記録その拾六 偽物デート
「それにしてもー
驚いたぁ~! カルムってば、すっかり変わったねー」
ノリノリのテンションでカルムの髪に触るラルー
「違いが分かるのかよ・・・?」
それに全力で引いているカルム。
髪がだいぶ女のように伸び放題にしているカルムが悪いと思うが
「分かるよう・・・!
完全に疑いの目で悲しいのです!」
わざとらしくラルーは泣いているような仕草をする。
・・・完全に虚しいピエロだぞ?
「そりゃ・・・誰だって疑うだろ!
“交流会”なんて言ってるのに、俺の事を良く知っているとか!
矛盾しているし、ほぼ接点なんて無いのに
俺の細かい癖とか知っていて戦慄したんだけど!? 何で知ってるし!?
久しぶりにぞっとしたよ、本当!」
「・・・シュン・・・」
丸いテーブルを取り囲むように私とカルムと死神兄妹で
“交流会”を行っていた。
ラルーの発案で“お互いの事をよく知る為にも必要!”とのこと。
ここはアメリカにあるラルーの隠れ家の一つで
今回、我々の活動本拠地になる場所である。
・・・隠れ家をいくつも持っているあたり、ラルーは贅沢だ。
「で? 裏切り吸血鬼
お前は気付けば記憶を全部失っていた、
で、そこを助けてくれたあの邪魔男に恩返しをするために従ってる、
ていう事でいいんだな?」
ルクトは退屈そうに、さほど興味など無いように
カルムの経歴を復唱する。
カルムは記憶を失った謎の吸血鬼だ。
彼の正体について、本格的に調べようとしたが
どういうワケか必ず妨害を受ける。
彼の事を知っている吸血鬼を探してもみたが、
“そんな吸血鬼は知らない”の一点張り。
完全におかしいぞ・・・。
今現在、吸血鬼は絶滅寸前に追いやられているほど
その数を急激に減らしてしまった。
だから数少ない同胞同士、必ずコンタクトは取り合って
互いに守り合っているのだ。
故に、吸血鬼同士なら知人でもあるはず
だが吸血鬼であるカルムを知る者はいない・・・。
カルムは本当に、謎の吸血鬼だ。
「裏切り吸血鬼っていう呼び方、止めてくれないか・・・?」
「・・・裏切り者は断罪すべし、裏切り者は断罪すべし
裏切り者は断罪すべし、裏切り者は断罪すべし、裏切り者は断罪すべし
裏切り者は断罪すべし、裏切り者は断罪すべし、裏切り者は断罪すべし
裏切り者は断罪すべし、裏切り者は断罪すべし、裏切り者は断罪すべし」
「うわぁぁぁ・・・!?
突然、何なんだよ・・・!!?」
カルムが一言、反論すると凄まじい勢いでルクトが同じ単語を繰り返す。
壊れたテープが延々と再生をしているような状態だから
ゲシュタルト崩壊を起こしてしまう。
・・・生きた人間が一番、怖いと言うがまさにその通りだ。
「んー、お兄ちゃんとカルムの間には限りなく高い壁があるみたいね?
・・・そうだ!
私、これからイヲナと一緒にお散歩に出かけるから~?
その間に仲良くなってね♪」
「はぁぁぁ!?
二人きりにしないでくれないか!?
コイツが素手でも十分、殺される自信があるんだけど・・・!?」
ラルーの突然な提案にカルムは抵抗する。
カルムとルクトの仲の悪さは確かに目に余るモノがあるが・・・。
吸血鬼が素手の少年に殺される自信を持ってしまったぞ、良いのか?
「・・・カルム
もしお兄ちゃんと仲良くなれたら・・・
私の血をあげるわ?」
「!!?」
ラルーはわざと体勢を低くして、
カルムを上目遣いで見上げる。
妖艶な仕草でわざとらしすぎる。
この程度のことでカルムが折れる事は無いだろうが・・・。
「・・・頑張るか・・・」
「何!? カルムが折れただと!?」
静かに肯定の言葉を放つカルムに驚いた私は
思わず大声を上げてしまった。
カルムは誘惑に屈しない強い男だったはずだぞ、
それを折らせたラルーにも驚いたが、
わざとらし過ぎるラルーに折れたカルムが信じられん・・・!
「俺は吸血鬼なのに、かなり長い間
血を口にしてないんだぞ!
