記録その拾 死神兄妹と初共同作業その弐
「・・・ここでいいの・・・?」
「・・・ああ、ここで間違いない」
「・・・血の匂いが染み付いた建物ね・・・
この組織は主に薬物を取り扱うだけじゃなかったの?」
「・・・そのはず・・・なのだが・・・」
ビルの前に私と死神兄妹ことラルーとルクトはいた。
残された僅かな時間で作戦を考え、必死に準備をした。
ボロが出てもおかしくはないだろう・・・。
計画を練り上げる余裕さえなかったのだから、
予想外が起きるのはもはや当たり前だ。
まぁ、死神兄妹はそんな予想外さえ殺せるのだろう・・・。
しかし、非常に不穏な雰囲気に満ちているな・・・
このビルは・・・。
「まぁ、いいわ
早く突撃しましょう」
ラルーはそう言うと一歩前に進み
能力を使い時間を止めた。
・・・!!
実際に時間が止まるという現象の存在を聞いていたが、
まさかこの目で見る事となるとは・・・。
大空を飛ぶ鳥も、人々も、何もかも全てが止まって見える・・・。
何故、私が時の停まった空間でも動けるかというと
それは・・・
ラルーの謎の超科学技術のおかげだ。
今、私の右手には銀色に青いラインの走る
金属のブレスレットが付けられている。
一見すればただのブレスレットに見えるのだが、
これは手錠だそうだ。
両手を繋ぐ鎖はなく、片手だけで付ける手錠なのは実に妙な話だが
この手錠はどれだけ恐ろしいシロモノか・・・。
時の停まった空間で動くには時を止めた張本人に
触れていなければならない。
正確には、時を止めた張本人の力を供給し続けなくてはならない。
かと言って実際にラルーと鎖で繋げて
力を供給してもらうワケにはいかない・・・。
そこでこの手錠が役に立つのだ。
この手錠は私とルクトとラルーがそれぞれ片手に付けており、
何が我々を繋ぐかというと、それは“微弱な通信信号”である。
本来のこの手錠の役割は死刑囚が監獄から脱獄しても
監獄から一定距離を離れたらこの手錠に5万ボルトの激しい電流を走らせ
死刑囚を死に至らせるモノだ。
その技術を少し応用し、微弱な電流で繋ぐという形にしたらしい。
おかげで直接、互いを縛るモノがないおかげで活動に支障はない・・・。
・・・そもそも、どうしてこんな超科学の産物を
ラルーが持っているのだ・・・?
ラルーには謎が多い・・・。
かつて彼女に何が遭ったのか、
何がここまでラルーを強くさせたのか、
どうして、ラルーは研究から逃げ出したのか、
多くの事が不明だ。
「ちょいと待ってねー」
ラルーはそう言いながらビルのオートロックのかかっている扉を
触っていると扉が簡単に開いた。
「どうやって開けた・・・?」
「時間が止まってる空間ではセキュリティ信号も止まるのさ!
だから、オートロックの扉なら電気を流すだけで勝手に開くのさー!」
「・・・空気も止まらないのか?」
「空気は常に私に触れているのだから止まるワケがないでしょう?」
「・・・」
ラルーから、時間が止まっている間の理屈を説明され
一人で勝手に納得する。
それは殺意に近い視線から逃れる為の隠れ蓑でしか無いが
・・・ルクトに凄い剣幕で睨まれているのだ・・・。
とりあえず、無視をしよう
「じゃ、まずは一階の人間共
全員殺害?」
「致し方ない」
「了解!」
ラルーはピシッと敬礼すると、
時間停止を解除した。
「!! お前らどうやって入った!?」
受付をしている男が驚愕の声をあげた。
一階には10人くらいの男達がいた。
・・・女性が・・・いない・・・?
