「…威嚇射撃です、次はありません」
『…ルルイエ、魔人が人間界に侵入した』
星の記憶がそう呟いたのは、学校長と話したすぐ後、ヴァイロンの屋敷へ向かっている最中のことであった。
「思っていたよりも早いな、どこの境界門からだ?」
『ガブリエラニーチェフの境界門』
「すぐ近く……いやもうローライトの街の中じゃないか!」
「兄さん、ヴァイロンの屋敷の前にそちらを優先すべきじゃないでしょうか」
「…あぁ、そうだね、そうするべきだ。よし、行き先変更!」
「…………」
ーおかしい、どうしてローライトの管理するニーチェフの境界門を出入りすることができるのだ?
ローライトの生徒でもなければ、人間でもない魔人が……。
「…魔人はそういう特性なのか、それともそういう能力を持った奴がいるのか…」
『恐らく後者であるぞテティ、境界門を出る時に何かの魔術式を構築している。…ふむ、魔人の数は随分と減ったな、たったの四人だ。おおかた海賊王を襲った連中だろう』
「ふふふ、面白くなってきた」
「まったく面白くありませんよ…兄さん」
私たちはローライトの中心街、ガブリエラニーチェフの境界門が構える中央大広場に向けて走り出した。
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「ふむ、境界門とは実に便利な代物だ。このローライトの地にこれほど早く辿り着くとは」
「リッチェル中将、命令通り私はここから単独行動へ移ります」
「あぁ、健闘を祈る」
「……では」
バッカニーナと呼ばれる女性は、レンガの敷石を蹴って姿を消した。
「よし、諸君、ここはもう敵の本拠地のど真ん中だ。心して憑き神の息の根を止めるように」
すると、魔人の一人が驚いたように口を開いた。
「………リッチェル中将、こちらに向かっている憑き神が…、なッ!これは、ほ、『星の記憶』!?」
「…………………なんだと?ルルイエ・アイリス・ミルモットの息の根は確かに止めたと聞いているが」
「…はい、それは間違いないはずです…私も星の記憶を討伐する際の戦闘に参加しておりましたので…、一体何がなんなのやら…!」
リッチェルは眉間にシワを寄せて思案する。
「(………一杯食わされたのか…?…あの将軍様が……いや、相手はあの星の記憶だ、ありえなくもない話なのだろう)」
「リッチェル中将、いかがなさいますか」
「………ふむ、人も集まって来たな、騒ぎになる前に……ふっ、もう十分騒ぎになっておるがな。ひとまず体制を立て直す、行くぞ」
「はっ」
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「兄さん!」
「あぁ奴らだよテティちゃん、皆同じ装束を纏っているから間違えようがない!」
大広場の中央に位置する、ニーチェフの境界門の前に立っていた彼らは、真っ赤なフードコートで全身を覆い、いかにも異質の空気を纏っていた。
「止まりなさいッ、私はローライト第三位ギルドヴァイロン第四席です!」
「…間に合わなかったか…」
私が制止を促すと、赤装束の彼らはこちらを凝視しながら、何やら会話を交わしているようだった。
「…………貴方たちが、魔人、ですか」
「……ほう、我々のことを知っているのか。…もしやと思ったが貴様は星の記憶の親族か?」
「…兄さん、貴方たちが殺したルルイエ・アイリス・ミルモットの妹です」
「………ふむ、確かに一杯食わされたようだ……、当人を殺せば憑き神も死ぬと報告にあったのだが…。それとも何かの小細工をしておったか、だな…………ん?」
すると、三人の魔人を率いる巨体の男が目を見開いて呟いた。
「……まさか今は貴様が星の記憶か……?」
「……」
この質問は予想出来ていた。
「……そうです」
「…なんと、将軍様は無駄骨を折ってしまわれたようだ」
巨体の大男は、大げさに飽きれたような手振りをする。
「動かないでください」
私は背中に背負っているライフルを腰までおろし、その銃口を大男の頭に狙いを定めた。
「遠距離銃をこの距離で腰撃ちか?…ちゃんと使い方は教わったのかね」
大男は薄ら笑いでそう応えたが、私はそれに対して僅かに口元を緩めて応じる。
「…私はいちいち照準を合わせたりしませんのでご心配無く。それよりもご自身の保身に走るべきかと」
「………?それはどういう」
そして私は間髪入れずに、ライフルの引き金を引いた。
「ッ!?」
火薬の炸裂する気持ちのいい銃声が、広場の隅々へと響き渡る。
そしてそれと同時に、大男の赤いフードに、10mmの綺麗な風穴が空いていた。
「…威嚇射撃です、次はありません」
「……いや、驚いた、流石に慢心していたようだ。相手はあの星の記憶なのだったな」
「(…流石僕の妹だテティちゃん!どんな場面においても、たとえどんな体制であっても、完璧な精度を誇るテティちゃんの我流銃術!…こればっかりはこの僕でも真似することが出来なかった代物だ)」
「…というわけですのでそこに大人しく座って置いてください」
「………?」
私がそう促すと、赤装束の四人は、呆気にとられたかのような表示を見せた。
「…いやだから、大人しく捕まって下さいね」
「………それは、どういう意味でだ?」
「言葉のままです、ここの学校長の言葉を借りれば、そのままの意味を汲み取ってかまわない、です」
「…………何かの策略か…?」
「…気を付けて下さい、リッチェル中将」
「…………?…」
ーここで私はようやく後ずさり、顔を青ざめた。
「…に、兄さん?私遠距離戦や多対多の戦闘は得意ですけど、一対一や数で劣る戦闘については…ほとんど役にたたないというか……なんというか」
「………え、兄さんに聞かないでおくれ」
「そ、そんな…何か手があるんじゃないんですか…?」
「……ふふ、今の僕に何が出来るっていうんだい……?」
『やはり止めた方がよかったようだ……、魔人の元へたった一人で挑みに行くなんて無謀極まりない愚行を…』
「…………ここはひとまず退散、です」
そして私は一目散に走り出す。
「ぁ、逃げましたよ、リッチェル中将」
「……………何がなんなのだ?」
「…あの、後を追うべきでは」
「…ふむ、よし、殺して構わない、星の記憶の討伐を第一とする」
「はっ!」