「騎士王と星の記憶が御来場か、セフィロト議会の会場にでもなった気分だな」
先んじて踏み出した右足が、境界門の敷居を踏み越えた。
次に鼻先から眼球へ、脳の処理が追いつく以前に、視界の全てが切り替わる。
そして網膜から、鼓膜が境界を越えた瞬間に、立っている世界そのものが切り替わるのだ。
「!!」
気が付けば、瞬きの間に、身体中が強張るほどの、聴覚を刺激する歓声の中に包まれていた。
「……あはは、すごいな」
球技場と比べても引けを取らないほどの面積を誇る、後神家は本堂。
その中央境界門広間を埋め尽くすばかりの人間が、大挙を挙げて出迎えたのだ。
「わわ、わわわわ、すごいね京くん!」
「…王族の出迎えかなんかかこれは」
「すごいですね、後神家とは」
「こんな大勢の人間を見るのは初めてです…!」
僕に続いて境界門を跨いだ四人も、同じように歓声の中で立ち尽くす。
「行きましょう」
僕はそう言ってから、四人の先頭に立って歩き出す。
ーしかし、
「……?」
歓声の中に、濁ったどよめきのような渦が、確かに感じられた。
『京様の姿が見えないが…』
『知らぬ顔ばかりだな』
そういった声が、僕の耳に確かに届いた。
「…………気付いてないんかーい」
僕は眉を引き攣りながら笑顔をつくった。
「皆さん京くんに気が付いていないみたいですね」
僕のすぐ後ろを歩いていたテティが、小さな声で言った。
「…最終手段だね」
僕は少し小走りで前に出て、大きく空気を吸い込んだ。
「僕が後神京ですよー!」
僕の放った渾身の呼び掛けにより、一瞬広場がしんと静まり返った。
『あの髪色は京様だな』
『ああ、本当だな』
そして時を遡ったかのように始まった白々しい大歓声。
「(…………なんて都合のいい連中だ)」
僕は愛想笑いを浮かべて、誰にもつかずに手を振った。
すると、
「お兄ちゃーーん!!!」
僕らの歩く通路の正面から、よく知る顔の少女が、勢いよく走り寄って来ていた。
ていうか、僕の妹だ。
「ってなんでそんなに髪の毛伸びてるの!?」
「…色々あったんだよ」
「まぁどっちでもいいけど御帰り!!」
「ぐっ」
妹は、周囲の目も構わずに、僕を正面から抱き締めた。
「お兄ちゃん少し身長伸びたね」
「お前は変わらないな、冰月」
僕は平然とした風につくろうが、流石に冰月の肩を持って優しく引き離した。
「(公の場だぞ冰月、いきなり抱きつくな……!)」
「(半年ぶりの再開なんだからその方がドラマチックで印象いいよきっと!)」
「(何に対して印象がいいんだよ!)」
「(いやぁそれにしても女の子ばっかりだねお兄ちゃんのお連れ様!)」
冰月は僕の正面から外れて、ヴァイロンの皆の元に歩み寄った。
「初めまして、遠路遥々ようこそいらっしゃいました、後神京は妹の、後神冰月と申します」
なんという態度の切り替わりの早さだろう。
「わー!本当に京くんの妹だ!そっくりだね!」
「…………今京くんに抱き付いて……ボソボソ」
「て、テティさん、口に出てますよ…!」
「ん、ニーナさん?どうかしましたか」
「…それはこちらのセリフですよテティさん…」
テティとニーナが何やら言葉を交わしていたが、僕には歓声に埋れて聞き取ることができなかった。
「じゃあ皆さん、部屋に朝食用意してありますし、行きましょー!」
冰月はすぐに表情を崩して、他人行儀を取り止めた。
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「うわわわわヴィルヴィル!見て見てデッカいお魚だよ!」
「生で食うのかこれは…」
「恐らくそうですね」
朝から豪勢な食事に舌鼓をうつフィリー先輩達を遠目に、僕と冰月は、華やかな空気とは少し離れた場所で会話をしていた。
「あのちっちゃい女の子がフィリーちゃん?」
「そう、ちなみに僕より歳上な」
「ぇええ!?…せ、世界は広いなぁ……、そ、それで、奥手な隠れ巨乳の女の子がニーナちゃんだね」
そして今は、ヴァイロンのみんなを紹介している最中である。
「それで眼帯の男の人が~、えーとヴィルへルミナさん?」
「ヴィルヘルム先輩だよ、それで黒髪の女の子がテティ」
「よーし、覚えた!話しかけてくる!」
冰月は一人で皆の元に駆け寄って行った。
「(……冰月ならすぐに仲良く慣れるだろうな)」
確かニーナちゃんと冰月は同い年だと聞いたし、放って置いても問題は無いだろう。
それよりも今問題なのは。
「よっ京!久しぶりだな!」
その声はすぐ背後から聞こえて来た。
それに対して僕は、苦笑を浮かべながら応じる。
「やっぱりこのお祭り騒ぎは京介の主導か」
「ギャラリーは俺が募ったが、企画は冰月ちゃんだぜー」
この男性の名前は後神京介。
僕の又従兄弟、つまり僕の祖父の弟の孫である。
「それにしても京、お前の連れも中々凄いメンツだな」
京介は、白い歯を見せながら、ヴァイロンのみんなの座る席を眺めて言った。
「騎士王と星の記憶が御来場か、セフィロト議会の会場にでもなった気分だな」
「あの人達の今回は任務は休息をとることだよ、物騒な事を持ち込むつもりはない」
「わーってるよんなことくらい、ただでさえ……」
京介は不意に言葉を切って、僕の姿を改めるように凝視する。
「肝心の京がそのざまなんだからな」
「………」
京介の表情に少しだけ、暗い影が浮かび上がるのが見て取れた。
「…暴走したわけじゃあ、無いんだな」
「…暴走はしてない」
そう、
あくまで、暴走は、だが。
「ったく羅刹姫も気分屋だな、これ以上面倒ごとを起こしてくれるなよ」
さて、と、京介は一つ間を置いてから言う。
「そんなことより外人美少女達との楽しいお食事会に行ってくるわ!後でちゃんと紹介してくれよ京!」
「…………」
「それと宴会には絶対参加だぞ!逃げるなよー!」
彼もまた、そう言ってから、ヴァイロンの席へと、浮き足で向かって行った。
「(落ち着かないな…日本に着いても)」