記録その拾七 殺戮の連鎖その壱
爽やかな朝の始まり
いつもならば研究室で目覚めるはずだが、
今回は例外的にラルーの隠れ家で目覚めを迎える。
だが、やはりラルーの根城に変わりはない
ゆえに・・・まともな目覚めを迎えられるはずもなかった。
目覚めて見れば、何かに押し付けられているようだ。
・・・私の頭には何者かの手が回されている。
つまり、肉体構造を考えれば・・・押し付けられているモノなど・・・。
胸しか無い。
しかもこの柔らかな感触。
これは女性の胸に間違いは無い。
そしてここで女性なんて一人しかいない・・・。
要は・・・私は今、ラルーに抱きしめられながら目覚めた。
それも彼女の胸に顔を埋める形で・・・!
なんたる悪質な嫌がらせなのだ・・・!
これでは起き上がれぬではないか・・・!
「・・・イヲナぁ? 目が覚めているんでしょ?
それとも・・・もっと顔を埋めてたいの・・・?」
「それが狙いか!?」
「ありゃ、元気にバレちゃいました」
ラルーの甘い囁き声に思わず私は
彼女を突き飛ばし叫んだ。
茶化しているのか、巧妙でも単純でもない中途半端な計画に
引っかかってしまうとは情けなさすぎる・・・!
突き飛ばされたのに、何とも思っていないように
ラルーはケタケタと笑っている。
・・・それにしても、貴奴の考える事が分からぬ・・・。
何を目論んでいるのだ?
「さ、今日は素晴らしい殺戮の日!
イヲナ、準備をさっさとしなさい?」
「あ、ああ・・・待っていてくれるのか?」
「もちろん、昨日は疲れちゃったのか、
慎重派のイヲナが準備もせずに寝込んじゃったから心配してたのよ?
その程度の時間なら待っていられるから、安心して頂戴」
陽気に笑いながら、
耳を疑うような事を言うラルーの相変わらずのテンションに
私は飽き飽きとした。
本当に彼女は狂っている・・・。
殺戮を素晴らしいと思い込むなど、
ラルーは殺戮に何を求めているのか?
博士殿から頂いたラルーの資料によれば
彼女は生まれた時点で既に狂気を孕んでいたそうだ。
精神も肉体も、正常ではなかった哀れな少女として
彼女はこの世に“生”を受けたのだ。
なんという、残忍な運命を架せられたことか
少しばかり、私は彼女に同情をした。
そして、か弱く狂った彼女を憎んだ。
生まれついて、苦悩する事もなくして彼女は狂気に染まっていたのだ。
何も知らず、何も得る事なく、何も失う事も無き少女は
最初から狂っていたのだから苦痛を感じなかったのだろう・・・。
「・・・イヲナぁ? どうしたの?
ぼんやりして、ひょっとしてまだ眠いの?」
「・・・いや、ぬしはいつになれば出て行ってくれるのかと
待っていたのだが・・・」
「しゃ!?
私待ちだったとは! これは急いで退室しなくちゃ!」
未だに動こうとしないラルーを追い出す為にその思いを伝えると
ラルーは異論を唱える事なく、素直に退出してくれた。
・・・良かった、変に渋りそうだったので少し心配してしまった。
あやつなら、渋っても不思議ではないので
最終手段として、剣でぶった切るつもりでいた。
大人しく私は準備を始めようと思い
寝具の隣に置いたはずの私の荷物から物を取り出そうと
手を寝具の横に差し伸べ、手を触れようとしたが何も触れる事なく
空を彷徨わせた。
おかしい事に気付き、私は改めて目を向けて見たが
そこに私の荷物は無い。
・・・妙だ。
空港からこのラルーの隠れ家に着いて
すぐに私は荷物を寝具の隣に置いたはずだぞ
無いワケが無い・・・。
そして、私はようやく何が起きているのかを理解した。
部屋中を見回してここは私の部屋ではない事が瞬時に分かる
この部屋は・・・異常だ。
「ラルー・・・!!
これは一体、どういう事なのだ・・・!!」
怒りを込めて私は初めてラルーに対して怒りをあらわにした。
さすがにこれは笑えない、冗談も程々にして欲しいと願った。
誰でも怒るだろう
私の声にラルーはすぐさま飛んできた。
明らかに怒っている私の雰囲気を悟ったラルーは
その仮面の笑顔を引きつらせている・・・。
この部屋が如何に異常かを説明すると
・・・壁一面に、魔除けが貼り付けられているのだ
壁面が全く見えぬ程、おびただしい数の様々な魔除けが
気味の悪さをそのままさらけ出している・・・。
特に“ドリームキャッチャー”という悪夢除けのお守りが多い。
ドリームキャッチャーとは、
主に輪を基に蜘蛛の巣状に網を組み込んだ物で
羽やビーズなどが飾りに付けられているモノだ。
インディアンに伝わる魔除けで
蜘蛛の巣状の網に悪夢が引っかかり朝と共に消えると信じられている。
良い夢と悪い夢をふるうフィルターのような役割を持つ
ドリームキャッチャーをどうしてラルーは過剰に信じているのか・・・。
そんな悪夢除けを主にした気味の悪いお守りを
壁面にたくさん貼り付けられた
おどろおどろしい空間で私は寝ていたのだ。
ここは明らかに私の部屋ではない、
だというのにラルーはわざわざ私をこの部屋に運んだというのか?
