「長生きするためには、死ぬことなんて考えない方がいいんですよ」
「修理は終わったぞ、ミルモットのお嬢ちゃん」
「…その呼び方、いい加減やめてください」
テティは自身の生まれ故郷であるルーヴズドリーブの町の外れにある、老父の営む小さな工房を訪れていた。
「すまんの、じじいにはお嬢ちゃん達のような若いおなごは、皆同じに見えてしまうのじゃよ」
「…はぁ、とぼけるのもいい加減にしてください」
「なんじゃ、つれないおなごになったのぅテティちゃん。お前さんのお姉さんはよろこんでおっぱい触らせてくれたんじゃがのー。…かーなんじゃいなんじゃい、老いぼれにはセクハラもできんのか」
「……いや、お姉ちゃんめちゃくちゃ嫌がってたじゃないですか」
何度か町の衛兵に訴えられていたのを、このご老人は忘れてしまったのだろうか。
「そうじゃったかー?昔のことは忘れたわい。……あぁ、そうじゃそうじゃ最近のことなら…」
何かを思い出したのか、すすけた作業着の老人は作業台の椅子からゆっくりと立ち上がり、部屋の奥の戸棚をあさり始めた。
「ルルイエくんがのぅ、このあいだ突然ここを訪れてきよって、これを…………」
そう言いながら、彼は一丁の拳銃を取り出した。
「メンテナンスついでに、テティちゃんがこの工房に来た時渡しておいてくれと頼まれたのじゃ」
「……これは」
これは、兄のルルイエがいつも持ち歩いている二丁拳銃の片方だ。
見慣れているので、すぐに見分けがつく。
「どうして自分で渡さないのかと理由は聞いたんじゃがの、笑って誑かされてしまったわい」
「…そうですか」
ルルイエ兄さんはいつも読めない人だ、笑ってばかりで、何を考えているのか妹の私でも時々わからない時がある。
「…じゃあライフルと兄さんの拳銃も受け取りましたし、私はこれで」
「もう帰るのかのぅ?じじいさみしい」
「…またそのうち帰って来ますよ」
「じじいが孤独死するまでに来ておくれよ、テティちゃん」
「そういうのやめてください。長生きするためには、死ぬことなんて考えない方がいいんですよ」
そう言い残して、テティは工房を後にした。
ミルモット家には本来、六人の家族が暮らしていた。
テティの両親と、祖母、姉と、ルルイエである。
しかし、両親は10年前の西方旅団に参加して戦死、その直後に姉は行方不明となり、去年の流行病で祖母を無くした。
今のミルモット家の屋敷には、テティとルルイエと、少しの侍女達がひっそりと暮らしているだけだなのだ。
『おーいテティちゃん』
「…!?……」
静まり返ったテティの部屋に、突然聞き慣れた声が響いた。
『テティちゃんの大好きなお兄ちゃんですよー!』
「…………兄さん?」
テティは冷静に声の出どころを探し当てる。
「……………拳銃」
拳銃だ、拳銃から声が聞こえているのだ。
兄さんがいつも携帯している二丁拳銃の片割れ。
『流石僕のテティちゃん!その素晴らしい観察眼はまさに僕譲りというわけだねー』
「……兄さん、これはなんの魔術式ですか」
『あー残念だテティ、不正解。これは魔術じゃあないのさ、…まぁどちらかというと錬金術に近いかな』
「…錬金術…?」
錬金術とは前歴の中期にここヨーロッパで広まった魔術と科学を混合させた新しい技術だ。
しかし、…その錬金術自体、未完成の技術だと聞き及んでいるのだが。
『僕が完成させたよ、一昨日くらいだったかな、なかなか骨の折れる作業だった………いや、実際僕の身体はバッキバキにへし折られてしまったんだけどね』
「…兄さん、もう少しわかりやすく話してください」
『………………………いいかい、テティ、あまり、驚かないでほしいんだけど……』
「なんですか」
『僕は、ルルイエ・アイリス・ミルモットは、死んだ』
「…………兄さん、いつも通り言ってる意味がわかりません、いやいつも以上に」
『まぁ無理もないか、現に今、こうして僕と会話しているわけだしね』
でもー、と彼は続ける。
『僕は死んだ、一昨日の朝に、殺されてしまったのさ。そしてこの事実は揺るがない、もう星の記憶の一部として、この世界に馴染んでしまっている』
「……………どういう」
『学校長の言葉を借りると、そのままの意味を汲み取ってかまわない。かな」
彼は何を言っているのだろう。
ルルイエは死んだ?兄さんは今ここに居るではないか、この私と、妹と会話をしているではないか。
『今テティと会話しているのは、ルルイエ・アイリス・ミルモットの魂の半分を定着させた、ただの拳銃だ』
そしてテティは、口うるさい拳銃を、ゴミ箱に捨てた。