番外編 記録その四時 ラルー視点
背後に立つ赤い線の走る白い面を着けた男・・・
イヲナは私にはどうでもいい存在だった。
いてもいなくても変わらない、その程度の存在で
エレベーターが停まった時は邪魔になりそうだから
真っ先に切り捨てようと思った。
でも私は彼を切り捨てなかった。
切り捨てなかった自分に今も心底、驚いている
私には他人など、どうでもよくて
お兄ちゃんや弟のナラスだけが私には大切で
そのはずなのに、イヲナに対しては変な想いを抱いている自分がいる・・・。
なんだか・・・もっと一緒にいたいって、
熱いような冷たいような、複雑な気持ちにさせられた。
なんで・・・?
不思議で仕方がないわ・・・。
でも、この想いの熱さは“あの人”には及ばない。
“あの人”が私の中では事の全て。
“あの人”がいたからこそ私はイカれた邪魔男・・・
“天才の博士”こと、“私を作った男”から逃げようと思ったんだ。
私にはあまりにも“あの人”の背が
大きくて、大切で、愛おしくて、そして・・・悲しかった。
もう“あの人”はいない。
いるかも知れないと信じ、調べたけれど本当にいないんだ。
だから・・・悲しい。
まだ私の心の中では迷いが生じている。
イヲナは私には最大級の天敵で倒さなければならない存在なのだ。
ならば・・・危険な存在を今のうちに始末しておく?
・・・でも、出来ない・・・。
何故? 解らない・・・。
「ガトリングおじさん」
私は迷ったままでも、
目的を見失っていない。
「俺には名前が」
「殺す人間の名前に興味ナシ」
「殺す気満々だな嬢ちゃん」
「ええ、絶対に貴様を殺すわ
だって私の愛おしいお兄ちゃんを狙ったのだもの
容赦はしないわ」
私はお兄ちゃんがとても大切だ。
唯一、ずっと私の傍らで私の苦痛を見てくれて
私を慰めてくれた。
私が危ない時も何度も助けてくれた。
私は・・・お兄ちゃんがいないと生きていけない・・・。
ただでさえ、“あの人”がいなくなってからというもの
強烈な“自殺願望”にどれだけ苦しめられたことか、
それと同時に私は・・・
日に日に“殺戮衝動”に駆り立てられるようになった。
私は・・・人間が憎い。
のうのうと幸せなクセして不幸なヤツを妬むし、
かと言って幸せ過ぎても嫌われる・・・。
ほんの少しでも他と違うようなら社会的排除をされるし
どれだけ正論を語ろうともその言葉に耳を傾けられる事もない。
なんと愚かで、傲慢で、醜い生き物なのだろうか・・・!
私はただただ、その醜さに絶句をした。
・・・だから私は私自身を憎悪した。
人間である自分が、あの邪魔男・・・
“博士”の娘である自分が憎くて仕方がなかった。
それこそ自分を殺したいほどに・・・。
―――嗚呼、神よ
私は生まれてはならない存在だと言うのですか?
ならば、私はアナタを憎みます。
憎み怨み、呪います。
だって、生まれてはならない存在だから
毎日のように
罵られ
憎まれ
嫌われるなんて
理不尽です。
生まれてはならない存在なら最初から私を生み落とさないで
私はこんな風に苦しむために、生まれたワケではない・・・。
こんな苦痛の日々を味わうくらいなら、
そもそも生まれたくはありませんでした。
私を・・・この世に生まれ、そして呪われ、忌まれたこの私を
決して許してくださらないアナタを・・・永遠に呪います。
・・・私さえいなければ、こんな事にはならなかったのに・・・。
何度そう嘆いた事か、
終わらない絶望の日々。
未だに癒えぬ我が心の傷―――
「・・・黙って聞いてりゃ、
なんだ? その勝利を確信したような態度は
俺のガトリングの餌食にしてやろうじゃねーか!! ネズミ!」
嗚呼、なんと醜い事か
傲慢で己の弱さも醜さも何も分かっていない。
これだから人間は嫌いだ。
悪魔よりも大嫌い。
ここまで私に嫌わせるアナタ達がいけないのよ?
「・・・私はネズミではないわ、
・・・私は・・・敵を絞め殺す“蛇”よ」
私は蛇。
そう、白く紅い目の・・・自然界では生きていけない。
誰かの手の上でなければ・・・生きていけない惨めな蛇・・・。
悔しい・・・。
「へッ! その言葉、後悔させてやる!」
ガトリングおじさんは自信過剰だ。
このあと自分がどうなるかも知らないで・・・。
ガトリングが回転を始める。
まだだ、発砲を開始した瞬間
時間を止めればいい。
簡単な作業。
私はここで死ぬ可能性は全くない
なのに・・・
「おいッ! ぬしは死ぬ気か!?
例え吸血鬼だとしてもガトリングの弾丸の嵐を受けてみよ!
ただでは済まぬぞ!?」
背後に立つイヲナが声を荒げ叫ぶ
・・・私は死なないのに、なんで、そんなに私を心配するの・・・?
理解出来ないわ、その心配の根源が
・・・初めてよ・・・そんなの、赤の他人のクセに
私を本気で心配する人間なんて・・・
偽善者? 嘘吐き? それとも・・・真実?