一体、どうしてラルーはこのような部屋を作ったのか
何故、私をこの部屋に運んだのか、
全ての真相を聞き出す為にも、これからの私の唯一の癒しを守る為に
怒りをあらわにして私はラルーを叱りつけた。
「いやぁ!? うん、悪意は無いのよ・・・!?
・・・くすっ、むしろ善意で動いたのよねー?
ほら? イヲナ、とっても疲れてたようだし
悪夢を見たらカワイソウだと思ったから・・・」
最初こそ、驚き戸惑い慌てた様子のラルーだったが
少ししていつもの調子を取り戻して
彼女は余裕の笑みを浮かべて、善意を主張する。
「ならば貴様の善意はいらぬ!
貴様にとっての善意は私からすれば善意でないぞ!」
「・・・っ!?
・・・じゃあ、悪意を向けて欲しいの・・・?
・・・それとも・・・好意を求めているの・・・?」
「訳の分からん事をほざくでない!」
「・・・訳が分からない、か
それもそうね、貴方に理解を求めた私がいけなかったわ
許して頂戴?」
彼女の善意は歪んでしまっているので
これからは彼女の善意を断る事にしよう・・・。
ああ、そうしなくては遅かれ早かれ恐ろしい目に遭う。
私の言葉を聞いたラルーは何かをぼそぼそと呟いていたが
何も聞こえないので、もどかしくなり私は苛立つ。
意味ありげにラルーは目を細めて悲しげな表情をする。
・・・これ以上、詮索をするなという事か
そんな悲しげで思いつめた様子さえも
美しいと感じてしまうのは非常に不謹慎だろう
彼女に失礼だ。
だからこれ以上は詮索しない事とした。
「それで? 準備をするんでしょう?」
「・・・もう良い! 全て貴様に丸投げじゃ!」
「え・・・!? 私に丸投げ!?
・・・私を、頼ってくれるのね・・・!?
分かったわ! 私に任せて頂戴!」
もはや目覚めて早々に疲れてしまったので
私はラルーに全て丸投げにしてしまう
・・・が、ラルーはそれに嬉しそうな笑顔を浮かべて私の手を引く
こやつ・・・頼られている気でいるのか・・・!?
・・・ラルーの逆鱗に触れる事が出来る人間がいるのなら
是非とも会ってみたいと思うほど、ラルーは何をしても前向きに
物事を受け取る。
彼女を怒らせる方法が全く分からない・・・。
今までも急に笑っては寂しそうにして、
怒ったかと思えば甘えてきて・・・。
情緒不安定だ。
ラルーの怒りの引き金とは何か?
を考えていると、強引にラルーが私を引きずって部屋の外に連れ出される。
・・・気のせい、だろうか・・・?
ここ最近、私はしょっちゅうのように引きずり回されているような・・・。
「それにしてもイヲナって体重軽いよねぇ~?
引きずっていて楽しいのってイヲナだけよー」
「意識的に引きずり回していたか!?」
気のせいではなかった。
やはりラルーは理解不能の価値観を有している。
今からでも彼女の価値観を矯正する事は出来るのだろうか・・・?
些細な興味が湧いてきたぞ
「・・・て、おい・・・
ぬしらは何の準備をしておるのじゃ・・・!?」
ラルーに引きずられ、リビングに転がされていると
カルムが何故か椅子に拘束されている・・・。
半ばカルムは諦めの目で遠くを見ているが、
死神兄妹はカルムに何をした・・・!?
椅子に拘束されているカルムをよそにテーブルの上で
様々な種類のナイフを並べているルクトがとてつもなく怖い。
「ああ、カルムってちょっと髪を伸ばし過ぎでしょう?
だから切ってあげようと思って・・・」
「ぬしがカルムの髪を切るのか!?
首ではなく・・・!?」
「イヲナ、今 少しだけ私のこと軽蔑しなかった・・・?」
ラルーは少しだけ拗ねたように腕を組んで、そっぽを向いたが
私が立ち上がり謝罪をすると簡単に機嫌を治した。
うむ、そういえばハサミの扱いには慣れているようだったな
心配は無いと思うが・・・やはり大丈夫そうには思えぬ・・・。
何故ならハサミで私の指を切断しようとしたことがある上、
殺戮を好む狂人が刃物を持って首周りで髪を切るなど・・・安心出来ない。
心底、私はカルムに同情した。
「イヲナ、とりあえず念の為にテーブルの上のナイフで
好きなのを選んで持っていて頂戴?
その間にカルムの髪を切っているから!」
ラルーはそう言うとハサミを片手にカルムの方へと向かう。
私は言われるがままにテーブルの上のナイフを眺めた。
ルクトが無言の圧力をかけてくるがひたすら無視。
・・・と、今さら思い出したのだが
私は剣以外の武器を扱った覚えが無かったな・・・。
ちゃんとナイフを使えるかどうか分からんし、
どのナイフが私に合っているのかもよく分からぬ・・・。
致し方が無いので私は両刃の文字が刻まれた銀のナイフを
適当に選び、袖の中に隠し入れた。
ラルーに振り向くと彼女は笑いながらカルムの髪をザクザク切っていた。
・・・カルムは戦慄の状況に固まっている。
おい、本当に大丈夫か・・・?首を切りかねない勢いだぞ・・・!?
