「…今の星の記憶には、勝てるのだ」
「…はぁ、はぁ…!」
私は息を荒げて街の通路にしゃがみこむ。
「テティちゃん!大丈夫かい!?」
『………ふむ、テティ、次は右から来る。北西に逃げるのが最適だ』
「………だい、丈夫、まだいけます」
そう言って私は再び走り出すが、一度抱いた疑問を上手くあやせずにいた。
「…」
ー魔人とは強過ぎる。
兄さんやヴィルヘルム先輩は、あんなのを複数相手に何をどうやって戦ったのだ。
…星の記憶の助言がなければ最初の一手で確実に死んでいた。
『テティ、通路を東向きに三発撃て』
「……は、はいっ」
私は限りある力を振り絞って引き金を引く。
ーすると、銃声が鳴った直後に東の通路から姿を現した魔人の一人を、鉛の弾丸が射抜いた 。
「(……すごい、全て完璧に読んでいる)」
実際の戦闘を行えば、『星の記憶』が、いかに強大な力を持っているかを改めて実感する事が出来る。
この力を、彼らはどう思うのだろう?
自分の行動先の全てに、敵の攻撃が先回りをして待っていたのなら。
避けようもない、対処しようもない、どうしようもない攻撃が、確実に襲いかかってくるのだから。
『テティ、通路を西に一発、東北に二発、真上に五発。そしてすぐに北西に走るんだ』
「………はぃ!」
絶え間ない銃声も、今は心地いいとは思えなかった。
正直、戦っているという実感が湧かないのだ。
襲われているのはわかる、…しかし。
「(………これが、憑き神の戦い)」
私は荒げた息を整える暇もなく走り出した。
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「ドゥークス、大丈夫か?」
「はい、リッチェル中将閣下。鉛の弾丸など我々にとって造作ではありません、………しかし…」
「………」
我々の中に、一種の恐怖のようなものが芽生え始めているのをひしひしと感じる。
ー敵の行動の全てが、的確すぎるのだ。
ーまるで、星そのものが我々の敵に回ったかのような感覚。
しかし、
「……しかし、相手はルルイエではない。我々から逃げるということは、我々には敵わないと踏んでの行動だ」
…そう、確実に勝てる。
「…今の星の記憶には、勝てるのだ」
我々は民家の屋根の上で揃って足を止めた。
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『……魔人達の動きが止まった、…何かしかけてくる』
ー星の記憶が、そう警告した直後に異変は起こった。
「…ッ!?」
まさに目の前、数歩先の空間に、ヒビが入ったのだ。
そしてみるみるうちに、街並みを映す景色が瓦解していく。
「…空間移動……?!テティちゃんッ下がるんだ!」
「…ッ」
とっさにの行動に、足元が緩んで挫いてしまう。
「…まずい……!」
空間の切れ目から先程の巨体の魔人が姿を現し、私目掛けて突進してくる。
「討ち取ったりッ星の記憶よ!」
ー回避は、間に合わなかった。
「ーぁゔッ!!」
私の身体は、まるで紙屑のように吹き飛ばされた。
「ーぁ」
視界が反転し、重力を無視して、身体が空中でくるくると回転する。
「ーぅぐッ!」
そして、民家の煉瓦造りの壁に全身を打ち付ける形で叩きつけられた。
「くそっ!テティちゃん!!」
ーまずい、意識が飛ぶ、視界が、黒く染まっていく。
「…………ぅ、…」
肋骨はやられたか、腕も脚も感覚がない、今の一撃で、一体何箇所持って行かれた。
「………ぅぅ、…ぅぐ」
もはや人間の怪力では無い、いや、わかりきっていたことではあるのだが、まさかここまでとは。
「ほう、まだ息があるか、華奢な身体のわりにしぶとい」
巨体の魔人は私の首を鷲掴みにし、まるで人形遊びでもするかのように軽々と持ち上げた。
「…ぁぐッ」
「…さて、どう殺す、今すぐ殺すか、見せしめにして殺すか」
ー殺される。
何か今この状況を打開する策はないか、殺されない方法は無いのか。
『…………』
星の記憶は黙って私の血まみれの顔を見降ろしている。
「………………」
ーそうして私の中に、諦めの念がポツリと浮かび上がったのだった。