『おなごのような面構えで後神家に帰るつもりか?』
ようやく目覚めた京くんを、私は船室に残して後にした。
「………」
今さっきの、彼の動揺した顔が脳裏に焼き付いて離れない。
…いきなり過ぎただろうか、やはり自分で異変に気が付いた方が、彼のためだったのかもしれない。
果たしてそれは知る由も無い、が。
『更に閻魔王羅刹姫の姿に近付いたね、彼』
「……ほとんど、あの時の姿と変わりませんね」
そう、
あの時、とは、京くん自身の記憶には存在しない、大天使と共に魔人の軍勢と交戦した際のことである。
透けるように白い髪をなびかせ、戦場を一太刀で薙ぎ払う閻魔王螺旋姫の姿と、彼はもう同一、果ては概念から一つの存在になってしまったのだ。
『だがそれが本来の姿なんだよ、憑き神にとって、人間なんてただの媒体、器に過ぎないのだからね』
「……そうなのだとしてもあれは異常です」
『そんなこと言ったって、原因は彼自身の責任じゃないか』
「………」
確かに否定は出来なかった。
原因なんて、一つしか存在しないだろう。
「後でヴィルヘルム先輩に謝罪させましょう」
『それは実に良い提案だ』
まったく何故、既に髪色は白く染まってしまっているのだと言うのに、あの海賊王と模擬戦など交わしてしまったのだ。
「……はぁ、みんなになんて説明するんでしょうかね」
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『久しぶり、でもないかの、ミヤコ』
「……あぁ、ついこないだ、中で会ったばっかりだよ」
どうして、
「……どうしてこうなった」
僕はテティから差し出された手鏡を握り締めて、低い、木板で出来た空を仰いだ。
『それは当然、決まっておろう、海賊王じゃったか?あやつ程の武者であれば、わしを引きずり出すことなど造作もなかろう』
事実、と、羅刹姫は続けて言った。
『わしがこうして、お主の身体の内より出でておるのじゃからのう』
「……」
いや、僕と羅刹姫の身体が分離して分かられてしまったという意味では無い。
手鏡に写る彼女が、僕とは違う言葉を喋り、違う表情を作っているのだ。
『例えこの鏡の中であったとしても、わしにとっては久方ぶりの娑婆の空気じゃ、これを機に堪能しておくとしよう』
鏡の中の羅刹姫は、言ってから、何かを思い返したように、続けて言った。
『まぁそんなことよりも、じゃ、お主、そのおなごのような面構えで後神家に帰るつもりか?』
「……それは」
僕は堪えきれずに、深いため息を吐き出した。
「………」
手鏡に写る自分の姿は、女か男かもわからない、なんともどっちつかずで中性的な容姿になってしまっているのだ。
『お主は元から薄いツラじゃからのう、その手の売人に売り飛ばしたら良い値がつきそうじゃ』
「恐ろしいこと言わないでくれよ…」
すると、船室の扉から、小さくノックをする音が響いた。
「あの、後神さん、大丈夫ですか?」
その声は、新入りのニーナちゃんのモノであった。
「(……ニーナちゃん?何の用だろう)」
もしかすると、彼女も僕を起こしに来てくれたのだろうか。
「開けていいよ」
「…失礼します」
僕がそう促すと、姿勢を低くしたままのニーナちゃんが、その姿を見せた。
「どうかした?」
「あの、いえ、…そこでテティさんとすれ違った時、後神さんはまだ起きていないのかと聞いたら、凄く深刻な表情をしていらっしゃったので、つい気になってしまって…、ご迷惑でしたか…?」
「いやいやいや!そんなことはないよ、ありがとう」
そう言うと、彼女は曇りの無い安堵の表情を見せた。
「思ったよりも元気そうでなによりです………それにしても」
そんな表情も束の間に、ニーナは僕の姿をまじまじと見るや否や、すぐに顔を赤らめてしまった。
「………」
「な、何か僕の顔についてる?」
「いえ、その……」
正直、彼女の考えていることは、大方予想がついた。
「…随分とその姿が、か、可愛いなぁと」
「………………はぁ」
僕は再び布団に突っ伏して、耐え切れずに愚痴を零す。
「もーどうしたらいいんだよ」