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ヤンデレ死神少女 監視記録  作者: 黒炎 ルカ
奪われた日常 始まる非日常
23/31

記録その弐拾壱 殺戮の連鎖その終

「神父の分際で、悪魔崇拝者だったのかよ・・・

ふざけるな、死ぬ時ぐらい静かに死にやがれ・・・・

おのれ・・・地獄の底で煉獄の炎に包まれて苦しむが良い・・・」


「ラルー 怒っているのか?」


「・・・イヲナぁっ!

そりゃあ怒るわっ! 私の心臓をこれ以上に握りつぶさないで頂戴っ!」



“十字剣の神父”と死闘を繰り広げ、勝利を収めた“狂気の死神”

ラルーは不機嫌そうに頬を膨らませ、腕を組み

室内を行ったり来たりをして“十字剣の神父”の悪口を並べる。


“十字剣の神父”は死の間際、

何でも無いラルーに“無ナル者”などと言う名を与えたのだ。


その事を不服としたラルーは子供のように拗ねた。


・・・先ほどの凄まじい剣幕が嘘のようだ

“十字剣の神父”と対峙したラルーは

いつもの笑みを浮かべる事なく無表情なまま殺した。


ほとんど別人のようだった・・・。


纏う気迫だけで圧倒されてしまう程で

様子がひたすらにおかしかった。


具体的に何が起きたのか・・・私でも把握しかねない。



「ラルー・・・よくも真相も聞かず、殺したな?」


「・・・ちぇ、べっつにいいじゃーん!

どうせ、真相の方はアイツに喋らせるから~・・・」


「・・・ラルー、やはり黒幕に心辺りを持っておったか」


「・・・隠してゴメン」


「本当に迷惑だ」


「・・・シュン・・・」



真相を明らかにするべく、

ラルーを問い詰めると、開き直った。


へティー・ルアナから事情を説明された時点で

何か心辺りがあった様子だったが

ラルーはそれを隠した。


事情があるのだろうが、

真相を知る手立てが無くなった今、そうは言っていられない


あくまでも、此度の敵を逃す気は断じて無いからだ。


我々の“力”を熟知した黒幕―――その何者かの正体が分からない限り

私は納得出来ない。


今回ばかりは多少の被害も覚悟してでも

ラルーの口をこじ開けさせてやらねば・・・。



「・・・い、イヲナ・・・

ちょっと、それ、大胆~・・・やだなぁ、もう・・・」


「・・・口ではなく、腹をこじ開けようか」


「私を解剖してどうする気!?」


「無論、何が何でも真実を聞き出す為に決まっておろう」


「それはただの拷問!

しかも、吸血鬼とか、なかなか死なない奴にやる拷問じゃない!

私を拷問してでも真実が欲しいの!?」


「ああ、私の心を無断で読んだ以上

私がここを譲らない事はしかと理解しただろうな?」


「・・・わかったよ~ 隠すのも悪いし~ 従うしか無いわね~」



私の心を読んだラルーは勝手に照れ始める。

心を読まれたのならば、私がどれだけ黒幕の正体を知りたがっているか

分かっているだろうから、隠さず聞き出してみると

やけに聞き分けの良いラルーは承諾してくれた。


なんだ、逆に気味が悪い・・・。


私に付着した多量の血をラルーは物欲しそうに見つめていたが

即座に手持ちのハンカチで拭って

ラルーに先を急ぐように言うと、ラルーは名残惜しそうに落ち込んだ。


真相の方が最優先事項じゃ、さっさと明かせ。


情緒不安定さに拍車がかかっているラルーは

とりあえず、満面の笑みを浮かべると

私の手を掴み、室内奥に隠されていた階段を登り始めた。



・・・この古教会は4階建て

“十字剣の神父”と戦い、勝利したのは3階の出来事。


最上階に敵はいるものだと思っていたのに

その1階下で待ち構えていた事に違和感を覚えた。


まさか、最上階に黒幕がいるとでも・・・?



「ん・・・カンが鋭いねぇ~」


「・・・!?」


「そ、黒幕サンはこの上に居るんだよ・・・

でも・・・実を言うと、

黒幕サンが誰で、何が目的なのかは分からないんだよね」


「なんだと? どういう事だ?」


「そこにいるのは私の知人で間違い無いのだけれど、

候補が何人もいるもんだから、特定しきれないの・・・」


「文字通りに、心辺りが有り過ぎる状態か・・・

黒幕が誰か分かれば大体の動機を推測出来るか?」


「出来るね」


「それならば良い

例え、口を閉ざしたとしても問題は無いのだから・・・

さぁ・・・この上にいるという黒幕に会おう」


「・・・りょーかい」



ラルーは簡潔に事情を説明してくれる。


黒幕は彼女の知り合い・・・。


狭い螺旋階段を登り

私とラルーは遂に、黒幕が待ち受けている

時計塔の最上階にたどり着いたのだった。



時計の基盤の裏側が私を圧倒する。


ステンドグラスのような文字盤が陽の光を透かして

室内はぼんやりと明るい。


巨大な歯車が幾つも噛み合わせられた装置が剥き出しになっている。


下の質素な部屋とは違い、

不思議な雰囲気を持つこの場所は何故か、安らかな気持ちにさせられる・・・。

少なくとも、人が住む空間ではないが、いつまでもそこにいたいと思わせた。



「ラルー」



そんな空間の中、

異質な存在感を放つ“何者か”がいた。


ラルーの読み通りに・・・。


だが、黒幕にとっても

ここにラルーが来る事は読みきった事実のようで

私たちが話しかける前に、その黒幕が口を開いた。



「・・・何故、私を無視した?」



ひどく、冷たく突き放すような強い口調。


その者は時計盤の方を向いたまま

話していたが、ラルーが押し黙ったせいで

こちらにゆっくりと振り返る。



「っ・・・!!」



前方に佇んでいたラルーが明らかに震えた。


それも無理もない、

同じように、私もとても驚いていた。


その黒幕は、銀と黒が混じる柔らかそうな髪を伸ばし放題にして

寝癖もそのままにしている事から“だらしない”人間だと分かる。


黒い帽子を被り、銀縁の眼鏡を掛けて、

左耳には黒い十字架の飾りを垂らしたピアスを付けており


長い前髪の隙間から、輝くように鮮やかな“紅い瞳”を覗かせていた・・・。


知的なような雰囲気を演出しているが、

真の天才を知る私には、それが“演出”だと分かった。

言い知れぬ“何か”をひた隠す・・・得体の知れない男だと、私は直感した。



「いや、今は・・・“狂気の死神”と呼んだほうが良いか」


「茶番は終いよ!

・・・ディアス・・・!」



曖昧な霧のような男は

さぞ退屈そうな、不機嫌な無表情のまま

ラルーをからかった。


それにラルーは不愉快そうに睨みつけている。


名を“ディアス”という男・・・

彼はラルーとどのような関係を持っているのだ?



「まさか、貴方が黒幕だったなんて・・・

どうしてこんな事をしたの? 貴方が情報屋嫌いなのは知っていたけれど・・・」


「確かに、私は情報屋が嫌いだが


そんな事よりも、

お前は“悪魔憑き”の気配を敏感に察知する能力を持っているはずだぞ

この建物に入る以前から私の存在には気付いていただろう?

何故、私に気付けなかった?」


「・・・“悪魔憑き”の知り合いが何人も居るから、よ・・・」


「ほう・・・?

なるほど・・・この私に、お前はその“知り合い”を隠していたワケだ」


「黙れ、貴様なんぞに知らせてやる義理は私には無い!」



・・・まったく、話について行けぬ。


どういうわけかディアスはラルーに怒っていた。


ラルーが知る“悪魔憑き”の知り合いを隠した事に

何故、ディアスが怒るのか分からないが・・・。


ラルーの言い分はもっともだった。


理不尽にディアスは怒っているようにしか見えない。



「・・・何故だ? 理解出来ないな、

情報屋なんかとつるみ、勝手に私の元を離れ、

その上、ワケの分からない男と付き合い出すとは・・・」


「ワケの分からない男って・・・イヲナの事?」


「ほう、その男は“イヲナ”と言うのか」


「っ・・・!

貴方には感謝している、おかげさまで私は自分で生きる事が出来た

でも、そこまで支配される筋合いは無いわ・・・」



今度は私に飛び火がかかった。


そこの、ディアスとやらよ、

ぬしは誤解をしている。


私は好きでこやつと一緒にいるわけじゃないのだ

ただ、こやつを探りたいだけなのじゃ

へティーと言い、どいつもこいつもすぐに勘違いをしおって・・・。


だから、“付き合う”なんて誤解を招く言葉を使うでない


それよりも、ぬしは何なのだ・・・!



