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ヤンデレ死神少女 監視記録  作者: 黒炎 ルカ
奪われた日常 始まる非日常
21/31

記録その拾九 殺戮の連鎖その参

・・・嗚呼、滴り落ちる血の音・・・。

転がり落ちる生首の影・・・。

・・・・・人を両断する感触・・・・。

今や、それらに“愛おしさ”すら感じるほどに私は狂ってしまったのだ。


人を殺し続けていなければ私は生きる事が出来ない。

殺せなくなったら文字通り、狂いに狂った末に狂い死ぬわ・・・?

だから、私は呼吸をするのと同じように人を殺す。

人を殺すのは当たり前、殺す事こそ私の存在意義である。


そんな、殺人鬼である私は一人の男に惚れた。


その名はイヲナ・・・私の愛おしい人。


彼に私は一方的な片思いをしているのだが・・・

“力”を持つ私にとってイヲナは唯一の脅威だ。

天敵と呼んでも差し支えは無いだろう


複雑な関係が私の片思いによって尚さら複雑化している。


天敵であり、思いを寄せるイヲナが殺人鬼である私を必要としてくれた


嬉しいとまず先に私は喜んだが、

次の瞬間には冷静な自分が問いかけてきた。


“自分の天敵に成りうる存在に刃を磨かせてどうする?

いつか、その磨かせた刃で自分の心臓を貫くのかも知れないのだぞ?”


と・・・そんな恐ろしい可能性を秘めている事を気付かされてしまった。

・・・愛した人が、私が教えた知恵や技術を利用して私を殺す可能性・・・。


私の“未来予知”の能力が見せた映像が尚の事、

そのリスクの信憑性を高めた。


ああ、恐ろしい。

嫌だ・・・そんな結末・・・それが現実になれば私は

どこまでも救いが無くなってしまうではないか・・・。


不意にイヲナが私のお兄ちゃんに言った言葉を思い出した。


“ そんな当たり前に起こる日常の出来事さえも

許せないのか!! 妹をそんなに信用していないのか!!

信用していないのなら、それは“愛”ではない!

ただの“束縛”だ!! 不必要な束縛をして満足か!?”


そう、愛する人を信じられないのならば・・・

それは“愛”ではない、ただの束縛でしかない・・・。


・・・恐ろしいけど、私はイヲナを愛しているのだ。

信じよう・・・イヲナならきっと、私の“力”を越えてくれると


私が彼に教える事を全て最大限に活かして、

私の予知を殺してくれると・・・。


さぁ、イヲナ・・・愛おしいイヲナ。

私を、殺してごらんなさい。


私の予知を殺すか、私の無価値な生命を殺すか、


どちらにしても・・・傷付くのは私だけなら

私は貴方を許すから・・・。





・・・・・





「イヲナ! 銃相手は単体の場合、倒すのは簡単だわ?

銃口がこちらに向いていなければ恐れる必要は無いのだから

でもね? 複数人の銃装備のヤツラに囲まれた時は話が違ってくる」


「ああ、そうだな・・・

前のギャング共の時は何度も撃たれかけた」


「そうそう! 二人だけならともかく、三人以上になると

対処しきれなくなる!

そこで私はそういうピンチに有効な手段を考えたのさ!」


「ほう・・・是非とも教えて欲しいな」



つい数十分前に、

死神兄妹が派手にターゲットを殺してくれたおかげで

私たちは慌てて、逃げ惑う人混みの中に紛れて

ファストフード店に逃げ込んだ。


下手に逃げ惑っていては逆におかしいので

人がいるファストフード店でしばらく休憩する事となった。


・・・つい先ほど人を殺したのに、ファストフードを食えと。


血を浴びたが、やはりラルーが力を使って返り血を取り除いてくれた。

相変わらず変なところは気が利いているのか、余計なお世話なのか・・・。


ルクトは慣れているのか、ポテトをラルーと分け合いながら

普通に食べている。

ちなみにルクトはハンバーガーを既に五つ平らげている。



「イヲナ、さっきギャング共の始末の時に

何度も撃たれかけたって言ったわよね?」


「ああ、そう言ったが?」


「でも、イヲナはこの通り無事・・・でしょう?

それはどうしてだと思う?」


「・・・!

それは・・・私が動き回っていたからか?」


「正解! その通りよ」



私は力を持っているが、あまり力を使いたくないので

戦闘では力は使わず実力勝負で挑んでいる・・・。

が、今のところずっと苦戦続きだ。

だから、私は殺しの天才であるラルーに教えを乞う事にした。


ラルーはまず、銃相手の戦闘法について説明してくれるらしい


彼女の言葉で私は今までの苦戦を思い出す。


報復の為に襲ったギャング共の一掃

大人数が銃を所構わず乱射してきていたから

どこから弾丸が飛んでくるのかさえ、見当がつかなかった。


その時はラルーから与えられた

両刃のナイフ一つしか武器を持っていなかったため

超接近戦を強いられていた。


・・・しかし、それが良かったのだ。


超接近戦、という事は相手のすぐそばまで接近しなければならない。

だから私は相手を倒すため、激しく動き回り

人を殺し歩いていたおかげで

銃口を向けられる前に倒す事が出来たのだ。


動き回る的を撃つのは困難。

そこで、その点を突いてラルーは私にナイフを持たせたという事か・・・。

ナイフという近接武器であるがゆえに、動くことを強制したワケだ。



「複数の銃相手に有効な手段とは、

片っ端から動き回って一つ一つ、的確に潰していく事よ」


「・・・単純だな、それを有効な手段を呼べるのか」


「単純な法こそ最強! でもね、いい?

