『まったく彼も気味の悪い事をしてくれる』
『いいかいテティ、フィンセントは僕と知り合った時には既にもう、何らかの行動を起こす為の準備を始めていたのさ』
兄さんの少し物憂げな声が、手洗い場の密室した空間に小さく、されども染み渡るように響く。
『残念ながら大天使の記憶に干渉して、閲覧することは出来無いから、結局今の今まで彼が何をしようとしているのかはわからなかったけど、ようやく、少し露見したようなんだ、…言ってくれるか、星の記憶』
『ガブリエラ・フィンセント、大天使は、ローライトの全域に何らかの大規模な魔術を展開している、星の記憶にすら記述されていないところを見ると、恐らく大天使にしか扱え無い魔法術だろう』
「ローライトの全域ですか…!?」
鏡にうつる私の肩が、見るからに強張った。
『フィンセントなら出来るさ、なんせ大天使だ、ウシロガミと並ぶ憑き神の頂点だからね』
「…そんなことじゃなくて、その魔術は、何の為に、何をする為の」
そこまで言って、はっ、とする。
「……それが、わからないのですか」
『その通りだ』
星の記憶はあくまで事務的に答えた。
『まったく彼も気味の悪い事をしてくれる、だが、まぁ、タイミングとしては僕の、いや、星の予言の通りだけどね』
「タイミング、ですか」
『そう、もちろんフィンセントの事は僕が生き残った理由の一つでもあるから、僕も生前からいろいろと対策は講じていたのさ、それが見事に成就したってところかなな、……まぁ対策というよりも、押し付けがましい人頼みなんだけど』
兄さんは少しわざとらしく軽々しい口調で言う。
『ヴァイロンの隊長が、今ローライトに居るんだよ』
「……セシリア隊長が…?」
『ああー勘違いしないでくれよ、僕が呼び出したりとかしたわけじゃない、彼女は彼女で、全く別の用でローライト残っているんだ』
「………」
なんとも都合のいい話だ、完全にセシリア隊長はとばっちりを受けているではないか。
「でもそう言うってことは、やはり大天使の魔術は誰かが止めなくてはならないという事ですか」
『まぁそうなるね、恐らくだけど』
「………そうですか」
『そしてこの事は、ヴァイロンのみんな、特に後神くんには言っておくべきだろう』
「……そう、ですね、みなさんの休日を潰してしまいかねないですが」
『どちらにせよ、今はテティちゃんが星の記憶の保有者ということになっているんだから、言わなかったことを後で咎められるよりは幾らかましだろう?』
「そうですね」
私達はそう言い交わしてから、手洗い場を後にした。
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私はヴァイロンのみんなの為に用意された広間に戻ったが、相変わらず京くんの姿が見えなかった。
「冰月さん、京くんがどこにいるかわかりますか?」
「お兄ちゃんなら、お祖父ちゃんのところに行ってると思うよ、……なになにテティさん、もしかしてお兄ちゃんの事が!」
「そ、そういうのじゃありません!」
「あははは、お兄ちゃんも隅に置けないなぁ」
冰月さんはそう言ってから、京くんによく似た笑顔を浮かべた。
「でもお祖父ちゃんのところにいるって事は、少し長話になるだろうから、お兄ちゃんが帰ってくるのを待った方がいいかもしれないよ」
「…そう、ですか」
私は太もものホルダーに刺した拳銃を意識しながらうつむいた。
「では、京くんが帰ってくるのを待ちましょうか」