最初の作品、どういうワケか美味しそうだし! どう抗えと!?」
「・・・そうか、ラルーはそんなに美味そうなのか」
無駄に説得力のある反論をするカルムの様子を見て、
私は完全に諦めた。
ラルーは吸血鬼の理性を吹き飛ばすほど、美味しそうなのか
やたら嬉しそうにしているラルーを横目に
ルクトは退屈そうにしている。
・・・よくある事のようだが・・・良いのか?
「お兄ちゃんも、仲良くしてよねー?
仲良く出来たらお願い、何でも聞くから!」
「・・・僕に任せな」
「なんか、お兄ちゃん格好良い!?」
そしてラルーは知らぬ間に恐ろしい何かのフラグを立てたぞ?
さっきからしつこいようだが、良いのか?
この兄者、何を仕出かしてもおかしくはないのだぞ・・・!?
「じゃ、イヲナ行こっか?」
「・・・は?」
「え、お散歩だよ?
お・さ・ん・ぽ・♪」
強引にラルーは私の腕を引っ張る。
・・・問答無用か・・・!?
だが、私も黙ってこやつの言うがままというようには行かせぬ・・・!
「何ゆえ、二人で散歩をせねばならぬのだ!?
利益も何もないだろうに・・・!」
「・・・じゃあ、言い換えるわ?
お散歩じゃなくて・・・
デートよ! 」
ドヤ顔でラルーは大声で言い放つ。
・・・・・・デート?
付き合っている者同士で外に出掛ける事だったな?
・・・私の記憶が正しければの話だが・・・
少なくとも、そんな恋愛感情は無いというのにデートだと?
「・・・尚の事、嫌じゃ・・・!
冗談ではないぞ、そんな事をした日には
私の命も尽き果てる・・・!」
私は必死で腕を掴もうとするラルーの手を避ける。
・・・ルクトがさっきから凄まじい殺気を立ててるのは当然だ。
ルクトが怖くて仕方がない。
「・・・はぁ・・・
イヲナ、私に従わないと・・・腕をもぐよ?」
「…………分かった」
満面の笑みで私の腕を掴んだラルーはギリギリと力を込め始める。
それに私は降参するしかない・・・。
・・・本当にラルーがしたい事の意味が分からん・・・。
強引に私を引きずるように外に連れ出すラルーの背を見ながら
私はまた、ため息をつく
そういえば最近、ため息をつく事が多くなった気がする・・・。
「イヲナぁ~早く乗りなさいな!」
「・・・ぬし、バイクなど運転できるのか・・・・!?」
「出来るからバイクを持っているんでしょうが」
ラルーの隠れ家から出ると
家の裏手に連れられ、そこに置いてあった
黒塗りのバイクにラルーが乗り込む。
無理やりラルーの後ろの座席に座らせられ
煙を吹き出し、バイクはすぐに走り出す。
反動でのけぞりそうになったが、
不本意にもラルーが私の手を強く掴んだままだったので
助かった・・・。
そしてラルーが運転するバイクはアメリカの街を走る走る・・・。
ラルーは走り出してから
ルクトが着けていたようなゴーグルを着け、ヘルメットを被る。
そして、もう一つあったヘルメットを私に渡してくる。
・・・走り出してからヘルメットを被れと・・・。
私はラルーの対応の悪さに諦めを覚えつつ
面の上からヘルメットを被る。
・・・視界がだいぶ悪すぎる・・・
「ね、イヲナ!