戦闘とは武器を持つ人間の動作の組み合わせだけじゃないの


戦闘している場所、


戦闘になった状況、


その場にある物


自分の得た知識


敵対している相手でさえ


こちらの武器に出来るの・・・この世に武器に出来ない物なんて無いのよ

ありとあらゆる物を武器にして戦う事こそ勝利に繋がる! OK?」


「・・・要するに、一つの手段に頼らず複数の手段を自在に駆使して

勝利を勝ち取れ・・・という事か」


「・・・説明好きが祟ってセリフが長すぎちゃったね、ゴメン」



ラルーはやたら長ったらしく説明をする。


その言葉が、殺しの極意なのか?


それにしても説明が長い。

思わず要約してしまったではないか


しかも、自分で“説明好き”と言いおったぞ・・・。

ラルーは長ったらしいセリフを吐くのが好きなのか・・・?

やたらペラペラと悠長に喋るのが趣味・・・?


常に笑いっぱなしで、

しかも変な口調で喋るのが好きとは古典的な変人ではないか


正直、仲間としては信用出来ないタイプだが・・・。


この狂人は私に原因不明の執着を見せている。

明らかに嫉妬してきたり、過剰なボディタッチを繰り返したり。

もう、どこからどう見ても明らかな反応の違いだ。



「それはそうとラルー・・・一つ、良いか?」


「あら? どうしたのかしら? カルム」



不意に、紅茶を黙々と啜っていたカルムが口を開いた。


紅茶の中に血で作られた特別な紅い薬を入れたため

器を満たす液体の色は鮮やかな紅色・・・。

そのことに気付くと、ある事に気付いてしまった。


カルムは吸血鬼。


記憶を失い、同族の誰からも認識されていなくとも

彼は正真正銘、吸血鬼なのだ。


だから・・・。



「俺をどうして真昼間から連れ回してくれてんだよっ!?

曲がりなりにも、俺は吸血鬼なんだぜ・・・!?」


「あら? 吸血鬼は日中活動がダメなの? てか死ぬの?」


「そりゃそうだ!! 死にはしないが・・・

滅茶苦茶、弱体化するから

今の状態じゃ容易に死ねるぞ・・・!?」


「そういえば、殺し屋相手にも苦戦してたしね?

ご自慢の怪力も使えなくなっちゃうのねぇ?」


「お前っ、わざとだろ!?

吸血鬼が日に弱いと知っていてわざと日の下を連れ回してるだろ

この鬼畜女・・・!!」


「くすくす・・・! ああ、愉快かな! 実に愉快!」


「やっぱりわざとかぁぁぁ!!?」


「死にやしないんだから、いいじゃないの

新手の修行だと思って頑張りなさい?

弱点こそ克服して見せて最強の吸血鬼を目指しなさいな?」



案の定。

吸血鬼であるカルムは異論を唱えた。


今の時刻は昼過ぎ、食事の時間にしては遅い時間帯だが

日が昇っていることには変わりはない。


吸血鬼とは太陽の光が弱点だとされるが、


カルム曰く、死にはしないが

普通の人間と対して変わらないほどに弱体化するから

死の原因に直結する場合もあるらしい。


ラルーはそんな吸血鬼の弱点を知りながら

わざと日中のこの時間を選んでカルムを連れ回しているようだ。


確かに、吸血鬼からすれば極めて鬼畜な行動。


ラルーは弱体化して苦しんでいるカルムを見て

楽しんでいるとしか思えない。


・・・ラルーよ・・・ぬしは吸血鬼に何か怨みでもあるのか


自分から血を捧げたり、カルムの身を案じたり

吸血鬼に対して好意的ではあるが、稀に抑えきれない怨みをぶつけるように

鬼畜な言動と行動で嘲笑うなど・・・


彼女の真意については分からない事が多い。



「と、話を戻すわ?

イヲナ・・・せっかく力があるんだから、どうして出し惜しみするの?」


「隠しておいて損は無いだろう

ぬしがカルムに無理やり課せている修行と同じだ」


「・・・力を使わずとも強くなりたいと・・・

ふっ、応援はするけど無理はしないでね?」


「・・・本当に危なくなれば、手段を惜しまないよう気を付ける」


「ええ、それでいいの

例え卑怯な業でも生きていりゃそれで勝っているんだから」



ラルーは笑顔を浮かべながら

私にチキンナゲットを押し付けてくる。


・・・食う気になれない・・・。


私はラルーにチキンナゲットを押し返すと

彼女は笑みを更に歪めて満面の笑みを作ると迫ってきた。


怖い。


仕方なく、私はラルーからチキンナゲットを受け取り

面の隙間から一口。


・・・ソースを付け忘れた。



「お兄ちゃん、そろそろ人の波も引いてきた頃かしら?」


「ああ、野次馬共が現場の方に押しかけ終えた頃

そろそろ大丈夫だろ」


「・・・どうして一般人は何かある度に集まって野次馬になって

恐ろしいモノ見たさに興奮するのに・・・

実際に自分からそういう面白い事をしようとしないのかしら?」


「そんなの、どいつもこいつも腰抜けで自分可愛さに

手を汚さず他人の罪を貶めるだけで満足してしまってんだろう?」


「そっか、納得

確かに自分が優位に立っているだけで楽しいものね?」



ラルーとルクトのイカれた双子兄妹は

野次馬になる人間の心理について考察する。


この二人は自分から殺戮を起こして楽しんでいるから

自分から何もせず、他人が作った事件に群がって

スリルを味わう人の心理を理解出来ないようだ。


・・・狂っている死神兄妹ならではの解釈は

当たっているようで当たっていない。


私からすれば、人はきっと恐ろしい光景を見て教訓にしているのだ。


“いつ、その悲劇が自分に降りかかってもおかしくはない。

あの残虐な光景は滅多に起こらないものでも

起こす人間がいる以上、常に警戒をして自分を守らなくてはならない。”


