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無意味な追憶

記録その壱の前日譚。

ぐちゃ。


嫌な、嫌いな音が、聞こえる。


ぺちゃ。 かちゃん。


淡々とした作業は順調に進んでいた。


真っ白な部屋。

扉も壁も、鏡張りのような窓ですら

白く塗りつぶされていた。


だが、今だけは

ある作業のために、白い壁には青い布を張り付けて

真っ白な部屋は一時的に真っ青な部屋になっていた。


真っ青な部屋の中心だけは、白でもない、青でもない

狂おしい色で染まっていた。


私の目の色と同じ。


赤。


第二の子の目とも同じ色。


赤。


私の中からはじけて、零れ落ちた、色。



「あの・・・博士」


「なんだ」


「最初の作品が、私のことをずっと見ているんですが」


「放っておけ、お前のことなど見ていやしない」


「は、はあ・・・」



真っ白なコートのような服を

何故かここにいる人間たち、皆が身に着けているのが不思議だった。


でも、誰も私の疑問などには答えてくれるはずはない。


ここでは私はいないのと同じ。

ここでは私はどうしても必要らしいが、

この〝考えている私”はいらないらしい。


だから、考えている私には誰も関心はなく

真っ白な服を着た人たちは今日も

“何も考えない私”を開けて調べていた。



「麻酔も使っていないのに、泣きも叫びもしないなんて・・・

いやそれ以前にどうして表情一つ変えないんでしょう」


「痛覚が無いんじゃないのか?

痛覚があれば、いくら作品でも耐えられないはずだ」


「とすれば、作品たちは感覚を無効化することすら可能というわけか

凄いな」


「そうだとしても、やっぱり気味が悪いわ

同じ人間だとは思えない・・・」


「はははっ!!

元人間の間違いだろ? こんなのが人間とは呼べないだろう?」


「それもそうね・・・」



何を言い争っているんだろう。


よくわからない事ばかり。

人間だとか、作品だとか。

次の実験だとか、計画だとか。


私は一体、何なのか。


考えている私はいらない。

空っぽの私はいる。


ならばどうして、考えている私はここにいるんだろう。


いらないなら、ハイキしてしまえば良いのに。

どうしてハイキしないのだろう。


・・・分からないなら、聞けば良いか。



「は、くし」


「・・・なんだ」



真っ白な服を着た人たちが皆、固まる。


私を取り囲んで作業をしていたのに

その手を止めて、嫌な目を向けてくる。


形容の出来ない色の目。

大嫌い。


だけど一つだけ、澄んだ綺麗な色があった。

第二の子の“青”と“黒”

私の“赤”と“白”

それ以外で知っている唯一の色“緑”


その緑が、私を見てくれた。


空っぽの私じゃなくて

考えている私に。



「わた、し・・・いら、な・・・い?」


「・・・必要だ」


「な、ら・・・ど、うして・・・

わ、たしを、しら、べない・・・?」


「・・・お前の事は生まれて以来、ずっと調べているぞ」


「ち、がう・・・

それ、は、空っぽの、私・・・

わ、たしは・・・考え、てる、私・・・」


「自我と肉体を別のものと認識しているのか、驚いた

この隔離された環境で霊魂の概念を得ているとは・・・

他に、分かることはあるか?」


「・・・し、らない・・・」


「・・・ちなみに、痛みは感じているか」


「痛み、嫌い・・・

で、も・・・痛み、は、それだけ

それ、だけなの・・・」


「・・・だ、そうだ

お前たちの説は違ったようだ」



他の白い服を着た人たちにそういうと

博士は作業を再開した。

だけど、他の人たちは固まったまま動かない。

私の事を見て、近寄れないみたい・・・?


ああ・・・私のことを見てくれたと思ったのに。

やっぱり、博士も私を見ていない。


だめ、考えている私が何なのか

まだ聞けていない。

聞かなきゃ・・・



「お願い・・・!

私を、み、て・・・!」


「・・・考えているお前の方を、か?」


「そ、う・・・」


「何が言いたい、はっきりさせろ」


「私、は・・・なに・・・?

わ、たしは・・・なんで」


「随分と哲学的なことを考えるな」


「てつ、がく・・・?」


「最も、現実的な考え方

根本を正す学問のことだ」


「・・・そん、なも、の、求めてな、い」


「他人に答えを求めてどうする?