このあと何を食べる?」
「私が何か物を喰らえると思うのか」
「思うから聞いてるのよ!」
「・・・ならば、何もいらん」
気安く話しかけてくるラルーは何故か嬉しそうだ。
・・・デートのつもりか
悪いが私はその気はサラサラ無いので、
全力でラルーに抵抗しよう
「・・・じゃあ、そこの緑一杯の公園にでも行きましょうか」
「断る」
笑うラルー、全力で拒絶する私。
しかし、走るバイクを止めてラルーは私に抱きつく
「!?」
「一緒に真面目にデートしなきゃ・・・
ずっとこのままよ・・・?」
恍惚とした表情でラルーは私に抱きついたまま
私を見上げる。
それに呆気を取られた私はしばらく何もせずにラルーを見下ろした。
・・・何分、経過しただろうか
一向に離す気配の無いラルーは嬉しそうに鼻歌を歌っている。
人の視線が集まりだしたのを感じる・・・。
・・・狂気じみているラルーの執念に、私は負けた。
「わ、分かった すまなかった」
両手を上げて私は降参のポーズを作る。
すると笑顔のままのラルーは私が被っていたヘルメットを取る。
・・・ラルー、恐るべし
ラルーの恐ろしさを改めて思い知った私はバイクから降りる。
集まった人の視線はようやく散ったようだ。
どれだけデートがしたいのだ、ラルーは
「イ・ヲ・ナ・♪
さ、行こっか!」
「どこにだ!?」
「え? オシャレな喫茶店でしょ?」
「公園じゃなかったのか」
ラルーは私の腕に絡みつき密着してくる
まるで蛇のように。
そういえば話が変わるが
ここ最近のラルーのセリフにしょっちゅう“♪”が付くようになった。
それほど、ノリノリのテンションで楽しんでいるという事か?
「・・・密着し過ぎだ、離れんか」
「えー? 別にいいじゃない~?」
「悪いが、その口調は鼻につく
元の口調に正せ」
「・・・分かったわ・・・
イヲナ、さっさと行きましょう」
さすがにラルーの口調がストレスを感じるものに変わったので
かつての品のある口調に直させる。
・・・もしかすれば、今までの妙な口調はわざとかもしれない。
ラルーに手を引かれ自然豊かな公園に導かれる。
どうやら、件のオシャレな喫茶店にはこの公園を突っ切って行くらしい
林に敷かれた広いレンガの道。
犬の散歩をしている人間と獣一匹・・・
本当のデートをしているでだろうカップル、
リフレッシュ目的なのか一人で悠々と歩く人。
様々な目的から大勢の人が行き交っている。
・・・まさかこの白髪の女がとんでもない殺人鬼だとは思わないだろう
ゴーグルを被ったままのラルーの紅い瞳が、
ゴーグルの向こう側で、妖しげに輝いているのが見える。
こんな何でもない瞬間でさえ、ラルーは何らかの力を使っているようだ。
この力に対する依存度が異様に高いな・・・。
「イヲナ、ここは自然一杯のいい公園ね?」
「ああ、そうだな。
しかしこういう公園で犯罪が多発するモノだ
特にぬしのような人物が特に好みそうな場所だな」
「あら? 私の事を不審者だとでも言いたいの?」
「ゴーグルを着けたままなんぞ、不審者に決まっておろう」
ラルーが私に親しそうに話しかけてくる。
だが、親しくはないのでいつもの調子で返答を返した。
その無愛想な反応が気に食わなかったのか、
ラルーは私の面を指差して
“そういうお前には言われたくはない”
と言いたげに見つめてくる・・・。
・・・実に真っ当な意見。
何も否定出来ないな
「イヲナ、それはそうと・・・
何を食べたい? 先に席とご飯を取ってくるよ?」
ラルーは咳払いをすると
提案をする、早めに喫茶店に行きたいのか?
拒否を許さない雰囲気を漂わせているので、
下手に拒否をしない方が良さそうだ。
「・・・コーヒーを頼む
くれぐれも妙な物は入れるでないぞ・・・?」
「・・・どうしてみんな、
私が食べ物に何かを混ぜると思うのかなぁ・・・?
本当に不思議でならないわ・・・?」
「そういう人間に見えるのがいけない」
「そういう人間ってどういう人間!?
具体的にどこらへんがそういう風に見えるのよ・・・!?」
ラルーは衝撃を受けたのか、ヒステリックに叫ぶ。
それに公園を歩く人々が一斉にラルーの方を見る。
中にはもう、警察を呼ぼうと携帯を手にしている者もいる・・・。
私は慌てて、妙に関心を持たれぬように
あえて英語で言い返した。
「あれは誤解だ、私は浮気などしていない!」
芝居を打って出る事とした。
ラルーは人の考えを察する能力が非常に高く
ノリも良いので、きっと乗っかってくれるだろう・・・。
「嘘よ・・・!
だって見たんだもの、
貴方が知らない女の人といるところを・・・!」
「それは違うんだ・・・!
・・・あれは・・・これを買いに行ったんだ・・・」
案の定、ラルーは乗っかってきた。
私はポケットに手を入れ、何かを取り出すように
見せかけて“力”を使ってある物を作った。
それを取り出し、ラルーに差し出す。
「・・・!?」
私は大げさに跪いた、それに驚いたラルーの息を呑む。
・・・私が差し出したもの・・・それは指輪だ。
「結婚してください」
「・・・!!