そう、実際に目にして始めて理解する。


彼らは己の弱さを自覚しているからこそ、教訓を覚えて生き延びようとする。

己の弱さを認めたくないからこそ、他人の罪を貶める。

そうやって、自分を守り、自分を保つ。


・・・人間としての知性と本能が成す業だと、私は思う。



「さぁ! 行きましょう

次の依頼は緊急の依頼だから気を引き締めて・・・」


「す、少し待て」


「ん?」


「・・・まずはゴミの後始末をしなくては」


「律儀だねぇ・・・まぁ、いいわ

手伝うよ」



正確にはまだ、チキンナゲットを食べきっていないから

待って欲しいのだが。


急いで残りのナゲットを口の中に押し込むと、

あらかじめ付けたスパイシーなソースの味が広がる。

・・・美味しい。


ラルーは空になったチキンナゲットの箱を持ってゴミ箱に捨てた。

そのあと、ちゃんとゴミの分別すらしないラルーを説教して

ゴミを全て捨て終え、拗ねたラルーの案内の下

緊急の依頼主が待つ待ち合わせ場所へ向かった・・・。


ラルーの非常識っぷりを改めて思い知った。










・・・・・










「やぁ、君が噂の“仮面を着けた日本人”君だね?

是非とも私のお気に入りの“死神兄妹”との関係を教えて欲しいなぁ?」



目の前の立派なテーブルに置かれた豪華絢爛な食事を前にワイングラスを傾け

その女性は不敵に微笑む。


ここは有名高層ビルの最上階にある高級レストラン。


そこを貸し切りにして、スーツにサングラスで銃を装備した

何人もの屈強な男たちを後ろに従えているその女・・・

今回の緊急の依頼主は何が起きたのか詳細を語ると思いきや、

最初に放たれた言葉はそれだった。


・・・私を見るや否や迷わず発せられた言葉に目眩がした。


何故、一発で日本人だとバレた?

しかも、死神兄妹がお気に入り?


・・・・この女・・・ラルーほどではないが・・・。


狂っているぞ・・・要注意人物だぞ・・・!!



「・・・何ゆえ 私は噂になっておるのだ・・・

ぬしらは私とこやつらの関係について様々な誤解をしている」


「おやおや? じゃあ、隠す必要も無いだろう?

簡潔に言ってごらん? 結構、噂になっているんだから気になるし」


「・・・強引に仲間にさせられた被害者」


「ぷっふ・・・!!」


「吹くでない、真剣に困っているのだ」



彼女の質問に答えてやると

そやつは腹を抱えて盛大に口に含んだ高級なワインを吹き出す。

それを隣の席に座っていたラルーは頭から浴びてしまった。


ラルーは口をあんぐりと開けたまま、フリーズ。

依頼主、そんな“狂気の死神”を横目に笑い転げる。


・・・笑顔を引き吊らせて、ポケットに入れた手を震わせている

ラルーが恐ろしゅうて敵わない。

ポケットに入れている武器をいつ取り出してもおかしくはない。



「ら、ラルー・・・今のは不幸な事故だと思って我慢をせい」


「・・・そうね・・・こういう場面でも大人の余裕を持ちましょう」



震えながらラルーはポケットから武器ではなく、

ポケットティッシュを取り出してそれで浴びたワインを拭う。

大人の余裕、などと言っているがそんなものは微塵もなく

いつもの仮面の笑顔は一目瞭然で分かるほど強張っている。



「いやぁ・・・すまないねぇ

あんまりにも可笑しいもんだったからつい・・・ね?

許して、狂気の死神」


「ええ、別に気にしていませんよ

貴女は私の大事なお得意様ですから、いきなり撥ねたりはしませんよ」


「君の、いきなり撥ねるところが魅力的なんだよ

別に遠慮なんかしなくてもいい・・・まぁ、いざ撥ねられるとなったら

ちょっと困るかな・・・?」



依頼主の女・・・へティー・ルアナ。

表向きは投資家。

裏では幅広い人脈と情報回りの早さが有名な情報屋。

最も、情報屋というより裏の面も投資家らしく

面白そうな事には惜しみない投資をするギャンブラーのようでもある。


最近は未来有望な殺し屋育成を楽しんでいると聞くが・・・。


まさか、育成の手が死神兄妹にまで及んでいたとは・・・。

彼女ならこの二人を見逃す方がおかしいかも知れない。


死神兄妹に関する噂、情報、ゴシップは錯綜している。


ガセネタも多く、二人の確かな情報が欲しいと思うのなら

物理的に首を撥ねられる覚悟で二人と接触をしなければならないほどだ。


そうまでして、やっと手に入る情報は高値で取引される。

情報屋からすれば美味しい話だ。



「で・・・一体、どうしたのかしら?

詳しい状況を教えてもらえると助かるわ?」


「ああ、もちろん

ちゃんと説明をさせてもらうよ、死神ちゃん・・・

と、その前に・・・せっかくの貸し切りだからお面の君もイケた君も

どうぞ素晴らしい料理を食して欲しい・・・口に合うと良いが」


「あ、どうも・・・」



ラルーはワインを拭い終わると

改めてへティー・ルアナと向き直り話を進めようとする。


しかし、へティー・ルアナはその前に未だに立ち尽くしている

私とカルムに絶品料理を勧める。

恐らく、これからの話は少し長くなるから席に着くように

誘導しているのだろう。


ちなみにラルーの兄、ルクトはへティー・ルアナが苦手らしく

この高層ビルに入る前に逃亡した。


ルクトが逃げ出すほど、このへティー・ルアナは曲者で苦手なタイプなのだ。


・・・実に興味深い。


カルムは軽く会釈して先に席に着いたので

それに釣られるように見せかけて私も席に着く。

へティー・ルアナという人間を細かく分析してみよう。


これから先、役に立つ情報が得られるやも知れぬ。



「実は・・・何故、狙われてしまったのか

その原因が分からないのよねぇ・・・」


「うんうん、そっかそっか・・・んんっ・・・!?

へティーでも分からないの!?」


「ああ、情報屋の名が泣くね、こりゃ・・・情けない」



ラルーは気さくにへティーと呼び、驚く。

情報回りの早さが有名な彼女でも自身が狙われた理由が分からないとは・・・

今回の敵は何故、この情報屋を狙うのか?

