苦境の始まり ラルー視点
「ふんふふん~」
「凄く・・・幸せそうだな?」
「うん! 分かる~? カルム~?」
カルムは私の様子に戸惑いつつ
声をかけてくれた。
そこが彼の良いところだ。
記憶を失ってもなお、変わりが無いのはとても嬉しい。
私の指では、イヲナが・・・。
私の愛しのイヲナがプロポーズにくれた指輪が輝いている。
何の装飾も宝石もない、
シンプルで素朴な銀の指輪
だが、それが非常にイヲナらしい・・。
如何なる黄金の冠や、価値のある宝石をあしらった首飾りでも
この銀の指輪には敵わないほど、私はこの指輪を大切に思う。
最も、プロポーズもデートも偽物でしかないので
私とイヲナは本当の意味で結ばれたワケではない。
でも、偽物でも悪意でもイヲナの言葉だったから
私は心底幸せになったのだ。
嬉しい・・・!
「カルム、約束よ?
さ、どうぞお好きに私の血を啜って頂戴?」
「・・・お前みたいに自ら血を捧げる人間がいるとは
聞いていたが・・・まさかラルーがそうだったとは・・・」
「ほら? 早くなさい」
私はソファに横たわりながら、
冷たいカルムの手を握って誘うように笑って見せた。
今日はとても気分が良い。
私は高揚感で自然と誘惑の笑みが更に歪んで
狂気の笑みに変わってしまったのに気付き、また元の笑みに戻そうとした。
が、それは出来ず終いになる。
カルムは私の顎に左手を添え、私の顔を持ち上げる。
無表情のカルムはどこか魅力的な妖気を放っているようだった。
そしてゆっくりと、カルムは私の首筋に口づけをすると
次の瞬間にはその牙が押し当てられた。
痛覚が壊れてしまった私にはさほど痛みは感じられなかったが
カルムが右手で私の後頭部を押さえたところを見るに
ちゃんと血を啜れているようだ。
吸血鬼にとって私の血は非常に美味らしい
・・・それは人間でも同じ事。
私の血には不思議な効力があり、
人間が一滴でも私の血を口に含めばたちどころに
その人間は不老になり
私の血をコップ一杯、飲めば長すぎる寿命を手にする。
身体に通う血を全部抜き取り、
一滴残らず飲み干せばおぞましい力に目覚める。
既に不老不死と力を手にした吸血鬼にとって、私の血は
何の効力を持たないが、少し中毒になりそうな味。
と、いつぞやの血をあげた見知らぬ吸血鬼が語ったコメントを思い出した。
「・・・ありがとう」
「あら? もう良いの?」
カルムは私を離すと静かに感謝の言葉を伝えた。
不覚にも私の血を口周りに付着させ、たらりと垂らしている様子が
可愛く感じた。本人はクールを決め込んでいるのに可愛い。
やっぱり、カルムは嫌いじゃない。
むしろ好きよ?
もちろん恋愛での好き、ではないが
久しぶりに戯れたい、派手にぱあっとやりたい・・・!
「で? イヲナの方はどうだったんだ?」
「お兄ちゃん、イヲナは面白い人よ!