「はい! 出来た!」
「・・・早ぇ・・・そして寿命が縮んだぞ・・・」
「おや? 吸血鬼なのに寿命なんてあるの?」
あっという間にカルムの髪を切り終えたラルーは
満足げにハサミで空を切る。
ラルーは吸血鬼が嫌いなのか・・・?
解放されたカルムは椅子から飛び降り、小刻みに震えている。
・・・吸血鬼が情けない・・・
ラルーが怖いのは分かるが、吸血鬼なのだから多少は平気だろうに
「うん、その方が良く似合うわ? カルム」
「・・・すっきりしたよ、ありがとう・・・」
女のように伸ばし放題にしていたカルムの髪は綺麗に切り揃えられ
確かにすっきりした印象がある。
思いのほか上手に切れているではないか、良かった。
カルムは少し納得がいかないようだが感謝の言葉を伝える。
・・・あんなに乱暴に切っていたのに上手なのが納得出来ぬのだろう
「さ、カルムの髪も切った
イヲナのナイフも決まった
皆、元気に起床してる
てことはー? 殺戮の嵐を始めようじゃないの!」
「ぬしの清々しいほどの狂いっぷりに安心感を覚え始めた自分が
だんだん嫌になってきたぞ・・・」
「おやおや? どったの~? イヲナぁ?」
「・・・行こうか」
ノリノリのテンションでラルーは笑う。
安定の狂気ぶりに安心し始めた自分が恐ろしく思う・・・。
ラルーは黒いフードの付いた薄手のコートを羽織り
フードを深く被って笑ってみせる。
赤いYシャツに黒い引き締まったジーンズが
彼女の細い身体の線を引き立てている。
そして、私達はラルーの隠れ家をあとにした。
・・・・
―――ここはビルの下の地下駐車場
そこに私達を・・・いや、死神兄妹を待ち受けていた
黒塗りのミニバンに強引に押し込まれた。
ラルーとルクトはすっかり慣れているようだが
私とカルムはその状況に驚愕して縮こまっていた。
何故ならば、広い車内で待ち構えていた男が
明らかなギャングだからだ。
「やっほー? 元気だったぁ?」
「ああ、元気だったとも
狂気の死神こそどうなんだ?」
「もっちろん! 元気だったわ!」
しかも仲が良いらしい
全く笑えん
厳ついその容姿からは想像も付かないほどの柔かな笑顔を
浮かべていてビックリしてしまう。
ギャングは・・・ラルーの恐ろしさを分かっていない・・・。
「それで? 今日の依頼内容を教えろ」
「相変わらず冷めてるな・・・終の死神は」
ルクトは誰に対しても態度が変わらない。
それを冷めているというギャングは苦笑を浮かべている・・・。
車内にいたギャングは3人
一人はラルーとルクトの常連のようで親しいようだ。
もう一人はラルーと親しいギャングの部下なのか挙動不審に
死神兄妹を見比べている。
今の死神兄妹の格好は仕事モードなので
ただならぬ物騒な雰囲気を醸し出している。
そして最後の一人はとても若い男だ。
足を組んで死神兄妹を黙って見下しているので
地位が高い人物だと思われるが、明らかに死神兄妹の恐ろしさを知らない
「今回は俺たちの紛争に紛れて相手のボスを倒してもらいたい
だから存在を気付かれてはならないし
相手のボスが一人になった瞬間に殺して欲しいから集中力がいるぞ?」
「え、始末するの一人だけなの~!?
じゃヤダ」
「・・・!?
あ、死神! 安心してくれ、敵の銃を持った男共なら殺していい!」
始末する人間が一人だけだと聞き、ラルーは依頼を一蹴する。
あっさりと断るラルーにギャングは慌てて生贄を差し出した。
敵とは言えども、その物言いは完全に生贄を差し出しているみたいだ。
文字通り、死神に生贄を捧げるという光景を目の当たりにしてしまった・・・。
「なら、良かったぁ~!
これでせっかくの依頼を蹴らずに済んだね!」
「・・・うん、そうだな・・・狂気の死神・・・。
ところで、そこの白い面の男とイケメンは・・・?」
「ああ、気にしないで?
今回はただたんにオマケで付いてくるだけだから」
自分勝手に一蹴しようとしたのにラルーは嘘を吐いた。
無論、満面の笑みで清く嘘を吐いた。
それにギャングは笑顔を引きつらせている・・・。
親しい仲でもラルーの独特のテンションにはついて行けないらしい
しかも私とカルムの事を“オマケ”呼ばわり。
なんたる暴言
横暴にも程がある。
「じゃ、早速その現場に向かって頂戴?」
「ああ、そうだな
今回もよろしく、死神」
「ええ、今回も暴れさせて頂くわ?」
話が円滑にまとまると
ラルーと話していたギャングの部下が慌てて
車の運転席に移動する。
さっきからビクビクと震えていたがちゃんと運転出来るのか・・・?
