「……………………わけがわからない」
僕は生まれつき、悪運の強い人間なのだと自覚していた。
前海賊王、ディビットジョーンズとの海戦を交えた際には、五大憑き神の一人であるヘカトンケイルに殺されかけたが、ヴァイロン隊長であるセシリア先輩に命を救われた。
獣王の一派とローライトが衝突した際にも、ヘカトンケイルの手助けが無ければ僕は容易く殺されてしまっていただろう。
王国騎士団とヴァイロンがぶつかった時だってそうだ、ルルイエ先生達ノートルダムの介入が無ければ今頃一体どうなっていたのかなど想像もしたくない。
日本に居た頃のことを思えば、今まで何度命を救われたことか。
「…ぁ、…がッ……!」
ーしかし、
「…ふ、ふはは、リッチェル中将、祝杯をあげようぞ!!」
「…ぅ、………ガハァッ…」
今回ばかりは、必死である。
「(……痛みが引いてきやがった…本格的にまずいな……)」
意外にも頭は冴えていた。
身体だけが切り落とされたかのように言うことを聞かないのだ。
「チッ…流石に密着すると削られるな…!」
魔人は僕の腹部からみずからの腕を勢いよく引き抜いた。
「ぅぐぁッ!」
引き抜かれると同時に、ボタボタと大量の血が身体の内から流れ出る。
「…………ぁ…」
気付けば視界が霞んでいた。
出血が引き金となり、僕の意識までも朦朧とする。
「…しぶとい、流石はウシロガミを体内に宿してきただけはある」
「……将軍様、…一旦体制を立て直すべきです」
「………そうだな、残りの三人はどこだ?別行動しているのか」
「…彼らは先に行かせてあります」
「そうかすぐに合流するべきだろう」
ーそうして、僕の意識はあまりにも容易く闇に落ちた。
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ウシロガミの少年はチカラ尽きた。
これだけの出血をしていれば、今すぐ治療処置をしたところで助からないだろう。
「リッチェル、空間干渉はもう完全に殺されてしまったのか?」
「………まだ、後一度、冥界に帰る程度なら可能です…」
「…そうか、それはよかった」
リッチェルはウシロガミに殺された魔神の血をいたわりながら立ち上がる。
せめて魔人将軍様だけでも冥界に帰さなければならないのだ。
今の冥界にはこの方が必要なのだから。
「魔人将軍さ…ー」
ー我がそう口に出した瞬間だったのだ。
『わしはどうやら殺されてしまったようじゃのう』
「ッ!?」
リッチェルは反射的にに先ほどの少年に目を向けた。
「………な……!!」
『あー痛い痛い、腹がばっくりわれておるわ。人間の身体とはなんとも不便なものじゃのぅ、……ん?なんじゃお主ら、まさかお主らが我が憑き主様を殺したのか?』
「……ウシロガミ…?」
『…んー?あぁ、お主ら魔界の…いや、今は冥界じゃったか?その住人である魔人であろう。知っておる知っておる、400年前はよく働いてくれたものじゃ』
「…どういうことだ…?『星の記憶』といい貴様といい、何故媒体を殺したのにも関わらず死なずに生きている……!」
ソレはもう、ウシロガミ少年ではなかった。
白い髪の毛が腰の辺りまで伸び、顔つきまで変わってしまっているのか、まるで少女のような風貌に変わり果ててしまっているのだ。
『一体何を言っておるのだお主は、器は常に一つ。添えて並べるか、一つの内に収まるかじゃ。わらわはこの小僧……じゃない、憑き主様の憑き神ではあるが、この小僧本人でもあるのじゃよ。……あぁ、勢い余って小僧と呼んでしもうたわ』
「………?」
ウシロガミは一体何を言っているのだ?
いや、憑き神が本人そのものとして捉えることに違和感はないのだ。
…しかし、それがどうこの状況の説明に繋がるのだろう。
『ふん、何を言っているのかわからないと言った風じゃのう。まぁ無理もない、特別に教えてやろうか、今のわしは機嫌がいい』
「………」
ウシロガミのあまりにも余裕のある言葉に、ふと彼女の腹部を確認したのだが、…綺麗さっぱりと傷そのものがふさがり、破けた衣服だけが残されていた。
『わしと京の関係はただの主従関係ではない、血族としての繋がりをも持つ、言わば、一心同体。つまりー』
ウシロガミはニタリと冷たい笑みを浮かべた。
『京を殺したところで、まだわしは殺せておらんということじゃ』
「……そんな馬鹿な話を信じろとでも……?ウシロガミ」
魔人将軍は一歩踏み出てから、殺気に満ちた視線をウシロガミの赤い瞳を睨みつけた。
『……あ、おい、お主危ないぞ』
「……なに?」
ー次の瞬間だった。
ドサッ、と、中身の詰まった麻袋が倒れるような音が瓦礫の上に響いた。
「………………!?」
それは、
「………いや、我にはわからない!一体なにが起きたんだ!?」
魔人将軍が、倒れた音であった。
『あーあ、だから言わんこっちゃない』
「何をしたウシロガミ!将軍様に一体何をしたのだ!!!」
『いや、そやつが勝手にわしの目を覗き込むからじゃよ。知らんのかえ?
「ウシロガミと目を合わせたものは死ぬ」という伝承を』
「………なっ……!」
『ほれほれ、わしを睨めばお主まで死んでしまうぞ?今はこの貧相な胸ぐらでも眺めておるがよい』
「……しょ、将軍様!お気を確かに……!!」
リッチェルはハンニバルの首筋を抑えて生死の確認を計ったが、
「……………………わけがわからない」
ウシロガミの言葉に嘘偽りはなかった。
ー最強の憑き神。
この言葉が、地にひれ伏したリッチェルの脳裏に浮かび上がって焦げ付いた。