「ラルー、事情を説明してもらえないだろうか」


「・・・この人は・・・私の、師匠よ・・・」


「・・・師匠、だと?」


「そ、お師匠様よ~・・・はぁ、敵わないわ、こりゃ降参しかないねぇ~」


「呆気なく諦めるのか?」


「・・・私に戦って欲しいの?」


「・・・」



うむ、やはり話がややこしくて

どうすれば良いのか分からない部分はあるな。


今、分かっている事は

ディアスという男は“悪魔憑き”で、情報屋嫌い。

そしてラルーの“師”である事だけ・・・。


・・・“怪物”と恐れられるラルーの師であるのならば

そのラルーを押さえつけるだけの・・・

“怪物”を越える力を持っているのは確実。


戦うとすれば、勝てる可能性は不確実。

極力、戦闘は避けるべきだ。



「ディアスとやらよ、冷静に話し合おう」


「何故、私は“弟子”を横取りした男の言う事を聞かなくてはならない?」


「・・・少なくとも、感情的に争うのは醜いからだ

こういう人の運命に関わるような事柄ならば

冷静に、感情論抜きで決めるべきだろう?


それこそが、賢明な人間としての必要最低限のマナーだと私は思うのだが」


「・・・・・・」



ディアスの随分な言葉に、

私は誤解されている事実に、泣きたくなったが

争いを避けるべく、神経を逆撫でせぬよう気を付ける。


銀縁の眼鏡が光を反射し、

その表情がより読み取りづらくなり

私は理由の無い不安に襲われる。


無限のような重たい沈黙が続いた。


ジリジリとした緊張感が身を焦がすようになり

前方に佇むラルーが纏う雰囲気が刺々しくなった頃


やっと、ディアスは返答を返した。


彼は黙って頷いて



「・・・そうだな、まずは話し合おうではないか・・・

賢明な者同士で・・・良いな?」



違和感を含む口調が鼻についたが、

承諾してくれたのだから、喜んで話し合うべきだ。


ラルーは“はぁ? 何、カッコ付けてんの? 死ぬの?”と

早速、苛立っている・・・。

少なくとも、ディアスより聡明さに欠けている。


父親が“天才”なのに・・・。



「・・・イヲナ、あの人でなし野郎の事を出さないでくれる?」


「ラルー、また勝手に私の心を読んだか」


「あのロクデナシの邪魔で不愉快な愚か者・・・

絶対に殺してやる・・・」


「おい?」


「ふふふ・・・!

どう殺したら面白いかな? どう弄んだら苦しむかな?

ただで殺してはやんないわ・・・生まれてきた事を後悔させてやる・・・!」


「・・・ダメだ、話を全く聞いておらん

なんじゃ、こやつは・・・」



ラルーがまたもや勝手に私の心を読んだかと思えば

今度は妙なスイッチが入って話を聞かなくなりおった・・・。


もう、こやつの相手はくたびれる・・・。


しかも、博士殿に対する言葉が一字一句、全て暴言。

あんなにも素晴らしい御方には酷すぎる暴言だ・・・。



「その子はたまに、そういう風になる事はあった

そうなれば、もうどうしようもないから構うだけ無駄だ」


「そなたの元にいた頃から、こんなだったのか?」


「あぁ、特定の誰かを本気で憎んでいる・・・

一体、誰を憎んでいるのか、それがどういう人間か・・・

私は非常に興味がある」


「・・・少なくとも、そこまで憎まれるような人間ではない

それどころか、人類に大いなる貢献をしている偉大な御方だ」


「ほう? それじゃあ、ますます興味が沸いた」



ディアスは慣れている様子で

明らかに恐ろしい雰囲気を纏うラルーをスルーする。


なるほど、確かに・・・ラルーの師であっただけはある。


私より、ラルーの事を熟知している・・・。

この男・・・私が知らないラルーの情報を知っている可能性が高い。

さりげなく、その情報を聞き出してみよう。



「ディアスよ、

まず、聞かせてほしい・・・


ぬしが、情報屋 へティー・ルアナの命を狙った黒幕にして

“狂気の死神”に宣戦布告をした“十字剣の神父”を

なんらかの手段で操っていた真犯人なのか?」


「大体の解釈には間違いは無いが・・・

根本を見誤っているな・・・」


「・・・ならば、順を追って説明してもらおうか」


「いいだろう、これは冷静な話し合いなのだから」



あくまでも、“冷静”の言葉で互いを脅し合っているような状況。


私と、“悪魔憑き”のディアスによる

静かな戦いが始まっている。


・・・負けるわけにはいかない。


拳を握り締め、私は精一杯に胸を張り

戦う覚悟がある事を常に主張する。



「・・・正確には、情報屋の命を狙ったのではなく

“狙っている”という情報を流しただけだ」


「・・・なに?」


「つまり、その情報屋を狙っているように見せかけただけ

情報屋を殺す気は最初から無かった」


「・・・!?

ぬしは・・・情報屋嫌いなのであろう?」


「ああ、そうだが

その感情に流されて殺したとすれば・・・

それはそれで面倒な事になる」


「面倒な事とはなんじゃ・・・?」


「・・・久しぶりに行動を起こした、

と理由をこじつけて情報屋がまた群がってくる・・・」


「・・・それは・・・気の毒だ」



よくは分からないが

ディアスは大物らしい。


大物であるが故に、情報屋が集まってくる。


集まっている情報屋を疎ましく思うのは当たり前。


疎ましさを通り越せば・・・それは憎悪にも変わりうる。


・・・要は、へティーのような人間が何人も

“やっと動いた!”と集まっては騒ぎ

しばらく離れない日々がしばらく続くのだろう。


私だったら、ものの二日でうんざりして雲隠れをする。

それほどにまで、耐え難い生活になってしまうのだから

情報屋はある意味、恐ろしい。


まさに、大物につきまとうパパラッチのようだ・・・。



「だとすれば、ぬしの目的とは何なのだ?

へティー・ルアナの命でもなく、

“狂気の死神”に挑む事だとしても、“十字剣の神父”は敗れた

彼は実力不足だったのは明らかだ


一体、何が為に・・・こんな回りくどい手段を取った?」



核心に迫る質問をディアスに浴びせた。


さあ、事の真実・・・全てを明らかにしてもらおうか


私は生唾を飲み込み、その返答を待った。

ディアスは真相を話したくないのか、または私を観察しているのか・・・。

なかなか口を開かない。


彼の纏う不思議な空気に飲まれて

私は戸惑っていた。


今のラルーが発している

剥き出しの殺意のような・・・しかし、それとも違う妙な冷静さを含んでいる

様々な感情が混ざり合ったような、そんな雰囲気だ。


長い長い、沈黙が続く中


とうとうそれは言葉となって私の耳に入った。



「・・・・・・無視されたからだ」


「・・・無視?」


「そう、“無視”だ」


「無視・・・」


「・・・」



・・・阿呆の会話になってしまった。


簡潔に説明してくれたようだが、簡潔過ぎて意味が分からない。

そういえば、ラルーに浴びせた第一声が確か・・・


“何故、私を無視した?”


だったか・・・。

やはり、理解に欠ける。


この一言を理解するに必要な情報が欠如している・・・。

情報不足が過ぎる。


ここは素直に聞き直すしかない。



「無視、とはどういう事だ?」


「メールを送ったのに、無視されたんだ」


「・・・メール・・・?」


「そう、携帯端末で送る文章、電波に乗せてやり取りする簡易的な手紙」


「・・・たった、たったそれだけの事でこんな大惨事を起こしたのかっ!?」


「そうだな、お前からすれば“たったそれだけの事”で片付くだろうが、

私からすれば片付けられない大問題だ」


「・・・はぁあああ~!? 正気か、貴様はっ・・・・!?」



動機があまりにも些細すぎる事柄だった。

つまらなさすぎる動機であってしまった・・・!


私は何か・・・壮大なワケが在ってこんな事になったのだと・・・


例えば、

ラルーが殺した人間が実は裏においての大物だったとか、

とうとう危険人物認定されたため、暗殺しようとしていたとか、

ラルーとディアスには秘密の因縁があったとか、


そう仮定していたのだが・・・

否、そう“信じていた”のだ。


だと言うのに・・・!


メールを無視された。


たったそれだけの事で私は散々な目にあったワケだ。

お、おのれ・・・どういう事じゃ、理由を聞いても納得出来ぬ・・・!


理由さえ聞ければ納得出来たはずなのに・・・!

なにゆえ、なにゆえ、こやつらは・・・!

これが、狂気か・・・


これが正気を失った人間が辿り着く“果て”だと言うのか・・・!?



・・・気を取り乱しすぎた。



・・・まずは冷静になろう、

もう翻弄されるのは、諦めよう・・・仕方のない事として片付けよう。


今はまず、事実確認だ。


そう、さっさとこんな下らない討論は止めにしよう・・・!



「ら、ラルーよ・・・

そのようなメールはあったのか?

その存在を認識しているか? 答えよ」


「・・・めーる・・・?」


「存在を認識していなかったのか」


「・・・・・・っはは」


「・・・認識していながら無視したのか」


「そ、そだねぇ~・・・あはははっ・・・」


「・・・ちなみに、参考までに聞くが

内容はどのようなものだったのだ?」


「・・・んん~!?

いえっ、特にっ、何もっ!?

