で笑い合うこんな温かい時間は、なんだか久しぶりに感じられた。


しばらく正座したままだったからか、立ち上がろうとするとジーンとした痺れが両足を襲撃する。

よろよろしながらなんとか椅子に座ると、その様子を見ていた彼女の口から可愛らしい笑みが零れた。


しばらく沈黙が続く。

ぼくは沈黙という名の膜を破るべく、わざとらしく思いついたようにすっとんきょうな声を上げる。


「そういえば、生嶋さんの友達かもしれない人達見たよ」


「へぇ! どんな感じの人?」


えぇと、とぼくは記憶を辿りながら答える。


「小さいお下げの人と、ボーイッシュな人と、あと一人どんな人だっけな……。ごめん、覚えてないや」


ぼくはやり取りをしていたその二人しか見ていなくて、もう一人の姿をあまり見ていなかったかも。

一応見たとは思うんだけど記憶に残ってないから、不思議だよなぁ。

それでも三人のうちの二人の特徴で判断したのだろう、彼女はあぁと頷いた。


「それきっと、ゆかり達だよ」



……やっぱり。ぼくの推測は外れてなかったみたいだ。……って言っても彼女達、バリバリ『幾羽』って言ってたし、他人の方が珍しい。


「お下げの人は生嶋さんを想って泣いてたし、ボーイッシュな人は自分達が泣いたら生嶋さんはもっと辛くなるから泣くな、って言ってた。

――――病室から出ても悪口なんか言ってなかったんだから、この友情は偽物なんかじゃないはずだよ」


そう言って彼女に優しく微笑むと、彼女の目にはみるみるうちにしょっぱい雫が溜まっていく。


「そっ、かぁ……」


涙を隠すようにして目の前の彼女は白い掛け布団に顔を埋めた。


そんななんだか寂しげに煌めく水色の頭を、なんとなく手で撫でる。

数秒して、ぼくの頬に冷や汗がたらりと流れた。

あ、あれ、なんか生嶋さんの頭を撫でちゃったけど……大丈夫だったかな!? 子供扱いしやがってとか思われないだろうか。

垂れる冷や汗の数が次々増える。

しかも、頭から手を離すタイミングが掴めない……っ!


その状態のまま、心の中で肩を落とした。

かっこよくできたらいいのに。

頭の中でシミレーションをしても、どうしても感情やらなんやらが邪魔して上手くいかない。

ぼくだって男だし、正に漫画みたいに格好良く振る舞えたらいいのにな……。


しばらくして、ぼくは思い切って恐る恐る彼女の髪から手をどけた。

すると、数秒空けて生嶋さんが顔を上げる。

掛け布団で吸収したのだろうか、彼女の瞳に水滴は一粒もなかった。

赤くなった目を細め、口角を上げながら落ち着いた声色で彼女は言った。


「元気付けてくれてありがとう。もう、そろそろだから……伝えたいこと、今伝えておいた方がいいんだよね。

……じゃあ、わたしの話を――――聞いてくれる?」


ぼくが頷くと、生嶋さんの口から彼女の昔話が流れ始めた。


「わたし、小さい頃から心臓が悪くて……医者からは十五歳までしか生きられないだろう、って告知されてたの」


えっ……! そう、だったんだ……。

咳してて風邪気味って嘘付いたのも、全部、それのせいだったんだね。

今までそういった重荷を全て背負って、ここまで歩いてきたんだ。

っていうか十五歳まで!? 二年も読み違ってるよ……!? 大丈夫なのかなぁ、その医者……。


いろいろな感想が出てくるぼくの心情を分かっていないであろう彼女は、淋しそうに微笑んで続ける。

こほっ、と途中途中咳を挟んだ。


「そのせいで毎日が怖くて、皆が将来の夢について話している時とか、すっごく苦しかった。神様とか恨んだし、自殺を考えた時もあったなぁ……。

それでどうせもうすぐ死んじゃうんだから、って結構空っぽの日々を過ごしてた。

十五歳までしか生きられないって言われてたから、行けないって思ってた高校に行くことができて、正直言って飛び上がるほど嬉しかったの。

けど、医者が言った年月以上にわたしは生き続けたから、いつ死んじゃうんだろうってすっごく怖かった。発作が起きる度に死んじゃうのかなぁって思った。


でもね、高校である人に再開して……初めて生きててよかったな、って感じたの。

神様はきっと、彼に会わせる為にわたしの命を伸ばしてくれたんだなぁ……ってロマンティックなこと考えちゃった」



愛しそうにくすっと笑う生嶋さんを見て、ぼくは岩石が頭に落ちたようなショックを受けた。


う、うそだろ……!?


一瞬あの三人の誰かかなって、女子かと思った。けど、『彼』って……!