それが謎だ。


ここに来る前、この依頼主は自分にとってもお気に入りなのだと

ラルーは語っていた。


“情報屋の腕が鳴る”と言って詳しい情報を

あらかじめ、伝えておくところや皆、首を撥ねられる事を恐れて

関わり合いを持とうとしないのに対してへティーは気さくに接してくれる。


そういうところが、へティーの良さで

私がお得意様として信頼を置く理由だと・・・嬉しそうに奴は話した。



「情報屋が狙われる・・・という事は

何か、重要な情報を得ているから・・・が一番有り得る話なんだけど

それに心当たりはないのか?」


「残念ながら、生命を狙われるような情報はたくさん知っているが

そのほとんどの刺客はこの死神ちゃんがやっつけてくれちゃったんだよね」


「・・・狂気の死神、恐るべし」


「わざわざ声にしてくれて、あ・り・が・と・♪」


「ごめん、謝ります」



カルムは情報屋であるへティー・ルアナが狙われる原因を探ろうとするが

肝心のへティー・ルアナはラルーを使ってほとんど始末しきった模様。

それにカルムは改めてラルーの恐ろしさを思い知らされ

素直に言葉にすると本人であるラルーが突っかかってくる。


満面の笑みだが、怒りのオーラを滲ませている。


あまりのプレッシャーに吸血鬼は敬語で謝罪。

・・・情けなさすぎる・・・



「ふむ・・・まぁ、この際、原因は別にいいじゃない?

狙われているのは確実だし、分かっている事だけでいいから教えて?」


「ああ、もちろん


相手は・・・手馴れの殺し屋

自分たちの事が分からないよう、情報をわざと拡散させている

こちらでガセネタなのか調べておいたのだが・・・

それでも、ガセなのか分からない件がちらほら・・・」


「オウ・ノウ!

情報屋の難しい所を突いてきたのね!

でも、短時間でここまで特定出来たのは流石だわ?」



ラルーは目前の豪華料理、そっちのけで詳しい状況を確認する。

思えば、ラルーが何かを食べているところは

ルクトとフライドポテトを分け合っていた時しか見ていないな・・・。


へティー・ルアナは丁寧な説明をする。

説明を聞く分には、敵の“手馴れの殺し屋”は相当な切れ者のようだが

相手の二つ名を出さないのは何故だ?


へティー・ルアナほどの才覚があれば

相手の二つ名を特定するぐらい容易いだろうに・・・。


アメリカの空気に感化されたラルーはわざとらしい

簡単な英語で残念さを表現する。

それでも、すかさずへティーを慰めるように褒めたのは予想外だった。


ラルーは平気で・・・否、傷を抉るような事を言って楽しむというのに

今のところへティーの前ではいつもの毒をあまり吐いていない。



「ありがとう

まぁ、そういうわけだから・・・今回は怪しいところの人間を

しらみ潰しに当たって欲しいんだ」


「わお! めちゃ、嬉しい内容ね!

でも・・・お金は平気?割引しても良いのよ?」


「大丈夫、私だって君達ほどではないけれど荒稼ぎをしているからさ」



しらみ潰しに殺戮をしろと・・・。

へティー・ルアナよ、おぬしは何故、情報屋なのだ?

いっそのこと殺し屋に転職をせい


私はため息を噛み殺し、

諦めの気持ちと共に目の前のパンをちぎって口にした。


もちもちとした感触と、

ほんのりと香る、焼きたてのパンの香ばしい匂い。

無論、美味しい。


脂ぎった肉や、やけに重量感溢れるバーガーより

このシンプルで簡素なパンが最も私の口に合う。


そんな私がパンを味わっていると突然

ざーざー、とノイズのような音が耳に入る。


不愉快に思い、音の出処を探せば目の前の狂人が作っている音だと

すぐさま判明した。

・・・当然ながら、ラルーである。


長方形のテーブルの端を陣取るへティー・ルアナを挟むように

片側にラルーが座り、私とカルムはもう片側の方に座っていた。

そして、何の不幸なのかへティーに近い位置に私は着席しているので

顔を上げれば向かい側に座るラルーがまず先に視界に入るのだ。


だから、ラルーがしている事は考えるより先に“見えた”


爪を立てて、ラルーはテーブルの平面を何度も引っ掻いていた。

それも、いつもの仮面の笑顔を絶やして無表情で私を見据えながら。

・・・いつも笑っている人間が、はたと笑顔を止めたら逆に恐ろしい・・・。


今のラルーは怒っているのか?

彼女が怒るような事が起きたのか?

全く持って、心辺りが無さすぎる。


が、ラルーはテーブルを引っ掻くのを何度も繰り返している中

トントン、と爪で叩いている音も織り交ぜてリズミカルな旋律を

奏でている事に気付いた。


・・・もしや・・・“モールス信号”・・・?


モールス信号はトン、という点を打つような音と

ツー、と延ばす音を組み合わせてやり取りする通信方法だが・・・。

もしかすると、引っ掻く音と叩く音を組み合わせて

それをラルーが行っている可能性が高いので読み解いてみよう。


・・・・・・・・・“銃撃に備えたし”・・・?



「そう! なら良いわ!

それと、相手の特徴を教えて欲しいわ?

・・・それに狙われているのは貴女

ここに誰か私の仲間を置いておく必要があるわ?」


「そんな事はしなくても良いのに・・・

ご覧の通り、何人か用心棒も雇っているし」


「いいえ、残念ながら信用は出来ない・・・

なんたって・・・もう買収されているようだから、ねぇ!?