まぁ・・・当然イエスだわ・・!」
念の為に言うが、これは芝居である。
真っ赤な嘘、偽り、演技。
ただ完成度が少し高い。
何故ならば、ラルーが熱演をして
感極まった感動と驚きの涙を流している・・・。
ラルーは女優向きだと思う。
そんな私とラルーを祝福するかの如く、
通行人達は国民性からなのか、惜しみない拍手を送ってくれる。
“ひゅー、ひゅー”言われているのだが・・・
演技なのに死ぬほど恥ずかしいぞ・・・。
もしこれが嘘ではなかったのなら、
たった一回のデート?でいきなりプロポーズをした事となるな、
・・・色んな意味でカオスだ・・・
ラルーは嬉しそうに私が差し出した指輪を受け取り、
跪いたままの私を抱きしめる。
・・・何かが変だぞ、払拭しきれない違和感がある。
私がこんな芝居に打って出た張本人だが、
今さらながら、芝居に打って出る必要は無かったと
後悔している・・・。
「じゃ、行きましょう・・・!」
「そ、そうだな・・・」
日本語の会話に戻り
私はもう何故か疲れてしまった・・・。
「ふんふん、ふふ~ん・・・♪
イヲナ、イヲナイヲナイヲナ・・・!」
「ラルー、私の名を連呼するでない
さもなくば今すぐ逃げるぞ」
「・・・イヲナったら恥ずかしがり屋さんね・・・♪」
ノリノリでラルーは鼻歌に私の名を交え連呼し始めた。
ラルーはどうやら勘違いしているぞコレは・・・。
“♪”の付く頻度が高くなった。
さっさと誤解を解かねば、私の生命の危機が・・・!
・・・そもそも私は何ゆえ好かれているのだ・・・!?
惚れられる理由なんぞ無いから、恋人としての好意は無いのだろうが
親しい友人の関係を強要される覚えは無いぞ・・・!?
「ラルー、言っておくが先ほどのは芝居だからな?
本気に受け取るでないぞ?」
「もちろん・・・!
本気には受け取って無いわ、だから指輪は貰ってもいいわよね?」
「・・・本当に本気で勘違いしていないのだろうな・・・?」
「うん!」
「・・・好きにせい」
どういうわけか、ラルーは指輪が欲しいようだ。
咄嗟に作った指輪だから
特に洒落た宝石や装飾が施されていないのだが・・・
まぁ、ラルーが気に入ったのなら
別にくれてやっても良いだろう
私はそう判断して、ラルーの好きなようにさせる事にした。
一応、先ほどの芝居を本気で受け取っていないという事が分かったから
尚の事、警戒する必要は無い、と思う・・・。
「じゃ、ここで待っていてね・・・!
席とコーヒーを取って来るから! 待っててね!?」
「あ、ああ・・・分かった」
やっと公園を抜け、
ラルーの言うオシャレな喫茶店の前に到着した。
やたら私に釘を刺すラルーは子供っぽく
明らかに何かを隠している様子だ。
しかし、先ほどの女優も顔負けな熱演ぶりを思い出し
この子供っぽい様子さえ演技なのでは?
と、思わず無意味にも疑ってしまった。
無意味な疑いをかけてしまい、
私は謝罪のように大人しくラルーの言う通りに喫茶店の前で
待つ事にした。
それにしても、確かにラルーの言う通り
この喫茶店は洒落ているな・・・。
こういう店は高く付くだろう、
ラルーの金銭感覚が狂っているようで心配になってきたぞ
「ねぇ、そこのお兄さん」
「・・・?」
不意に、見知らぬ女から声をかけられた。
英語で話しかけてきているので、地元民か?