この笑い方といい赤く染まった頬といい。

これは、恋をしている乙女の表情(カオ)

早くもぼくは失恋だよ……。なんて呆気ない。

でも、こんなことを考えている場合じゃない。

生嶋さんは勇気を出して打ち明けてくれたんだと思うから。

心の隅で酷く落胆し、でもそれを精一杯の力で隠しながら言った。


「ありがとう、教えてくれて。……その人に再会できて良かったね」


こんなこと、本当は言いたくない。

けど、彼女が言う彼の存在で生嶋さんの人生が彩られたのなら、それは喜ぶべきことなのだ。

ぼくには彼女の人生に色を塗ってあげることはできなかった――――そういうことだ。


関わるのが、遅かったのかもしれない。

同じクラスの時にもっともっと関わっていれば、話していればと次々に後悔の念が生まれ出てくる。


「そうなの!」


生嶋さんは満面の笑みで、ぼくにとどめの一撃を繰り出す。

その言葉たちから彼のことをよく見ているのだということが伝わってきて、胸がズキンと痛んだ。


「クラスの人、誰にでもすごく優しくて、笑顔もすっごくいいの。

皆に優しいのが嫌になる時もあるけど……授業中ふとしてる顔とか、友達と喋ってる時の姿とか、すっごく好き」


しかも、ぼくの前で大告白。

目の前に、ついさっきあなたに失恋した男がいるんですけど……っ!