「な、なぁ・・・? イヲナ・・・
俺の聞き違いならいいんだが・・・
これから俺たちが向かっているのは・・・?」
「・・・ギャングの紛争地らしい」
「・・・俺、吸血鬼だけど蜂の巣にされるのは嫌だぞ・・・」
「それは私も同じだ、お互いの健闘を祈ろう」
カルムは恐る恐る車の目的地を再確認する。
ラルーとギャングの会話に聞き入っていたから、聞き違いは有り得ないだろう
ルクトは退屈そうに窓の外を眺めている。
黒いゴーグルを着けて、ケープの襟を立てているせいで
表情が読みづらい・・・そこがまた恐怖心を煽る。
ラルーはフードを深く被りつつ足を組んで余裕の笑みを浮かべている。
フードで顔が見えなくてもその整った顔立ちが伺える上、
ジーンズにYシャツを着ているので、その体つきが良く見えて魅惑的。
現に、地下駐車場に向かっている最中も
行き交う人々の視線がラルーに釘付けだった。
・・・主に男性の視線が、
それは車に乗り合わせた若いギャングも同じだった。
その男は舐め回すようにラルーの身体を見下し、
不愉快な笑みを浮かべて、ラルーの前に立った。
「それにしても死神? 噂には聞いていたが実物はそれよりも凄い美人だ
ちょっと仲良くしないか?」
若い男が初めて発した言葉は安い口説き文句だった。
下品な笑顔で男は勝手にラルーの手を取り、彼女の隣に座る。
それにルクトがすぐさま睨みつけたが、それに気付かない男は
ニヤニヤしながらラルーの手の甲を撫で回す。
・・・ハッキリ言って気持ち悪い。
カルムは突然の事に慌てて目を逸している。
一応、これからの展開が読める私もラルーから目を逸した。
本当に勘弁して欲しい。
「あらあら・・・?
それって私を誘ってくれているのー?
嬉しいわねぇ・・・!」
ラルーは安い口説き文句に喜んでいるような口ぶりだが
どこか冷たい表情をしていると気付いたのは私だけだった。
次の瞬間、ラルーは若い男を押し倒して耳元で囁いた。
「・・・せっかくのお誘い・・・だから・・・
忘れられないような想い出を作ってあげるっ・・・!」
甘く、ゆっくりと男の胸をなぞりながら
そのセリフを囁いたラルーに男は期待に満ちた様子だったが
すぐさまラルーのセリフの隠された意味が明らかになる。
「地獄の底でも忘れられないような“死の想い出”をね・・・!」
コートの隠しポケットからナイフを取り出し
ラルーはそのナイフで男の指をいとも簡単に切断し、
喉にナイフを突き刺そうとした。
が、寸前でラルーはナイフを止めた。
男は恐怖の染まった表情でしばらく固まっていたが
ダラダラと汗のように涙を垂らして呆気なく気絶してしまう。
彼女は実に罪な美貌を持っている・・・。
誰もが彼女の美貌にばかり目を奪われ、その本性を見抜けず
この通り 返り討ちにされるのだろう・・・。
美しすぎるラルーはそれを良い事に人を弄んで楽しむのだ。
「若造が・・・図に乗るから痛い目を見るんだよ・・・
僕の絶世の美女な妹に手を出すのに顔も育ちも人柄も金も家も足りねー」
「それはつまり、この男の全てを否定するという意味か?」
「当然」
ルクトの辛口評価を要約すれば本人がアッサリ認めた。
・・・どちらにせよ、どんな男にもラルーを渡す気は無さそうだが・・・。
「最近、調子に乗っているから
あえて痛い目に遭うように連れてきたんだ・・・
気分を害させて申し訳ない・・・狂気の死神」
「まぁ、調子に乗った若者を仕置きするのは悪い事ではないわ?
役に立ててむしろ良かった」
笑顔を引きつらせ、気絶した若者を転がせて
車の隅に押しやるラルーと親しい男はぼそりと呟いた。
つまり、若い男を連れてきたのは
わざとラルーによって痛い思いをさせられるように仕組んで
案の定、若者はその仕掛けに引っかかったという事らしい
下手を打てば殺されるところだったぞ・・・?
主な可能性で“ラルー”にではなく、“ルクト”に。
「と、到着しました」
「じゃ、よろしくね?
気を引き締めて、“殺戮嵐作戦”決行!」
だんだん、銃撃戦の激しい発砲音が聞こえ始めた所で
気の弱い部下が到着を知らせる。
現場からだいぶ離れているのはギリギリ安全を確保出来る場所に
停まったからだと推測すると、ラルーが私とカルムに向き直り
なにやら物騒な作戦名を宣言した。
物騒にも程があるぞ・・・。
しかも何ゆえ目を無垢に輝かせているのだ・・・?
まるで、クリスマスのプレゼントを喜ぶ子供のようではないか
「・・・蜂の巣にならないように気をつけろよ」
嫌なことを呟いたルクトが車の扉を開いてさっさと降りてしまう。
その後を慌てて追うラルーを見て、
私は大きなため息をついたカルムを引っ張って車を降りた。
何気なく振り返って見れば、車に残ったギャングが
柔らかい笑顔を浮かべて手を振っている。
・・・厳つい容姿にその笑顔のギャップに驚いた。
車の扉が閉じられてしまい、ギャングの姿が見えなくなる
自分たちは安全な場所で待っているという事なのか
・・・それにしても違和感があるのは気のせいだろうか・・・?
