「予言は僕を確実に殺しにくる」
ルルイエ兄さんから聞いた突飛な話しをする前に、そもそもルルイエという人間に宿る憑き神の話しをしよう。
名をば『星の記憶』『アカシックレコード』『時の結晶』。
その名は伝承によってまちまちであるが、私たちはそれを総じて『星の記憶』と呼んでいる。
『星の記憶』は、星の創成期に生まれ、星の上で起きた全ての事象を記憶している最古の憑き神だ。
生命体が遺した数々の記憶と、物体に遺された数々の歴史。
『星の記憶』の使い手は、それら全てを閲覧することができるのだ。
記憶は人格である。
例えば遺伝子レベルで同一の生命体が二体いるとしよう。
それらを別々の親の元、それぞれ違った環境の元で育てた結果、同一の個体であったその二体の思考基準に、明確な差が生じる。
それは記憶の差異が生んだあたりまえで、どうしようもない違い。
記憶は人格であると同時に、経験であり、技術であり、人格や経験、技術もまた記憶であるのだ。
『星の記憶』は、その『記憶』という生命体の遺産を、閲覧し、あたかも自分の体験した事象としてしまうことが可能なのである。
ーつまり、他人の記憶を読み取ることで、その生命体の経験と技術を『星の記憶』使用者に上塗りする能力というわけだ。
兄さんが一昨日錬金術を完成させたと言っていたのが、恐らくそれにも当てはまるだろう。
前歴時代に存在した実力のある複数の錬金術士達の記憶を読み取り、自分に彼らの経験と技術を反映させたのだ。
結果、過去の偉人達の知恵が結集し、前歴時代では完成に至らなかった錬金術を、兄さんはたった一人で完成させてしまった。
しかし、強大過ぎる憑き神というのは、強大過ぎるがゆえに使用者を蝕むモノだ。
例えば最強の憑き神であるウシロガミ、百鬼王羅刹姫を宿す京くんの場合、すでに寿命が相当削られてしまっているらしい。
『星の記憶』もまた、例外ではない。
記憶の一部分とは言え、それはれっきとした他人の人格だ。
それを何度も自我に上塗りしてしまうわけなのだがら、よほど意思の強い人間でないと、すぐに読み取った記憶の人格に乗っ取られてしまうのだ。
だから乱用は出来ないし、個人差はもちろんあるが、能力の使用回数にも限度が必ずある。
以上が、『星の記憶』の能力とデメリットだ。
そして次に、ルルイエ兄さんから聞いた話をしよう。
今から一週間前、兄さんは『星の記憶』に星の創成以来存在したことのない生命体を感知したらしい。
それが『魔人』。
冥界の住人である。
その彼らが人間界に降り立った目的もまた、『星の記憶』によって読み取っていた。
『憑き神の討伐』
兄さんはそう告げた。
「……兄さんはその対象に選ばれてしまったと?」
『その通りだよ、まったく運の悪いことこの上ないね』
「…100人もの魔人を相手に…ですか」
『まぁ正直一人一人のチカラはそんなに強くないのさ、…あーでも、魔人将軍とかいう親玉はなかなか骨のあるやつだったかな』
…恐らく兄さんだからこれほど余裕を持っていられるのだろうが、もし私が魔人の一人とでも戦うことになれば、勝てるかどうかもわからない。
『でも、僕は彼らに敗北した。…というより、殺されることは星の予言によってわかっていたことなんだけどね』
「………星の予言」
確か行方不明になった、前『星の記憶』の使用者である姉さんも、居なくなる直前に似たようなことを言っていた。
『だからどうせ殺されるんなら魂を二つに分けて、この拳銃に定着させたのさ、錬金術でね』
…確かにそれならば予言と矛盾することはなく、ルルイエという人間が予言通り殺されることにはなるだろう。
ーだが、
