『息子を殺した仇と無駄な会話をしたいとは思うまい』
後神家の本堂から少し離れたところにある、木製の古めかしい住居。
そこには僕の祖父である後神宗四郎が、僕が生まれる以前から暮らしている。
先々代の憑き神の保有者であり、子に憑き神を託してもなお、生き絶えることのなかった人物。
「………」
その人物の目前に、僕はふてぶてしくも居座った。
「……久しぶり、爺ちゃん」
「久しぶりじゃの、京」
「……」
彼は視線を少し逸らしてから口を開いた。
「……今は羅刹姫と呼んだ方が正解か?」
爺ちゃんは大きく感嘆を吐き出しながら、重い動きで、タンスの引き出しから小さな据え置き鏡を取り出して、それを僕の目の前にゆっくりと差し出した。
「久しいな、羅刹姫」
『久しいのう、後神の、宗四郎か』
鏡に映った羅刹姫と、祖父は遠い目で会話を交わす。
「覚えていてくれたようじゃな」
『まぁお主は少し変わっておったからの、主の息子に受け継がれる際の出来事は、そう簡単には忘れもせんわ』
「そうか」
祖父はそう言うだけで、すぐに元に座っていた座敷に戻ってしまった。
「…もういいのか?羅刹姫」
『ふん、宗四郎も、自分の息子を殺した仇と無駄な会話をしたいとは思うまい』
「………」
羅刹姫は単調にそう言うが、僕の心境に、淀みのある濁りのような何かが蠢いたのを感じた。
『で、結局もう一度わしを封印すれば済む話じゃろう?そうすれば京の髪色も、風貌もすぐに元通りじゃ、さっさとするがよい、無駄な抵抗はせぬのじゃから』
羅刹姫は清々しいほどあっけらかんに言った。
「……そうだな」
対して祖父もまた、初めからそのつもりだったように頷いた。
「しかし、憑き神を封印するのだとなれば、それなりの施設と準備が必要になる、最低でも一週間は必要になるだろう」
「一週間…」
急ぎの用も無いことは無いのだが、あと一週間もの間、この姿のままなのはやはり気が重くなる。
『七日など瞬きの内に過ぎ去りよう、後神家の男共は皆お気楽さだけが取り柄じゃろうに』
「僕は今すぐにでも元の姿に戻りたいんだよ」
笑みを浮かべている羅刹姫に、僕はあからさまに眉間にシワを寄せて愚痴った。
『やはり彼奴とは違うようじゃの京、顔は瓜二つなのじゃが…』
「…」
以前にも言ったが、羅刹姫の言う彼奴とは、後神家の初代様のことだ。
僕にとっては知る由も無いが、僕と初代様の容姿は本当によく似ているらしい。
まぁ察するに、あくまで容姿だけなのだろうが。
「ところで京、ウシロガミの本体について、何かわかったことはないのか?」
祖父は少し息継ぎをしてから言った。
「何も、強いて言うなればウシロガミの本体は欧州には居ないって事だけかな」
「…欧州には居ない、か、それだけでも収穫だと考えるべきか」
そこで、羅刹姫が鏡の中から割って入って言う。
『星の記憶の奴に聞けば一発じゃと思うのは、わしだけか?』
「羅刹姫、いくら星の記憶でもウシロガミの記憶には干渉は出来ないって、ルルイエ先生が言ってたじゃないか」
『それは確かにそうじゃろうが、わしの半身はまさに死の化身じゃ、その生きた厄災化物野郎の通った道筋には何らかの軌跡が残されていてもおかしくはなかろう』
「そんなに都合よくわかるものか?」
『さぁ?星の記憶ならそつなくこなしてしまうように思うがの、とにかく試すだけ試して、無理なら他の方法を模索すれば良いだけの話じゃよ』
「……なんだかなぁ」