「特にー? 普通に正面扉を開けて入ったのだ!」
「とりあえず、ここにいる野郎共はキレイに首をラルーに捧げろ
まぁ、首だけになっても汚いからすぐ捨てるけど」
「うんうん・・・残念だな~・・・
キレイな首の人がいないー!」
「でも刎ねるんだろ?」
「無論! 刎ねますとも!!」
ラルーはそう言うとマントの中から大鎌を取り出した。
・・・狂気の死神の二つ名にふさわしい狂いっぷり
もはや清々しいほど・・・。
「私も手伝った方がいいか?」
「いやいいよ
イヲナのバトルは後でお楽しみにとっておくよ!」
「・・・」
ラルーは私に振り向き、ニッコリと微笑んだ。
と、同時にラルーは駆け出す。
ルクトはそれに合わせてその背後を追う。
一階にいる男共は携帯銃を取り出し、
容赦なくラルーに向けて発砲した。
だが、ラルーの紅い瞳は強い輝きを放つと
ラルーは大鎌を横に薙ぎ払った。
目で捉える事が出来ない程の速さで
彼女は弾丸を斬ったのだ。
それに当然、発砲した男たちは戸惑う。
走るラルーはフッとしゃがむとルクトがラルーを飛び越え発砲した男の首を
跳ね飛ばす。転がった男の首を邪魔そうにルクトは蹴った。
抜群のコンビネーションだ。
ラルーは無事飛び越えたルクトを見送ると
スっと立ち上がり受付のカウンターを踏み越え
無抵抗な受付の男の首を刎ねる。
「イヲナー! ここ、お願いねー!」
ラルーは無邪気に手を振りながら呑気に言った。
・・・こやつを見ていると思わず嘆きたくなる・・・。
「ああ分かった」
私はラルーがいる受付のカウンターを乗り越え
返り血を被った受付のパソコンの画面を拭く。
「ラルー、他のヤツを頼んだ」
「分かったわ! イヲナ!」
「・・・」
ラルーは少し恍惚気味にヘラヘラしながら受付のカウンターを
乗り越えて、また殺戮を始める。
・・・その間に私はパソコンのキーボードを激しく急ぎながら叩く。
このビルの電気系統の主導権を奪うのに少し手間取っている・・・。
この組織のロックは異常に固い・・・。
そこまでして、一体なにを隠している・・・?
私が固いロックに四苦八苦していると
不意に、嫌な粘着音と共に
何か柔らかいものを床に叩きつけるような音がした。
「・・・?」
「ふふッあははっは・・・!」
「おい・・・? ラルー・・・?」
「・・・あ、ウッカリしてたわ!」
「・・・」
突然の異音に私は顔を上げた。
ラルーが、満面の笑みで倒れた男の内蔵を両手の乗せ
何やら見比べている・・・。
その異常な状況に耐え切れず私はラルーの名を呼ぶ。
それにやはりハッとしたようにラルーが左手に乗せた内蔵で放り捨てた。
そして倒れている男の口をナイフでこじ開けると右手に乗せた内蔵を
詰め込み始めた・・・。
・・・ただただ唖然。
私はその異常な行動に出たラルーを黙って見るしかなかった。
「ラルー、首を刎ねないの?」
「ああ、お兄ちゃん・・・
なんかー この男さー
内蔵を詰めてくれー! って感じがしてねー?」
一体、どういう感じなんだ・・・。
“内蔵を詰めてくれ”という感じは・・・。
「ああ、確かに分かるな・・・」
「!?」
分かる!? 分かるのか!?
