「ありがとう」
鉛のように重いまぶたを開くと、真っ暗闇な世界に、僕一人がポツリと浮かんでいた。
「…………ここは」
僕はこの景色を、
「…………あぁ」
ー知っている。
この世界は、僕の精神の内に作られた仮想空間。
彼女の生きられる、唯一の居場所。
「………」
ここにくるのは随分と久しぶりだ。
日本で九尾の妖狐との死闘を繰り広げているうちに、迷い込んでしまった以来になるだろう。
しかし、
今日は彼女の姿が見えない。
「……羅刹姫」
そもそも僕は何故、この場所に再び来てしまったのだ。
「………」
心当たりは、ある。
「………魔人」
魔人である。
「……僕は、殺されてしまったのか」
『そうじゃよ』
その声はこの上なく、まるで、脳内に直接語りかけるように聴き取りやすいモノであった。
「………羅刹姫」
『情けないの、京、魔人なんぞにやられおって』
「……」
僕には事の顛末がわからないが、理解は容易い。
「………助けてくれたんだな、羅刹姫」
『……』
「ありがとう」
僕は彼女から目を逸らして呟いた。
『やめろ』
羅刹姫は、そんな僕に呆れたかのように応える。
『お前さんに、そんなことを言われる義理も、そんなことを言わせる理由も、わしにはない』
「………」
否定はしない。
「…否定はしないよ」
『それでよい、憑かれる方も憑く方も、この具合が丁度いいんじゃよ』
じゃあー、と、羅刹姫は続けて言った。
『またの』
================
「…!」
まばたきをすると、視界に夕暮れの空と、一人の少女の泣き顔が写り込んで来た。
「京くん!」
「…テティ、よかった、気が付いたんだ」
どうやら瓦礫の上に寝かされているようだ。
「それはこっちのセリフです…!」
今の僕はひどく平然としているように見えるのだろう。
「……はは」
僕は横目で辺りの様子を伺う。
「気が付いたか、後神京」
「…フィンセント先輩」
すると、丁度、血まみれの大天使が、僕の元へ近づいてきていた。
「………それ、全部返り血ですね」
僕は表情を変えずに告げた。
「……貴様も同じだろう」
「…………」
僕は、身体を起こして今の現状を把握する。
「……………これは」
そこには、
「だが、よくやってくれた、後神京」
大量の死体が、瓦礫とかした街並みを、赤黒い血の色で、鈍く彩っていた。