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「患者の傷の受け方でどんな戦いをしていたか大体わかるんだよ」

「息をしているのが不自然なくらい。……って言えばイメージつくかな?」


無精髭の目立つ眼鏡の医者は、そう告げた。


「恐らく憑き神が彼を生かしているんだろう。今回の患者が、海賊王であるヴィルヘルム君でなければ確実に死んでいたと、僕は医者として確信を持って言い切れるね」


「……………あの」


「はい、オガミ君、だっけ?君の言いたい事はわかってる、そちらでうな垂れているフィリー君がずっと気になってることもね」


医者は眼鏡取り外し、医療ベットの脇に置かれてある、腰の丈ほどの棚の上にそれを置いた。


「まぁぶっちゃけ命に別条はない、だろう………しかし、回復の見込みは十二分ある……とは言えないな」


「………………そんな」


そんなことが、あると言うのか。


彼は海賊王だ。


酔狂や驕りはない、彼は事実、強いのだ。


「…正直、ルルイエ君が殺されてしまったと聞いてね、ヴィルヘルム君達のような上位の憑き神使いが狙われるんじゃないだろうかと心配していたところだったんだ。…はぁーまったく、僕は医者だけど医療が大嫌いなんだよ。何故なら医療そのものが受け身の体制だからね、病気や怪我があるから僕たち医者が必要とされるわけで、そもそも病気や怪我が無ければ医療なんて必要無いのさ。だから医療が存在しない世界こそが理想系なんだよね、でもそれこそ幻想さ、君達はこの現実を受け止めなければならない。もちろんこの僕もね」


「…ミッシェル先生」


「なんだい?フィリー君」


「…ヴィルが、うるさいなーって思ってる時の表情になってるから、静かにしてあげて下さい」


フィリー先輩は相変わらず長椅子の上でうずくまったままだ。


「……………それは、そうか、なるほど失礼した。…が、それでも君たちに言っておかなければならないことが二つある」


「二つ?」


「そう、まず僕なりの見解だが、ルルイエ君を殺した犯人と、ヴィルヘルム君を襲った犯人。君達も薄々勘付いているだろうが…、それらは恐らく、同一犯だろう。それも単独犯ではない、複数犯だ。僕も軍医として働いているからね、患者の傷の受け方でどんな戦いをしていたか大体わかるんだよ。ヴィルヘルム君の場合、細かな傷が全身にあるんだ、これは複数の相手から同時に攻撃された時の傷のつき方なのさ」


「…………………」


ルルイエ先生を殺した相手と同じ………、そうか、だからフィリー先輩はさっき血を見た瞬間にヴィルヘルム先輩のモノだと考えたのか。


ルルイエ先生が殺されたことで、次の標的がヴィルヘルム先輩、つまり海賊王に移ったということだ。


フィリー先輩はそれを予測していた……?

「……まぁあくまで本人に聞いてみるまでわかんないんだけどね。それともう一つ、これが一番重要なことなのさ」


「……なんですか?」


「二人とも、ヴァイロンに帰ってゆっくり休みなさい」


医療が嫌いな医者は、笑顔でそう言った。



屋敷に着いた。


「…ありがとう京くん、おぶってくれて」


医療棟を出た直後にフィリー先輩は一度、気を失ってしまったのだ。

すぐに意識を取り戻したのだが、やはり任務明けの激務と、今回のヴィルヘルム先輩のことが、彼女の小さな身体に響いているのだろう。


「…取り敢えずベットまで運びますね」


「………うん」


ヴィルヘルム先輩の血痕もまだ処理出来ていないが、今はもうそんなことができるほど体力は残っていない。

…そんなことを気にしながら僕は屋敷の階段を登り、フィリー先輩が自室として使っている部屋まで彼女をおぶった。


「下ろしますよ」


そして、ベットの上に乗って彼女をゆっくりと寝かせてあげる。


「………………京くん」


「…どうかしましたか」


すると、フィリー先輩は僕の腕に、小さな腕でしがみついてきたのだ。


「…ひっぐ、………ぅ、ぁぁ」


次の瞬間には、彼女の頬を、大粒の涙が零れ落ちていた。


その姿はまるで、泣きじゃくる子供のような……、いや、泣きじゃくる子供そのものだった。


「…みやこ、くん、…ひぐッ、ごめんね、もっとわたしがしっかりしないといけないのに……」


「…………フィリー先輩…」


「…京くんとヴィル、それにテティちゃんに頼ってばっかりなのに、…わたしは助けてもらって、ばっかりで…」


やはり彼女は、自分の弱さを他人に見せようとしない。

さっきの医療棟でもずっと自分の顔を埋めて、泣きたいはずなのに、必死にそれを我慢して。


「…ごめんね……ぅ…」


そして今もだ。


僕の腕に顔を埋めて、決して泣き顔を見せようとはしない。


「フィリー先輩」


そんな彼女の頭を、


「フィリー先輩、隠さないで下さい」


僕は、両手で包むように優しく押さえつけて、閉じ込めた表情を空気に触れさせた。


「…み、みやこくん……?」


「フィリー先輩、自分の弱さを他人に隠す必要はありません、フィリー先輩はフィリー先輩なんですから。泣き顔が恥ずべきことだと思っているなら、それは間違ってます、僕はフィリー先輩に、頼って欲しくて、頼られているんですよ?」


「…………でも、それでも…!」


「……それでも、僕はフィリー先輩のことが好きですよ。嫌いになんてなりません、だから頼ってくれたって、泣き顔を見せてくれてもいいんですよ、フィリー先輩」


「…………みやこ、くん」


そして、そのまま僕は、フィリー先輩を、妹をなだめるように抱きしめてあげた。


「…!」


「だから、今はゆっくり休んで下さい」


「……うん…、ありがとう、ほんとに優しいね、みやこくんは。……だから頼っちゃうんだよ」


ようやく、彼女の笑顔が見れた。


「(……よかった)」


この笑顔だ、僕の努力が救われるような優しい笑顔。


「…じゃあ、僕もそろそろ寝ておかないと、明日からまたいつもの学校生活が始まりますからね」


そう言って生徒寮へ帰ろうと立ち上がろうとした、


「…………あれっ」


したのだが…。


「………ひ、一人にしないで」


「………………ぇ…」


「………きょ、今日はもう、ここで寝たらいいんだよ…?」


彼女の手が、僕の手を掴んで離さなかった。

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