「なんというか、その、全然笑えていませんよ」
必ずあらすじに目をお通し下さい。
「あ、京くん!」
ローライトの正面門で、フィリー先輩と鉢合わせになった。
「もしかして京くんも学校長に呼び出されたの?」
「まさかフィリー先輩も?」
「うん、今回は何の話だろうね」
学校長に呼び出されるのにはもうすっかり慣れてしまったが、毎回突飛な話が多いのでまったく内容が読めないのだ、それに、数人まとめて声が掛かったのは今回が初めてかもしれない。
「ヴィルヘルム先輩はまだ任務から帰ってきてなかったですよね」
「うんー、わたしもさっき任務を終えて帰ってきたばかりなんだけどね、今回はなかなかハードな内容だったよー、なんか、すごい、おっきな雪山のオオカミの神様が間違えて目覚めちゃって、それを落ち着かせるのに何人か死んじゃったみたい」
「……………はは」
毎度のように思うのだが、彼女は一体どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのだろうか。
他人の過去を詮索するような真似をしたいとは思わないが、多少の興味が湧いてしまう。
単なる興味本位だが、またそのうち聞いてみるのもいいかもしれないな。
「そういえば京くん、今日はテティちゃんと一緒じゃないんだね」
フィリー先輩は歩き出してから、隣を歩く僕の顔色を横目で伺う。
「この前の戦いの時にライフルが壊れてしまったみたいで、修理のために昨日の夜、彼女の地元へ帰りましたよ」
「あー、獣人族とかエクスブレイドとかヘカトンケイルとか、このところ戦いっぱなしだったもんね、無理ないか」
…そう、ほんの数日前まで、僕らは戦場に身を投じていたのだ。
王宮不信問題からなる暴動の鎮圧、裏で糸を引いていた王宮上層部。
そして、それら王宮を護衛する国防騎士団を率いる主力先鋭部隊、エクスブレイドとの戦い。
「まぁエクスブレイドの人たちは、あの人たち自身の役目を果たしたんだから、わたしはあの人たちを悪い人だとは思わないよ」
「それは同感ですね、西洋の騎士は、僕ら日本人が信じる武士道にも、どこか通じる物があります」
最後まで王を信じ王を護ったのだ、彼らを責めるものがどこにあろうか。
「事実、ウィンガル王は今回の一件には一切関与していませんでしたし、黒幕である大臣と騎士団総長だけを捕縛することに成功したんですから、これまでで一番後味のいい任務でしたね」
「えへへ、まぁわたしは途中参加だったから、報告書しか読んでないんだけどねー」
フィリー先輩はいつものように上目遣いの可愛らしい笑みで僕の顔を覗いてくる。
「………………?」
その時何故か疑問に思った。
何に対して疑問を抱いたのかも曖昧なのだが、何故だろう、妙な違和感というか、居心地の悪さを感じた。
「…どうかしたの?京くん」
「フィリー先輩、もう一度笑ってみてください」
「え、え、う、うん?わかった」
そうして再びフィリー先輩はいつものような笑顔を作り出そうとした、が。
僕は違和感を確信した。
「フィリー先輩、何かあったんですか?」
「ど、どういうこと?」
いや、別に悪魔がフィリー先輩に化けているとかそういう深刻な意味ではない。
というか悪魔が化けたところで、僕の目は誤魔化せない、その時点で意味がないのだ。
「なんというか、その、全然笑えていませんよ」
笑顔は笑顔なのだ、しかし、いつもの救われるような笑顔とは程遠い。
「………あー、凄いね京くん」
すると、フィリー先輩は少しうつむいてから空を見据えて言った。
「なんだかね、嫌な予感、っていうのかな、良くないことが起きてる気がするんだ、…まぁテティちゃん程の危機察知能力じゃないんだけど、わたしの中の騎士王が警告してくるんだよ」
「……良くないこと、ですか」
「うーん、確かにわたしたちみたいな人は、不幸な現場ばかりに出張って、そればっかりを目の当たりにして、いつしか自分の周りには……ううん、世界は不幸で満ちているんだって勘違いしちゃう人もいるけど、わたしはそうじゃない、楽しいことも好きな人もいっぱいできる幸せな世界だって知ってる……それでも時々魔が差しちゃう時があるんだよ、つまり…」
フィリー先輩は僕の正面に回り込んでから、僕に飛びついて来た。
「任務を終えたばかりのフィリー・ブレッドは、その疲れから良くない想像ばっかりしちゃってるだけなんだよ!」
僕の胸に顔をうずめて、その表情を確認することは出来なかった。
きっと精一杯我慢しているのだろう、これ以上彼女に無理をさせたいとは思わない。
「またヴァイロンのみんなが揃ったら、一緒にヴィルヘルム先輩の海にでも出かけましょう」
「…うん、そうだね」
結果的に言うと、フィリー先輩の不安はその的を射っていた。
このあとの僕らに、学校長は次のように述べる、事務的に、されど、敬意を込めて。
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「ルルイエ・アイリス・ミルモットくんが、殺された」
「?!…………どういうみでしょうか」
「湾曲はない、そのままの意味を汲み取って構わない」
「………」
ルルイエ・アイリス・ミルモット、テティの実の兄であり、現役ローライト生でありながら僕らの教諭を担当していた、ローライト第一位ギルド、ノートルダムの第二席。
「…………京くん、テティちゃんがいつ頃帰ってくるかわかる?」
「…………………」
やはりフィリー先輩は仲間思いで、優し過ぎる程に優しい。
おそらくフィリー先輩は、なるべく実の妹であるテティに、この事実を伝えたくないのだろう。
しかし、
「…フィリー先輩、テティに隠し事は通用しませんよ、彼女には憑き神の加護という形で、星の記憶の断片が確かに宿っています。…おそらく無意味でしょう」
「……………そういえば、そうだったよね、…ごめんね、混乱してるみたい……」
彼女に秘密にしておくなんて不可能なのだ。
「…学校長、これは極秘事項ですか?」
「…いや、明日にでも公開する、全校生徒はこの事実は知っておく義務があるのでね。それにだ」
学校長は立ち上がり言った。
「これは危機なのだよ、創立以来最大のね、ノートルダムの第二席が殺された……、これが示す意味、君たちならわかるだろう?」
「…………それは…」
そう、実質ローライト第二位が殺されてしまったのだ。
第二位という順位は紛れも無く最強の次点を担う存在である。
つまり、
「……つまり、ルルイエ先生を殺した者に我々は勝てない、と」
「その通り、予想だにしない非常事態だ、我々教職員は君たち生徒の命を守らなければならない義務がある。……しかし圧倒的に人出が足りないのだ。……そこで」
学校長は仮面に隠れた眼を、確かに僕らに向けて言う。
「君たちヴァイロンには、全てのギルドを率いて、ルルイエ・アイリス・ミルモットの殺害犯の捜索、及び抹殺作戦の指揮をとってもらう。……と言っても現在ローライトに残っているヴァイロンのメンバーは君たちだけだ、たった二人に全ての重荷を負わしてしまうことになるが…」
僕とフィリー先輩はお互いの意思を確認するために目を合わす。
「………」
僕らは交互に会釈を交わした後、口を揃えて言い放った。
「まかせて下さい、必ず彼の無念を晴らしてみせます」
「…………その意気だ」
次の瞬間、瞬きのうちに、学校長の姿は消えてしまっていた。