あははははは!! ただの世間話のような!? なんか、つまらない内容よ!?」


「ほう? ならば、一字一句 (たが)わず復唱してみよ」


「~~~っ!!」



メールの存在についてラルーを追求すると

あからさまに慌てふためき、激しく動揺する。


怪しい。


ラルーは嘘が上手だと、聞いていたが

この件においては予想外すぎるのか、動揺を隠しきれないようだ。

そもそも、ディアスが関わっていると判明してからラルーはおかしくなった。


ラルーとディアスの間に因縁が存在すると勘ぐったのも

豹変したその態度から、信憑性を得た為。


あのラルーが笑顔を引きつらせ、乾いた笑い声をけたたましい程にあげ

冷や汗を浮かばせている。

・・・実に痛快。


これは好機やも知れない。


今のうちに、鬱憤を晴らしてみよう。



「ディアスよ、送った当人ならばメールの内容を理解しておろう

代わりに説明をしてくれないか、

ラルーは“知っていながら説明出来ぬ”ようじゃからのう?」


「イヲナとやら、案外お前は腹黒いようだな」


「否、ぬしの弟子の方が腹黒い」


「・・・くくっ、確かに、否定は出来ない・・・」



ラルーを追い詰めるべく、ディアスに説明を求めた。


意外にも、この一面においては私とディアスは気が合うようだ。


悪さを演出するように、喉で笑うディアスは

何やら愉快そうに笑みを浮かべて、悠長に言葉を並べた。



「私が彼女に送ったメールの文面は


『今日、本当にたまたまだが

お前が警察署で女を追い詰めているのを見た

私に目撃されるなんて気を抜きすぎでは?


P.S.

警察署で女を追い詰めた詳細を詳しく教えて欲しい

そして、昼頃にお前と一緒にいた白い面の男は誰だ?』


と送った、絶対に返信が来ないと分かったのは私の“友人”のおかげだ」


「なるほど、私の正体をラルーが教えなかったのはありがたいが

警察署で女を追い詰めていたとな・・・」


「ああ、しかも女一人を殺す為に

警察署内にいた人間も皆、殺している」


「何? そんな大事件、隠しきれないだろうに」


「その通り、隠しきれないから

元よりラルーは隠蔽工作すらしていない


この事件、ニュースで無駄に騒がれているんだぞ? 知らないのか?」


「知らなかった、ラルーに情報制限をされていたし

他の事に興味を持たれぬように、面倒事だってやらされていたせいで・・・」


「まさか、こんなところで繋がりを見つけてしまうとはな・・・

その様子では完全にお前はその事件に深く関係している」


「・・・認めたくはないが、

知らぬところでトンデモナイ事をしてくれたな“狂気の死神”?」



ディアスの言葉を聞き、私は驚いた。


いつの間にか女を殺していた?


しかも、警察に逃げ込んだ女を・・・。

普通は警察を避けるため、警察署に逃げ込まれたら諦めるしかないのに

それでもラルーは女を殺した。


ラルーの、“殺人欲”がそうさせたと仮定すると筋が通らない。

可能性を考えれば・・・確かな“殺意”を持っての・・・執念の犯行。


ラルーの中で殺人は日常。


だから、些細なきっかけでも簡単に殺人を実行する。

が、警察に逃げ込んでもなお、その女を殺してみせたところを見るに

相当な執拗さが伺える・・・。


“強い私情”による犯行である可能性は非常に高い。


と、すれば・・・。

一つの心辺りがある。


私の前で、ラルーが明らかに不自然な態度をとった瞬間。


それは、昨日の地獄の散歩にて

ラルーが喫茶店で席を取っている間に外で待っていると

女が私に道を訊ねてきた時。


帰ってきたラルーは笑顔を顔面に張り付かせながら殺気立った。


道を聞いてきただけの女に何故、殺気立つのか

理解出来ないが・・・殺気立ったラルーはどうするのか・・・警戒した。


・・・が、私の予想に反し

殺気立ったラルーがしたのは、女に飴玉を渡すだけで

“何もしなかった”のだ。


しかし、この話は“私の前”での事であって

後がどうなったのかは把握していない。

あの時、ラルーが殺気立ったのは間違いようの無い事実・・・。


ラルーが警察署に追い詰めた女が私に道を訪ねた女と

同一人物である可能性は高い。


結論を出した私はラルーの反応を見る事にした。



「・・・ふ、ふ、ふ、ふふふ、あはははははっ!

傑作ねぇ! ・・・うぅ・・・ふざけんな、“喰われ者”がっ・・・

ふふふふっ・・・! 不愉快な虫を潰しただけじゃない・・・!」


「開き直るな、メールで聞いた通り

詳細を説明してもらおうか?」


「イヲナに、近づいたからよ

近づいて、気安く喋りかけて、若干、惹かれてた・・・私には不愉快よ・・・」


「・・・」



ディアスはラルーを問い詰めて詳細を尋ねると

大人しくラルーが説明する。


動機があまりにも単純すぎる。


その点ではラルーとディアスは似ている・・・。


にしても、少しばかり聞き捨てならぬ事がある。

ラルー曰く、女は私に惹かれていたと言う。


・・・惹かれていた?? この私に、か?? 嘘じゃろう・・・。



「・・・そう、か・・・ふむ・・・

なら、その女からすれば・・・」


「何をぶつぶつ言っているの、ディアス」



深く考え込むディアスはぶつぶつと独り言を漏らす。

その様子を不審に思ったラルーはしびれを切らし

大鎌を何も無い所から取り出して、その柄を床に叩きつける。



「・・・何もかも、お前のせいだ

お前のせいで私は面倒事に巻き込まれた」


「はあぁ?」



乱暴な音に眉を微かに動かしたディアスはそのまま

ラルーに怒りの表情を見せる。


・・・だが、その表情には“怒り”の他に、“苦悩”と“焦り”が見えた。



「そして、お前も・・・


ラルー、お前は私の可愛い弟子だ、下らない“家出”は終いにして

仲直りをしないか」


「突然、どんな心境の変化? ふざけないで

貴方の家は・・・私の居場所じゃない、私の家は・・・


お兄ちゃんと一緒の場所だ!」



怒りの表情を浮かべながら、ディアスは優しい音声でラルーに語りかける。


その言葉には、かつてラルーとディアスの間に何かがあった事を伺わせた。

なんだ? 違和感を感じるのは何故だ? 


突然に、家に戻ろうなどと言うのは・・・

逃げようとしているみたいではないか・・・?


同じ事を思っただろう、ラルーは顔を歪ませ

ディアスを睨みつけながら吐き捨て、大鎌を振るった。

・・・とうとう戦いの火蓋が切られた。


私はラルーから距離を取る。


鎖が動き出したからだ。


室内にあっという間に張り巡らされた鎖は

次第に、形を作り上げ始める。


・・・まさに、“鎖の迷路”が形作られているのだ。


最初からラルーはディアスを本気で殺しに掛かっている、

そう理解するには、難は無かった。



「―――ノロワシゴロシ


我が血肉とならん

陽と陰の外、星と月の光も及ばぬ果て

虚無の内側で今日の過ちを嘆くがいい」



ラルーが唱えていたソレは、言葉を成していなかった。

口にする言の葉はおぞましい呪文。

今どきには古すぎる呪詛だ。


それが意味する事とは・・・?


私が疑問に思考を巡らせていると、

すぐに答えは出た。


目の前の大きな異変で・・・。


ラルーの手にする大鎌が軋む音が鳴り響くと

刃の形状が不安定に歪み、刺々しい刃の形状に変わる。


あの形状では滑らかにラルーお得意の“首を一刀両断する”事が出来ない。


刺々しい形状が災いして、斬りつけても

下手に引っかかるだけで満足に斬れないではないか・・・。


うねる蛇のように蠢く“鎖”はディアスを取り囲む。

何重も円を折り重ねた形の迷路は何層も異なる形の階を作り

鎖は常に互いを擦り合いながら壁を成し、巡り廻る。


壁の役割を成すソレは、ディアスの強引な脱出を阻む意図を明白に表していた。


この迷路の経験者として私は全力でディアスを哀れんだ。

経験者である前に、知恵のある者として

ラルーが造り上げたこの迷路の恐ろしさが痛いほどに分かる。



一つに、迷路を形作る鎖は刃が組み込まれた“刃の鎖”である事。


鋭利な刃はただ触れただけで肉を断つ

ゆえに、鎖に触れてはならない。



二つに、迷路は常に同じ造りをしておらず時間が経てば経つほど

どんどんその構造は変化して、“迷路”は次第に“迷路”ではなくなり・・・

気が付けば内部は“刃の鎖”が荒れ狂う嵐の如く暴れまわる事。


最初の時点では迷路としての形を留めるべく、なだらかに蠢くだけの“鎖”だが

それが時間の経過で己の仕事を忘れたように荒れ狂ってしまうのだ。

そうなればもはや、突破のしようが無くなってしまう。


そして、注目すべき点は“迷路は常に変化している”というところだ。

常に変化しているという事は、先ほどまで見ていた道が次の瞬間には消え失せ

行き止まりになっている道は幾らでも増え続ける事すらある上、

長時間、同じ場所に留まっていれば鎖に飲み込まれてしまう。


ゆえに、この迷路にはタイムリミットが存在していると同時に

常に変化している為、迷路内は非常に複雑で

突破を目指すとなれば尚の事、難解を極める。



三つに、この迷路の突破方法は私にも分からない事。


経験者で、この世に居るのに突破方法が分からないとはどういう事か

そう思うだろうが、まさに同じような事をカルムや博士殿にも言われた。


その問に私はこう答えるしかない。


“私はたまたま運が良かっただけ”


私の時は・・・“鎖の迷路”の中心部に

迷路を操る本人・・・ラルーが居たから、九死に一生を得た。


鎖を精密に複雑な迷路を形作るように操るとなれば、相当な集中力が必須

それは、かの“最初の作品”ラルーとて例外ではない。


私の時は迷路を突破する必要性が無かったのだ。


そんなリスクを負うぐらいなら、術者たるラルーを妨害した方が確実で

ラルーを倒せれば研究に必要な存在を獲得出来る。

一石二鳥だった、だから私はラルーに挑んだ。


鎖の牢獄の中で、私は“黒く染まった”ラルーと命を奪い合った。

これが、私の弱み・・・唯一の恐怖となるなど・・・誰が思うものか?


