記録その拾壱 死神兄妹と初共同作業その参
そもそも神というものは、その時々によっては
邪神と扱われる事があれば最高神に祭り上げられる事もある・・・。
しかし、その見方というものもまた人によっては変わる。
ほとんどの人から見れば邪神のソレを最高神に見える人もいれば
最高神を邪神と見る人々もいる・・・。
ようするに、神など人それぞれの好みによってその見方は改変された。
だから、神とはその本当の姿を誰にも知られる事が無いからこそ
我らが創造主なのだ。
その名を利用して悪逆非道の行為に走る人々の集まりもあり、
そういうものを“カルト宗教”と呼ぶのだろう・・・。
だが、今回の場合ではその形は“宗教”ではなく
“組織”だった。
・・・四階で私を待ち構えていたのは確かに
名のある殺し屋だった・・・。
あくまでも“ソレ”は
“殺し屋だったモノ”としか呼べない・・・。
顔の皮膚はただれ
手にはちゃんと武器が握られているが
切っ先がフルフルと見るからに震えている。
目線は確かに私に向こうとしているが
血走った目の視点は獲物である私には合わない・・・。
そんなヤツラが20人ほど・・・四階を徘徊していた。
全員が私の方を向くも、動く気配はない。
ゾンビのような人間。
生気のない生ける屍。
・・・魂が抜けたように、その者達は人間の抜け殻みたいだった。
一体、何をすればこうなるのか・・・。
こうはなりたくはない・・・。
私はそのあまりもの人間だったモノの変貌ぶりに
つまらない思考を巡らせる。
その時だった。
「うぅぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
その化け物は吠えた。
と同時に、それにつられるように他の化け物も吠え始めた。
「ぐぅギャァっ!!!」
「カカカカかか!! ケケケ!!」
そのあまりものうるささに私は耳を塞いだ。
正気など一切ない。
ただそこにあるのは目を背きたくなる程の化け物達。
・・・倒すしかないのか
私はエレベーターの近くで吠えているゾンビの顔面を右足で飛び蹴る。
その勢いでゾンビは簡単に倒れる。
頭蓋を地面に強く打ち付け血が床を濡らす。
それでも私はまだゾンビの顔面を踏みつけたまま
そのゾンビをじっくり観察していた。
「・・・ぬし・・・?
もしやあの“電光石火のネズミ”では・・・?」
私はそのゾンビの軽装と小柄な身体の特徴を見て
かつての二つ名を予想する。
・・・“電光石火のネズミ”は
速さが売りのベテランだった・・・。
コイツを失うとなれば裏にはそれなりの損害がある・・・。
よくよく見てみれば、ここにいるゾンビ共は
名のある者が主で殺すにはリスクのある者が多い。
・・・どうにか、こやつらを元に戻せないものか・・・。
私は四階内を見回す。
ゾンビ共は吠えているだけで私に襲いかかってくる様子はない・・・。
無差別に襲いかかってきて人間を貪り食う印象が強いのだが・・・。
そうでもないらしい。
ふと、四階奥にあるテーブルの上に何かがチラリと目に入った。
私はそのテーブルに近寄り、それを見た。
・・・白い粉と破り開けられた袋がテーブルの上に散らかっている。
この薬のせいでこやつらは・・・。
しかし、どうやって薬を飲ませた?
ここを麻薬売買が主な組織だと知っていればこんな怪しげな薬、
飲むわけがない・・・。
そして・・・どういう成分で構成されているかだが・・・。
大体は患者(哀れなゾンビ達)を見れば分かる。
だから、元に戻すのに必要なモノも分かった。
後はソレを作るだけだが・・・。
「イヲナー!! 無事ー!?」
あやつが四階にやって来た。
もう三階の掃除が終わったのか・・・。
なんという凄まじい速さ。
“電光石火のネズミ”といい勝負だぞ・・・?
・・・まぁ、どうせ時間を止めたんだろうが・・・。
本当に時間が止められた事にも気付かないモノなのだな・・・?
「ラルー、手伝って欲しいのだが・・・・」
「うえー!! ゾンビの成り損ないじゃない!!
こんな落ちこぼれ共、さっさと殺しましょ?」
「・・・・元に戻したいと思っているのだが・・・」
「!?
