「…そこで、じゃ、京に一つ頼みたいことがある」
まだ日も沈んでいない夕暮れ前、僕は少し居眠りをしてしまっていたようだ。
「(………街のほうが騒がしいのか?)」
銃声に似た音が聞こえたような気がしたが、きっと聞き間違えか何かだろう。
「………」
ーそういえば眠っているあいだ、少し昔の夢を見ていた気がする。
そう、このローライトにくる前、まだ僕が日本にいた頃の夢だ。
「………………」
そうだ、ちょうど暇を持て余していたところだったので、僕がこのローライトにやって来た理由を少し掻い摘んで語ろうと思う。
…そうそれは、まだほんの半年前の出来事だ。
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突然実家の祖父に呼び出された僕は、それほど気負いも無く実家に帰郷した。
多分実家に顔を出したのはちょうど一年ぶりくらいだったか。
「よう来たな、京」
「突然呼び出して、何の用だよじいさん」
「…いや、わしとしてはあまり気乗りせん話なのだが……」
今思えば、この時のじいさんは確かに挙動がおかしかったのかもしれない。
「京、お前の中に居座っておる憑き神、ウシロガミが本来の姿を成しておらんのは知っておるな?」
「……あぁ、確かじいさんがあいつの闇の部分と生身の身体の部分を分離させているんだったか」
「その通りじゃ、今のウシロガミは………いや、羅刹姫と呼ぶべきかの……。今の姫はわしが若い頃に比べて遥かに弱体化しておるのじゃよ」
「それも前に聞いた」
「…なら、その闇の部分が今も世界のどこかで暴れ回っているのも、姫から聞いておるかの?」
「……あぁ、聞いてるよ」
そうか……と、じいさんはふと視線を落として呟いた。
「…そこで、じゃ、京に一つ頼みたいことがある」
じいさんは浅い息継ぎをしてから、今まで見たことのないような真剣な眼差しで、確かに僕を見据えて言った。
「羅刹姫の、闇の部分を探し出して来て欲しいのじゃよ」
羅刹姫の闇の部分、つまり、羅刹姫から分離したウシロガミの捜索。
「………探し出すって、どうやってだよ」
「もちろん世界中を隅々まで探し回るのじゃ、……しかし、今のお前さんでは、あまりにも未熟過ぎるのでな………。これからまず、お前さんにはある場所に向かってもらう」
そしてじいさんから掲示された行き先というのが、ローライト魔法術学校である。
こうして僕は、ほとんど強制的に日本から追い出されるかのように旅立ち、ローライトにやって来たのだ。
その目的は、純粋に僕自身を訓練し、憑き神の扱いを完璧にすること。
そしてその先にある真の目的は、…分離したウシロガミの捜索…。
ー以上が、僕がローライトにやって来た理由の大半である。
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ー瞬間、
「!?」
僕は身体の感覚が研ぎ澄まされるのを確かに感じとった。
…これは、体内に宿る憑き神が悪魔に反応した時の感覚である。
「………近くに悪魔がいるのか……?」
部屋の窓から、少しだけ身を乗り出して外の様子を伺ったが、それらしい姿は確認することが出来なかった。
「気のせいか………?」
そう思って身を引いた瞬間であった。
「……………」
ヴァイロンの屋敷の裏山に通じる森の中を走る、真っ赤なフードコートを纏った人影が一つ、僕の視界の中に現れた。
「………………」
明らかに怪しい。
「…気付かれないように後をつけてみるか……?」
恐らくそうしておくのが正解なのだろう……。
「……よし」
ようやく僕にも出番がやって来たというものだ。