解らない・・・解らないわ・・・。
何よりも理解に苦しむのは・・・
イヲナを疑っている自分がいるのにも関わらず
イヲナに心配されてとても喜んでいる自分がいる。
どう言う事なの・・・?
そして私は不意に思い出した。
・・・“恋”・・・
昔、辞書でそんな言葉を見つけて疑問に思った。
そんな現象が、本当に起きるのか?と・・・。
私は・・・イヲナに、恋をしている・・・?
そう、私は気付いたと同時に私の、
空っぽの心臓が、熱さを帯びた気がした。
私はイヲナに振り向き、
なるべく大きな声で、そのクセなるべく声を抑えて
言った。
「イヲナ、私はアナタの事が気に入ったわ
だから特別に助けてあげる・・・
私はアナタに恋しているみたいだわ? 不思議だけれど好きよ・・・!」
渾身の告白だった。
人生で初めての、“愛の告白”
こんなにも心臓が馬鹿みたいに脈打っているわ・・・。
なんとなく・・・私の空虚の心が、幸せに僅かに震えた気がした。
最も、これが人生で最後の告白なのだろうけれど・・・。
私の告白と同時にガトリングがその弾丸を放つ。
私はすぐに“その時を止めた”
止めた時の中。
全てが停まった。
ガトリングの弾丸も、
イヲナの命も、
世界が・・・。
・・・イヲナの感じからすると
私の告白はどうやら聞こえてなかったようだ。
残念 仕方ないわ・・・。
この告白の事実は墓場まで持っていくとするしかないわ?
そして・・・ガトリングはやはり凄まじい・・・。
時を止めたから弾丸一つ一つが空中で止まって浮かんでいるようだが、
その数がもう・・・。
けど、まぁ・・・心配はないでしょう。
時を止められる以上、私には常に勝機がある。
それに・・・今日はとても調子がいい。
今までは息をするだけでも
自分自身に対する憎悪心と
“あの人”に対する罪悪感から苦しかった。
でも・・・今日は違う、こんなにも清々しくてスッキリしたのは初めて。
自分の想いを初めて他人に対して言葉に出来たから?
そうね、私は普段から心の内を隠すようにしているから
知らず知らずの内にそれが苦痛になっていてもおかしくはない。
この想いをお兄ちゃんに伝えたい・・・。
ふと、そう思い私はガトリングの弾丸を避け
ガトリングおじさんの脇を潜り409号室の中に侵入。
お兄ちゃんは退屈そうな顔で
手錠をかけられ椅子に座っていた。
私は手錠を壊してお兄ちゃんの肩に触れた。
“お兄ちゃんが私の時間の中でも動きますように”
そう、祈りを込めて心の中で呟いた。
するとお兄ちゃんはハッとしたように動くと
真っ先に私の顔を見た。
「僕の絶世の美女な妹!」
「お兄ちゃん~!」
そう言って私とお兄ちゃんは抱き合う。
この時間が大好き。
「あのね! お兄ちゃん!」
「なんだ? ラルー」
「私、すっごくスッキリして清々しいの!
こんなの初めて!」
「・・・え?
なんで!? 突然!?」
「・・・うん! 本当に突然だよ~!」
さすがにお兄ちゃんにイヲナの事を伝えたら
お兄ちゃんにイヲナが殺されそうなので嘘を吐いた。
良かった。お兄ちゃんには読心能力なくて・・・。
「ラルーの心は本当に気まぐれ屋だねー?」
そう言って満面の笑みでお兄ちゃんは私の髪を撫でる。
二人きりの時はいつもお兄ちゃんはこんな感じ。
「それはそうとね? こいつ等どうする?」
「そりゃあ殺すしかないだろう?
確実に僕らに危害を加える気でいるし、
今回失敗しても折れなさそうだったよ? 皆殺ししかないよ」
「そうかー
じゃ、お兄ちゃんはこの部屋にいる雑魚をお願い
私はガトリングおじさんと遊んでるから」
「ガトリングおじさん? ああ、ガトリングぶっぱなしてる野郎か
遊ぶって事は・・・ラルー、楽しめよ?」
「もちろんだわー? お兄ちゃん」
私はそう言って元の場所に戻る。
お兄ちゃんは部屋の向こうから私に手を振っている。
ニッコリと自然に私は笑った。
そして私は銃を召喚し
ガトリングの弾丸に向け発砲。
さて、ガトリングおじさんはどういう断末魔の叫びをあげるのかな?
どんな顔で死ぬのかな? 最後にはなんて言うのかな?
私を罵るのかしら? それとも運命を呪う?
はたまたは自身の死を受け入れられないとか?
アハッ・・・!
これだから楽しい・・・!
どんな汚い最後でも人間の良いところは、
全然、つまらない死に方をしない、という事だわ?
必ずその命の重みを示す。
死に対する反応、リアクションがこれまた面白い・・・!
人の死を面白がるなんて、最大級の死者に対する冒涜だけれど
そんなのとうの昔に気にもならなくなったわ?
私は・・・これだから許されなくて報われない。
でも、悔い改める気なんて微塵もありませんこと。
私はこれからも人間を、
壊して 殺して 終わらせてあげるのだから・・・!