人の視線が集まる度に恥ずかしがって
視線を散らす為に嘘のプロポーズまでして・・・」
「ああぁ!? プロポーズだぁ!? 野郎・・・刎ねる!」
「落ち着いて、今、彼は寝ているのだから止めてあげて」
お兄ちゃんはテーブルに足を乗せて
椅子に座っている。
が、私の言葉を聞いてお兄ちゃんはゆらりと立ち上がると
青い瞳がたちまち紅い瞳に変わる。
お兄ちゃんは私と同じ紅い瞳。
だが普段は紅い瞳を青い瞳に見せている・・・。
でも、力を使うとトリガーが外れるように
紅い瞳があらわになるのだ。
そんな戦闘モード全開のお兄ちゃんを私は止めた。
さすがにイヲナを殺されては自分がどうなるか見当もつかない。
「お兄ちゃん、演技のプロポーズだから安心して?」
「・・・ふん、絶世の美女な妹に免じて野郎を見逃してやるよ
だがな? ラルー、アイツは絶対“ロクデナシ”って奴だ
アイツだけはやめてくれよ?」
「何よ、お兄ちゃん
この気持ちは秘密にし続けるから良いのよ」
お兄ちゃんは私の肩を掴んで
念を押すようにジッと見据えてくる・・・。
私の返事を聞いたお兄ちゃんはやっと落ち着き、
紅い瞳が青い瞳に変わった。
私の首筋に残った血をお兄ちゃんはなぞり取り
白いハンカチで拭ってくれた。
「それはそうと、さっき凄い勢いで飛び出していったけど?
あれはどうしたんだ?」
「ああ、ちょっと泥棒猫・・・じゃないわね
不愉快分子を潰してきたの、気にしないで」
お兄ちゃんに抱きつき、耳元で囁いてみた。
だが、普通の人と違ってお兄ちゃんは慣れているのか
何の反応も無い。(←私が原因ね。
耳元で囁いちゃうクセ、早く治さなきゃ・・・
先ほど殺した不愉快分子・・・。
彼女の所有物から分かったのは名前。
ジェニファー・スミス
平凡な名前だ、
彼女を、私は不愉快に感じた。
だから飴を渡した時にこっそり彼女の服に発信機を仕掛け
イヲナが眠ったあとに発信機を使って彼女の居場所を突き止め
追いかけた。
彼女は私から逃げている内に警察署に逃げ込もうとしたので
私は時間を止め、その間に警察署にいる人間を全て殺した。
全ては彼女を絶望の淵に叩き落とす為。
そして、止めた時間を動かし
彼女は助ける者のいない警察署に入り、絶望の末
生を諦めた。
思いのほか、楽しかったわ?
また気が向いたらドッキリ的にやってみましょうか?
「さて、イヲナが目を覚ます前に・・・
お兄ちゃんのお願いが聞きたいわ?」
私は約束を守ってくれたお兄ちゃんのお願いを聞く、
何をお願いしてくれるのかな・・・?
「じゃ、一日独占権」
「驚く程に即答!? そして、たったの一日でいいの!?」
「一日で十分、全部済ませられる」
「何を!?」
淡々とお兄ちゃんは宣言した。
どこかお兄ちゃんの表情に影が落ちているように見えるのは
きっと光の加減によるものだと思う。
後ろでカルムが全力の哀れみの目を向けてきているのも
気のせいのはず・・・。
何?お兄ちゃんに一日独占してもらえるのは
そんなに悪い事じゃないと思うのだけれど・・・
「まぁいいわ、でもだいぶ先になるけど・・・」
「それでいいよ、大丈夫」
私の承諾の言葉を聞いたお兄ちゃんは嬉しそうに
私の髪を撫でてくれる・・・。
素直に嬉しい・・・!
「本当に仲が良いな、双子だからなのか?」
「双子だからこそ、通じるモノがあるのだけど・・・
それ以上に私達は愛し合っているから」
「!?
だ、大丈夫かソレ・・・
双子の域を超えたりしてないよな・・・?」
カルムはテーブルの上に置いてあったティッシュで
口周りに付着した血液を拭いながら
私達の関係について質問される。
私はお兄ちゃんがいなければ生きていけないように、
お兄ちゃんも私を必要としていると、信じている。
その思いを形容するのなら、それは“愛”で間違いはない。
そう、私は確信している。
それをカルムは何故か凄く心配した。
何でかなんて分からないわ?
「あ、そうそう!
カルム、何も武器を持ってなかったわね?