「具体的な計画はあるのか?」
「ん~?」
カルムはラルーに具体的な計画内容を聞く
銃撃戦の真っ只中で敵のボスを暗殺するのなら計画くらい考えてあるだろう
人数だけ無意味に集めたのだから、それぞれの役割を振っているはず
「もっちろん!」
「詳細を詳しく・・・!」
ラルーは満面の笑みを浮かべて
私の手とルクトの手を引っ張って作戦を話し始める。
「私とルクトで銃装備の人達の注意を引くから、その間に
イヲナが本命のボスを探し当てて、それをカルムが始末して頂戴。
イヲナなら力を使って見つけられるでしょう?」
「・・・あっさりとした作戦だ」
「イヲナは複雑な作戦が良かったのー?」
簡潔にラルーはそれぞれの役割を説明した。
ラルーは笑い、ルクトは黙り込み、
カルムは重大な役を担わされ緊張している。
私は無線機を全員に渡して自分の役割について考えた。
本命のボスを探し当てるだけ、
・・・つまりはサポートに徹しろという事だろうか?
「よし! 無事に生還する事を祈って!
お兄ちゃん、先に行こう!」
「ああ」
ラルーは全員の無事を祈り
ルクトと共に銃撃戦のある場所へと駆ける。
今作戦において、我々・・・。
否、死神コンビが関わった事が発覚してはならないのが重要だ。
だから慎重に行動をしなくては
・・・いや、死神兄妹の方が慎重に行動してくれるか心配である
「・・・カルム、私はサポートに回るから
ひとまず落ち着きなさい」
「・・・あ、ああ・・・
イヲナ、頼んだ」
その場に残ったカルムに振り向いて見ると
緊張のあまり額を押さえ暗い表情をしている。
そんな苦悩を浮かべた様子でも様になっているのは流石だ。
落ち着くよう促し、私は辺りを見回す。
近くに外階段が剥き出しになったビルが見えた
あのビルからサポートに回ろう
急いで近くのビルの外階段を走り登り、4階の踊り場で陣取った。
「ラルー、状況を教えて欲しい」
「わお! スパイっぽいねぇ!」
「・・・ふざけているのなら、ここからぬしを狙撃しても良いぞ」
「スナイパー!? 悪いけど銃の類は得意分野よ!」
無線機で戦況を確認しようとすればラルーが茶化してくる。
・・・曲がりなりにも仕事だろう、気を張らんか
念の為に狙撃銃をギターケースに入れて持って来たのだが
この銃をラルーに使いそうだ。
しかし、彼女はガトリングの嵐を受けても
生還してみせた実績があるので狙撃しても無駄になるだろう
「僕が代わりに話そう
耳元でイチャつかれたら集中出来ねーからな・・・!?」
「・・・すまぬ、怒っているのなら謝罪する」
「別にいい、とりあえず黙って聞いてろ。
銃撃戦は10対10で、素手の人間が数人・・・
血の匂いがするから多分、負傷者だ
僕とラルーでホラー映画を参考に遊ぶから、さっさとボスを見つけろ」
「負傷者がいるか・・・詳しい説明、感謝する
くれぐれも死神コンビだという事がバレないように気を付けなさい」
ルクトが怒りを込めた口調で怒鳴り込んできた。
確かに耳元で騒がれたら迷惑だ、当たり前の正論に深く謝罪の意を表そう
それにしても、殺し屋だからなのか血の匂いに敏感だな・・・。
ルクトとラルーの二人はホラー映画のような
怪奇現象を作り出して注意を引く気らしい
ホラーが大好きなアメリカ人ならば、引っかかるかも知れない。
力を持つ二人なら怪奇現象を再現するのは容易い
どうやら死神コンビである事を気付かれないよう注意しているようだ。
「カルム、聞こえるか?」
「ああ、聞こえる」
「銃撃戦をしている者達から見れば死角になるスペースがある。
そちらに移動して、準備をしろ」
「了解」
カルムに指示を出し
改めて銃撃戦の場所を見下した。
そこは廃工場のようで、人のいない町のようだ。
私が陣取っているこのビルも、人の気配が一切無い。
ジッと廃工場を睨み、ボスが潜んでいる可能性が高い場所を探る
敵方のボスは戦闘が終わるまで直接、見守る事を主義にしている
奇人にして人徳のある人物でもあると聞いた。
相手が例え善人でも、死神兄妹は容赦しない。
いや、殺し屋ならば当然の無慈悲さだ
殺し屋としてターゲットを見逃すなど、最悪の失態である。
「クスクスっ・・・!
私は死んだ者、私はいない
でも許さない、でももっと生きたかった・・・」
怪現象を起こすラルーが意味不明の幽霊らしいセリフを囁く、
・・・おい、ひょっとして幽霊を演じているのか・・・?
彼女の演技力ならば完璧な幽霊になりきっているのだろうが、
設定がずさんに感じるのは私だけではないはずだ。
だが、ラルーの言葉の後から情けない男達の悲鳴が響き渡る。
・・・本当に情けなさすぎる・・・!