事情を知らない彼女は、きゃー、言っちゃったーとばかりに恥ずかしさで顔を赤くさせる。

いつ見ても面白い、みるみるうちに広がっていく赤が、今日はなんだか切なかった。


その姿を見て、気付けば口に出していた。


「……ねぇ、その“彼”って誰?」


言ってしまってからすぐに後悔する。

彼女も動揺していて、元々赤かった顔は更に赤さを増幅させ林檎のようになっていた。

恥ずかしくて顔を見れないのか、俯いて呟く。


「……言えない」



分かりきっていた答え。

言われなくて安堵すると同時に、拒絶されて一瞬目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。


「けど、すぐに世尾くんは知ることになるよ」


そう言って、また淋しそうに微笑む生嶋さん。

たちまち孤独を感じさせるような微笑が歪み、咳を連続させた。

彼女が咳をする度あの日の、彼女が血を吐いて倒れた光景がフラッシュバックして恐怖感に襲われる。

見ているだけのぼくでも辛いのに、生嶋さんはぼくの倍以上辛いに違いない。

一回収まったと思ったらまだ止まらない咳。彼女の目に涙が滲む。


「生嶋さん、大丈夫!?」


丸くなった背中を身を乗り出して手で(サス)る。早く収まって、と願いを込めて。

あまりの酷さにぼくの心に不安が募っていく。


「……ナースコール、押そっか?」


不安に押し潰されそうで、怖くて助けを呼ぼうとするぼくの声にも首を振られてしまう。

彼女の背中を擦りながら、ぼくは悲痛な声で叫んだ。


「どうして……!? なんで呼ばないの、生嶋さん……!」


苦しそうな笑顔を顔に浮かべて、咳混じりに掠れた声で、生嶋さんは言葉を紡ぐ。

それは、まるで最後の言葉のように。


「せお……くんと、一緒にいら、れて……幸せっ、だったよ……」


「そんなこと言わないで! いつでも幸せにしてあげるから!! お願いだよ……」


目の前の彼女はあと少しで消えて無くなってしまいそうで、ぼくも視界全体が白くもやっとして。歪んで見える。視界が縦に何度も動く。


格好良くなんてぼくには無理だった。

こんな弱い自分を見せたくなかったけれど、生嶋さんにとってこんな自分も、新しく知れた一面と思ってくれてたらいいな。


そんな時、もうこれ以上喋って欲しくないというのに、最後の願いと必死に震える口を開く。


「せお、くん……名前、呼んで。おね……がい……」


少し躊躇(タメラ)ったけど、そんなことで彼女が喜ぶのならなんでもなかった。

生嶋さんの咳の音だけが響く病室内に、ぼくの震える声が通る。


「……幾羽」


彼女は“ありがとう”とでも言うように、幸せそうに微笑んだ。

生嶋さんだからこそできる、この笑顔は。

なによりも、美しかった。

涙で揺れる視界を壊そうと、腕で拭おうとした手を弱い微かな力で掴まれる。

その手は温かな熱を孕んでいて、ぼくの恐怖に震える心を安心させた。

そして、もう片方の手もきゅっと握られた。


え――――――と思った瞬間、安価なベッドが(キシ)んだ音がし、生嶋さんが身を起こした気がした。


唇に柔らかいものが微かに触れ、それもすぐに離れてしまう。


思考が追いつく前に、生嶋さんは鉄の手すりの上にどさっと崩れた。

反動で揺れるミント色にも見える艷やかな髪。

力なくだらんと下がる手。

動かない体。


「い、生嶋さん……」


名前を呼んでも反応はない。

手すりの上に倒れたままだと痛いだろうからと、ゆっくり彼女の体を浮かせベッドの上に寝かす。

そんな薄着じゃ寒いだろうから、掛け布団をしっかりかけ、細い手だけ布団の上に出した。


ドッキリじゃないかな。生嶋さん、悪戯(イタズラ)っぽいところもあるからやりかねないよ。

だけど、確かにぼくの目の前でしっかり目を閉じて横たわる身体は、一向に動かなくて。

不意に頬の涙の跡がひやりとする。

いつの間にか乾きかけていた涙は、また涙腺から溢れ出しぽろぽろと零れ始めた。

頭では分かっていないけど、体は分かっているのだろうか。


診察の時間になって看護師が来るまで、ずっと、ずっと冷たくなった生嶋さんの横でベッドに顔を埋め涙を流した。

ついさっきまで感じていた温もりを欲して、冷たくなった彼女の手を握りながら。


いきなり目の前に現れてぼくを夢中にさせた生嶋幾羽は、いきなりこの世を去っていった。


* * *


また、夢を見た。

あの日の夢を―――――。


重い瞼を上げれば、一〇以上見続けた自室の天井。

寒さなのか夢のせいなのか、体が震えている。

枕はしっとりと湿っていて、同じように頬まで濡れていて気持ち悪い。

重い体をわざわざ起こす気にもなれず、体の向きを変えて掛け布団を掛け直した。


早くも昨日一昨日とお通夜、葬式が続いた。

遺影で微笑むのは紛れもなく彼女で。

そこにしか、彼女はいなくて。

ぼくも出席させてもらったけど、彼女が死んでしまったという現実を見せつけられた気がして苦しくなるだけだった。

それに、待っていましたとばかりに翌日にすぐしてしまうところも、仕方がないけど、どうしても嫌気が差してしまう。

そういえば、生嶋さんと仲が良いと言っていたあの三人もちゃんと来てたな。


皆、泣いていた。

もう悲しくて苦しくて悔いて。

こんなことになるのなら生嶋さんと出逢わなければ良かった。

結局、生嶋さんの世界の中でぼくはきっと優しい友達という立場でしかないだろう。

デートに誘われたのだって、どういう意図があってやったことなのかさっぱり見当がつかない。


好きなやつ、いたんだろ。

なのに、なんでぼくを誘ったんだよ。


最期の口付けも。

ぼくを想っていないくせに、なんでそんなことをしたの……?

感謝のつもりなのだろうか。

もしそうなんだったら、そんなのいらなかった。

今でも、微かに触れた唇の感触が残っていて、記憶も鮮明に思い出せる。

それが、余計辛かった。


綺麗事ばかり言って今のぼくはそんな事を思っていない。

生嶋さんがぼくを誘ってくれてなかったら、生嶋さんのことを詳しく知ることはできなかったし、なにより生嶋さんと一緒にいることもなかった?

今、誘ってくれなければ、出逢わなければと思っている。

もし誘われてなかったら結果だけしか聞かされないなんて、嫌だ?

今では本当にそう思っているのかさえ分からない。


この苦しみから解放されたいがために生嶋さんの記憶を全部、失ってしまいたい――――そう、思ってしまった。

本当に最低な男だな、とつくづく思う。


と、聞き慣れたスマホの着メロが鳴って思考を中断させた。

こんな時に、誰なんだ。

メールを見る気力さえ、ない。

そう思いながらものろのろと枕元にあったスマホのロックを外し、新着メールを見る。

それを見てぼくは大きく目を見開いた。



それは、生嶋さんからのメールだったから。


「なっ、なんで……!」


驚きのあまり飛び起き、食い入るようにスマホの青白い画面を見つめた。


_______________


From.生嶋幾羽


これを見ている頃には、わたしはもうこの世にいないかな?

言葉では伝えられないから、文字にして伝えることにしました。


_______________


これは、生嶋さんが死ぬ前に打ったメール……!?


_______________


まず、わたしとデートをしてくれてありがとう。

まさか本当にしてくれるなんて驚いたよ。

ちょっと無茶しちゃったけど、その分楽しくて幸せな思い出が作れた。


残される世尾くんにはすっごく酷なことをしてしまったと、自分でも思ってる。

わたしの我儘(ワガママ)に付きあわせてしまって本当にごめんなさい。どんなに謝っても足りないと思う。

けど、どうしても最後に思い出を作りたかったの。


世尾くんが、好きだったから。


_______________


え…………!?

・・・

ぼくのことが、好きだった?

高校で再開したっていう男の人は――――――ぼく!?