明日は甘美な殺戮を繰り返すから貸してあげるわ!」
「・・・え? 殺戮を繰り返す? 武器?」
「そーそ! コッチにいらっしゃい!」
戸惑っているカルムをお兄ちゃんが引っ張ってくれるので
私は先に武器の保管をしている部屋に導く。
武器をたくさん収集するクセがこういう時には役に立つ。
そこは壁にも床にも、隙間がない程
たくさんの様々な武器が埋め尽くしている部屋。
何も知らずに入ればちょっと危険な部屋で、
隙間が殆ど無いのでちょっと入るのが難しいが・・・
私は慣れているので、その部屋を簡単に進む。
カルムは吸血鬼・・・。
驚く程、優れた聴覚と嗅覚を有し
暗闇でもハッキリ世界を見る力のある視覚
何でも壊すことが出来る怪力が脅威的だ。
そんな彼に合った武器を考えるのなら・・・。
「カルム! この大剣が良いわ!」
私はそう言いながら、部屋の奥にある
札がたくさん貼り付けられた木箱の山から
一段と大きな木箱を持ち上げ、カルムに向けて放り投げた。
・・・今まで、私は様々な異世界を彷徨い歩いてきた。
その内、異世界の力を持ちすぎる武器も自然と集めてしまい・・・。
この世界に置いておくには危険過ぎるモノが多く、
仕方なく封印をしていた武器が100程・・・。
だが、一個くらいなら使っても良いだろう。
むしろカルムが使うのに相応しいはずだ。
「・・・あからさまに封印かけてますって感じだが・・・
この大剣には一体、どんな力もしくは呪いがかけられているんだ?」
「いきなり呪われた武器だと思われるなんて心外だわ?
ひょっとして、私の事を呪いに疎い女の子だと思ってない?」
「まぁ、そう思っている」
「わお! 見事なまでに信用されていない!
全力で残念!」
カルムは木箱を嫌そうに見つめながら
私に対する評価を伝えてくれる。
はぁ、ごめんね?
まだ詳しい事情を何も言えないの・・・。
許してね?
「カルム、その大剣はね?
使用者の力を“引き立てる”剣なの
だから貴方には扱いやすい剣のはず・・・」
「引き立てるってなんだ?
名脇役みたいな感じか?」
「そんな感じね、
使用者の力の特徴に合わせてその剣も特徴を変える・・・
例えば怪力自慢の人間なら重量と鋭い刃を持ち、
素早さが自慢の人間だと、軽く振るい易い形状にって感じ」
「なるほど・・・」
私はカルムに分かり易いように意識しながら説明をする。
その剣は昔、私が使ってみた事があったのだけれど・・・。
大変危険過ぎる力を誇った為に封印した。
・・・って、危険どころの話じゃなかったわ!
何よ、ちょっと振るっただけで大地が砕けちゃって!
おかげで火山が大噴火を起こして、その世界に到着して
わずか3時間で滅ぼしてしまったじゃないの!
私が使うと全く笑えない事が容易く起きるから、
ほどほどの実力を持つカルムには丁度いいでしょう・・・。
「ん・・・随分と時間が余ってしまったわね?
じゃ、料理でも・・・ああ、これから殺るんだったら
後の方が良いよね?どうしよう・・・」
時間が余ってしまい、
私はどうするか迷う。
「・・・じゃあ、無駄に時間を潰す必要も無いだろう?
それぞれの部屋でそれぞれの準備をしよう
カルムは初めてなんだから、心の準備をする時間も必要だ」
「あら? お兄ちゃんてば、カルムと随分と仲良しになったわね?
私はとても嬉しいけど、少し嫉妬をしてしまいそうだわ?」
お兄ちゃんはカルムに気遣いをする。
・・・実を言うと言いだしっぺなのに絶賛、嫉妬中であります。
それにしても、なかなか他人に心を開かないお兄ちゃんと
仲良くなれるなんてカルムのコミュニケーション能力の高さに驚愕だ。
やっぱりカルムの心には人の醜さになる感情が希薄だから
人の醜さに虐げられ続けた私やルクトからすれば
それが希薄なカルムは信用しやすい人物なのだろう。
「俺からも頼む
この大剣を試してみたいんだ」
カルムも頼み込んでくる。
確かに何の練習もなしに、いきなり大剣で戦え
なんて無茶な話ね?