「カルム、廃工場の二階
元は作業員の監視部屋だったと思われる部屋がある・・・
そこにボスがいる可能性が高い」
「分かった」
ラルーの言葉に集中力を乱されつつ
ボスの居場所を突き止めた。
力を使って廃工場内を透視した事で分かった。
あとはカルムの殺しを見守ろう
カルムは私が指示した死角になるスペースに潜んでいたが
ボスの居場所を聞いたカルムは忍び足で工場内の階段を走る。
ラルーから与えられた帽子を深く被り、
私と同じように何かの武器を入れた
ギターケースを背負っているカルムは慎重に進む
「カルム、部屋の前には監視役の人間はいない
代わりに室内には武装した人間が3人、ボスも武装しているようだ
一人はナイフ、二人目は銃、三人目は武器が見当たらない
三人目の武器を確認出来ない者は不確定要素だ、気をつけろ」
「・・・それを武装していると呼べるのかよ・・・」
「何かが見えるのだが、見えぬのだ
申し訳ない」
「何か?」
部屋の中を透視して、カルムに伝える。
室内にいる人間は三人、つまりは全員が武装をしている。
だが、最後の一人はモヤがかかったように見えない・・・。
室内にいる三人の内、どれがボスかも特定出来ない。
そういえばターゲットの写真を見せられなかったな?
こういう殺しの依頼では分かり易いように
写真を見せられる事が多いのに・・・。
「ねえ? 最後の、武装しているのに武器が分からない者の
特徴を教えてくれないかしら?」
「ラルーか? 最後の一人はモヤがかかったように見えないのだ
何かを全身に纏っているのは見えるのだが・・・」
「・・・嫌な感じね?
カルム、万が一にも怪我する事になっても許してね?」
「おい、死神が死刑宣告してる気がしてならないぞ」
ラルーが変な人物に関心を示し
カルムに前もって怪我をする事を覚悟させた。
・・・ラルーがそう言うのだから、何かあるのか?
カルムはラルーの言葉を死刑宣告に聞こえたらしい
大丈夫だろう、吸血鬼なのだから
・・・ひょっとしてラルーは吸血鬼が嫌いなのか?
さっきからカルムに対してのみ、酷なことを言うが・・・。
「カルム、吸血鬼なんだから覚悟を決めろ
お前が蹴りをつけないと終わらないんだ・・・よッ!」
「・・・今、一人を殺っただろ・・・」
「気にすんな」
「・・・不吉すぎる・・・」
ルクトが殺しながら会話に参加してきた。
唯一の常識人としてカルムは切実に不吉さを感じているようだ。
・・・申し訳ない事をした・・・。
詫びを考えておこう・・・。
カルムは件の部屋の前に到着して、ギターケースを床に置いて
ギターケースの中に収めた武器を取り出した。
それは、立派な大剣だった。
金の装飾が施され、鋭い刃に光沢がある
両刃の大剣は重量感溢れる出で立ちで、黒い刀身。
透き通った金の石が嵌め込まれている不思議な大剣だ。
カルムはギターケースを放り捨てて大剣を構え
緊張した面持ちで扉のドアノブに手をかける・・・。
念に念を押して、私は狙撃銃を構えた。
「・・・ッ・・・!」
カルムが一気に扉を開け放つと
それに反応した銃の男が発砲した。
咄嗟に身体を逸したカルムだが、肩を掠めてしまう
声にならない呻き声が聞こえ、私は引き金に指をかける
しかし、肩の傷はすぐに治り
カルムは大剣で銃の男を薙ぎ払った。
腹を激しく引き裂かれ、銃の男は即死。
ナイフの男は反応が遅れ、銃の男の無残な姿を目の当たりにして
腰を抜かして倒れ込んだ。
それを容赦なく、カルムは首に大剣の刃を当てて
喉を切り裂き、呆気なくナイフの男は絶命する。
「・・・最後の一人はどうした・・・?」
だが、まだ警戒していた最後の男が残っている。
私はカルムに最後の一人を注目させた。
最後の一人は目の前で二人を殺されたにも関わらず
微動だにせず、仁王立ちしている。
もはや誰がボスなのか分からないが、この男を殺せば終わりだ。
カルムはナイフの男を離し、謎の男に改めて対峙をした。
両者は一切、動こうとしない。
ピリピリとした緊張が場を支配しているようだ。
「・・・全身がモヤ・・・? そうよ・・・!
・・・おとッ、カルム・・・! これは前にもあったわ!
爆弾よ! 逃げなさい!」
「爆弾!?」
唐突に思い出したようにラルーは声を荒げると同時に
やっと謎の男が動いた。
満面の笑みを浮かべて、手を振りかざしたのだ。
その手にはリモコンのスイッチのような物・・・。
自爆する気なのか・・・!?
だというのに、何故笑う・・・!?
驚愕を隠しきれなかったが、もうどうすることも出来ない。
全ては手遅れ
爆弾男はカチリと、スイッチを押した・・・・。
弾けるような音の後
爆発音が騒々しく轟く、
「カルム・・・!?
無事か、無事か答えよ・・・!!」
私は慌てて叫んだ。
吸血鬼とて、目前の爆発に耐える事は出来ない。
木っ端微塵になっては再生のしようがないのだから
最後の一人は全身に爆弾を仕込んで
前もって自爆する気で佇んでいた。
全身に爆弾を巻き付けているのなら、透視しただけでは
モヤがかかったようにしか見えない。
得体の知れない男の正体は自爆犯であったのだ。
無意味な思考ばかりがグルグルと巡る。
混乱してしまっているのだろうか
・・・我ながら情けない
「・・・っ・・・!」
「カルムか!?」
「あ、ああ・・・
イヲナがいるのなら死んでいないんだな・・・」
「戯けが! どうやって生き延びたか言え!」
カルムの呻き声が聞こえ、安心した私はすぐさま怒鳴った。
全く、驚愕のあまり現実逃避を始めていたところだったのだぞ!?