裏切り者方・・・?」



ラルーは順調に会話を進め、そして確信に満ちた声で叫ぶと

袖の中に隠していた針と投げナイフを屈強な男たちに浴びせた。

しかし、ナイフが突き刺さって倒れこむ者がいる中

へティーに向け、その銃の引き金を引こうとする者も・・・。


ラルーがわざわざモースル信号を使って警告したのは、この事だったのか


私はあらかじめラルーの指示を受けていた事もあり

迅速に対応する事が出来た。


隣に座るカルムの首根っこを掴み上げ、

え?え?と騒ぐカルムを押さえ込み、

弾丸が放たれるより先にへティーの方にカルムを放り投げた。


そして若干のタイムラグの後、


連射する発砲音が鳴り響き

鮮やかな鮮血が宙を紅く染め

カラカラと、薬莢が落ちる音が虚しい。


マシンガンか、一人に対してマシンガンとは容赦がないな。

しかし、今回ばかりは相手が悪かったと言わせてもらおう


何故なら



「なっ・・・!!

そんな馬鹿な・・・!!? 何故、生きている!?」


「・・・なぁ? お前らさぁ・・・地味に痛ぇんだよ!!

俺が吸血鬼だからっていうだけで扱いが非道を極めてんだよっ・・・!!」



・・・カルムをへティー・ルアナの盾にしたからだ。

日光で衰弱して驚異の回復力が衰えていても、

吸血鬼として弾丸程度では死なない

また血を吸えばその驚異の回復力を取り戻すはず


ここで裏切り者たちを倒してその血を頂戴するか、

又はラルーに己の血を差し出してもらうなりをすれば良い。


まぁ、どちらにせよカルムがやられっぱなしという事はもう無いようだ。


マシンガンで撃たれて何箇所も血を吹き出させつつ

カルムは堪忍袋の緒が切れて、怒りを叫ぶ。


一瞬で治るとは言えども痛いモノは痛いか

・・・本当にすまない。


しかし、あの場面ではカルムを盾に使うのが最善の手だったのだ。

分かってほしい。


不当な扱いを受け、怒ったカルムは素手で敵に向かっていく。

焦った敵は銃を乱射するも、カルムに一瞬のダメージを与えるだけで

その怒りの進行を止めるには至らない。


そして、とうとうカルムは敵の銃を鷲掴みにして奪うと

裏切り者の敵は滑稽にも、わなわな震えながら座り込んだ。



「ば、化け物がっ・・・!!」


「化け物・・・? お前・・・曲がりなりにも

こっちの世界の人間なんだろ? 吸血鬼も知らないのかよ? あぁ?」


「ひぃっ・・・!」



負けを認めたくせに命乞いすらせず、その敵はカルムを罵った。

・・・自分の立場もわきまえぬとはタチが悪い。


呆れ果てたカルムは冷酷にその首に手をかけると

迷わず首を捻り、骨を折って殺した。


吸血鬼の怪力なら首を折るぐらい容易いのだろう

カルムは糸の切れた操り人形のようになったソレを掴み上げ

腕を引きちぎると、その切断面から溢れる血を口にしようとした。


が、その時に



「ううぁ・・・!」



カルムが敵の首をへし折って、吸血をしようとしたまさにその時に

かすれた断末魔の叫びが響いた。


そうだ、敵は一人ではなく、あと数人ほどいたのだった。


私とカルムが一人に気を取られている間に、

あの死神は決着を付けたのだ。


両手に2つの首を持って“狂気の死神”はその名に相応しい

狂笑を浮かべて全身を血に濡らしている・・・。

相変わらずの仕事っぷりだな、と納得してしまった自分も

狂ってきたと自虐せざるを得ない。



「か~る~む~? そんな汚らわしい血を啜るくらいなら

私の血を啜りなさいな!

ホンット、裏切り者の血なんて穢らわしいわ・・・?」


「お前は俺が好きなのか嫌いなのかハッキリしてくれ・・・」


「貴方個人の事は嫌いでも無ければ好きでも無いわ?

私が好きなのはあくまでも吸血鬼という種族だけ!

誤解はしないで頂戴!」


「・・・聞く人間によってはツンデレとも取れるセリフを

ヤンデレのお前が言うなよ・・・」


「・・・・・・ヤンデレ? ツンデレ?

・・・何、なんなのそれ?」


「知らないのかよ・・・」



ラルーは自分の血を飲んでくれ、と言わんばかりに

赤いYシャツの上から三つのボタンを全て外して真っ白な首筋をあらわにする。

わざと胸元をはだけさせて人を殺した為、必然的に

胸元にはべっとりと血が付いている。


・・・まさかの狂気と色気の融合。

こういう事から実は裏の方では“狂気の死神”のファンは多い

・・・主に狂った異常性癖を持った連中に。

こればかりは奴が哀れだと想う・・・唯一、奴に同情する一面だ。


こやつには恥じらいという概念は無いのか、全く・・・。

恥じらいの心があればそういう変な連中に好かれる事も無かったろうに・・・


そんなラルーに対しても

今までの不当な扱いからの怒りを忘れられないのか

カルムは再び呆れ果てた自らの心情を表して盛大にため息をついた。


ラルーはどうやらヤンデレやツンデレなどの単語の意味を知らないらしい


・・・妙な事には詳しいクセに、知らない事もあったのだな



「・・・ねぇ、死神チャン?」


「んー? なぁにぃ~? へティー?」


「・・・イケた彼は・・・吸血鬼だったんだねぇ・・・?」


「ん・・・ま、まぁそうだね?」


「・・・詳しい話を聞きたいのだけれど!」


「取材お断りします、カルムは私だけの物なんです」


「独占欲が強い!」


「ありがとう!」



独特のテンポで情報屋へティー・ルアナと殺し屋ラルーは

その仲の良さを表現したような息の合った会話を交わす。


不意に学生姿の二人が脳裏をよぎった。何故だろう・・・


・・・そして、こんな女子学生は嫌だ・・・


完全にそんなノリでの会話だったのが、何よりも衝撃的だった。


裏の世界では吸血鬼が存在する事は暗黙の了解で知られている。

が、それは知っているだけで

実際に吸血鬼に出会う者はあまりいないだろう


吸血鬼自体、その数を減らしているから・・・というのもあるが

それ以上に人との関わり合いを持たないように

心掛ける者が多いからである。


吸血鬼達は生きていく為にも人の血を吸い続けなくてはならない。


吸血鬼達は吸血鬼であると同時に皆、残忍な殺し屋である。

彼らは“食事”をする時を除いて人との接点は持とうとせず

もし出会ったのなら


まさに“食われるか”“食われずに殺されるか”の二択しかない。


彼らは実に深いミステリアスなヴェールで包まれているのだ。


よって、知りたがり屋の情報屋からすれば

吸血鬼の情報は最高級品なのだ。


へティーがカルムに関心を示すのは当然だった。


ラルーから取材謝絶されてもへティー・ルアナはまるで獲物を探るように

好奇心に満ちた目をギラギラと輝かせてカルムを目視している・・・。

カルム・・・哀れな奴め・・・。



「ラルー ぬしはこれからどうする気だ?