「クスっ・・・!
まぁいいわ、カルムが初心者な事に免じて
自由時間としましょう」
「戦闘はまるっきり初心者じゃないんだが・・・」
「くすくす・・・!」
私は二人の意見を尊重して
無理に時間を潰さない事にした。
リラックスする時間も必要なのは確かだ。
カルムの部屋の場所を伝え
私は少しばかり嫉妬の為にお兄ちゃんに抱きついた後、
自分の部屋に戻った。
部屋の中央に置かれた黒い菱形の寝具はまるで私の棺のよう・・・。
そこに横たわる白い面を着けたままのイヲナ・・・。
「くす・・・!」
イヲナの部屋も用意していたのだけれど、
どうせなら一緒に添い寝してやっても良いだろう。
それに・・・イヲナの仮面の下を見る絶好のチャンスだ
私は静かな寝息を立てるイヲナにバレないように
気配を殺し、影に潜むように忍び寄った。
イヲナの白い仮面にそっと手を当てて、すぐに手を引いて
何の反応が無い事を確認すると
私は仮面の端を掴み、剥がすように仮面を取ろうとした。
「・・・アレ・・・?」
だが、どういうわけか仮面はビクともしない・・・。
むしろ何かの力で封印でもされているような・・・。
「・・・そう、これもイヲナの力の一種・・・ね」
思えば、イヲナの力は少し不思議だ。
私は明らかで、圧倒的な、途方も無い力を振るう事が出来るが、
それとは裏腹にイヲナは・・・。
不明瞭で、解りづらく、それでいて明白な力を振るう・・・。
「・・・師匠にそっくりだわ・・・?」
私の師匠とはディアスだ。
彼は“不明の悪魔憑き”の二つ名で
裏の世界に決定的な力の差を証明して見せて
確固たる最高の地位を築いた実力者だ。
彼の二つ名にもある通りに、
彼は正体不明の悪魔憑きである
その生い立ちと目的も、彼が有する絶対的な力の真意も、
彼が今、欲するモノさえ・・・不明。
あの人が私にこの裏の世界での生き方を教えてくれた師匠。
ほとんどが不明瞭で解りづらいなんて、
イヲナとディアスは似ているのかも知れない・・・。
・・・だからこそ、二人は会わせない方が良いと私は直感した。
「・・・ふふっ・・・!
まぁ、仮面の下がどうなっていようと別に構わないわ」
私は愛おしさでイヲナの仮面の下に対する好奇心がどうでも良くなった。
ただただ、愛おしくて・・・。
彼の面を優しく撫でる
銀色の指輪が月明かりに照らされ、その輝きに魅せられた。
嗚呼、いつの間にか、時間は夜のモノとなっていた
こんなにも、愛おしさで幸せな気持ちになったのは・・・
とても久しぶりで、でもどこか全く違っていて・・・。
戸惑いと情熱ばかりが先走りをしている。
たまには我慢もしなくては、
「・・・ん、あら?」
ふと、私の携帯にメールの受信を知らせるバイブ音が響く。
それにイヲナが気付かないか、心配したが
イヲナは少しの寝返りを打つだけで何ともないようだ。
・・・びっくりしたわ・・・?