「・・・真っ黒な障壁・・・?
みたいなのが出現して助かったみたいだ・・・?」
「真っ黒な障壁?」
ワケの分からない事をほざくカルムの言葉を疑って
私は再び、工場内を透視する。
思いのほか爆発は小規模だったが、二階が半壊している・・・。
カルムは一階に落ちていて、負傷をしているようだが
それほどの大怪我ではない
が、彼の言う通り真っ黒の障壁がカルムを取り囲んでいる。
紅い線が電流のように走っていて
固形物質のようには見えない障壁だ・・・。
「無事か? 吸血鬼野郎」
「・・・お前が助けてくれたのか、ルクト」
突然、障壁が消え失せるとルクトが悪態をつきながら
腰を抜かして座り込んでいるカルムを無理やり立たせる。
あの障壁には見覚えがある。
死神兄妹と共に薬物組織を襲った時にルクトが操っていたモノだ。
と、言っても具体的にどういうモノなのかは分からない。
爆発の衝撃にも耐えうる強度を持ち合わせているのは明らか
あの障壁がカルムを爆発から守ったのだから・・・。
「びっくりしたぁ~!
カルム、怪我しちゃったねぇ? ゴメン
でも許して?」
「あざとく謝罪しても許しませんよ?」
「・・・あり!?
ダメか! 悪かったわ・・・! 本当にゴメン!」
ラルーは大小様々なコンクリートの破片が散らばる中、
ずるずると何人もの男達を引きずって笑っている。
満面の笑みで何の反省もなさそうにあざとく謝罪する。
さすがのカルムでも反省の気の無い謝罪を許せないだろう
「銃撃戦が止んだと思ったら、全員気絶させたのか・・・・」
「ん、まぁね? 飽きちゃったし、カルムがピンチになってたから!」
いつの間にか戦闘をしていた男達を気絶させたラルーは
“大丈夫かい?”とカルムの頭を撫で始めた。
カルムはその手を振り払い、思いっきりラルーを睨むが効果ナシ
ラルーは楽しそうに笑うだけだ。
・・・しかし、何故あの部屋に自爆犯がいたのだ?
あれが件のボスだとするには動機が分からない
むしろ、あれがボスではない“誰か”が仕向けた者
だという方がしっくりくる・・・。
だとすれば・・・この依頼は、死神兄妹を殺す為のフェイクで・・・
つまり・・・・真の黒幕は・・・
「イヲナ~?」
「・・・何だ」
「頭の良い貴方なら察しが付くでしょう?
この依頼はどうやら私達を釣る餌だったのさ?」
「・・・」
「てことはー? 依頼人が黒幕・・・てことになる・・・
イヲナ、私達を乗せた黒塗りのミニバンの動きを確認して頂戴」
言われるまでも無かった。
私は既に狙撃銃を構え、黒塗りのミニバンを睨んでいたのだから
爆発音を聞きつけたギャングが慌てて車内から降りて
廃工場から立ち上る黒煙を見上げて、満足そうに笑っている。
その表情は黒幕である事の証明だ。
私は何の躊躇いも無く、狙撃銃の引き金を引いた。
弾丸は一瞬のタイムラグの後
男の頭を貫通。
ぷしゅ、と小さな血しぶきをあげて
男は呆気なく倒れこむ
次にギャングの部下が情報を漏らさぬように
口封じ目的で運転席に座る部下に向けて発砲。
弾丸はやや外れて頭ではなく、喉を貫通させた
喉から血を流して部下は運転席に座り込んだまま、息絶えた。
「ラルー、今ギャングの男とその部下を始末した」
「空を切る音が二回くらい聞こえたから分かるわよ、
て、凄い命中精度ね・・・さすがはイヲナ」
「私からすれば褒め言葉には当たらない」
「ありゃりゃ・・・残念
じゃ、先ほど私が指を切り落とした奴を尋問に掛けよう
あんな奴を連れてくる辺り、失敗する事も考えてなかったようだし?
死神兄妹を舐めると痛い目を見るって改めて思い知らせてあげるわ?」
ラルーは不気味に笑い出すと、
廃工場の中から凄まじい速さで飛び出してきた。
ルクトにカルムを任せて自分は拷問を行うつもりのようだ。
・・・指を切り落とした上に拷問を加えるのか
ラルーは鬼畜だ・・・。
「はぁ・・・これでは報酬も無いな・・・
無駄骨だったのか」
「こっちはタダで働いてんじゃねーんだ
若造に色んな事を吐かせたあとは報復に行って
金を本来の額より倍を頂く」
「・・・ルクト、更に殺す人数が増えたという事なのか・・・!?」
「言わずとも分かるだろうが」
「実に面倒だ・・・」
私が文句を漏らせばルクトが答えた。
この死神兄妹からすれば、報酬など二の次で本命は殺戮。
どちらにせよ殺せるのなら戦争にも喜んで行くだろう
本当に恐ろしい・・・。
「じゃあ、この気絶してる男共も生かす必要は無いよな?」
「ええ、お兄ちゃん好きにしなさい」
「了解、好きにする」
「・・・」
ルクトは気絶させた者達も手にかけるのか・・・。
この依頼が嘘だったのならば、
むしろ報復のつもりで殺した方が良いのかも知れないが
「ラルー・・・この後の予定がつっかえているんじゃないのか?」
「・・・! そうね、少し急ぐ事にしましょう
つい数時間前、お得意様から急ぎの依頼を受けたところだし」
「何を勝手に受けているんじゃ!?」
カルムが予定について聞くとラルーは慌てた様子で
急ぎの依頼を勝手に受けたと口走った。
そういう依頼は相当な難易度を持っている場合がある
それに私とカルムを連れて行く気だと言うのだから笑えない
初心者を危険に晒して楽しんでいるのか・・・!?