裏切り者が出た以上、さっさと行動を開始せねばならないだろう?」


「まぁ、ねぇ!

へティーの言っていた通りに疑わしい奴を

しらみつぶしに撥ねるのよ!」


「・・・誰がへティー・ルアナを守る?」


「ん? そりゃ、カルムでしょう!

へティーを庇ったし、吸血鬼だし、盾に最適よ!」


「俺は盾として負傷する事が前提なのかよ!?」



私はこれからの行動を整理する事にした。


私とラルーで疑わしい者達をしらみつぶしに殺して回り

その間、へティーを守るのは吸血鬼のカルム。

ルクトは・・・今、どこにいるかも検討すら付かないな・・・。

依頼人が苦手だからって仕事くらい真面目にせい。


が、ルクトの気持ちも分からなくはないな・・・。

確かにへティー・ルアナは関心を持つとすぐに聞いてくるし

やけにラルーと仲が良いから悪質な圧力も生まれている・・・。


つまり、下手にへティーの機嫌を損ねたらラルーが怖いのだ。


しかも、へティーとラルーの絶妙なテンション具合について行けない・・・。

ユルいのか怖いのか、無意味なのか

よく分からんやり取りはあまり好きではない。


まぁ、何はともあれ、やる事は単純明快。

すぐに行動に移すべきだが・・・一つ、聞かなくてはならない事がある。



「ところでへティー・ルアナよ」


「なんだい? 仮面君・・・」


「そのあだ名は止めてもらおう。

答えて欲しいのだが、“手馴れの殺し屋”の二つ名を教えてくれないか?」


「・・・それが・・・」


「・・・やはり、隠す理由があったか」



この度の敵、“手馴れの殺し屋”は完全に正体不明で

人物像もほとんど明らかにはされていない


雲のように掴めない敵をどう倒せという?


少しぐらい、敵の情報を開示して欲しいものだ。

・・・もしくは、何か理由があって隠すのか


どちらにせよ、事情をより詳しく知らなくてはならない。



「敵の二つ名は“十字剣の神父”」


「じゅうじけん?」


「十字架のカタチをした剣の事。

それを愛用していて、表向きは神父をやっているそうだ

だから“十字剣の神父”という二つ名になったらしい」


「なんか・・・罰当たりな人だって事はよく分かったけど

凄そうな二つ名のクセに私、その人の事知らないなぁ~・・・」


「そりゃ無理もないよ、だって凄そうな二つ名のわりには

ショボイ雑魚なんだから」


「・・・え? つまり・・・どういう事?」


「ヤツは近接武器を得意武器(メインウェポン)にしていながら近距離戦が不得意なんだ、

要するに・・・本来ならヤツは殺し屋としては能無しのはず

それがこうも、巧妙な戦略で今話題の“死神兄妹”に

喧嘩をふっかけているっていうのは不自然なんだよ・・・」



相手は・・・殺し屋としての実力はほとんど無い者・・・?

なるほど、二つ名を持つとは言え実力は無いも同然。


ゆえにその名を聞いても

情報屋とつるんでいるラルーでさえ知らないワケだ。


へティー・ルアナが“死神兄妹”をお気に入りにしている事ぐらい

きっと知っているだろう、それでもへティーを狙うのは

“死神兄妹”と戦うのが目的である可能性が高い。


・・・確かに、能無しの殺し屋が

突然、このような巧妙な事をするなど不自然である。


へティーが二つ名を明かさなかったのは

まだ彼女自身でも疑っていたからだろう・・・。


“本当にヤツが自分を狙っているのか?”と・・・。



「・・・・・・・っ」


「ラルー? どうした?」


「・・・いんやぁ! なぁんにも・・・!?」


「・・・」



へティーの説明を聞いたラルーは

ただでさえ真っ白な顔を蒼白にして小刻みに震えている。


ど、どうした・・・?


私はそんなラルーの姿を見て、とても動揺した。


どんな危険な状況でも、彼女は自信に満ち溢れた偽りの笑顔を浮かべ

おぞましい虐殺を繰り広げるようなヤツだ。


彼女に恐れるモノなど、無いに等しい。

それなのに・・・何を恐れている?



「この話・・・不自然でしょう・・・?

なんか・・・まるで、裏で何者か仕組んだような・・・」


「真の黒幕がいると?」


「うん・・・なんか、そう考えたら・・・

心辺りが有り過ぎて・・・!!」


「それはぬしの自業自得」


「そりゃそうなんだけど・・・!

