『このままだとお主、我々と同じ存在になってしまうぞ』
「……つ、つまり、錬金術のおかげで、ルルイエ先生は生き残った、というわけですね」
『その通り、特段、ややこしい話ってわけでもないだろう?』
まぁ、確かに「星の記憶」とはイレギュラーの塊みたいな存在だ。
何を言われても納得がいってしまう。
…ましては、彼は、あのルルイエ先生なのだから。
「話は終わりましたか?」
『ああテティ、話せることは全て話したよ』
「そうですか」
一方テティはというと、自分のベットにうつ伏せで寝そべって、ずっとむくれたままである。
「…て、テティ、病室からずっと思ってたんだけどさ…」
テティは両手で悶々と枕のカバーの両端を引っ張っている。
「………」
「…もしかして怒って」
「怒ってません」
怒ってるようだ。
『怒り浸透テティちゃんってね』
「兄さん」
『新しく入った女の子が気に入らないんだろう?あの魔人の』
「兄さん」
『まぁテティちゃんは後神くんのことガフッ!』
気付いた時には、強烈な勢いで投げ飛ばされた枕が、テーブルの上の拳銃を射捉えていた。
「…兄さんは黙っていて下さい」
『…い、イエッサー』
「あ、はは」
まったく恐ろしい兄妹である。
「…じゃあ京くん、今日は私と一緒に寝て下さい」
『はあッ!?』
「………は!?」
「……どうして兄さんの方が反応が早いんですか」
テティはそっぽを向いたまま喋っている。
『ちょっと待て落ち着けテティちゃん!大好きなお兄ちゃんがいるのに!一体何を言っているんだい!?』
「そ、そうだぞテティ、やっぱり打ち所が悪かったんじゃあ…」
と、とても正気の沙汰だとは思えない…。
「……失礼です、京くん」
それに、と、彼女は続けて言う。
「………初めてでは、ないじゃないですか」
『……そ、そんな、まさか、み、見損なったぞ後神くん!!!テティちゃんの…!テティちゃんのおおおおおおおお!』
「…え、えぇ~」
確かに初めてではないが……、
「そういうわけですので、兄さんは出て行って下さい。正確には学生寮の玄関にある生徒用ロッカーの中にいて下さい」
『ちょ、ちょっと待っておくれ!うわあああ!』
「では京くん、すぐに帰ってきます」
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「京くん」
言ったとおりにすぐ帰ってきたテティは、部屋の扉をしめると同時に僕の身体に飛び込んで来た。
「テティ!?」
「邪魔者は居なくなりました」
「…じゃ、邪魔者って……」
「…これで、やっと」
テティは上目遣いで僕の顔を見上げて言った。
「お礼が言えます」
「……………」
お礼………?
「そうです、兄さんがいると絶対からかってきます。そんなだと、京くんは笑って流してしまうじゃありませんか」
「……そ、そのテティ、お礼っていうのは、どういった…?」
「………?」
テティは虚を突かれたかのようなきょとんとした様子で僕の目を見つめている。
「…一緒に寝る……的なそんなかんじの…意味で」
「ッ!?」
すると、テティは顔を真っ赤にして後ろに後ずさってしまった。
「な、ななな何を本気にしているんですか!?冗談に決まっているじゃないですか!さっきのは兄さんを追い出すための口実に過ぎません!!」
「…そ、そうだよねー」
あ、危なかった、墓穴を掘りかけた…。
…いや別に期待していたわけではない。
断じてそういうわけではない…!
「……まったく油断も隙もありませんね、京くん」
「…そりゃどうも」
「褒めてません」
「……………」
しばらくの無言の後、先に口を開いたのはテティであった。
「…助けてくださって、ありがとうございました」
「…うん」
テティは納得のいかない様子をしていたが、この日の僕達の会話はそれだけで終わった。
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そしてその夜夢をみた。
「…………」
いや、
「…これは夢じゃない」
『そうじゃよ、もう流石に慣れてきたようじゃの』
振り返ると、白い髪をなびかせた赤い目の少女が、僕の顔を上目遣いで見上げていた。
『どうじゃ、先ほどのおなごの真似事をしてみた』
「………」
可愛い。
「…可愛くない」
『うえー、お主、本当にあやつの子孫かえ?』
「子孫でも、趣味嗜好が同じとは限らないよ」
『ぬぅ…』
彼女が遠い目をしながら「奴」や、「あやつ」と言う時は、大抵後神家の初代当主のことである。
つまり、僕のご先祖様だ。
『まぁ確かにわしの血を引くお主がわしに見惚れてしまっては自画自賛になってしまうのかのぅ…?』
「わけわかんないよ…」
僕はあきれたように肩の力を抜いた。
「……で、今回は何のようだ、羅刹姫」
『お主よ、これを見ろ』
羅刹姫は、浴衣の胸元から古びた手鏡を取り出して、僕の目の前に突き出した。
「……なッ」
『このままだとお主、我々と同じ存在になってしまうぞ』
鏡には、
「………そんな」
ウシロガミのチカラを発動したままの僕が、立っていた。