新手の嫌がらせか・・・!?
私は軽い頭痛を起こしつつ、狙撃銃をギターケースに仕舞い込み
廃ビルの外階段を降り始めた。
無線機から数え切れない断末魔が聞こえてくるのを無視して・・・。
今回の働きで分かった事は幾つもある。
透視能力で見える物の知識が足りない事
死神兄妹の手回しの速さ
そして、吸血鬼であるカルムが有する戦闘能力の高さ
改めて考慮の内に入れて、
次の殺戮に備えよう・・・。
「・・・がっ・・・!
事務所には金がある・・・!
暗号キーは85290だ・・・!
だから見逃してくれ・・・!」
「ありがとサン・・・!
じゃ、黄泉の底に沈んでなさい・・・?
愚か者」
どのような手段を用いたのかは不明だが
無事にラルーは若造から情報を引き出し、殺害した。
ビルから降りた私は黒いミニバンの前で
血まみれになったラルーを見て絶句していた・・・。
一体、どんな拷問をしたのだ・・・!?
この短時間で・・・!
そういえば、ラルーの資料には・・・
“彼女は拷問の天才である”
とも記されていた事を思い出した・・・!
・・・こやつの手にかかる時は、生き地獄を味わせられるのか・・・
「せっかくだし、この見た目でうろついたらマズイから
そのミニバンを使おうか」
「OK! いいわね!」
廃工場から出てきたルクトとカルムもラルー同様に血まみれで
涼しい顔をしている・・・。
む、気のせいだろうか・・・このメンツ、少し危ない事に気付いたぞ?
長年、血とは無縁に過ごしたとは言え
カルムは吸血鬼だ、戦いになれば冷酷な事もするだろう
更には死神兄妹という最悪の狂気を孕んだ双子が手を組んで
その最悪さが加速している・・・!
この中で唯一、血にまみれていない私は思考した。
自分はこの中で唯一のブレーキの役割を担わさているのでは?
マトモにブレーキの役割を果たしていないと
無駄な犠牲者が増えていくだけ・・・。
「・・・真面目に止めねば」
「ん!? 何、その使命感を帯びたセリフ!?
どしたの、イヲナ!?」
「ラルー、ミニバンを使っても良いが
無意味な死者を出す気ならば、もうぬしには付き合わんぞ」
「「「なっ・・・!? イヲナが怒った!?」」」
この殺戮メンバーの暴走を止めるべく
ブレーキを掛けてみると、三人とも驚愕した。
・・・何故か、珍しいモノを見るような目を向けられているが無視しよう
「掃除屋は呼ばんのか?
この死体の数を放置しておくのか?」
「あ、今 呼ぶ・・・」
ルクトは多少、ふらつきを覚えたのか
ぐらりと横に倒れそうになるが、グッと堪え
ポケットから携帯電話を取り出し、現地の掃除屋を呼び出す。
「カルム、車の運転が出来たな?
ミニバンの運転はぬしに任せよう
ラルーやルクトでは安心出来ないからの・・・?」
「イヲナ・・・何だか分からないが悪かったよ・・・
だからそう怒るなって・・・」
「私は全く冷静なつもりだ、黙って従え」
「!?
イヲナとラルーって・・・何気なく似ている事に気付いた!」
「侮辱か?」
「イヲナ、それ、トンデモナイ暴言ですよ・・・?」
カルムは何故か私が怒っていると勘違いをして
私をなだめようとしたが、怒っているつもりなど無いので
ハッキリと怒っていない事を伝えた。
すると侮辱とも取れる事を言われ、素直に聴き直した。
諦めたのか、カルムは本日2回目の遠い目をして
ミニバンの運転席に乗り込んだ。
・・・私とラルーが似ているだと・・・?
侮辱もほどほどにして欲しい、私と奴は一切似ていない
「・・・くすっ・・・!
私とイヲナは・・・似ているんだぁ・・・?」
「!?」
だが、奴は違ったらしい
何故か恍惚の笑みを浮かべて
ラルーはミニバンに残された死体を引きずり落とす。
なんじゃ、気味が悪い・・・。
彼女にとっては喜ばしい事なのか・・・?
「さぁ、行きましょう? 私のそっくりさん・・・?
くすくす・・・」
「嫌がらせならば黙っていないぞ・・・?」
「くくく・・・! 嫌がらせのつもりは無いわ?」
やたら嬉しそうにラルーは気味の悪い笑い声を漏らして
強引にミニバンの中に押し込められる
車内は血みどろに染まっていて着物が汚れる・・・。
隠れ家に帰る頃には真っ赤に染まっているのだろうか・・・?
情けないが、そう簡単に終わりそうも無い・・・。