自分が殺した人間の子供に出会った時の気まずさ知っている!?」


「ぬしは知っているというのか・・・」


「・・・二度と味わいたくないね・・・」



ラルーが恐れるモノの正体が判明して納得。


彼女は人を殺しすぎている・・・。

だから、様々な人間から怨みを買い、仇を成される心配があるのだ。


さすがにそればかりは自業自得の極みだが

まぁ・・・奴がそんなところまで気にしているとは意外。

他人の事を理解出来ない、狂人だと思っていたが・・・。



「・・・恐ろしいけど、ま、行きましょう

カルム? あとはよろしく」


「全部、丸投げかよ・・・!」


「大丈夫よ、どうせ死なないんだし」


「鬼、悪魔、邪神、魔王!」


「え!? なんで分かったの!?」


「待て、どれがお前に該当したんだ!?」



ラルーは諦めたのか、蒼白になった顔を叩いて

スイッチを切り替えるといつもの笑顔を浮かべ

カルムにイヤミを言う。


ラルーを恨めしそうに睨んでいたカルムは騒いで

彼女を表現した悪口を並べるもラルーの妙な反応に困惑させられる。


本当に・・・ラルーは謎だ。



「じゃあ、健闘を祈る」


「ありがとう、へティー」


「ああ、そうそう! 仮面の君!」


「何だ? 情報を聞き出したいのなら断る」


「うわ、先手を打たれちゃった・・・

でも、もう一つ言いたい事があったんだけど」


「ならば、私も一つ言いたい事がある」



へティー・ルアナは何かを書いた紙をラルーに渡し

そのまま見送ると思いきや、私を引き止める。

どうせ、情報屋の彼女だから何かを聞き出したかったのだろうが

もう一つ、別に言いたい事があったらしい。


なので、交換条件のように私は一つ言いたい事がある、と告げる。


ここに来る前から問いただしたかった・・・。

ひとまず、先にへティーの言う話を聞こう



「君、二つ名は無いんだろう?

なら私が君の二つ名を考えてもいいかな?」


「何?」


「君の働きぶりにもよるけど・・・良いよね?」


「・・・名前次第によるが・・・頼む」



私は殺し屋でありながら、あまり仕事をしなかったため

二つ名は無い・・・それが少しばかりのコンプレックスになっていたが

もしかすれば今日で解消されるやも知れない。


成り行きで“死神兄妹”と行動を共にして

始めて良かったと思う瞬間が訪れたぞ。


へティー・ルアナのネーミングセンスに期待をしよう。


・・・最も、私の本業はあくまでも研究者であって

二つ名が在ろうが無かろうが問題ではないが



「では私の言いたかった事だが・・・

何故、“死神兄妹”にあんな派手な殺し方をさせた?」



ここに来る前に一つの依頼をこなしてきた。

その依頼してきた彼女は“死神兄妹”に派手な殺し方をするよう

指示をして、実際に“死神兄妹”はそれを実行に移した。


実に手間のかかることを・・・一体、何のために?


正気の沙汰ではないと私は思っていた

彼女の狙いを聞かねば納得出来ない。



「ああ、その事?

いいネタになるからだよ、“死神兄妹”の武勇伝の一つを

私は作り上げられて大満足さ」


「・・・・・・」



すまない、やはり理由を聞いても納得出来なかった。


彼女は情報屋。

自分の手で伝説にすらなる殺し屋の武勇伝を作り上げられただけで

それは彼女にとって大いに価値がある事なのだ。


確かに・・・新たな伝説を作れば、それは良いネタになるのだろうが

やりすぎではないか?

表の者に悟られたらどうする気だった?


・・・愚問であった、どうせここにいる全員が口を揃えて言うだろうな


“その人間を殺せば良い”


私は恐らく、殺し屋には向いていない・・・。

この際だ、情報屋にでも転職をしようか



「そう言えば! へティー?

動画、上手く撮れてた?」


「ああ、映画のように撮れたよ」


「なら良かったわ!

さぁ、私たちを舐め腐ってた連中の度肝を抜かせてやりましょう!」



どうやら動画まで撮っていたらしい。


ああ……

目眩がしてきた


伝説の瞬間を撮っておいて

自分たちを馬鹿にしてきた者たちへ怨みを晴らすつもりで

この大げさな企画を練っていたのか


やはり、理解出来ない・・・。



「カルム、あとコレどうぞ」


「・・・!

これって・・・」


「うん、私の血だよー」


「本当に正気の沙汰じゃねぇ・・・」



ラルーはいつの間にか手にしていたペットボトルを

カルムに渡し、その返答にあっさり答えてしまう。


そのペットボトルの中身は綺麗な紅で彩られており

器の中を満たしている。


あらかじめ、自分の血を抜いてペットボトルの中に入れておいたのなら

なぜYシャツのボタンを外して首筋をあらわにさせた?

ひょっとしてラルーは露出狂なのか・・・?


だとすれば、異常性癖の連中に好かれるのは自業自得だ。



「さぁさぁ! もういい加減に行きましょう!

なんだか急がないといけない気がするの!」


「もう、ぬしの勝手にすれば良い

私はぬしに従うだけだ」


「待って、今、なかなか嬉しい事をさりげなく言わなかった?」


「食いつくな、気のせいに決まっている」


「ええー!? そんな事はないよー!」



ラルーはYシャツのボタンを閉じると

私の手を取り、そのまま目的地に向かった。


背後から

“黒い死神は白い仮面に惚れてるの?皮肉だねぇ”

という声が聞こえたが、無視。


そんな事実は一切、無い!断じて無い!


そして、私は仮面しか印象に残らないのか


再び大きなため息をついて、私はラルーに手を引かれ

その背を追いかけた。









・・・・











現在、私がいる場所は日本で言うところの“便利屋”のような

2階建ての店の屋根上に立っている。


うむ、私も何故、こんな所に立たされているのか分かっていない。


ただ、分かっている事は

私が立っている此処こそへティー・ルアナが自分を狙うとしたら

その可能性が最も高い人物が運営する店で


可能性が最も高いと、狙われている本人が言っているのだからと

ラルー共々、来てみたは良いがラルーは何か異様な気配を感じたので

ここで待機するように指示された事だけ。


なぜだ?なぜ、よりにもよって屋根の上で待機をしなくてはならないのだ?


解せぬ・・・。


一体、この下はどうなっているという?

気になる・・・興味を引くだけ引いておいて、

蚊帳の外に出されるなど・・・これほどに不愉快な事はない。



「・・・イヲナ」


「やっと来おったか!