全く、こんな時間に誰が・・・。
私はふてくされながら、携帯を入れているポケットに手を当てて
ある事に気付いてしまった。
私の携帯番号を知っている人は
お兄ちゃんと弟のナラス。
師匠のディアスと古い友人であるサンジェルマン。
そして私に殺しの依頼をするお得意様しかいない・・・。
お兄ちゃんが今、私に連絡をする必要性は無い、
ナラスもよほどの事が無い限り私の携帯に直接、連絡を入れない。
ディアスは気まぐれで妙なメールを送ってくるが・・・。
それも非常に稀だ。
サンジェルマンは・・・わざわざ連絡を取らずとも
私の前に現れれば良いので、連絡が来る事は考えられない。
私のお得意様も、先ほど連絡を終えたばかりだ。
伝え忘れの連絡も考えられない。
そんな人ならお得意様失格だ。
だとすれば・・・私に連絡を入れた者は・・・誰?
私はすぐさまポケットから携帯を取り出し、
メールを確認した。
いつの間にか、メールが3件入っていた。
古いメールから順に私は確認する事にした・・・。
今から数十分前に届いたメールの送信者はディアス。
メールの内容は・・・
『今日、本当にたまたまだが
お前が警察署で女を追い詰めているのを見た。
私に目撃されるなんて気を抜きすぎでは?』
その内容に私は唖然とした。
・・・ディアスが、この近くにいるの・・・!?
あの人、普段は汚れ廃教会に入り浸っていたはずなのに!?
しかも、喋り口調が“また”変わっている・・・。
はぁ・・・面倒な事になった・・・。
が、メールに続きがある事に気付き
私は画面をスクロールした。
『P.S.
警察署で女を追い詰めた詳細を詳しく教えて欲しい。
そして、昼頃にお前と一緒にいた白い面の男は誰だ?』
あまりにも驚愕し過ぎて
うっかり携帯を落としてしまいそうになった。
その内容に愕然として、
喉の奥が締め付けられるような痛みさえある始末だ。
イヲナのデートの時から、私が不愉快分子の始末をしたところまで
じっくり監視されていたとは・・・!
しかも、二人は会わせるべきではないと直感したそばから・・・!
さすがは師匠・・・相当なやり手だ。
ここは仕方がないので返信は送らないでおこう。
私は改めてディアスがどれだけ神出鬼没なのかを思い知り、
次に届いたメールを確認した。
差出人は私のお得意様だ。
内容は・・・。
『急ぎの依頼ですがお願い出来るでしょうか
私をマークしている殺し屋とその依頼人の始末を、
詳しい事情はいつもの場所で説明します。
相手はなかなかの手馴れです』
おやおや、目を付けられてしまったか・・・。
カワイソウに
まぁ、この人ってばしょっちゅう私に集団の始末を依頼し続けたから
無理もないだろう・・・。
逆に、私を雇うだけのお金をどうやって用意しているかにも
狙われる理由が生まれるか・・・。
だが、手馴れか・・・面白い。
受けてやろうじゃないの・・・。
依頼受理の返信を送り、
私は先ほど届いた最後のメールを確認した。
・・・?
差出人は・・・空欄になっているぞ?
ありゃ? こんな事ってあるの?
ありりり? なんか、絶対変だよ・・・?
私は疑いを覚えつつ、
恐る恐るメールの内容を見た。
『忌み子様へ』
「・・・ッッ!!?」
たった、最初の一行で私は声にならない叫びを上げてしまった。
だが、ここには健やかに眠るイヲナがいる。
なんとか平静を保ち、私はその続きを読み進める
『お美しい貴女様に朗報でございます
我々は遂に本当の貴女様を見つけたのです
私自身も貴女様の麗しい御姿に惚れ込んでしまいました
きっといつの日にか、貴女様を取り戻して見せましょう
そう、それはもう・・・』
戦慄を覚えながら私は震える手を押さえつけ
やっと最後まで読みきった。
たったの数行の文章で、ここまで私は恐怖している・・・。
いや、文章もそうだがそれ以上に私は・・・。
・・・忌まわしいかつての過去を恐れているのだ。
大丈夫よ、大丈夫。
今はお兄ちゃんがいる、
サンジェルマンだってディアスだって・・・!
こんなの、恐るるに足らないわ・・・!