「予言を知っていたのなら、どうして助けを求めなかったんですか?ノートルダムの人達でも、兄さんのためなら戦ってくれたはずです。…ヴァイロンのみんなだって……」
『星の予言はそんな甘いもんじゃないんだよ、テティ。予言は僕を確実に殺しにくる、もし、後神くんや、ウチの、ノートルダムの無愛想な後輩とか無敵の隊長にだってこの予言は絶対に覆せない。例えばー、そう、後神くんと一緒に戦ったとするじゃん、後神くんのチカラの影響で僅かに僕の動きが鈍ってしまってしまい、そのスキを突かれて……グシャッ、とか』
「…………」
そういう、モノ、なのだろうか。
兄さんが言うのだからそうなのだろうが……。
「…それでも、どうすることも出来ないんだとしても、私にくらい言ってくれてもいいじゃないですか」
『…まぁ、うん、それはテティちゃんの言うとおりだ。…でも僕も僕で結構切羽詰まってたのさ、それは察してくれよ』
「……………それは、…はい」
『まぁ結果僕は死んだけどさー、僕の半分は確かにこの拳銃に宿ってるんだ、悲しまないでくれよテティ』
「…もう一度錬金術を使って、もっとマシな身体に魂を移す、っていう選択肢はないんですか?」
『うーん、…あるにはあるけど、ないっちゃない』
「……いいから言ってください、もったいぶらずに」
『わかったわかった。この拳銃は特別制でね、工房のエロじじいに作ってもらう時に、僕の血を少々混ぜ込んでいるのさ、まぁ5リットルくらいだったかな』
…5リットルって少々ではない。
『ま、ぶっちゃけこの拳銃自体僕の身体の一部みたいなものだからね。だから魂を定着させるなんて馬鹿げたことが可能なんだ、つまり何にでも魂を定着させることが出来るわけじゃあないのさ』
「…そうなん、ですか」
『逆に、もう一丁の方の、僕の血入り特別制ハンドガンには錬金術で魂を移し変えることは出来るかな。…でもよく成功したもんだ、殺される日の前日に工房のエロじじいのとこにこの拳銃を持っていった時は正直、…不安で仕方なかったね』
「魂を定着させるだけでは、成功しているとは言えないってことですか?」
『その通り、もし僕という人間が殺されてしまえばこっちの魂も同時に死んでしまうかもしれない…、そうなれば、錬金術は成功したとは言えない。こんな事、星の記憶にすら記されていないからね、つまり僕は人類史上初めてこの事実を確認したというわけなのさ!』
拳銃のリロードトリガーがカチャカチャと、犬しっぽのように動いている。
「……その身体、不便そうですね」
『あー、確かに身体が硬過ぎて肩がこっちゃいそうだよ』
…拳銃の肩ってどのあたりなのだろうか……。
『ま、身体のことはまだ策を残してるし、今はこれからどうするかを決めよう。もしかするとすでに僕以外の憑き神使いが襲われているかもしれないしね………って、あ、そうだそうだ、一番大事なことを言うのを忘れてたよ』
ルルイエは突然改まった声色になって顔を……というか銃口をこちらに向けた。
『テティ、僕ははもう「星の記憶」を身体に宿してはいない。生身の身体に置いてきてしまったからね』
「…!」
『義理深い『星の記憶』のことだ、もしかするとまだ戦場に残って僕の帰りを待っているかもしれない。ーだから、明日の朝にでも僕と魔人どもが戦った場所に向かって欲しいんだ』
「…別にいいですけど、どこにあるんですか?」
『すぐ近くさ、この家の地下にある境界門から通じてる。テティも知ってる所だよ』
「…私も知っている場所…?」
『僕らが今居るルーヴズドリーブの南方に位置する、7年前までどういうわけか誰もその存在に気が付かなかったと言われている秘密の闘技場、旧コロッセオの遺跡跡さ』
兄さんはそういって、自分の弾倉を切り替えた。