イヲナ、正気!? 死ぬの!?」
「・・・」
何故かゾンビ達を見てラルーは嫌そうな顔をする。
「・・・なんでそんな嫌そうな顔をする・・・?」
「キレイな首からあまりにも程遠すぎる・・・
こんな汚い首の血で私の大鎌を汚したくない・・・」
「・・・元人間だぞ・・・?」
「元人間だからこそ! なおさら気に食わないの!」
「・・・」
吸血鬼とは、
人の血を吸うモノなのだろう・・・?
人間はぬしにとっては餌なのだろう・・・?
ならば、何故そこまで嫌うのだ・・・?
そもそも吸血の際はどうしている・・・?
「質問あり気ね・・・?」
「ああ、あり過ぎて困るくらいだ・・・
というより、ぬしに関しては聞きたい事が多すぎるくらいだ」
「・・・そう
じゃ今度はラルー質問回でもする?」
「そうした方が監視している側としては助かる」
「・・・スルーさせて頂きます」
ラルーは私から目を逸らしわざとらしく笑う。
・・・どうせ知られている事だから問題はないと思ったが・・・。
「それより、手伝って欲しいのだが・・・」
「うん、分かったよー・・・・
どうすればいい?」
ラルーに協力を要請し
彼女にこのゾンビ達を治すのに必要な薬を用意させる。
彼女が何もない空間から物を出す事が出来る事は知っている。
ラルー曰く召喚魔法との事。
能力ではなく魔法。
そして彼女が用意してくれた薬を私は調合し始める。
「・・・ところでー イヲナー」
「なんだ
要件は手短に頼む」
「・・・分かった
三階にもここ四階にも女はいなかった」
「・・・なるほど
確実に女は上にいるな」
「ええ、間違いないと思う・・・
一体、上では何をやっているのやら・・・」
どこか遠くを見るラルー
確かに、女は確実に上にいるのだろう・・・。
「・・・出来た」
「早ッ!? 薬ってそんな簡単に出来るの!?」
「材料と技術と経験と知恵があれば」
「・・・イヲナ・・・凄いね・・・」
完成させた薬を普段から持ち歩いている小さなガラスの瓶に詰め、
ラルーに何本かを手渡す。
やる事を理解しているラルーはそのまま近くのゾンビを
無差別に蹴る殴るをする・・・。
容赦が本当にない。
そして無理やりゾンビに薬を飲ませるラルーは
今までに見ないほど退屈そうな顔をしている。
・・・そんなに首を刎ねたいのか、キレイな首を
私はラルーを横目に倒した“電光石火のネズミ”に薬を飲ませる。
元通りに戻るには少々時間がかかると思うが、
これで大丈夫だろう・・・。
・・・・
しばらく時間をかけつつもラルーと協力して
四階にいるゾンビ全員に無事、薬を飲ませる事が出来た。
ラルーが退屈になり過ぎてギャーギャー喚いている間に
ゾンビの状態を観察したが、実に興味深い事を発見した。
早速、この組織潰しが終わったら博士殿に連絡をしよう・・・。
今回のゾンビは粗悪なモノではあるが研究をするのには
申し分はない。
後始末といい、
完成したところの状態といい、素材が人間である事から
ゾンビの研究は意外にもそれほど成されていないのだ。
だから、もし今までのゾンビ像に衝撃を与えられるような発見が出来れば
博士殿の本命の研究に役に立つかも知れぬし、
研究資金を稼ぐ事も出来る。
「この汚いゾンビ共さ・・・
人間に戻ったらすぐに首を刎ねない?」
「それは名案ね! お兄ちゃん!」
「もう禁断症状が出ているぞ・・・
首刎ね兄妹めが・・・」
私なりの精一杯の悪口。
この死神兄妹に関してはもう・・・疲れる。
ラルーがギャーギャー喚いているのが無線機越しに聞こえた
兄のルクトが二階の掃除を終え、すぐに駆けつけてきた。
その時も物凄く睨まれた。
どれだけ妹に溺愛しておるのだ・・・この兄は・・・。
「で? 五階に行くんだろ? ん?」
少々、イラついているルクトが私に圧力をかける。
・・・そんなに私が気に食わないのか・・・?