「もうすぐです・・・」
「・・・!?」
唐突に、あの忌まわしいメールの続きと思われる言葉が
音声となって私の耳に届いた。
あまりの驚愕に私はとうとう携帯を落としてしまった。
すぐさま顔を上げ、声の主の姿を探した。
否、探すまでもなかった。
声の主は堂々と部屋の窓の前に立っていた。
私はそれを視界に捉えた瞬間。
服の下に忍ばせた鎖を操り、その人物を束縛すると
力を使い、
―――時間を止めた。
これは、私の携帯が地面に落ちる前の瞬間で終わらせたのだ。
宙に浮く形で私の携帯は止まっていたが、
私はそれを拾い上げ、改めて私が束縛した者を見た。
腰までに伸ばした黒い髪、
白いシャツの上から黒い革のジャケットを着ていて、
藍色のジーンズを履いている・・・。
見るからに幼い少年だが、紅いその瞳には見覚えがある。
・・・丁度、悪魔憑きの師匠と似た瞳だ。
少年はいつぞや私達が潰した組織で逃してしまった“悪魔憑き”
“大人しく、我が世界で動け”
私はそう、鎖で縛った少年に向け
念じる。
「貴方の神はこのイヲナじゃなかったの?」
私は苛立ちを隠しながら、
敵対意識を現した口調で少年に話しかけた。
私が時を止めた空間を少年は驚いた様子で見回していたが
私の問いかけにびっくりしたのか、僅かに震えた。
弱々しい反応に思わず、もう殺してしまおうかと思ったが
我慢、ひたすら我慢。
「・・・我々が信仰する神は元々、そちらの御方のみです
しかし、それに貴女様とこの世界の創造主が含まれる事になっただけの話です
それはそうと私がこの時の止まりし空間でも動けるワケを御教えください」
「・・・そう、この空間でも貴様が動けるのは
私が、貴様も動けるように意識しているからだ、
下手に抵抗しようなど、思い上がらないで頂戴」
少し、種明かしをして
私は思考を巡らせた。
つまりは、あの組織は未だに滅ばず
拠点をどこかに移し替えるなどして存続していて
信仰対象もイヲナのみ、のところを
私と、この世界の創造主を加える事で三位一体に変えたと・・・。
実に面倒な事をしてくれたな・・・。
しかも・・・何よりも不愉快なのは・・・。
「ああ、それと・・・
貴様・・・あんのクソガキと同じにすんな・・・!!
えぇ!? 何!? 怨みでもあんの!?
また私を祟り神にして楽しい!? ああ、ああ! そうですか!
どうせ悪者役は全部、私に押し付けりゃ話が楽だし!? でもさ!
しつこいったらありゃしないんじゃないの!?
あの冷酷非道の傍観者主義のクソガキと一緒にされるのは
不・愉・快・だ・わ・!」
何、何!?
なんで未だに“忌み子様”のフレーズが残ってんの!?
謎過ぎるったらありゃしないわ・・・!
「やはり・・・!
我らが創造主をご存知なんですか・・・!
その御姿は・・・!?」
「食いつくな! 貴様ッ・・・!
一体、何の用で来た・・・!?
私やイヲナに何かをする気なら、黙ってないわ・・・!」
怒りをなんとか押さえつけ、
私は少年の目的を聞き出す。
「私の名はグレンカ
覚えていただけたら幸いです
私は貴女様に宣戦布告をしに来たのでございます」
「・・・宣戦布告だぁ・・・!?」
だんだん、隠せない程
私の怒りが膨れ上がってきた。
曲がりなりにも、自分たちが信仰する神に宣戦布告をする状況を
一切、理解出来なかった。
そんな事をして彼らにはどういうメリットがある?
私を神に祭り上げて・・・何がしたい?
