「海ならお前にも負ける気がしない」
「この船、客船では無かったんじゃ…?」
ふと浮かんだ疑問を、僕は誰に訴えるわけでもなく、上の空で呟いた。
「東インド会社の御曹司が個人的に建造した船だそうだ、全く、ウチの海賊船と違って小綺麗でいけすかない」
すると、何時の間にか甲板に出て来ていたヴィルヘルム先輩が、僕の言の葉をそつなく返してくれた。
「ヴィルヘルム先輩も泳がないんですか?」
「そういう後神は泳がないのか」
「あまりそういう気分ではないので…」
端の柵に並んでもたれ掛かる僕たちの目線の先には、船上プールで戯れる、三人の水着姿の少女達の姿があった。
「あいつら本気で泳ぐつもりだったのか」
「…そうみたいですね」
僕は苦笑いで応じた。
「…フィリー先輩、どうして私達の水着が用意されてあるんですか」
「来る前にちょっとね、ローライトの服屋さんのおばちゃんに無理言って買って来ちゃった」
「あ、あの、私、水着は、その…」
「ニーナちゃんも似合ってるよ!買ってきた甲斐があるってもんだよね!」
「はっ、まさかフィリー先輩、朝遅れて来たのはこの水着のせいでは…」
「…ヴィルヘルム先輩」
「…なんだ」
「あの三人だと…」
僕はわざとらしい手振りを交えて、さりげなく話題を切り出したが。
「……いや、やっぱり何でもありません」
瞬時に思い直して顔を背けた。
「フィオラルドが一番成長している」
「え」
「フィオラルドだ、フィオラルド・バッカニーナ。あいつが一番発育のいい四肢をしていると言った」
いや、いかんせん呆気に取られてしまった。
ヴィルヘルム先輩でも、そういう考え方をするもんなのか、と。
フィリー先輩はといえば、上下の繋がった、よくある学校指定の水着といった 感じのデザインで、起伏の無いラインを強調したスタイルに仕上がっている。
テティはフリルの付いた水着で、腹部を露出してはいるものの、下品さを一切感じさせない、上品な仕上がりになっている。
そしてニーナと言えば、
「……バッカニーナさん」
「ど、どうかしましたか?テティさん」
「…おいくつなんですか?」
「じゅ、15です」
「…ッ、と、年下…!?」
ーそう、ニーナのシンプルな水着姿が、最も大人びていて、グラマーなのだ。
「フィリーは圧倒的にちっさ…」
「ヴィルなんか言った!!??」
「何も言っていない」
「……」
三人の少女達が戯れるプールを遠目に、男二人の空間に、ふと沈黙が訪れる。
「後神」
しばらくしてから、ヴィルヘルム先輩が先に口を開いた。
「はい」
「俺と手合わせをしろ」
「手合わせですか?」
「そうだ」
僕はその提案に、素直に頷くことは出来なかった。
「……」
それもそうだ、手合わせをするってことは、模擬戦をするということ。
ましてや僕の憑き神は、他の憑き神をも死滅させてしまうチカラを持っている。
少しのかすり傷が、致命傷になりかねないのだから、模擬戦と言えども、それなりの危険性が生じてしまう。
そして今回に至っては、僕自身も、本調子では無い、ということもある。
「後神、その馬鹿みたいな髪色を気にしているなら、それは気にするな」
ヴィルヘルム先輩は、柵に手を掛けてから、こう言い放った。
「海ならお前にも負ける気がしない」
その言葉に、僕は思わず笑みが零れてしまった。
「流石は海賊王、ですね」
僕たちはそう言ってから、柵を蹴って、白昼の海に飛び込んだ。
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「そういえばフィリー先輩」
「どうしたのー?テティちゃん」
「どうして、セシリア隊長は、今回の任務に参加しなかったのでしょう」
「あー」
フィリー先輩は、バッカニーナさんの腰まわりにしがみつきながら、上目で空を見上げた。
「セシリアちゃんは色々忙しいからね、なんかやることでもあるんじゃないかな」
「…そうですか」
フィリー先輩はそう言ってから、バッカニーナさんの胸部に顔を押し付ける。