「ああ、当然、行くに決まっている
しかし・・・」
「あぁ? なんだよ?」
「この上にある光景が想像以上の光景なのは確かだ
覚悟を決めろ」
「・・・想像を絶する光景は散々、見て来たつもりだよ。
これでもな・・・?」
そう、ルクトは哀しげに隣のラルーを見つめる。
当のラルー本人はキョトンとしている。
ルクトにとっての想像を絶する光景とは、
恐らくラルーの苦しむ様子だろう・・・。
最愛のラルーを守ってやりたい。
が、救いようがない程にずっと苦しめられている・・・。
それがどれだけルクトにとっては苦痛か・・・。
ルクトはラルーを愛している。
だからこそ、ラルーには幸せでいて欲しいというのに・・・。
「なら良かったな・・・
少なくとも上の光景はぬしにとっては苦痛ではないのだから」
私は性に合わない“皮肉”を言った。
妹を愛するのはいい事だと私は思う。
けれども・・・他の物全てに関心がなくなるほど
愛するのはさすがにいかがなモノかと思う。
「・・・じゃ! 行こうかー!!」
ラルーは退屈を持て余し、
先頭をきってエレベーターに乗り込む。
そのあとを当たり前のようにルクトがついて行く。
「ああ、そうだな」
私は覚悟を決め、
エレベーターに乗り込んだ・・・。
・・・せっかくかき集めた殺し屋達をゾンビにするわ、
女を何故か上層部は最上階に集めるわ、
全く・・・この組織の行動は理解に苦しむモノだが、
もうすぐで全てが分かる・・・!
エレベーターの扉が閉じる。
心臓がいつもよりうるさく脈打っている気がする・・・。
ラルーが何か親しげに言っているが聞こえない・・・。
どうせ冗談でも言っているのだろう・・・。
そして、遂に・・・エレベーターは五階に着きその扉を開けた・・・。
あまりもの奇怪な光景に私は絶句してしまった・・・。
黒い箱がたくさん。
大きさは人一人が入れるくらいだ。
それが五階の部屋の中央に寄せ集められていて、
それを取り囲むようにテーブルが置かれている・・・。
そして、テーブルの向こう。
黒いスーツを着た男が椅子に座り、
私達を待ち構えていた・・・。
その背後では白いスクリーンが延々と同じシーンを繰り返していた。
・・・薬物中毒者と思われる人を殺している映像だ・・・。
いくらなんでも、奇怪過ぎてもう・・・
どう対処すればいいのか解らない・・・。
「殺す映像流すんなら
首を刎ねるところを流しなさい!!」
・・・ラルーは妙な事で怒る。
こやつはこういうヤツだったな・・・。
確か。
「ようこそ、我らが神」
だが、ラルーの怒りの声にも動じず
スクリーンの前に座る男が言った。
・・・神・・・?
神と呼ばれるような者となると・・・。
「それはラルーの事か」
私は背後の見た目から神々しい美しさを誇るラルーを見ながら言った。
白く長い髪に妖しくも美しい紅い瞳。
見た目からして人間離れした美しさだ。
それに加え絶大なる力を持っている点でもう明らかだ・・・。
「・・・その汚らわしい女ではないよ・・・
我らが神よ・・・それは貴方ですよ?」
そう言って男は真っ直ぐ私の方に手をかざす。
・・・は?
神は、私?
・・・いや違う。
コイツが勝手に私を神に祭り上げているのだ。
いやいや、なにゆえ私が?
「汚らわしい・・・だぁ・・・!?」
背後のルクトが今までにない剣幕とプレッシャーを放つ。
・・・恐ろしい。
「お兄ちゃん、落ち着いて落ち着いて・・・
別に気にも止めないから・・・」
ラルーは今にも男に斬りかかりそうなルクトを抑える。
事の真相を知りたいからなのだろう・・・。
「・・・私は神だった事は一瞬だってないぞ、
勝手に私を神にするな」
「ハハッ! ご冗談を・・・!」
「・・・」
コイツ・・・話も通じない・・・。
いっそのこと、真相など気にせず背後の死神兄妹に
このイカレ男を始末してもらおうか・・・。
不愉快だ。
・・・しかし今回の事は報告しなくてはならない・・・。
やむを得ない、神の振りをして全部聞くか・・・。
「・・・今までおぬしがした事を言いなさい」
「邪悪で汚らわしい女共は黒い箱に入れ清め
孤独な神の為に神の仲間になれるよう崇高な男達に
人間をやめさせました」
「・・・」
男の、たった一言で、
私は倒れたくなった。
馬鹿らしい、アホらしい、白々しい・・・。
つまりは・・・
女は邪悪で汚らわしいモノだから?