「少し道に迷ってしまったの、
このビルの場所が分かる?」
否、地元民ではなかったらしい
その女は地図を取り出し、私にそのビルの場所を聞いている。
「そっちの道を進んで・・・信号の所を右に行けば
見えてくるはずだ、頑張りなさい」
私は女から地図を受け取り、
そのビルの場所と現在地を確認して
女に地図上での道のりを伝えた。
しかし
「イヲナぁ~? どうしたのっ?」
「!?」
いつの間にかラルーは私の背後に立ち
耳元でいやらしく囁いた。
あまりにも驚き、私は小さく飛び跳ねてしまった。
私に道を聞いていた女も同様にびっくりしている・・・。
「道に迷っていて・・・
だからこの人に道を聞いたの・・・
それで、道も分かったし・・・
これで失礼します・・・」
「あら、良かった じゃあねぇ~?」
ラルーの纏う、強烈な気迫に押された女は慌てて
ラルーから逃げるように早歩きで歩き出す。
が、返答を呑気な口調で返したラルーが唐突に女の肩を
無理やり掴み、女の歩みを強引に止めた。
マズイ、ラルーのスイッチが入ってしまったか・・・?
流血沙汰はなるべく避けたいのだが・・・。
「ね? ところで・・・」
「ひッ・・・・!」
女の肩を掴んだまま、ラルーは身を乗り出し
耳元で囁く・・・。
きっと不敵な笑みでも浮かべながら
内心ではだいぶ殺気立っているのだろう
「今日って凄く熱いねぇ?
散々、迷って疲れちゃったでしょう?
だから・・・この飴をあげるっ!」
「・・・何?」
予想外にも、ラルーは親切心から女に飴を差し出した。
女はラルーを恐れて逃げようとしていたが、
まさか飴を差し出されるとは思わなかったらしく驚いている。
女はラルーから飴を受け取ると
そのまま逃げるように早歩きでこの場を去った。
・・・何か、嫌な予感がしてならん・・・
「イヲナぁ~?
何、あの女の人を見ているのぉ~?」
「ラルー、口調を正せ」
突然、目を覆い隠され
ラルーは思いっきり病みっぷりを隠さずに話し始める。
耳に絡んでくるような甘声でわざと変な口調で話してくるのが
非常に嫌だったので、ラルーに口調を正すよう頼んだ。
「・・・分かった
イヲナ、私以外の女に関心を持たないでくれる?」
「・・・ラルー、私に好意でも抱いているのか」
「いんや、ただイヲナを師匠みたいな女たらしにしたくないだけ」
「師匠・・・?」
口調を正したのにラルーの病みようが和らぐ事はない・・・。
しかし、ラルーが私に妙な執着を抱くのはどうやら
好意によるものでは無いらしい
「うん、私の師匠
ひどい人だったんだよね、イヲナもその気があるから
何が何でも阻止しなくちゃ、っていう変な使命感が出来てるの」
「・・・ぬしの師匠とは・・・一体誰だ・・・・?」
「ん? あー、それは内緒
あまり変に言いふらすと師匠にまたアレをされちゃう」
「アレとはなんじゃ!?」
「ん、内緒!」
ラルーに師匠がいた事は知らなかった。
良い収穫だと思うが・・・
彼女の言い振りから察するにその“師匠”の実力は非常に高い。
ラルーを越える実力者の可能性が高いのだ。
そんな人物がこの世に存在するとは、
信じられぬが、当の本人が語るのだから存在するのだろう・・・。
ラルーの師匠については色々、調べた方が良いな。
「ね? イヲナ、喫茶店に入りましょ?」
ラルーは疑問形で問いかけつつも
強引に私の腕を掴んで、喫茶店に連れられていく・・・。
こやつ・・・人の話を聞く気が無いのか・・・。
黒と金を基調としたオシャレな喫茶店に入ると
可愛らしい制服に身を包んだ店員が出迎えてくる。
・・・前もって仕込んだか
私はラルーの謎のプレゼンテーション能力に驚愕しつつ
店内の奥にある予約席にラルーが席を着いたので
私はその向かいの席に座った。
するとすぐに店員がやって来てコーヒーを置いて
足早に立ち去る。
・・・仕込んでいるぞ、コレは・・・!?
たったこの程度の事を前もって仕込んでおくなど、
ラルーは何がしたいのだ・・・!?