結果的に・・・私は鎖の迷路を突破せず、ラルーに挑んだが

ラルーの圧倒的な才覚の下、私は敗れた。

その時に殺されなかったのはラルーの気まぐれと僅かばかりの幸運の仕業。


ゆえに、私が知るのは

あの鎖の迷路が持つ鬼畜さと、

迷路を操ると同時に“戦う”ラルーの器用さのみ。



ディアスという人物を私は知らないので

彼に勝機があるのかも測り得ない。


私に出来る事があるとすれば、ただ見守る事だけ。



「ほう・・・? それがお前の“忌み子様”たる本性か」


「ッ・・・!?」


「ラルーよ、私の可愛い弟子・・・悪い事は言わない

大人しく私に従え」


「・・・ふ・・・ける・・・」


「あ?」




「ふっざけるなああああああっ!!!」




ぽつりと呟いたささやかな一言に、

ラルーは絶叫に近い怒りの叫びをあげる。


それに共鳴するように、鎖たちは波紋が広がるように

刺々しい形状に変化してゆく


“マーキュリー・ダイヤモンド”

液体状の貴金属。

その本質は液体でありながら固体にも成りうる“水”

自在に多彩に変化しうるラルーが隠し持つ驚異的な武器。


それらが、一斉にディアスに牙を剥く


不安定な迷路はあっという間に完成すると

何本かの刺々しい鎖が鞭のようにディアス目掛け振り落とされる。


しかし、ディアスは鎖の方に少し目やるだけで

一歩、後ろに身を引くと

鎖たちは大きな音を立てて、先ほどまでディアスがいた地面を叩きつける。


まるで吸い込まれるように、まるでディアスを避けるように

完全にディアスは鎖の動きを見切っていたため無傷だ。



「“大人しく私に従え”ですって? ふざけているの!?

貴方が私の束縛を望むのなら、逆に私が貴方を束縛してやるわよ!

感謝なさい!?」


「・・・何やら私は言葉を間違えたようだ、だから訂正を・・・」


「今さら訂正は受け付けません!!」



怒るラルーは隠し持っていた銃を取り出すと

ディアスに向け、何の躊躇いも無く発砲。


ディアスは横に身体を傾けるだけで弾丸を避ける。


それでもラルーはゆっくり歩きながら、迷路の外から銃弾を浴びせた。

完全に鬼畜の所業だが、それはほとんど動こうとしなかったディアスを

やっと動かして見せるには必要な冷酷さだったようだ。


ディアスは銃弾の数々を避けるべく、横へ後ろへと軽やかに飛んで

身を翻し、迷路の道を駆ける。


足音が聞こえないにも関わらず、気付けばディアスは迷路の第一層を

ぐるりと一周していた。


しかし、一周してもそれは迷路の突破には至らない。


ディアスは突破を図るべく

鎖の壁に飛び蹴りするが、壁を破る事は無い。

逆に弾き返されたディアスは宙で一回転をしてから地面に着地。


気怠いため息が聞こえた気がした。


次にラルーのイラついた舌打ちが聞こえた。

こちらはハッキリ“聞こえた”と断言しよう。


ラルーは銃を放り捨てると、

両手を掲げ、ディアスに向け力一杯に振り下ろす。

すると、迷路内の至るところに黒い影のような球体が現れた。


球体から、ぬらりと鈍い光沢を見せる銀の杭が伸びて来ると

ディアスの方へ降り注ぐ。


空を切る音が何重にも響き、強い衝撃風が私の身体を横殴りにする。

風によって巻き起こるホコリが霧のように視界を遮る

私はホコリを吸い込まないように口に手を当て、目を凝らす。


甲高い金属同士がぶつかり合う音が耳を刺す。


何が起きたのか、それを目にする為に私はより集中して

ホコリの霧を睨んだ。

霧の中、ぼんやりと浮かび上がる影の数々。


銀の杭は、床を抉り

凄まじい様子をそのままに突き刺さっているのが見えた。


次第に霧は晴れていく




「―――お前が、“束縛”ならば

私は“自由”を手に対抗しよう、私は必ずこの束縛を破る」




ディアスの、そんな声が衝撃と共に降りかかる。


彼が手にしていたのは・・・“旗”だった。


背丈ほどの金属棒の先に非常に長い黒の布が垂らされている

黒い布には血で殴り書きしたような赤い線が引かれたデザイン


一体、どこからそのような旗を取り出したのか分からないが

ディアスのセリフは完全なる挑発。

私は頭を抱えた。


例え、ディアスがここで勝利したとしても

運が悪ければラルーは私に八つ当たりする可能性が高い。


恐ろしい。



「ふふっ、ははははは!!

へぇ~!? あはははははは!! そんな事を言っちゃうの!?

くく、ふふふふ・・・!!




・・・殺してやるよ、女たらしのクズ野郎

自己中も程々にしとけば良かったのに、馬鹿だよねぇ」



自己中なのは、そなたの方では無いのか


と、心を読まれたらマズイ。


ディアスは最悪な事にもラルーの逆鱗を逆撫でしたようだ・・・。


もうここで倒れて気を失いたくて仕方がないが

不運か、気絶出来ない。


この恐ろしい対決を見守らなくてはならない。


いや・・・私は監視人だから見る事が仕事なのだが・・・。

まさか、ただ見るだけの事がこんなにも苦痛になるとは・・・。

本気で泣きたいし、全力で逃げたいし、本当にうんざり。


どうにかならんものか。




ディアスは床に突き刺さった杭の上に片足で乗ると

それを踏み台にして、迷路の一層から二層へと飛んだ。


鎖の上を走って、二層内の迷路を進む。


狭い道が複雑に入り組んでいるため

思うように動き回れず、今までの退屈そうな無表情が歪んだ。

睨みつけるような強い眼差しに微かに浮かぶ笑み


ラルーが時折、浮かべる恐ろしい狂笑とは違い

“暇つぶしになりそうな面白い玩具を見つけた”

と言わんばかりの、悪意を秘めた怖い笑みに背筋が凍りついた。


多少、ディアスは話の通じる奴だと思っていたが

ラルーの師である以上、そんなはずも無かった・・・。


・・・ああ、次第に私の安らぎが削られていくようじゃ・・・。


ラルーもディアスも、

厄介事と理不尽な問題しか持ってこないのか。



「なあ? 死にたいか、生きたいか

それぐらいは答えろよ? 助けてやるかも知れねぇぞ?」


「・・・」



すこぶるばかりに口が悪いラルーは吐き捨てた。


また、ラルーは笑わなくなり

冷酷な無表情で淡々と凄んでいる様は悪夢のようだ。


のう・・・私の寿命が日に日に短くなっている気がするのだが

気のせいだろうか・・・?


止めて欲しい・・・


私は長生きしたい・・・


少なくとも狂人に殺される最後は嫌だ・・・。


問に答えぬディアスにしびれを切らしたように

ラルーは大鎌を横に振りかざし、しゃがみ込んだかと思ったら

軽いその身で空高く飛んだ。


天井にまで届くほど高く飛んだラルーは

空中で体勢を逆さまに変え、天井を足で蹴って“鎖の迷路”の中に飛び込んだ。


鎖たちは上から落ちてくるように

飛び込んでくるラルーを避けるべく変化しながら蠢く


くるくると回りながらラルーは鎖を足場に、どんどん階下に降りてゆく・・・。

その動きは全く読めず、右へ行くと思えば左へ飛び、

下に降りると思えば唐突に上へ飛ぶ。


ディアスはそんなラルーに目もくれない。


だが、着々とディアスの近くまで迫っているラルーの姿は

ただならぬ禍々しい気を纏っているようであった。


そしてとうとう、二層を苦戦しながら進むディアスの頭上目掛け

ラルーは大鎌を振るった。


甲高い金属音が響き渡る。


ディアスが旗の柄でラルーの刃を受け止めた。

彼の鼻で笑った声が微かに聞こえた。


鎖の上という限られた足場で戦い始める両者


大鎌で何度も斬り付ける攻勢のラルーと

旗の柄で防御の一手のみを決め込むディアス


縦に、横に、下から、上から、変幻自在に刃を振るい・・・

刃で斬り付けると見せかけ、大鎌の柄でディアスの腹をぶつけ

踏み込むラルーは更に追い詰めるべく大鎌の柄を突き付け

強制的にディアスに旗の柄で防御をさせる。


ぶつかり合う柄、向き合う師弟。


ラルーは大鎌を旗の柄に沿うように滑らせ、

ディアスの首を狙う。


が、不意にディアスは旗を横に薙ぎ払うように振るった。


なびく旗に巻き込まれないように、ラルーは後ろに飛んで

迷宮から容易く脱出した。


・・・今の戦闘にはひやひやさせられた。


旗とはそもそも武器ではない。

にも関わらず、ディアスはそれを手に“狂気の死神”に抵抗すると言う。

圧倒的に不利だ。


ディアスがどんな大物でも、ラルーよりも高い実力を持とうとも

旗でどうやってラルーを打ち負かすと言う?