人を屋根の上で待たせて置いたからには

何か発見があったのだろうな!?」


「もう、イヲナのイライラモードはいいからぁ・・・」


「・・・ラルー」


「はい、うん、まぁまぁ、発見はあったわよ

ここから乾いた血の匂いがしたから

まさか、と思って他の候補の場所を見てみたら・・・」


「・・・全員、何者かに殺されていたか」


「ええ、そのとおりよ・・・

血の匂いはここが一番、新しいようだから調べてみましょう?」



気配もなく、背後から声を掛けられたが

私の怒りはそんな細かい事には向かず

背後の人物にぶつかる。


甘ったるい猫なで声で残念そうに話し出すラルーは

今まで確認してきた事をそのままに伝えてくる。


結局、犯人はへティー・ルアナの心辺りに含まれない人物だったか

はたまたは、へティーが掴んだ情報は全てガセだったか


少しでも、否、僅かでも

犯人である“十字剣の神父”とその雇い人に繋がる証拠は出て来ないモノか


藁にもすがる思いで私とラルーは

この建物の中に入る。


扉には鍵が掛かっていたが、強引に蹴破った。


中は綺麗に整頓された小さなオフィス

だが、そこに人の姿は無く

何の変哲もなかった。


しかし、血の匂いだけが微かに残されている。


いくら探そうとも匂いの元は見つからない・・・。

どういう事だ・・・?



「きっと、掃除屋が入ったのね」


「掃除屋?」


「ええ、貴方、掃除屋の働きぶりを知らないでしょう?

本当に凄いんだから

死体の処理は当然、警察に勘ぐられる事は無いし

血の反応まで処理してみせるんだから!」



掃除屋は殺し屋にとって切っても切れない大事な存在で

早急に死体の処理を行って、殺戮を隠蔽する者達・・・。

技術力の高さと仕事の早さは評価に値する。


その者たちがいなければこの“裏の世界”は成り立たないだろう



「ならば、ここには何も残っていないという事か・・・」


「ん、そんな事は無いみたいよ」


「なんだと?」


「そこ、置き手紙があるわ」



掃除屋が入ったというのなら、敵に繋がる痕跡も残っていない

と考えるのが妥当だと考えたが

そうでも無かった。


ラルーはデスクに置かれた手紙を発見して

それを指差して、もう片方の手では携帯を弄んでいる。


こんな時にどうして携帯を弄るのか分からないが・・・。


例の置き手紙の内容を確認したほうが早いだろう

手紙を手に取り、英語の文章で書かれた内容を読む。




『町のはずれにある古教会へ

これは案内ではない、これは挑戦状である

万全の準備を整え全力で掛かってくるように』




それは文面にもある通りに挑戦状であった。

これが正真正銘、私たち・・・

否、“狂気の死神”に宛てた手紙なのかは不明だが手がかりに違いない。



「うん・・・うん・・・そう・・・


はぁ・・・!?


お前、しつこいわ!


この変態!


え? 私のほうが変態ですって?


いいでしょう・・・貴様、今夜、覚悟しとけ」



後ろで何者かと電話しているラルーは

強い口調で電話の相手を怒鳴ると、最後には殺害予告までする。

相手は何者なのだ・・・。



「ラルー、大丈夫か?」


「大丈夫よ、ちょっと掃除屋の友達に

ここの掃除の事を聞いたの

ここを掃除した時には置き手紙なんて無かったらしいわ」


「ふむ・・・なるほど、ならこの置き手紙は

ぬしに対する挑戦状である可能性が高いな

にしても、その掃除屋は何者なのだ? 友達という雰囲気では無かったぞ?」


「・・・なぁーんか変な奴というよりは変態野郎

そいつさ、綺麗な死体が大好きで・・・私の死体が欲しくて

私に引っ付いてくるようになったんだよね・・・

はぁ・・・最近、こういうヤツが増えてきて困っちゃった・・・」


「・・・」



ラルーの話を聞いてその者が誰なのか分かってしまった。

直接の面識は無いが、噂程度には知っている。


死体愛好家(ネクロフィリア)の掃除屋。


ラルーの親衛隊もとい正確に言うなればラルーに惚れ込む変態集団。

その掃除屋はそんな集団の中で際立った存在感を放つ者の一人で

重度の病気とも呼べるレベルで死体を愛する事で有名だ。


彼の目の前で美しい死体を傷つければ

“斬撃の悪鬼”と呼ばれた元殺し屋の巧みな業を最後に

何が起きたか理解出来ぬままに死ぬそうだ。


ラルーのあまりもの美しさから死体にしたがっているそうだが

それは事実だったようだ。


今、私は全力でラルーを憐れんでいる。


ラルーの親衛隊の噂を聞いたが、内容が度を過ぎているのだ。

それを知っている私はもう・・・。


ラルーを憐れむしか出来ない・・・。


こればっかりはどうしようもない・・・許せ、ラルー



「で、その挑戦状、見せて?」


「ああ・・・」



ラルーの苦労を知り、同情していると

さほど気にしていないのか、本人はケロッとした笑顔を浮かべ

私が持つ挑戦状を要求してくる。


私はそれを渡すと、ラルーはじっくりと眺める。


顔を俯かせ、文面を読み入るものだから

長い髪が(ほど)けるように垂れて、反射的に髪を耳に掛ける

ラルーの真面目な様子に見入っていると


突然、顔を上げたラルーと目が合う。


気まずい。


が、ラルーはそれを嬉しく思ったのか

満面の笑みを浮かべると



「さ、行こっか!」


「どこに?」


「当然・・・」


「古教会か・・・」


「え? デートでしょ」


「まだそれを言うか」



ラルーの相変わらずの冗談に呆れつつ

これからの行く先は決まった。


町はずれの古教会に・・・“十字剣の神父”は居る・・・!


・・・にしても、ルクトの奴

何をしておるのだ、全く・・・しょうもないヤツめ・・・。






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