「イヲナ? それはそうと、聞きたいのだけれど・・・」
「何だ? もう好きに聞くがいい」
「・・・彼女の類はいないよね?」
「・・・!?」
ラルーは何も頼まず、
黙ってコーヒーを啜る私を見ている。
面を少しずらし、顔を晒さないよう気を付けているのに
ジッと見られては敵わん・・・。
「おらんぞ、そんな女子など・・・。
無論、気になる者もいない」
「・・・そっかぁ~! じゃ、挨拶しに行く必要が無いね!」
「・・・ぬし、挨拶と称しているが絶対違う事をするだろう」
「ん? 何か言った?」
「何も言っておらん、気にするでない」
ラルーは笑顔を顔に張り付かせて
腹黒い心の内を見え隠れさせている・・・。
本当にこの女は真っ黒だ・・・
先ほど私がラルーに与えた指輪を
ラルーはわざわざ革手袋を外して、細い指にはめている。
なんの装飾も、宝石もない、銀色の指輪はラルーが着ける事により
初めてその輝きを放つようだ。
「ラルー、そろそろ今回の仕事について教えて欲しいのだが」
「そだね、いい加減
教えないとイヲナに失礼ですものね?」
「・・・」
私を茶化すようにラルーは悪戯な笑みを浮かべている。
・・・そういえば、ラルーの笑みはコロコロとその性質を変えるな
足を組んでラルーは話し始めた。
「私とお兄ちゃんの死神コンビの売りは何か知っているかしら?」
「どんな不可能に近い殺戮でもこなすところか?」
「それもあるわね、他にも
絶対に失敗をしない事、待ち伏せをされていても返り討ちにする事
だけど、私達の名前が有名になった理由は他にあるのよ」
「・・・?」
自信に満ちた笑顔でラルーは言い放つ。
ルクトとラルーのコンビは確かに確固たる物がある・・・。
双子ゆえの息の合った攻撃、
“力”を有しているゆえの不死性、
そして、揺らぎのない信頼関係。
この二人を切り離せたところで勝ち目は無い
出鱈目過ぎる絶対的な強者だから
注目を浴びるのは当たり前だと私は思う・・・。
しかし、二人が注目されるのに他の理由があるのか?
「あら? 分からないようね?
私達が有名になったのは・・・
殺し屋になって早々に
連続で難易度の高い殺しを15回こなしたからよ」
「・・・!?」
「私達の売りはね?
連続で複数の依頼をこなす事
今回の仕事は連続で殺しをする事、いい?」
「・・・ぬし、正気の沙汰では無いぞ・・・」
一回の殺戮では飽き足らず、
この死神兄妹は殺戮を繰り返すのだ。
注目されるのは当然だ。
そんな破天荒な新技に出るのなら、注目せざるを得ないだろう
嗚呼、こやつが“狂気の死神”と呼ばれる由縁が分かった・・・。
こやつが現れれば立ちどころに殺戮の嵐が繰り広げられ
その世にもおぞましい狂気と呪いを振りまくのだから・・・。
それを“狂気”と呼ばずしてどうする?
殺戮をもたらす彼女を“死神”と呼ばずしてどうする?
「明日はよろしくね? イヲナ?」
「うむ、そうか」
「え? 何かビックリしてよ・・・!?」
「もう、ぬしの唐突さには慣れてしまった」
「ノウ!」
そう来ると予想していたので
大して驚く事もなかった。
それにラルーは大げさにびっくりしている。
人を驚かそうとして自分が驚くとは
情けない。
・・・それにしても・・・
再び殺戮をしなければならないのか
しかも明日に、それも複数回・・・。
今から既に深いため息を漏らしてしまいそうだ。
「・・・」
コーヒーを黙って飲み干した私と
私を笑顔で見つめるラルーの間に沈黙が流れる。
こんな血生臭い話の後では沈黙してしまう・・・。
私は気まずさを感じて困っていたが
裏腹にラルーは幸せそうに私を見つめている・・・
おい、そんなにジッと見つめてくるでないぞ?
「と、そろそろ頃合いかしら?」
「ああ、そういえばルクトとカルムが仲良うやる為に
私はこんな場所に連れられたのだったな・・・」
「ええ、じゃ帰りましょうか」
「・・・もし、ルクトとカルムの為という理由が無ければ
私はただ、ぬしに嘘のプロポーズをしてコーヒーを
飲んだだけではないか」
思えば私は何のためにラルーとデートと称した
地獄の散歩をしたのだろう・・・?
ラルーに嘘のプロポーズをする為でも無ければ
コーヒーを飲む為でも無かった。
理由なんて存在しない、ただ理不尽なだけの話だ。
私は虚しさから頭を抱えた。
だが、そんな私もお構いなしに引っ張って
ラルーは喫茶店からすぐに出て行ってしまう。
いつの間にか喫茶店の前にラルーのバイクが置かれている。
ラルーはこの為だけに“力”を使ったのか・・・!?