・・・これでは時間の問題ではないか、


ディアスが根負けするか、その首が飛ぶかの二択しかない。

このままでは彼に勝機は存在しない・・・。


これは由々しき事態だ。


ディアスは我々の決定的な秘密を知る重要参考人。

研究途中のため、どのような些細な事実でも

それは必要となる重大な発見・・・。


是非にも知りたいところだが

その事実を知るディアスをラルーは本気で殺そうとしている・・・。


全く、洒落にならぬ。


研究の貢献の為にも、博士殿の命令に従って

今こそ、ラルーを裏切るべきなのか・・・?



・・・・・・否だ。



やはり、確証が欲しいところだ。


ラルーを裏切る事は博士によって命じられたから必要な仕事だが・・・

今がそのチャンスだとは思えない・・・。


彼女を裏切るのならば、

相当なリスクを背負わなければならない。


そんなリスクを背負って得られる“報酬”は大きい方が良いに決まっている。


希望するとすれば、

ラルーこと“最初の作品”の捕獲。

研究に関する有益な発見。


そして何よりも・・・私の身の安全。


こればかりは譲れん・・・。


今、彼女を裏切ったところで“最初の作品”は捕獲出来るか?

確実に有益な発見があると断言出来るか?

私の身の安全は完璧に保証されるか?


・・・全て、有り得ない。


少なくとも裏切るタイミングではない。


・・・かと言って・・・このまま傍観するだけではいけない・・・。

あのラルーが作り出す迷路なら、出口が存在しない場合だって想定出来る。

どうにかせねば・・・いや、私に何か出来る事は有るのか?



「どうした? 

巷では“狂気の死神”などと言う大層な名前で恐れられているが

大した事も無いな・・・!」


「ああ・・・?」


「ただ可愛いだけの少女で、ちょっと噛みグセが悪いだけの・・・

それ以上でもそれ以下でもない存在だ」


「・・・私の・・・」


「はい?」


「・・・私のどこが“可愛い”んだボケええええ!!」


「・・・・・・」


「何!? 私、生気が無い幽霊みたい、とか言われた事あるんだけど!?

存在感が影のように無い女だな、とも言われたし!!?

本当に可愛いんなら、なんだよこの言われようは・・・!!

嘘吐きか、誰かが嘘吐きなんだろ!? 

私はな! 下らない嘘吐きが大嫌いなんだよクソがああああ!」




「・・・・・・それほどにまで褒められた事が無いんですか・・・

褒められて怒る女性は貴女くらいなものですよ・・・あははは・・・」



最初、ディアスはラルーを挑発しようとしたが

挑発が思わぬ方向に火を付けた。


・・・私は唖然とせずにはいられないし

ディアスも苦笑している・・・。


ラルーは“可愛い”と言われた事で更に荒れている。

普通、可愛いと言われて怒るものだろうか・・・?


女性ならば、容姿を褒められれば喜ぶだろう・・・?


ラルーは想像以上に気難しい・・・。

全く、気付かなかった。

・・・にしても、より由々しき事態に陥っているではないか!?


何故だ。

どうして、こんな面倒な事になる・・・。

意味不明で理解不能・・・。


常識の欠片も無ければ、理性の入る余地も無い。


この連中は殺し合う事しか頭に無い。


・・・いや、待て。

この場に全く理性が存在しない?


ここに理性を持って

傍観している私が居るではないか。

あえて、常識を持ってぶつかってみたらどうなる?


・・・やってみる価値はある。



「ラルーよ・・・!」


「・・・突然、何の用だ

イヲナっ・・・!

今は貴様の出る幕では無いぞ・・・!」


「ぬしは“美しさ”というモノを全く、分かっとらんな・・・!!」


「・・・へ?」


「イヲナは何をやろうとしているんだ・・・」



私は大きな声でラルーに呼びかける。

不機嫌なラルーは冷たく私を突き放そうとするが

私は追い打ちを掛けるように、続けた。


その言葉を聞いたラルーは迷路の外からディアスを睨んでいたが

驚き過ぎてバッとこちらを見返してくる。


ラルーの“イヲナ、突然どうしたの・・・!?”と言わんばかりの表情が

これまた愉快。

ディアスも呆れた眼差しでこちらに“余計な事をするな”と威圧してくる。


悪いが、ディアスよ

私に命懸けの挑戦をさせて頂きたい。



「いいか、美しさには数学的根拠で“黄金比率”というものがあって

顔の縦と横の長さ、縦横の比率、目や口や鼻などのパーツの配置、

パーツの大きさ、頭蓋骨の形の良さ、云々・・・


複雑なバランスと徹底した“個性”の無さが

真の美人たる鉄則!


そして、ぬしの場合で言うのなら」


「え」



私はラルーの近くまで歩きながら、“黄金比率”について説明をする。

少々、熱が入りすぎている気がするが無視だ。


一連の説明が終わる頃

ラルーの目前までたどり着いて、ラルーの顎を掴んで

その白い顔をじっくり眺める。


“え、え、待っ・・・おかしい、絶対、おかしい・・・”と

笑顔を引きつらせながら、ラルーは動揺している。


もっとも、私が彼女の顎を掴んでいるので

ラルーは思うように身動きが取れずにいる。


ラルーの意識を強引に私の方に向かせている間も

“鎖の迷路”は規律的に蠢いている。


今もなお、正確に鎖を操っているラルーの執念と才能に脱帽せざるを得ぬ。



「顔を髪の生え際から眉頭、眉頭から鼻の下、鼻の下からあご先と

3つのパーツに分けた時、同じ長さで縦の比率1:1:1である事が1つの黄金比率。

ぬしの場合、これは完璧にクリアしておる

次に横顔の美しさは、鼻骨の先からあご先を直線で結んだ時に

唇が引っ込んでいるか否かが1つの黄金比率だが・・・。

これも、ぬしは綺麗に整っているな

更に、パーツの配置だが両目の間隔と鼻の上から下への曲線、

顔の横幅が鼻の4倍か、口の横幅が鼻の縦幅の1,5倍かで1つの黄金比が成立するが

ぬしは全てのパーツにおいて最高の配置・・・つまり、“無個性”を極めている!

特に私からすれば、ぬしの頭蓋骨の形は素晴らしいが・・・

まあ、これは言わずとも良いか



結論だけを述べると、ラルー・・・ぬしは完全なる美人だ

ぬしの勝手な価値観で数学的に証明された美人を否定するでないぞ・・・!」


「・・・!?

・・・ひ、1つ・・・い、いいかしら・・・」


「ぬ、まだ話の途中だが・・・なんだ、ラルー」



「・・・イヲナがぶっ壊れたああああああぁぁぁ!!!