黒い箱に閉じ込め・・・清める?と、
それがこの部屋の中央の黒い箱の正体だと?
・・・この箱の中には女が閉じ込められているのか・・・!?
そして孤独な神?の為に仲間になれるような
崇高とはなんなのか、サッパリだが・・・。
とにかく男達をゾンビにして人間をやめさせた。
・・・もう、その行動理由が分からん。
そもそもなんで私が神にされている・・・?
「イヲナー コイツ、色々とダメだよ~
ただ殺すだけじゃ足りないよ~
拷問してもいい?」
後ろのラルーが呆れているのか
私に確認を取る。
何故か。
「こんな仮面男のどこに神様の要素があるんだよ・・・」
最初から最後まで不機嫌なルクトが
面倒そうに言う。
「・・・神を・・・愚弄するかッ・・・!!」
「ああ!? ラルーの方がずっと神様的に向いてるだろが!!
僕なら全てを喜んで捧げるね!」
男とルクトはもう、ワケのわからんキレ方をする。
私は頭をかかえた。
「ねーねー狂信者さん・・・
イヲナを神だと確信した理由を聞きたいんだけど・・・」
ラルーが呆れ果てていると思いきや
男に詳細を聞く。
「白いからでしょう?」
「・・・確かに“白い”ね」
「それに清く崇高だ」
「・・・確かにそんな感じもしなくはないね」
「・・・貴女・・・女のクセになかなか分かるな」
「・・・何で女は邪悪なのよ・・・」
「欲望の塊だからでしょうが!」
「・・・ソウデスカ・・・」
ラルーはなんとか男に合わせるも
最終的にはついて行けなくなり
空っぽの声で相づちを打つ。
・・・もう・・・
嫌になってきた・・・。
そんな理由で私は神にされたワケか・・・?
一体、何故ドイツもコイツも私を白い人間だと形容するのか・・・。
「ラルー・・・コイツはもう好きにしろ・・・
もう付き合いきれぬ・・・」
「了解!」
私はもう聞く事はないと判断し
ラルーに後のことを丸投げした。
「と、いうワケで・・・そこの狂信者さん・・・
私と遊びましょ?」
そう狂気的にラルーは微笑むと
大鎌を振り上げた。
「・・・邪悪な女は・・・やはり始末しなくては・・・」
男はふと、ぼんやりと呟くと右手を振り上げた。
すると、白いスクリーンの裏手からゾロゾロと
ゾンビが5人・・・。
「・・・人工ゾンビには戦闘能力はないでしょうに」
「ああ、失敗した方々のことですか・・・」
「・・・失敗・・・?」
「失敗したから下の階に配置したんですよ・・・
神を迎える準備として・・・」
「・・・狂信者さん、
てことは・・・そこのヤツラは戦えるの・・・!?
アハッ・・・!!
それはとても楽しみだわ・・・!」
ラルーはようやく嬉しそうに笑うと
駆け出した・・・。
ラルーは一人のゾンビの首を刎ねるべく
大鎌を振るった。
しかしゾンビはラルーの重く強烈な刃を両手で挟み、
押さえ込んだ。
と同時にもう一人のゾンビがラルーに襲いかかる。
だが次の瞬間、ラルーに襲いかかったゾンビの首が飛んだ。
・・・ルクトだ。
「ムカつくんだよ・・・
ドイツもコイツも・・・僕のラルーを傷つけようとしやがって!」
ルクトはその怒りをあらわにすると
ラルーは勝利を確信した満面の笑みを浮かべた。
「イヲナ、そこの狂信者さんの始末をお願い
私とお兄ちゃんでゾンビ共を弄んであげるから」
「悪趣味の極みだな・・・ラルー
だが、それは助かる・・・!」
ワケのわからん理由で勝手に神に祭り上げられ、
挙句には私を脅かそうとする。
到底、この男を許しておくモノか・・・。
私は男を睨み、
随分と久しぶりに“力”を振るう事とした・・・。
イヲナ、次回
ようやくマトモに戦います
ラルー視点です