その自我を認識できるのは本人だけ

他人にはお前の自我を証明する術などない

だとすれば、必然的に答えを導き出さなければならないのは

他ならぬお前自身でなければならないだろう


考えるお前がいるのならば、好きなだけ考えろ

答えが出たとき、私は聞くだけだ」


「・・・」


「にしても、その言語障害は随分と酷いな

いっそのこと喉を潰してみるか」



博士は緑の目を閉ざして

ゆっくりと、鋭いメスを私の喉にあてがった。

どこかその顔は楽しそうに見えた。


・・・だけど、私は



「私は、いない

なら、答えは、他の、ひとに、しかない

はくし、知らないの・・・?」



メスが、私の喉に突き刺さった。


















・・・・・








「はぁっ・・・!!」



弾けるように私は飛び上がった。


身体中がじっとりと嫌な汗で湿って

寝間着が身体にまとわりついて気持ち悪い。


身体中が軋んで痛んでいた。


目の前には私が書きあげた書類が散らばった机があり

さっきまで上半身を預けていたせいで

何枚か紙をくしゃくしゃに折り曲げてしまった。


私はついさっきまで

ここで座って、計画を書類にまとめていたのだ。



ああ、いつの間にか私は寝ていたのね。


そのおかげで不愉快な夢を見てしまった。

油断は禁物なのに、私は夢にうなされ

一時でも無防備な瞬間を作ってしまっていたのだ。



「これじゃあ、殺し屋失格ね・・・」



良い襲撃のタイミングを与えることになるのだ。

殺し屋としては、断じてあってはならないこと・・・

これじゃあ、殺してくれと言っているも同然。


私はまだ殺されてやるわけにはいかないもの。


今後はこんなことのないように気をつけなきゃ・・・。

冷静に私は状況を分析して、肝に免じた。

でも、内心は穏やかじゃない。


かつてあった過去。

私がまだ、博士に何かを求めていたときの夢。


あれから何年も経った。

私はもう、あの頃のような無知な子供じゃない。

今や博士に復讐を誓って、戦う力を得た殺し屋だ。



それでも、悲願はいつまでたっても遂げられなかった。




「はぁ・・・」



ゆっくりと、背伸びをして

私は立ち上がる。


身体を引き延ばすような感覚には

どこか心地よさがあった。


疲れが溜まっているのかもね

そろそろきちんとした休みを取った方が良いかも知れない。



辺りを見回して

私は裸足で歩き出した。


冷たい石の床にこの足を弾ませるたびに

冷たさが伝わって、打ち付ける足音が虚しく響き渡った。

ここは私の城。


この裏の世界に来て

初めての買い物はこの城を買う事だった。


普通、殺し屋の最初の買い物は

仕事で使う獲物の事が多いそうだ。

だけれども、私は幸いにも“師匠”が様々な面倒を見てくれたおかげで

わざわざ獲物を買う必要がなかった。

他にも殺し屋に必要になる諸々も全て。


たまたま“師匠”の機嫌が良くて助かった。


だけど、そのせいで

せっかく仕事で稼いだお金の使いどころがなくなってしまった。


初めての稼ぎ。

特別なお金だから

やはり何か形に残るものを買ってみたかった。


だから、私はここを買った。

この城を。


裏の世界の唯一、保護されるべき歴史的遺産。

全ての始まりの場所。

“始まりの吸血鬼”の根城であったところ。



そもそもこの裏の世界を作り上げたのは

“始まりの吸血鬼”と呼ばれる男だった。


この世界は吸血鬼たちのためのもの。

吸血鬼が生き永らえるための、理想郷。

今の吸血鬼たちが生きているのは

その理想郷を作り上げた“始まりの吸血鬼”のおかげ。


そのため、吸血鬼たちにとって“始まりの吸血鬼”とは特別な存在であり

そのゆかりの地であるこの城は彼らにとって大切な遺産だった。

だから、守り続けていたのだ。



でも、守り続けていた吸血鬼に

私は交渉した。


“この城を売って頂戴?”


ちゃんとその価値に見合った額の現金も携えて

私はきちんと交渉したのだ。

だけど、断られた。


彼らにとって、その場所がいかに大切で貴重なものなのか

私には分かる・・・いえ、分からなかった。


ただ守るだけじゃ、朽ち落ちていくだけ。


頑なに守ったところで意味などないのに

石のように頑固に守っちゃって。

・・・本当は何とも思っていないくせに。



私は初めての稼ぎで

裏の世界で最も特別な場所を買いたかった。

本当にあの城が欲しかった。


だから・・・



“なら、賭けをしましょう?

あの城と、私の命とお兄ちゃんの命を賭けて”