・・・全然、私には分からんが・・・。
「でも・・・口に内蔵を詰めたら
今度は腹に何か詰めないとじゃないか?」
「・・・とりあえず石でも詰めればいいと思う」
「なるほど それは名案だ」
「・・・」
一切、理解出来ない・・・。
こんなにも当たり前の会話そうに話す死神兄妹を見ていると
私が異常なんじゃないのか、と思ってしまいそうになるのだが・・・。
「そんな暇はないだろうが・・・ラルー、ルクト!!」
もっとも、私が異常という事は絶対にないので
容赦なくこのワケの分からん二人を止める。
「うわーい! イヲナ怒ったー!」
「ラルー平気? コイツ殺す?」
「イヲナは殺しちゃダメだよ~お兄ちゃん!」
「・・・」
こやつらには何を言っても無駄なようだ。
頭を机にぶつけて
私はもう諦めるようにまたパソコン画面と向き合う。
「ちょ! 無視しないでー!
全員殺したから! 褒めて~!」
「そうか、全員殺したか
ご苦労だったな」
「なんでそんな冷たいのー!」
ラルーはバンバンと受付のカウンターを叩き
私に抗議する。
ルクトが凄い沈黙の圧力をかけてくるが無視。
「・・・・・・よし、出来た
ラルー、これでいいか?」
「よしよしー!
問題ナシー!!」
そう言うとラルーはパソコン画面を覗き込み
ブツブツ何かを呟くとパチパチと静電気の音がする・・・。
「ではエレベーターに行こう!」
「本当に問題はないのか?」
「間違いないからご安心をー!」
「・・・」
ラルーはルクトの手を取りながら
受付の横手にある廊下の奥のエレベーターに乗り込む。
私は二人のあとを追って
そのエレベーターに乗り込んだ。
今回の組織潰しの作戦は非常に簡潔で分かり易いモノだ。
このビルは組織の所有物なので
一階一階には組織のメンバーがいる・・・。
なので、一階二階と順番にその階にいる人間を殺戮し
最上階を目指すというモノ・・・。
効率と時間を踏まえ
二階の殺戮はルクトが
三階の殺戮はラルーが
そして四階の殺戮は私が、
という具合で一人一階を担当する事とした。
このビルは五階建てなので一人一階の殺戮が全て終わったあとは
皆で最上階である五階に身を潜める組織上層部の奴らを始末すれば
作戦は終了だ。
非常に簡潔な作戦だ。
出来ればもっと練り上げたかったが・・・
時間も惜しかったし、やむを得ない・・・。
「ラルー、ルクト
念の為にこれを着けてくれないか?」
「無線機?」
「イヤホンマイク付きだー!」
「・・・」
ルクトは冷ややかな反応をするのと裏腹に
ラルーは私が二人に渡そうとした
無線機に付けられたイヤホンマイクを見て嬉しそうに言う。
「とりあえず付けてくれ」
「分かったー」
「・・・個人的にラルーと話せる?」
「話せる」
「ならくれ」
ルクトの質問に答えるとルクトは無線機を欲しがる。
私が渡すと大人しく無線機を受け取る。
私はイヤホンマイクを耳に付け、感度を確かめる。
問題はないな・・・。
「よし、じゃ二階に行くよー!」
ラルーは相変わらずの調子で言うとエレベーターの扉は閉まり
二階へと上昇を始める。
ラルー曰く、自分にはもはや何でも出来るため
電気系統の“核”さえ分かれば自由に操作が出来るとの事。
・・・便利な能力だな・・・。
私の力は不透明で表現のしようがないモノだというのに・・・。
そうこうしている内に二階に着き、エレベーターの扉が開いた。
「じゃ行ってくる」
ルクトが簡潔に言ったと同時に
我々の乗るエレベーターを待ち構えていた男達が銃で乱射してきた。
だがエレベーターの前に
紅い光の線が走る黒い壁が突如、現れたと思ったら
ルクトがその壁の向こうに飛び込んだ。
そしてエレベーターの扉は閉まった・・・。
謎の壁は弾丸一つ、貫通させなかったぞ・・・?