「私達は何も、貴女様に悪意があるワケではないのです
ただ、私達の元に来て欲しいだけ・・・
しかし、かつての貴女が出した“答え”が私達をこうさせた
だから戦って貴女様を打ち負かすしか無い」
少年、グレンカは言い訳のように
それとも“私が間違っていた”とでも言いたいのか
だが、グレンカが私に言いたい事の意味が分かる・・・。
「・・・そう・・・
つまり、貴様らは従属する都合のいい神様が欲しいワケだ・・・!
ならば・・・! たった一人の私だけで貴様らを・・・
殺し尽くしてあげる・・・!」
私は神などではない・・・。
人でも無ければ、何でもない私はただの一匹の怪物だ。
こいつらは、私の恐ろしさを知らない。
なら、それを思い知らせるだけだわ・・・!
怪物の私に目を付けられるような事をするなんて自業自得も良いところ
イヲナにも、お兄ちゃんにも、師匠のディアスにも・・・。
今回だけは誰にも頼らずに一人だけで
こいつらを滅ぼしてやる・・・!
「では、失礼致します・・・」
「ええ、精々 私に滅ぼされる事を待っていなさい・・・!
このロクデナシの大馬鹿者共がッ・・・!!」
「・・・」
グレンカは丁寧にお辞儀をすると
一瞬にして消え失せた・・・。
私を信仰する悪魔憑き・・・。
実に妙な話ね、
だけれども、私は容赦なんてしない。
どんなに哀れな過去があろうともきっと同情なんて出来ないわ
今の少年も何の躊躇いも無く殺せるだろう
「・・・はぁ・・・!」
度重なる重圧に疲れてしまい
私はその場に座り込んだ。
実に面倒な事になったわ・・・。
あの組織に個人的な興味も湧いた。
宗教ではなく、あくまでも“組織”である彼らの目的とは?
一体、どんな人間共で構成されているのか?
・・・多少は調べた方がいいみたいね
だけれども・・・それは全て、明日の殺戮の後にしましょう
せっかくイヲナ達が来ているのに、
こんな厄介事に巻き込まれるなんて不愉快の極みだわ?
殺戮の後、一瞬で全てを終わらせましょう・・・!
そう思いを新たに胸に刻み
私はイヲナが横たわるその隣にそっと倒れて
イヲナの頭を私の胸元に抱き寄せた。
・・・私が、ほんの少しでも力を込めただけでも
イヲナの頭を文字通りに砕く事が出来る。
それだけ、私にとってイヲナは儚い存在に感じた。
だからこそ、尚さらイヲナを愛おしく感じる・・・。
「くすっ・・・!」
さっきから勝手に口が歪んで笑みを浮かべてしまっている
もはや歪み過ぎて“口裂け女”みたいになっているかも知れない
頬が熱を帯びて、心臓が狂ったように鼓動を打ち付けてくる。
これはもう、“愛”を越えているんじゃないのかしら・・・!?
これでは愛おしいイヲナそっちのけで眠れないわ?
イヲナが目覚めるまで、無防備に寝ているイヲナを眺めて楽しもう
ええ、それが良いわ、最高よ・・・!
「・・・ねぇ・・・?
イヲナ、貴方は私の予想を越えるでしょう・・・?」
不意に、私は不安になり
イヲナに問いかけた。
無論、答えなんて聞く事は出来ない・・・。
・・・今も、脳裏に焼き付いている映像・・・。
鮮血に染まった私を抱きかかえたイヲナ。
その手には・・・血塗られた白い剣・・・。
いつからなのか、私はそんな奇妙な映像を感じ取った。
これは私の“死”の予言?
それとも不吉な前兆を現しているの?
・・・忌まわしい私の“未来予知”の力
何故、こんな嫌な未来しか見せてくれないの?
いつもは思い通りに未来を見せてはくれない癖に・・・。
微かに震え始める手を押さえつけて、
私は浮かび上がる疑問を払い除け、現実逃避をするしかなかった。
大丈夫、きっとイヲナなら
私の忌まわしい力さえも越えてくれると
信じているわ・・・。