「イヲナ? これ被ってね?」
私は力の乱用をするラルーに唖然としていたが、
ラルーはそれには気付かず、私にヘルメットを押し付けてくる。
面の上からヘルメットを被る日が来るとは、
昨日までは予想だにしていなかったな・・・。
昨日の穏便な日々を懐かしく思った。
私はラルーの言われるままにヘルメットを被り
既にラルーが乗っている黒塗りのバイクに乗る。
そして、バイクはエンジンを噴かせながら
再びアメリカの町を爆走するのであった・・・。
ラルーの運転はかなり荒っぽいので嫌なのだが致し方ない
「ふふふふふ・・・!!」
「なんじゃ、気味が悪うて敵わん!」
バイクを爆走させながらラルーは気味の悪い笑い声を上げた。
そのあまりもの気味の悪さに私は思わず叫んでしまった。
爆走しているバイクから恐ろしい笑い声が木霊する為、
町を行く人々は驚愕の表情で振り返った。
すまぬ、こやつの暴走を止めるだけの力量が私には、無い。
「ホントッ! 楽しいわ!」
「何がじゃ!?」
どうやら何かがツボったらしく
ラルーはやたら楽しそうに笑っている。
・・・普通に笑えば可愛らしいものを、
どうしてこうも気味の悪い笑い方をするのか
「黙って丁寧に運転をせんか!」
「分かったわ~! イヲナが言うのなら~」
「・・・」
ラルーの掴み所の無さに困惑しつつも
私は正しいはずの指摘をした。
もはや、何が正しく、何が間違っているのか、混乱してきた。
私の指摘を受け、ラルーは丁寧な運転を意識して黙り込む。
多少は静かになってようやくスッキリした。
打ち付けるような風に
流れるようなアメリカの町風景。
だが、バイクの予想以上のスピードで
あっという間にラルーの隠れ家に辿り着いたのだった・・・。
それにしても、デートとしては破天荒過ぎなかったか?
「イヲナ、バイクを裏に置いてくるから
先にカルムとお兄ちゃんの様子を見てきて頂戴」
「ああ、分かった」
バイクから降りて、ヘルメットを脱ぐと
ラルーは家の鍵を私に投げ渡し、私からヘルメットを受け取った。
バイクを押しながらラルーはそのまま隠れ家の裏に消えた・・・。
私は隠れ家の入り口に立ち、改めて深呼吸をしてみる
この先に広がる光景を、私は一切、想像出来ぬ
カルムの首なし死体が転がっているかも知れない
ルクトの組み倒された姿があるかも知れない
・・・だが、どちらの姿も正直に想像出来ない。
私は鍵を使い、扉を開け放った・・・。
「・・・あ・・・!?」
私は驚愕のあまり、その場に立ち尽くしていた
「ん? どったの~?」
ラルーが私の声を聞きつけ
すぐに飛んできたが、目先の光景を見ても
ラルーは一切、動じない。
私が驚いた光景、それは
すっかり和解したと思われるルクトとカルムの姿があった・・・。
ルクトとカルムはテーブルの上で固い握手を交わし
これまでに無いくらいの清々しい笑顔を浮かべている。
こんな展開、全くの想定外だぞ・・・!?
「ラルー、カルムと和解したぞ」
「・・・嘘を吐いてはいないようね・・・?
良かったぁ~!」
帰ってきた私達に気付いたルクトとカルムは
その和やかな雰囲気を保ったまま、ラルーに報告。
一体、私達がいない間に何があった・・・!?
「しかし、俺はルクトという存在を大いに誤解していた・・・!
済まなかった、今まで散々に疑ってきて・・・!」
「いや、それは僕のセリフだ。
裏切り者に変わりはないが、不可抗力だもんな?
悪かった」
何やら、絆が生まれた模様。
私が地獄を味わっている些細な間に絆を作れたのか・・・
良かったな、カルム・・・。
ぬしが実に羨ましいぞ・・・。
私は悔しさからなのか、目眩のような症状が現れ
倒れてしまった。
何ゆえ、私は変な奴に好かれてしまった・・・!
私もあの時間で絆を築けるのなら、そうしたかったぞ・・・!