嫌よ、嘘よ、鬱・・・! うぅ・・・! わあああんっ・・・!

~~~っ!! 私は褒められたワケ・・・!? 有り得ない!

待って、待って、この気持ちをどう言葉にすれば良いのか分からない!

あ~ え~・・・うぅ、うあああああっ~!!」



私は懇切丁寧に説明に沿って

ラルーの顔を指さしたり、顔を横に向かせたりをして

最終的にラルーが美人であると結論付ける。


唖然としていたラルーは黙って私に為すがままにされていたが

私の結論を聞いて、真顔で私から了承を得ると

絶叫を上げて号泣し出す。


・・・結論、ラルーに常識を突きつけるとラルーは泣く。


なかなかに面白い結果だ。

困惑のあまり泣き出すとは愉快じゃ



「・・・ぶっ・・・!

長々と並べて、結論はそれかっ・・!

おかしい、本当におかしすぎるぞ、お前は・・・! ははっ!」



ディアスはいつの間にか“鎖の迷路”の第五層までたどり着いており

私の話を聞いて、腹を抱え大笑いしていた。


呑気に笑っている場合か。


それ以上に同じ場所に留まっていたら鎖に飲み込まれるぞ。


・・・何はともあれ、場の空気を支配する事に成功したようだ。

思えば、まだまだ分からない事ずくめ・・・

より深く事情を知る必要がある。


聞くならば今の内と言ったところだろう。


闘争の元凶たるラルーが動揺して

何かをブツブツ呟いている正に今の内に。



「ディアスよ

私はここに来る前に此度の依頼主であるへティー・ルアナが

自分を狙いかねない者を教えてくれたから

その者らの元を訪ねたが、皆が皆・・・殺されていた


これは一体、どういう事だ?

へティーは実際に殺す気は無かったのだろう?」


「・・・細かいな、日本人らしく」


「どんな偏見だ、日本人は細かい者とそうでない者と

個体差が大きいだけだ」


「容疑者たちを殺したのは私ではなく“十字剣の神父”だ

理由は2つほどある


1つは彼を操る際に、彼を傲慢にさせる必要があった

だから実力を持たない彼に実力を与え、感覚を麻痺させた」


「そうやって、己の駒としたのか」


「こういう洗脳術は得意なもので・・・

そしてもう一つの・・・私とすれば本命の理由は

ラルーが簡単に私の元に行き着くようにするためだ」


「・・・そのためだけに、何人が犠牲になった・・・」


「8人ほどじゃないか?」


「答えるでない」


「答えが知りたかったから、呟いたのだろうが」



8人の容疑者を皆殺しにして、

ラルーをここまで誘導したとな?


・・・悪質だ、どこまでも悪質極まりない。


人の命を完全に捨て駒として浪費しておる。

最低だ、こんなのがかつては人間だったとは信じがたい。



「もう一つ

へティー・ルアナは用心棒を雇ったが

突如としてへティーを裏切って殺害しようとした


それはぬしが何か、唆したからか?」


「いや、そこまで細かい事はしていない

単にその用心棒とやらはへティー・ルアナを殺して

私に差し出せば大金を稼げると踏んで、勝手に暴れただけだろう」


「それを信じるに値する証拠はあるか?」


「いちいち証拠、証拠と騒いでも

すぐに出せる証拠は無い」


「・・・その言葉こそ、潔白の証拠だと思おう

つまり、皆が勘違いを起こしてそれぞれ、ぬしの言いように騙されたワケか

実に情けない・・・」


「そう解釈してもらえてありがたい」



疑問をやっと完全に消化して

私は胸を撫で下ろす。


こんがらがったこの状況を報告書でどう説明するか困っていたので

ディアスの解説を大いに活用する。

人を操り、心理をも操り、大胆に目的を達成するディアスは只者ではない。


あと私の分からない事は・・・2つ


“十字剣の神父”の罠に掛かったにも関わらず

私は死んだと思った次の瞬間、何事も無かったかのように生きていた事。


そして、ラルーの能力の1つ

“時間停止能力”が突如、消滅した理由。



前者は恐らく、ラルーが何かをしたから・・・だろう。

これはラルーに聞かねば分からない。


後者は確実にディアスがラルーに何かをしたせい。

ラルーにとって“時間停止能力”は非常に大切な能力のようで

消滅した事が分かった時


『私の時間が無くなった』


と、大いに動揺して涙を惜しみなく流していた。

あの姿を見た私からすれば、能力を失って傷付いているラルーがいたたまらない。

是非にも能力を消滅させる方法とそれを治す方法が知りたいものだ。


ディアスを問いただして即刻、ラルーの能力を治すようにしてもらわなければ。



「っ・・・!?

なんだ、これは・・・!?」



不意に、ディアスの驚愕の声がする。

私はその声に、もしやと思い“鎖の迷路”を見た。


・・・時間を掛け過ぎたのだ。


鎖の迷路にはタイムリミットが存在している。

時間が経てば経つほどに、迷路の変化は激しくなり

内部は嵐のように荒れ狂うようになるのだ。


まさに、鎖の迷路はそうなろうとしていた。



「ディアス!

その迷路にはタイムリミットが存在している!

急がねば、死ぬぞ!」


「・・・!?」



咄嗟に私は叫んだ。

この情報は私自身の経験を元にした有力な情報。


しかし、それを知るのはあくまでも

私自身と報告書を読んだ仕事仲間だけ。


ディアスはそのことを知らなかったのだ。


もし、それを知っていたのなら

こんな失態を演じるはずはない。

あやつほど人を翻弄する事に長けた男なら、自分が翻弄される事を毛嫌う。


急がねば、死んでしまう。


その事を知らせなくては。

その一心で私は叫んだが、それが墓穴を掘ってしまった。



「い~を~な~?」


「・・・ぬ、ぬし、許せ、悪意は無かったのだ、ただ・・・」


「ふふっ、あ・り・が・と・♪

そんでもって・・・おつかれさま?」



ラルーはとことん、落ち込んでいたのに

私の言葉を聞いて全ては策略だった事に気付くと

何の容赦もなく、何の情けもなく、私の口を押さえつけ


何やら能力で口を封じ込められてしまった。


今やもう、一言すら口が聞けぬ。

まるで、口を縫い付けられたように口を開けられぬ・・・。


うっかり失態を演じたのは私の方じゃった・・・。

不覚・・・正に一生の不覚・・・!

我ながら情けなさすぎる・・・!



「ふふっ・・・!

ねえ~? ディアス~? 意地悪にも程があるわ~?

ホンット・・・意地悪なんだから・・・」


「・・・」


「私の時間、返して?

どういう意味かくらい、分かるでしょ? さっさと返して」



ラルーは調子を取り戻したのか笑いながら

ディアスを追い詰める。


ディアスは荒れ狂い始める迷路内を慌てて模索している。

出口は無いのか、と・・・。

さきほどより、早い足取りで第七層まで飛んで

向かって来る鎖に乗って柔軟に生き残っている。


迷路は全部で十層。

私の時より、随分と小規模ながら

難易度に変わりは見られない。


ディアスに鎖の迷路を突破する事が出来るのか

相変わらず、分からないが死なれると困る。


死なぬ事を祈るだけだ。



「・・・“お前の時間”か・・・

そんなにもその能力が大事か?」


「ええ、大切極まりないわ」


「・・・1階で」


「・・・?」


「矢の罠に掛かったのはお前だったようだな」


「矢に何かを仕掛けたのね・・・?」


「その矢は引き抜いているな?

心配するな、永遠に能力は失われるワケではない

能力を封じる物が取り除かれたのなら、徐々に元通りに戻る」


「・・・そう、なら良かったわ」


「お前のそれは不治の病

だが、一時的にその病は弱まる事がある

良かったな」


「・・・ええ、本当

で も ・・・余計なお世話なんだよッ、アホ師匠がっ!!」



我々の能力の事を“不治の病”と形容するディアス

病と捉えるとは斬新な考え方。


しかし、望まずして“不治の病”に侵されているラルーからすれば

その言葉は紛れもない侮辱。

何よりも“時間操作”の力に誇りを持っているのに、

勝手に封じ込め『病は弱まる事もある』とわざわざ知らせるのは完全に余計なお世話。


ラルーは再び、鎖の迷路の中に飛び込んだ。


笑顔もなく、ただそこにあったのは

どうしようもない殺意と怒り。


彼女は迷わず大鎌を振り上げ、ディアスの首を捉えようと彼の背を追う。



幾重にも重なり、絡み、うねる鎖たちは

組み込まれた刃を更に鋭く尖らせ、ディアスに迫る。


ディアスの全方位を囲む、刃の鎖。

背後には弟子とはいえ狂気狂乱している“狂気の死神”

完全に助かる望みは絶たれた。


にも関わらず、ディアスは紅い瞳を真っ直ぐ前に見据え

振り返る事もなく迷路を登っている。



ラルーに追いつかれ背後から斬り付けられそうになっても

ディアスは旗の柄で大鎌の刃を弾き返し、

また上へと駆け出す。



その動きは、滝を昇る鯉を思わせた。



そして、遂にディアスは鎖の迷路の最上階に辿り着く

刃の鎖に何度も身を掠めたせいで、纏っていた黒いコートはボロボロになり

腕や足には服を裂き、なおも肉を斬られ、血が数滴 滴り落ちていた。


鎖の迷路を操る主、ラルーは歪な大鎌を手に

ズタボロになっている己の師匠を睨んでいる。


その瞳に“情け”の二文字は見られない。



「いい加減、認めたらどうなの?」


「何の事ですか・・・?

恩知らずの家出少女さん」


「本当は私のこと、気になって気になって仕方がないんでしょう?

だから、しつこくワケの分からない刺客やら何やらを仕向けてくるんだ

私のことが気に入ったから独占したくて、お兄ちゃんを切り捨てようとした」


「おや、自分の事は“可愛くない”と思い込んでいるのに

随分と自信満々な発言をしますね?

本当はナルシストだったんですか?」


「私は私の事を可愛いなんて言ってないでしょうが、

