『また随分とお早いご帰還だな京のやつも』
旧大日本帝国は日本大和国。
太平洋の北西に位置し、季節ごとにその姿を変える四季の国。
現在では、地球上で最も多く前歴時代の遺産を遺している国家としても名高いだろう。
まぁ知名度なんて、極東の中での話だが。
海を渡れば異国国家同然、いや事実そうなのだが、それほど文化的な知識や情報もそれぞれに孤立し、独立しているということだ。
「昨日のお兄ちゃんからの手紙、なんて書いてあったの?お祖父ちゃん」
私は縁側で静かにくつろぐ祖父にそう言った。
「…正確には、京の世話を頼んである、ワシの知人からなんじゃがな」
「まさかお兄ちゃん、日本に帰ってくるとか?」
「………」
少し渋い顔で黙り込んだ祖父の横顔を見て、私は確信する。
「図星頂きましたー!いつ帰ってくるの?」
「…何事も無ければ明日の明け方にはこちらに到着するじゃろう」
「りょうかーい!みんなに報告してくるね!」
「…好きにせい」
祖父は大きく溜息を吐いた。
「行ってきまーす!お祖父ちゃん大っ嫌い!」
「…内緒で行かせたことをまだ怒っておるのかの…」
私の名前は後神冰月。
後神家の長女にして、後神京の一つ違いの実妹である。
私達兄妹は二人とも母親似で、幼い頃はよく双子姉妹に間違えられる事が多かった。
すっかり今ではお兄ちゃんの方が身長も高く、スッとした男の子っぽい風貌になってしまったので、そういう機会はもう無いのだが。
「あ、そういえば携帯電話貰ったんだった」
私は懐裾から、最新の電子端末を取り出して、鏡のような黒い画面を覗き込んだ。
「…えーと、電源、電源はーっと、これかな」
携帯電話の操作に手こずっている内に玄関まで辿り着き、私は靴のかかとを踏んだまま、すぐに外へと飛び出した。
そして小走りのまま、一昨日チラッと眺めて挫折した携帯電話の操作説明書を思い出しながら、分家のいとこのところに電話をかけた。
『……こいつ急に音が』
二つ電子音が続いてから、携帯電話の黒い端子の所から男性の声が聞こえて来た。
「もしもし京介さん?お兄ちゃんが帰ってくるらしいよ!」
『ん、んん、あ、この声は冰月ちゃんか、……てそれマジで!?』
「うんまじまじ!」
『あいつ何も言わずに出て行きやがって…!宴会開いたら今度こそ女装させてやる』
「宴会の準備よろしく!」
『任せろッ今すぐ手配してやる!』
この男性の名前は後神京介。
私達兄妹の又従兄弟にあたる人物である。
祭り事が好きな彼に頼んでおけば、万事問題はないだろう。
「ありがとう京介さん」
『それは構わないが、また随分とお早いご帰還だな京のやつも』
「何かあったのかなー」
『まぁ積もる話は帰って来てからか、じゃあちょっくら後神家の本堂の確保に行ってくるわ!またな冰月ちゃん』
「うん!」
一つ間が空いてから、携帯電話の薄い画面に、通話終了の文字が浮かび上がった。
重ねて申し上げるが、私は後神京の妹である。
なので、後神京という人間の身の上話を、彼を最もよく知るこの私が代わって語ろうと思う。
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後神京17歳射手座。
後神家の長男として生まれ、8歳にして父親から受け継いだ憑き神の媒体になる。
初めはウシロガミのチカラのコントロールが上手くいかず、不安定な時期もあったが、10歳になるころには、ほぼ完璧にチカラの制御が可能になった。
ちなみにこれは並ではない、とだけ注釈しておこう。
そして12歳の冬、ある事故をきっかけに再びウシロガミが暴走。
それを止めようとした彼の母親、つまりは私達の母親を、ウシロガミのチカラによって亡くした。
まだ六年前の出来事だ。
それをきっかけに、彼は後神家の長男として公の場にも顔を出すようになり、更に憑き神の媒体としての腕をより一層に上げた。
丁度その頃から、私達の暮らす地域の神的な問題は、ほぼ全て彼が解決するようになり、半世紀の間九尾の妖狐に支配されていた京都地区を取り返すに至ったのだ。
日本国において後神家のチカラは絶対的で、現在、人の住むことの出来る地域の全てに、後神家から連なる分家が敷かれているほどである。
そして後神京、私のお兄ちゃんは、その後神家の実質的なトップなのだ。
まぁ会合などには貫禄のあるお祖父ちゃんが出向くことも多いので、あくまで実質的ではあるのだが。
掻い摘んで彼を説明すれば、ざっとこんなものだろう。
やはり妹の私とて、本人では無いのだから彼の主観的な物語は知らないしわからないので、これ以上の咄は謹んでおこう。
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「お兄ちゃんの仲の良い人たちには大体伝わったかな」
私は街中を奔走してから、自室に戻って一息ついた。
さぁ、今から明日が楽しみでならない。