「イヲナ!? 大丈夫!?」
「ああ、少なくとも死ぬほどではない・・・
私はすっかり疲れてしまったようだ、
とりあえず先に休ませてもらおう・・・」
「うん! 部屋まで運ぶね!?」
ラルーは私を抱きとめ
いとも簡単に私を抱え上げた。
いつもなら情けなさから暴れるであろう
が、完全に戦意喪失してしまったので黙ってラルーに従う
それにしても大の男である私を軽々と抱えるなど、
ラルーの怪力には驚愕だ。
その歩みには揺らぎはない。
そして隠れ家で私の寝室になる予定だと思われる部屋に
ラルーは私を抱えたまま入り、
ベットに私を横たわらせた。
ラルーは私の額に手を当てると呪文のような言葉を呟いた。
意識が朦朧として、呪文の詳しい内容を聞き取れなかったが
とにかく眠くなってきた・・・。
唐突な睡魔に私は抗う事も出来ずに
私は無意識の世界に沈んでいったのだった・・・。
明日の殺戮の連鎖に備える事も忘れてしまっていたが、
まぁ、明日の殺戮はカルムと死神兄妹がいるので心配は無いだろう
・・・・
「くッ・・・! 嫌ぁ・・・!!」
必死に私は走っていた。
誰かに助けを求めるように、うるさく叫んでもいた。
私はジェニファー・スミス
特に何も問題も起こさず、静かで平凡な人生を送ってきた。
が、唐突にその人生に幕が降りようとしている・・・。
もし、私がこの町に移ろうと思いさえしなければ
そう無意味に私は後悔していた。
「アハッ♪ 鬼ごっこも楽しいけどー?
いい加減、私の大鎌にその愚かな首を捧げてくれないかしら?」
一見、現実離れした美しさを持つ女・・・。
真っ白な髪に、紅い瞳を不気味に輝かせている
狂気の女はその細い腕ではとても持てそうに無い
巨大な大鎌を振るって、ゆっくりと私を追いかけている。
私は自らの意思で、この町に移ったのだが
道に迷ってしまい私は
白い面を着けた不思議な男性に道を聞いた。
すると、突然あの女が現れたのだ。
あの女は最初から仮面のような笑顔を浮かべ
私に恐ろしいプレッシャーをかけてきた。
面を着けた男のガールフレンドか?
たまにいるのだ、
自分の彼氏に声をかけた女を一方的に敵視するイカレ者が
きっと彼女も同じなのだろうが、
全く規模が違う。
大抵は無視や嫌がらせをされる程度で済むのに
この女は私を殺そうとしている。
どうして私の居場所が分かったのかは分からないが
精一杯に逃げるしかない。
「あ・・・!」
だが、遂に希望の光が見えてきた。
警察署が見えてきたのだ。
逃げ込みさえすれば、助かる・・・!
私はそう信じ、悲鳴を上げる足に鞭打って尚さら
早く走った。
「くふふふふ・・・!!」
気味の悪い、あの女の狂った笑みが聞こえた。
まるでイジメっ子のような、
これからが本番だと言わんばかりの笑みだ。
お前の人生の終わりはその通り、これからよ・・・!
警察に助けを求めれば
一発、刑務所行きだわ・・・!
警察署のガラスの扉にぶつかり
私は力ずくで扉を押し開き、転がり込むように
署内に入った・・・。
「・・・・ッ!?」
これで救われる
これで助かる
そう確信していた私は、一瞬にして
絶望の海に突き落とされたのだった。
警察署内の人々は皆、首を無くして血まみれで倒れているのだ・・・。
私は完全に絶望一色に染まり、
その場に力なく座り込んでしまった。
このためだけに?
私を絶望に突き落とすために、こんな殺戮を?
・・・あんまりよ、なんで、こんな、
ただ、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「くふふふふ・・・♪」
女の、そんな笑い声が聞こえた。
私は力なく、振り向きもせずに
諦めた。
「神様・・・!
お母さん、お父さん・・・!
・・・ごめんなさい・・・!」
私はそう、最後の言葉を言い放つと同時に
ぷっつりと、意識が途切れた。
きっとあの女が私の首を撥ねたのだろう・・・。
世界の全て、さよなら
イヲナ、錯乱。
果てに嘘のプロポーズ。
ジェニファー・スミスさんは かませ犬ではありませぬ。
後にラルーを困惑させる大物でございます・・・!