貴方が勝手に私の事を気に入っているのよ」



2人の話を聞いて

何が起きたのか、大体ながら察しが付いたぞ。



ディアスにラルーは弟子入りし

殺し屋として修行なり勉強なりをしていたが、


ラルーの兄 ルクトは自分だけ除け者にされたくなくて

ルクトもディアスに弟子入りしようとしたところ

ディアスはラルーを気に入ったから、弟子に取ったため

ラルーの兄とはいえ、興味は無かったので拒否。


恐らく、ディアスは元々 弟子などを取るタイプでは無かったのだろう。


だが、ラルーはルクトと一緒にいたいと願っていたので

ルクトの申し出を拒んだディアスに嫌気が刺し、家出。


この点を見るに、ラルーはディアスの住処に泊まり込んで修行をしていたようだ。


家出をした双子は華々しく裏の世界で“死神兄妹”としてデビュー

ルクトは初心者だったとはいえ、元より資質があったのじゃろう

おかげで“終の死神”という二つ名を得て“狂気の死神”と共に暴れた・・・。


それを良く思わないディアスは

あくまでもラルーは弟子であり、家出を止めて帰るよう主張。


両者は対立し、熾烈な小競り合いを繰り返し・・・


今に至ると思われる。


簡単な推理だが、概ね間違いではないだろう。

・・・疲れた。



「・・・そういう貴女こそ、勝手ですよ

こっちは貴女を育てあげるために様々な努力をしていたというのに・・・」


「へぇ~!?

どんな努力をしたわけ!?


汚れ廃教会の掃除、アンタの口に合う料理作りに、

積み重なった血まみれの洋服の洗濯・・・

アンタが適当に寄せ集めた“悪魔憑き”共の世話に、アンタを狙ってくる

情報屋や吸血鬼を追い払うのも私の仕事だっけ!?


ただ面倒ごとを私に押し付けているだけでしょうが!!

アンタは悟りを開いた仙人か!!

人を酷使するだけして・・・独占したいだけなんて不愉快の限りよ!」



ラルーの言い分を聞き、私の中でディアスという人物像が

より難解な理解しがたい形に固まってくる・・・。



情報屋がパパラッチのように集まるほどの大物


情報屋嫌いの“悪魔憑き”


自分以外の“悪魔憑き”の所在を把握し、寄せ集めており


ラルーも認める実力の持ち主 


良いように他人を翻弄する事を好んで、ラルーですら酷使する


大胆不敵な、行動の読めない謎の人物・・・。



ディアスの正体について、詳しく調べる必要がある。

どのような方法を用いたにせよ、ラルーの能力を封じ込めた功績に誤りはない。

が、“作品”を抑えるほどの実力は研究対象として“作品”に取り込むべき


・・・今回の報告書、研究に激震を走らせるような発見の連続だから

研究者の間で混乱が起きそうだ・・・。


そこはソフトにオブラートで包んだ方が良いのだろうか?


まあ、何はともあれ

ディアスが凄い人物だという事が良く分かった。



「ノロワシゴロシ・・・その真骨頂をご覧なさい!!

愚かな己を恥じ、永遠にたった一度の過ちを後悔しろ!」



それは一瞬だった。


ラルーの叫びと共に

とうとう迷路内の鎖共は荒れ狂った。


先刻までは、両者は互いに向き合い

視線は対等に合っていたというのに、ディアスが立っていた鎖が下へ

急になだれ込み、ラルーが足場としていた鎖は上へと昇る。


鋭い音が次から次へと響く


まるで、サイレンサーを付けた銃に何度も撃たれているように

ディアスは刃の鎖に体中を切りつけられていた。


さすがのディアスでも、その痛みに顔を歪めた。


ラルーは歪な大鎌を振りかぶり

頂上から飛び降りる。


すると、鎖たちは蜘蛛の巣のように張り巡らされ

ディアスを強引に捕らえた。

それは、“ラルーの刃に掛かって死ね”という通告だった。


振りかぶった大鎌を振り下ろすと

その刃はディアスの左肩に突き刺さる。


落ちながら刃を振りかぶったラルーはディアスの肩に刃を引っ掛ける事で

ぶら下がり、その体重でじわじわと侵食するようにディアスを傷つける。

しかし、ラルーの体重は6キロ。


ラルー自身を重しに使うのは適していない。


それは本人も気が付いたのか、

そばにある鎖を足場にしてディアスの左肩に刃を引っ掛けたまま

上へ飛んだ。


ぐるりと、痛ましい音を立てて

ディアスの腕の付け根を半周する大鎌の刃。


ラルーはディアスの頭の上に着地して

ディアスが被っていた帽子を取り上げる。

汚れを落として、戯れにラルーはディアスの帽子を被って見せる。


残念ながら、というべきなのか分からないが

皮肉にもディアスの帽子がよく似合っていた。



歪に歪んだ大鎌の刃はモノを一刀両断するには向かない。

それは刃の鎖にも同じ事が言える。


それらはターゲットを効率的に傷付けるが、

決してその命は奪わない。


ノロワシゴロシ・・・その意味は恐らく・・・。



“己を呪わせるほどに苦しめながら殺す”



ラルーはディアスを簡単に殺す気は無いのだ。

とことん痛ぶってから、呪いの言葉を吐かせてから殺す気なのだ。



「ぐっうう・・・!!」


「あら? 可愛い声で鳴くのね?

意外な発見だわ?」



嬉しそうに、にやっと笑うラルーは

ディアスの傷付いた左肩を踏み付ける。


更に痛めつけるために

大鎌の刃をノコギリのように前後に揺らし

脇をじっくり切断していく・・・。


あまりもの痛ましさに目を逸らさずにはいられない。



「“悪魔憑き”

それは悪魔と契約を交わし、悪魔に憑かれた人間の事・・・

そうして得られる恩恵は様々!


悪魔から提供される知恵

人間を超えた身体能力に鋭い第六感、

何よりも自在に制御が出来る治癒力!


都合の良いように

傷を癒したり、再生したり・・・

都合が悪ければ癒さないようにも出来る!


でも、今回はその優秀な特性が仇になるわ・・・?


だって、それって、云わば不死身って事よね?

人間なら死ぬところを、決して死なないようになっちゃってるんでしょう?

拷問なんかされたら、特に最悪だわ!


今みたいに刃が食い込んだ状態で再生したら大変!

でも、あまりの痛さに耐え切れずうっかり再生に逃げ込んじゃうかも知れない!


ああ、怖いわね・・・

痛いわねぇ・・・カワイソウだわ・・・?


この拷問は痛みとの戦いであると同時に

己の我慢強さが必要になる、屈強な心が必須な・・・

そう、修行みたいなものだわ? だから頑張って耐えて頂戴ね、ディアス♪」



長々と言葉を重ねるラルー

・・・それは言葉責めで、精神を削る事が目的だ。



ディアスはラルーに返答を返すワケでもなく

黙って歯を食いしばり、その激痛を耐えていた。


右手に握った旗の柄を離さずに・・・。



ラルーは紅い瞳を輝かせ

ぐりぐりと靴のかかとをディアスの頭に押し付ける。


ラルーはトンデモナイ、サディストだ。ドSだ。

悪質極まりない。

私は糸で縫い付けられたように動かない口をもごもごとさせ、抵抗する。



「ら・・・る・・・」


「え、イヲナ・・・?」


「・・・ぬ、しと・・・言う奴、は・・・!」


「え、え、待って待って?

どうして喋れてんの!?」



徐々に口が思い通りに開くようになると

変化は早かった。


言葉をゆっくりと漏らしながら、私は迷路に近寄る。


ラルーは大いに動揺して

ディアスの頭から飛び降り



「待って! イヲナ! こっち来ちゃ危ない!

危険! ドンタッチミー!」


「この、悪徳サトリ吸血鬼め!

私の口を強引に封じ、勝手に暴れるとは何事だ!」


「勝手に暴れたのはイヲナも同じじゃ・・・」


「私の時はぬしを拘束したか!?

しておらんじゃろうが! 今回のケースと私のケースでは話が違い過ぎるわ!」


「イヲナ、まさかのイライラモード!?

このタイミングで!?」


「イライラと一緒にするでないぞ・・・呆れ果てたまでじゃ・・・!」


「私は呆れ果てられたの!?」


「こっちに降りて、謝罪をせい!

上から叫ばれても反省の色が見えんわ!」


「ええええええええ!!?」



ラルーは混乱して、鎖の迷路の第三層目まで降りてきて

オロオロとしている。


さすがにラルーの拷問は見たくない。

手段は選ばない・・・!



不意に、ラルーの額に一筋の血が垂れた。

その感触にラルーは目を見開かせて、頭上を見上げた。


私はまさか、と思い

慌ててディアスを捕らえていた鎖の蜘蛛の巣を見る。

・・・そこにディアスの姿は無い。


しゅる、という布が擦れる音がすると一瞬だった。


ラルーの姿が鎖の迷路、第三層から

ふっと消えると、ラルーのか細い呻き声が鎖の迷路から程遠い

薄汚れた壁の方から聞こえる。


見ると、全身血まみれのディアスが旗の柄を両手で握り締め

旗の柄を背中に押し付けられたラルーが壁にも押し付けられ、拘束されていた。


・・・よく見てみると

細長い旗がラルーを縛り上げ、旗の柄できつく締め付けられているようだ。

一瞬で何故か立場が逆転しているぞ、何が起きた?


まさか、本当に“旗”でラルーを下すとは・・・!



「う・・・悪意のある縛り方してるでしょ、最低」


「年頃の女性を縛るんだから、当然、悪意のある縛り方をするでしょう?」


「年頃の女性って・・・私は13歳なんだけど?」


「酒を飲める13歳なんて未成年じゃないでしょう?」


「法律的には未成年です!」


「この世界で表の法律を持ち出すとは、よほど追い詰められているんですね?

すみませんね・・・けれど、情けはかける気になりません

ズタズタにされましたし」


「クソっ・・・」



ワケの分からんやり取りを始める師弟。

・・・師弟のやり取りか、これは。


異様な関係性を感じるのは気のせいか?


何が起きたのか、理解に欠けるが

ディアスは鎖の迷路を突破して見せたのだ。

その上、ラルーまでもを宣言通りに旗で倒している。