再開ってことは前に会ったことがあるということだけど……思い当たる節がない。


______________


本当は、気持ちを伝えないつもりだった。

けど、ごめん。

一緒に遊んでたら気持ちを閉じ込められなくなって。

わたしの気持ちを知ってもらいたかった。


前に「ぼくにはこんなことしかできない」って呟いてたけど、世尾くんは十分魅力的だし、私に色々なものを与えてくれたよ。


わたしの我儘に付き合わされた世尾くんは、わたしなんかと出逢わなければ、遊ばなければよかったって後悔をたっくさんさせていると思う。


ちょっと悲しい気持ちはあるけど、構わないよ。

わたしがしたことの、代償だから。

でも、これだけは忘れないでほしいな。


わたしは、あなたに出逢えて、とても幸せでした。


暗かった人生にカラフルな色を塗ってくれた。

あんまりアピールできない見てるだけの恋だったけど、片想いって意外と凄く幸せなの。

小さなことで喜べるから。

付き合ってしまったらそれが当たり前になっちゃうんだよね。


勝手に現れて勝手に消えてったわたしが言うのもなんだけど、世尾くんに出逢えたことに後悔はないよ。

あ、あとね、今だから言っちゃうけどカップルって思われてたのも嬉しかったんだ。

……でも、世尾くんの気持ち分からないままこの言葉を打ってるから……わたしのことをあまり良く思ってなかったらごめんなさい。うざいよね!


わたしが例え死んでしまっても、わたしの為に泣かないで欲しいです。

わたしを想って泣いてくれるのは嬉しいよ?

けど、やっぱり涙よりも笑顔が好き。

泣いてたらデコピンしに行っちゃうよ!


綺麗な女の人と結婚して、おじいちゃんになるまで幸せに生きてね。

わたしからのお願いだよ。


It was good that I was able to meet you.


________________


読み終わっても、何度も何度も生嶋さんからのメッセージを読み直した。


ぼくだって、生嶋さんとデートできて楽しくて幸せだった。

浮かれてしまうほど、幸せだったんだよ。この気持ちに嘘はない。

ぼくは生嶋さんの人生を彩れていたんだ。

生嶋さんみたいな人に思われてぼくは幸せ者だったんだね。

光栄と言ってもいいほど、ぼくには勿体無い人だった。


もう枯れてしまったと思っていた涙がまたぼろぼろ流れ落ちる。


“It. was good that I was able to meet you.”

――――――『わたしはあなたに出逢えてよかった』


うざい? そんなことを思うはずないよ。

ぼくだって、嬉しかったんだから。

ぼくたちは両思いだったんだね。

けど、決して結ばれない赤い糸を持って生まれてしまった。


「……うっ、うわぁ……っ……うわぁぁぁぁぁ!!」


カーテンがふと揺れて、閉ざされた部屋に外の光が入ってくる。

生嶋さんといられて楽しかった。幸せだった。

けど、それも全て過去の話だ。

生嶋さんの我儘は、我儘っていうほどの我儘じゃない。ささやかすぎる。

確かに生嶋さんの起こした行動で、これからも後悔したり憎んだり悲しんだりすると思う。

これからも生嶋さんから抜け出せなくて、ずっと泣いたり暗かったりするかもしれない。


だけど、生嶋さんの為にぼくはなるべく泣かないようにする。

笑顔でいるよ。

デコピンたくさんされちゃいそうだし……。

すぐにはいい恋ができないだろうけど、生嶋さんよりも綺麗な女の人と幸せになってやるから。


でも心の中にずっと生嶋さんはい続けるだろう。

こんな別れ方、生涯忘れるはずがない。


(クジ)けそうになる時もあるけど、生嶋さん、ぼくを見ていてね。

もうこれで泣くのはやめにするから。

ぼくは濡れた目をごしっと袖で擦り、ベッドから立ち上がると高級感のあるカーテンを勢い良く開いた。

そこから見える雲ひとつない青空の下で、茶色い幹の葉のない木が寂しげに枝を揺らす。

それは、まるでぼくと生嶋さんを比喩しているよう。

この木々は季節が移り変わるごとによってこの寂しげな雰囲気もガラリと変わる。

木とぼく、どっちが早く変われるかな?

生嶋さんが見守ってくれているような気がして、思わずふっと頬を緩めた。


あけましておめでとうございます!

遂に『チョコミントが溶ける頃に』完結です……!

連載にすればよかったですね(笑)

ここまでついてきてくれた方、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回も楽しく拝見させて頂きました。 主人公が葛藤やためらいを乗り越えて行動していくことで、展開に劇的な起伏が生まれたかと思います。 「好きだって気持ちをただ伝えればそれでいいじゃないか」と…
[良い点] 上、中、下と常に続きが気になって仕方がないお話でした。甘すぎないけどほのぼのとした、それこそチョコミントのような恋愛ものでした。 [一言] おもしろい小説をありがとうございました!もしよろ…
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