「ルクトは平気か?」
「一人で世界中を殺し歩いてきたのよ? 平気に決まっているわ?」
「・・・」
この兄妹は固い信頼で結ばれているようだ。
男達が我々のエレベーターを先に待ち構えていたが・・・。
電気系統の主導権を奪ったため
他の階からではエレベーターもパソコンも動かせなくした。
それで、襲撃を受けた事をすぐに理解出来たのだろう・・・。
・・・やはりこの階にも女はいない・・・。
この組織は何も、女人禁制というワケではないはずだが・・・?
私は自分でも驚くほどに
ここに女がいないという事に違和感を覚えていた。
「イヲナー
この組織・・・何か変だねー?」
「ラルー・・・ぬしも気付いておったか」
「うん、気付いていたわ・・・女がいないのも変だけど・・・
特に変なのは未だ名のある殺し屋らしい殺し屋に出くわしてない所よ」
「・・・確かにそうだ・・・
最上階で上層部の奴らと共にいるのか
またはその下の四階にいるのか・・・」
「・・・!!
四階って・・・! イヲナの担当じゃない・・・!
凄く心配になってきたわ・・・!
四階は私がやろっか?」
「いや、このまま私がやろう
ぬしが兄のルクトに対し絶対不変の信頼を置いている根拠のように、
私はずっと一人で、あの研究を仕切るほどの地位を自力で得て
失敗作の始末もしてきたのだ。
力もない名があるだけの殺し屋になど、私は負けやしない」
「・・・・・・分かった
でも、やっぱり心配だから三階の掃除が終わったら
すぐに四階に行くわ」
何故か沈黙が長かったがラルーは承諾してくれた。
ここでラルーに止められるようでは私の立つ瀬がない。
エレベーターが三階に止まった。
「ラルー、待ち伏せられているのは確かだ
気を付けよ」
「舐めないで頂戴」
エレベーターの扉が開いた。
その瞬間、手榴弾が投げ入れられた。
!? なんという無茶な・・・!
だが、冷静にラルーは私とルクトを繋ぐ手錠の電流を止めると
手榴弾共々に消えた・・・。
気付けばもうエレベーターの扉は閉じていた。
時間を止めて手榴弾を拾い、三階に降りエレベーターの扉を閉じたか・・・。
すると、小さな爆発音が響いた。
突然の爆発に建物は微かに揺れ、
天井からホコリと砂が落ちてくる・・・。
「無事かッ・・・! ラルー!」
ルクトの焦っている声が無線機から聞こえる。
彼も手榴弾の爆発音が聞こえたようだ。
「私は大丈夫よ~」
そんな呑気な彼女の返事のあとに
ホッとしたのかルクトのため息が聞こえた。
随分と心配していたようだな・・・。
「さて、ルクト、ラルー
調子はどうだ?」
「簡単すぎだ、この程度の殺戮
期待を裏切られてムカつく」
「・・・」
ルクトの辛口評価?を聞いて思わず黙り込んでしまう。
「こっちも簡単すぎて退屈なくらいだわ~
やっぱりキレイな首がないのが残念」
「キレイな首とは、要するに整った顔立ちの首の事だろう?」
「そうよ~
どいつもこいつも汗臭い男ばかり~
刎ね甲斐はあるけど、絵面がちょっと・・・
やる気喪失するんだよね~」
「・・・四階に着いたからもう黙ってくれ
集中させて欲しい」
エレベーターのランプが四階に点滅したのを見て
私は深呼吸をする。
殺しは久しぶりな気がする・・・。
力がある以上、先にいるのが強い殺し屋でも問題はない。
が、やはり緊張はするな・・・。
私は開くエレベーターの扉を見据えながら
戦闘態勢に入った。
「ッ・・・!!?」
そして私は驚愕を隠しきれずに唖然としてしまった・・・。
こんな・・・こんな事を・・・たった一日かそこいらで、
出来るモノなのかッ・・・!?
そういう戸惑いを・・・あらわにせずにいられなかった・・・。
次回 このイカれた組織の本性があらわに!
死神兄妹とイヲナは果たして組織を潰せるのか!?