生け捕りにするより殺す方が簡単。


難易度の高い生け捕りの方を成功させるとは

ディアスの実力に関しては懐疑的な目を向けざるを得なかったが

今のこの光景を見れば納得が出来る。



悔しそうにラルーは顔を歪ませる。

しかし、ほんのりと顔を赤くしているように見える事に気付くと



「おや? ・・・まさか“恥ずかしがって”いるんですか・・・!?」


「何よ、その反応は・・・」


「貴女も女子だったとは!」


「本当に何なんだよその反応は!!

私を何だと思っていやがった!?」


「だって、嫌がらせで貴女が風呂に入っている所を突撃した時

恥ずかしがるでもなく、叫ぶでもなく


“私と一緒に入りたいの? なら早く言えば良いのに”


と、言ってきて・・・

以降、私は貴女の事を新人類か何かだと思っていました・・・!」


「お前は私をどんな目で見ていたんだ!」



一体、この師弟はどんな生活をしていたのだろう。


私はそれが気になって気になって仕方がない。

危うい何かを感じる・・・。


・・・疑問を解消出来ていない自分がいる。

私に出来なかった鎖の迷路の突破をやり遂げたディアスよ

どうやって生きて迷路から脱出できたのだ?



「のう、ディアスよ・・・

私は以前、この迷路の犠牲になったのだが・・・」


「それはご愁傷様だ」


「私は結局、迷路を突破出来なかったのだ

だから、どうやって突破したのか教えてもらえないか?」


「突破出来なかったのに、どうして生き延びているんだ・・・」


「それはひとえに運が良かった、としか言いようはない」


「そうか・・・

イヲナがまたラルーに襲われ、迷路に放り込まれた時の為に教えるが・・・」


「私は再び、ラルーに襲われる前提か」


「お前のような奴ほど、最悪の失敗をするからな?


話を戻そう、ラルーはひねくれた性格をしているが

必ずこういう迷路や、罠には1つだけ脱出方法を用意している・・・

だから、この鎖の迷路にも必ず突破法があると考えた


そんな時に、イヲナが教えてくれただろう?

“迷路にはタイムリミットが存在している”と・・・


そこで私は思ったんだ

迷路にどうして、わざわざタイムリミットが設定されている?

普通は迷路にタイムリミットなどは無いだろう?」


「・・・!

確かに、言われればそうだ・・・」


「タイムリミットがわざわざ設定されている、という事は必要だから

必要となる理由はただ一つ、出口だ


制限時間以内に突破するんじゃない


一定時間を越えてから、突破するんだ」


「なっ・・・!!」



鎖の迷路突破の真相を詳細に語るディアス。


私は思わぬ、思い違いをしていた。


驚きを禁じ得ない。

この衝撃は、始めてラルーと出会った時のモノとよく似ている。


“ラルーのような存在が、この世には存在している”


そう知った時のショックは言葉に出来なかった。

人間が、人工的に超能力を得る事が出来る。

それは長年の人類の夢を叶えるモノだ。



「イヲナ、だからお前のような奴ほど

取り返しの付かない失敗を犯す・・・


夢や、探求も、別に良いが・・・

ラルーに深く関わるのなら、特に気を付けろ

たった一度の過ちが、本当に恐ろしい結末を招くやもしれない


そんなありえないような事を、

この子には容易く実現する力がある・・・」



ディアスは私に語りかける

私は取り返しの付かない失敗を犯す人間だとして・・・。


まるで、これからの未来を暗示するような言い方が鼻についた。



「ディアスよ、一体ラルーをどうする気だ?」


「どうするかって・・・そりゃあ、最初に言った通りにするんですよ

この子は家出中の不良娘。

我が家に連れ帰るだけですよ」


「・・・!

そうすると、ルクトが・・・」


「ルクト?

ああ、この子の兄とか言うアルビノの青年ですか・・・」


「・・・?」



ルクト、という名前を知らずに

彼と接していたのか。


しかも、ルクトの事を迷わずに“アルビノの青年”と呼ぶとは

今のルクトの姿は黒い髪に青い瞳という、真っ白な肌が目に付くとはいえ


アルビノからかけ離れたモノだと言うのに・・・。



私がそう、疑問を頭の中で浮かばせていると

ディアスは嬉しそうな作り笑いを顔に貼り付かせて



「もし、彼がラルーを返せと乗り込んできたら、それまでですよ

私が彼を始末します、邪魔者は消え、問題は解決する・・・」



その発言と言い、笑顔を顔面に貼り付けるようなソレも

ラルーとよく似ている・・・。

きっと師弟としては良い関係を築けているのだろうが・・・。


この問題一つだけで、関係が破綻していた。


この問題だけは、両者共に譲る気はない。

それは、ルクトも同じ。



「アンタん中では解決するんでしょう・・・

でも・・・私にとっては最悪のシナリオだわ・・・!

実現なんて、させるものですか・・・!

この勝負、まだ決着は付いていないわ・・・!」


「っ・・・!?」



縛られ、壁に追いやられ

紅い瞳を輝かせ、叫ぶラルー


その一言で異常を察したディアスは固まった。


彼にも何が起きているのか、具体的には分かっていないだろう・・・。

だが、全てを客観的に見ていた私には分かった。

ディアスの顔に現れる赤い小さな点。


それはレーザーポインターによる狙い定めの印に間違いはない。


つまり、ディアスは今・・・狙撃銃で何者に狙われている。

その何者か、とは一人しかいない。


ルクトだ。


どうやってなのかは不明だが、

ルクトはラルーの危機を察知して

ヒーローよろしく、ラルーの救出に駆けつけたのだ。



「ディアス・・・!

私を離して、旗も外して・・・

さもなければ貴方の首が吹っ飛ぶわよ?


私や、お兄ちゃんが銃を使うとどうなるか知っているでしょう?

しかも、今のお兄ちゃんなら手加減はしないと思うから・・・」


「・・・分かりました、降参です

相手が一人だとタカをくくっていた私が愚かでした」



ラルーの言葉を聞き、事態を察したディアスは

旗の柄を横にずらして、ラルーの身体に絡まった旗を外すと

旗を放り捨て、両手を上げた。


なおもディアスの命を狙う赤い点は消えない。


ルクトはよっぽど機嫌が悪いようだ。



「・・・一勝一敗よ」


「はい?」


「貴様と私、共に一勝一敗!

だから、仕切り直し・・・!」


「そんな顔を真っ赤にして、涙目で凄まれましても・・・」


「仕切り直しだって、言ってんでしょ!!」


「はいはい、分かりました

仕切り直しですね、次はルクト君も入れて戦うんですか?」


「いいえ、戦わない・・・」


「おや・・・? 珍しい事も言うんですね」


「まずは、頭がぐるぐるしているから・・・

考える時間を頂戴・・・

へティーに迷惑を掛けたんだから、へティーがいるビルで待ってなさい・・・」


「え」


「じゃあ!

イヲナは案内人だから、傷を付けたら許さないから」



ラルーは年相応な表情で

拗ねて言うだけ言うと、空気に溶けるように消えていなくなる。


能力で何処かへ飛んだか・・・。

その何処かは検討が付く。


ルクトの所だろう・・・。


しかし、本当に驚いたぞ・・・

まさかルクトがラルーの最後の切り札だったとは。


恐らく、の推論だが・・・。

ルクトがへティー・ルアナに会いたくなかったのは本当だろう。

会いたくなかったからこそ、別行動を取った。


が、ルクトはあくまでもラルー中心に物事を考える。



昔からルクトとラルーの双子は驚異的な“繋がり”を有しており

両者が離れた部屋に閉じ込められても、お互いがどうしているのか分かっていたり

一方が衰弱すると、もう一方も衰弱した。


ラルーは幼少期から少食だったが

幼い頃、それは拒食症という形で現れた。


彼女は何日もの間、何も口にしていないにも関わらず

飢え死ぬ事は無かった。

その理由については有力な説として、


両者は感覚を共有しているのでは?


というモノがあった。

ラルーが何も口にしていない間、ルクトは人一倍に食欲旺盛になり

通常の何倍も多くの食事を求めた。


普段は口を開こうともしなかったルクトが、

その時ばかりは“頼むから、食い物をくれ”とせがんだのだ。


ゆえに、一方が苦しい状況に置かれても

もう一方がそれを補う形で両者は生存を可能にしている。

互いに情報や、痛み、幸福を共有しているからこそ、より密接に依存し合う。



ラルーとルクトの2人は歪な共依存によって結ばれている。



双子には繋がりがあり、それは因縁でもある。


きっと、死神兄妹はその因縁が人より強く・・・

繋がりの超強化版、と呼ばざるを得ないような“能力”を有している。


この能力によって、

ラルーから情報をリアルタイムで得ていたルクトは

異常をすぐに関知できたのだ。


彼がすぐに駆けつけたのは偶然ではなく

紛れもない必然。


当然の結末。


それはラルーにはよく分かっている事・・・。

彼女が惜しげもなく、ディアスに挑めたのは

ルクトとの間にある“共有能力”によって安心して挑めたからに過ぎない。


別行動を取っているルクトこそが

ラルーの最後の切り札なのだ。



結局はラルーの策略に踊らされたに過ぎなかった・・・。

ラルーは策略家だが、それはディアス譲りのものだと思う。

この師弟は非常によく似ている。


衝撃の結末を迎えると、大いに錯乱するところが特に。


さあ、ラルーの逃亡を許してしまい

笑いながら拾い上げた金属製の旗をへし折ったディアスをどうなだめよう。

私はあの無残な旗のようになりたくはない。


本当に・・・洒落にならん。







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