・・・そうして、私はこの城を得た。





冷たい古城に独り。


私は虚しい日々を送っていた。



吸血鬼を欺いて城を得たあの日から

私は彼らに危険視されたが、

私は殺しの仕事以上の事をする気配もなかったので

彼らは私のことはひとまず放っておく事にしたらしい。



お兄ちゃんはアメリカでハードボイルドに過ごしている。

酒に煙草に、謎の美女と銃と過激な生活をしているようだが

酒はともかく煙草だけは止めてほしい。

あと、謎の美女は妹の私を差し置いてしゃしゃり出てくんな。



師匠は私がこの城に住んだと聞いて

興味津々に話をするよう催促してくるが無視。

そうしたら師匠も関心をなくした。

どうせ、“飽きた”のだろう。



そして、あの男はまだ、生きている。

緑眼の、天才の博士

私はアイツを殺すためにここまで来た。



もはや奴に答えを求める事は諦めた。

私の行く末は誰にも分からない。


・・・それでも、私は未だに奴に求めているのだ。

答えじゃない、何かを。



あれから私はひたすら答えを求め続けた。

虚ろに、無意味に。

ひたすら他人に求めた。


だけれども、だれも答えてはくれなかった。


天才の博士ですら回答を避けるのだ

普通の人間などには回答を避ける事すら出来ない。

それほどにまで難しい事なのだ

回答を避けるべきだと判断出来るだけ博士は優れているのだろう。


この世で答えを求める事は不可能。

ならばどうすれば良い?


分からなかったから

私は未だに博士に求めるのだ。


答えじゃない、何か。


答えに近づける何かを。



「・・・だから、殺すの

だから、生きるの」



殺される時になれば、何かを示してくれるだろう。

天才の博士でも死ぬ時になれば・・・。



虚しくても生きるの。

奴を殺すまでは。



追憶を、越えるためにも。






「・・・あれっ」




不意に、脳裏を理解不能なイメージがよぎった。



無理やり車に引きずり込まれていく感覚。


視界に映るのは私がお兄ちゃんに贈った短剣と

それを握りしめている黒い手袋をはめた見覚えのある手。

そして灰色の袖口。


車に引きずり込まれて、短剣を奪われて

きつく紐で縛られる。


目の前で閉じていく扉の先には若い男と白い仮面。

でも私が気になったのは更にその先。

・・・日本語の看板が見える。


有名なチェーン店の看板だが

興味深いのは通常と異なるタイプの看板だ。


普通なら店のロゴと店名を大きく目立つように取り付ける。

違う店舗でも同じ店だから同じような看板を使い回すが・・・

その看板は通常とは異なっていた。


和をイメージしたようなアレンジが加えられ

そのうえ、目立たない色合いに変更されている。



チェーン店のよくある工夫だ。

特別な店舗に限って、店のデザインまで変えて

その雰囲気に合わせる。


和を全面に押し出し、

下品な目立つ看板の設置をはばかられるような場所は

この国では一つしかない。

京都だ。



この場所は京都に違いない。



なんてこと。

アメリカにいるはずのお兄ちゃんが京都にいる。

しかも、その京都で何者かに攫われている!



まずいわ、こうしていられない!

今すぐにでもお兄ちゃんを助けに京都に行かなきゃ・・・!



「・・・待って、今のイメージ

何かおかしい」



慌てて駆け出した足は、だがすぐに止まった。


今のイメージは私とお兄ちゃんが繋がっているがゆえの産物。

つまり、今の映像はお兄ちゃんが目で見、肌で感じた全てなのだ。

だから映像そのものに疑いの余地はない。

私をその場所に誘い込むための罠とは考え難い。


なら、この違和感は何・・・?


思い出せ、思い出すの・・・

京都、車で拉致、閉ざされる車の扉・・・!

それだけじゃない・・・! あと何かがある・・・!



奪われたお兄ちゃんの短剣、扉を閉じる若い男、白い仮面!



「・・・白、い・・・仮面・・・?」



やがて、違和感の正体を私は見つけだした。


そうだ、あの場面で白い仮面だなんておかしい。


扉を閉じる若い男、その先に見えるチェーン店の京都店

その下にソレはいた。



白い仮面。

黒い墨で引いたような線と鮮やかな赤の印がなされた

端正な白仮面。


仮面は顔に札のように貼り付けられ

素顔一つ、丸ごと覆い隠していた。


ただ分かるのは、後ろで一本に結われた黒髪

寝癖のようにいくらか跳ねた髪は男の割には長めで

肩に垂れる程度。

そして、この時代には似つかわしくない古臭い白い着物。



そんな一目でおかしい人物を

私は景色の一つか何かのように見逃していたのだ。


今日は殺し屋に相応しくない失敗を犯しまくる日ね。

我ながら情けないわ。



・・・あの仮面には見覚えがある。


かつて、博士の研究所から脱出したときに

私と戦った男だ。


あの日も今日のように相応しくない過ちを繰り返してしまった日だった。

現に我ながら何をとち狂ったのか、

死に物狂いで戦ったその男に情を寄せて助けてしまった。



博士の奴隷である、あの男が

お兄ちゃん誘拐の現場にたまたま鉢合わせたとは考えづらい。


何らかの関わりがあると考えるのが道理だろう。


重要参考人Aといったところだろうか。



「ともかく、誰であろうと

お兄ちゃんに危害を加える奴は許さないわ・・・!!

相応の覚悟をなさい・・・!!」



私は頭の整理を終えると

早々に城を飛び出していた。



かつての追憶を胸に。




ゆるりと堕ち行く我が業のように。

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