「…ちょ、兄さん、人がいますから喋っちゃダメですよ」
ヴィルヘルム先輩の意識は未だに戻らない。
あの人のことだ、きっと後になってからいいところになるとシレッと出てくるに違いないのだが……。
それでもやはり呑気に構えるのには、いくらか無理があるというものだ。
…特にフィリー先輩の顔色など見ていられないほどである。
ついさっきフィリー先輩をヴァイロンの屋敷まで送り届け、今は生徒寮の自室にいるのだが、彼女の焦燥に充てられてしまったのか、僕も少し心細く感じてしまう。
「………ルルイエ先生が殺され、ヴィルヘルム先輩の意識は戻らない……か」
まったくどうしてこうなった。
…いや、いつものことなのだろうか、…いつものように起こる悲劇が、今回は偶然僕の身近なところに集中しただけ………か。
「…………はぁ」
僕は、
「…僕はどうしたらいい、ウシロガミ」
そう呟いた言の葉は、一人には広過ぎる空間に溶けて馴染んで消えてしまった。
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「いやー境界門を経由すれば、ローライトまで一瞬だね」
「…ちょ、兄さん、人がいますから喋っちゃダメですよ」
ローライト城下街の中心広場にある、現存する中で最も大きい境界門、『ガブリエラニーチェフ』の境界門を抜けた私たちは、ローライト城を目指して足を進めていた。
目の前にある正面門を潜れば、京くんと初めて出会った無駄に長い階段の前の噴水広場に通ずるので、もうすぐだ。
「いいですか、ここからは絶対に喋っちゃいけませんよ」
「…わかってるわかってる」
…はぁ、どうしてローライトに帰ってきたのにも関わらず、無駄な緊張をしなければならないのだろうか。
『ん、……ほう、テティ、私は喋っても構わんな』
星の記憶が珍しく少し驚いたような声を上げた。
憑き神の声はそれに連なる人間にしか聞こえないため、問題はないだろう。
「……?別に構いませんけど…」
『海賊王が倒れたそうだ、意識も失っている、かなりの重傷と言えるだろう』
「ヴィルヘルム先輩が…!?」
一瞬信じられなかったが、すぐに合点がいった。
ー魔人、
「魔人だな」
「…兄さんの予想通りですね」
「…悪いことをした、僕が奴らに殺されずに返り討ちにしていれば、ヴィルヘルム君が狙われることもなかっただろう」
「…………」
ーあ、
「兄さん、喋らないでください」
「………そうだった」
…いや、しかしヴィルヘルム先輩まで敵わないなんて……。
兄さんの話によれば、すでに半数以上の魔人を殺してしまってはいるはず。
それなのにだ、
「星の記憶さん、何かわかりますか?」
『……ふむ、なるほど、私とルルイエが戦った連中以外にも待機していた魔人がいたようだ。人数は…12人、海賊王はその12人に襲われてしまったようだな』
たったの12人……?…いや、それでも多勢に無勢ではあるのだが。
「………………」
兄さんは100人もの魔人相手に一体どうやって戦ったのだ……?
海で海賊王を狙うほど、魔人も恐らく馬鹿ではないだろうが、それでも、例え陸地で戦ったのだとしてもヴィルヘルム先輩が何もせずにやられるとは思えない。
しかし、100人と比べれば明らかに少数の魔人に……………。
「………」
…今考えても意味はないのかもしれない。
「(…とにかく今は、学校長のところへ)」
私たちは階段の一段目に足をかけた。