「ぁ、あの、フィリーさん、しがみつかないで……」
「えへへーニーナちゃんのお胸様の御加護があらんことを~」
「か、加護なんてありません~!」
「…ニーナさんを抱けば私も大きく…」
「ちょ、ちょ、テティさんまで…!」
なんと百合百合しい空間が繰り広げられていることでしょう。
思えば、昼間にこれほど平穏なひと時を過ごすのは、ローライトに入学してから、下手をすれば初めてかもしれない。
私は表情にはあまり出さないが、こういう時間もまた、有意義なものだと感じるのです。
「…」
そんな私達を他所に、帆船の傍で、大きな水柱が、爆音と共に立ち昇った。
「!?」
「…敵襲ですか!?」
ーと、瞬時に勘ぐったものの、水柱の影から現れた二人の姿に、すぐに合点がいった。
「後神!動きが悪いぞ!」
「海では分が悪いだけですよ!」
そしてその姿も、次の瞬間には、水飛沫に隠れて、水柱と共に見えなくなってしまった。
「あの二人は一体何を…」
「ヴィルってクールを装ってるけど、結構あつい男だからね~」
「………海賊王」
すると、ニーナさんは少し悲壮感の伺える表情を浮かべながら、虚ろに呟いていた。
「ニーナさん?」
「…は、はい!…どうしました?」
「それはこっちのセリフです」
私は水面から顔だけ覗かせて、フィリー先輩をあしらうニーナさんの目下に歩み寄って言った。
「ヴィルヘルム先輩、…海賊王が気がかりですか?」
「………それは」
私がそう問い掛けると、ニーナさんは、案の定俯いてしまった。
「…」
まぁそれもそのはずだ、仕方が無いだろう。
いくらヴァイロンの隊長であるセシリア隊長が許可したとしたのだとしても、一度命を掛けた戦いを繰り広げた海賊王と、同じ学校、ましてや同じ部隊に所属するなど、とてもじゃないが、心休まる心地では無いだろう。
だが、
「大丈夫ですよ」
私はそう言い切った。
「あの人は、以外と馬鹿ですからね」
「そうだよニーナちゃん、ヴィルはかなり馬鹿なんだから」
「…そ、そんな、簡単な話では」
「簡単な話ですよ、ようするにヴィルヘルム先輩がニーナさんの事を、まだ一人の敵対勢力として、死線を繰り広げた魔人として見ていなければいいんです」
「……」
「それでもまだ、ニーナさんがヴィルヘルム先輩に対して苦手意識を持つのなら、それはあなたの勝手な慢心…いや、ただの自己嫌悪です」
私は口元を緩めて言う。
「…私には、それほど楽観的に捉えることは、出来ません…」
それでもやはり、ニーナさんは自分を押し殺すように、水面を見つめたまま、伏せた目線を上げようとはしない。
「…いえ、皆さんに対しては、正直に言って感謝をするべき対象として見ています。それにローライトの皆さんは、元の世界で教わっていたような人物とはかけ離れて、とても優しい方々ばかりで、…父の拘束も威力的な処置を外して下さいましたし……、その」
彼女は、今にも涙が零れ落ちるのを堪えるような表情で、私達に訴えた。
「どうすべきなのか、わからないんです…!何が正しいのかも、何を信じるべきなのかも…」
「可愛いよー!ニーナちゃん!!」
「ひゃッ!!」
そんなニーナさんの言葉を遮るように、フィリー先輩は一層強く抱き締めた。
「ねぇねぇニーナちゃん、ニーナちゃんのパパは私達と一緒に居なさいって言ってくれたんでしょ?だったら、まずは私達を信じるんじゃなくて、ニーナちゃんの信じるパパの言葉を信じればいいんだよ」
「父の………」
「いやいやもちろん私達自身も信じて欲しいけどね!でもでもやっぱり、急には無理だよ、誰だって」
「………」
「フィリー先輩の言う通りですよ、ニーナさん、今は無理でも、ヴィルヘルム先輩とのわだかまりだって、きっと、きっと無くなります」
「……そう、ですね、そう、なるといいです」
「うん!」
ニーナさんの表情に、僅かながらにも、自然な笑みが浮かんだ。
「さぁさ二人とも!せっかく着替えたんだしもっと遊ぶぞー!」
「そうですね、……ほら、ニーナさんも」
「は、はいっ」