第1章 旅立ちの夜
~旅行ブームの昭和70年代前半~
「雨降っちゃってて、今日中には帰れそうにないって母ちゃんに言っといて」。
「学校どうすんだよ」
「大丈夫、俺まだ旅休暇が6日分残ってるから」。
兄は高校3年生。見ての通り、旅に洗脳された人物の1人。
受験勉強が始まる夏前に、旅に行きまくってる。
金曜の夜に家を出て、普段なら日曜の夜、今頃には帰ってくる。が、今夜は悪天候で帰れなくなったらしい。
お金のない高校生の旅はチャリがメインだから、こんなことはしょっちゅうある。
今じゃ旅は社会で認めれているから、旅のために学校を休める、旅休暇ができた。学校によってばらつきはあるが、最低でも1年で10日間以上は設定しなくてはならない。いつ旅休暇に指定するかは自由だ。
俺は高校2年。クラスは7割が旅に洗脳されているといったところか。
4年前は、俺も旅が好きで、家族や兄といろんなところに行った。
そのときは列車や車がメインで、自転車や徒歩は少数派だった。
今は自転車や徒歩が主流だ。金をかけてたまに行くよりも、金をかけずに頻繁に行く方が人気になったからだ。要するに、量より質が質より量にシフトしたのだ。
月曜、火曜、水曜、木曜・・・
いつもと変わらない、平凡な日々が過ぎてく。が、近づくにつれて、そわそわし始めた。
金曜日。今日は終業式。1学期が終わり、明日から夏休みが始まる。
さっそく今日から旅に行くと言ってるやつらが盛り上がってる。その後、放課後の教室で、旅の情報共有タイムが始まった。
「竜ちゃん、もしかして旅に出んの?」
「お前もようやく目覚めたか。おい、ここ座れよ」。
「おお、サンキュ」。
確かに旅は好きだった。が、あの日以来、俺は旅を避けてた。こんなのが流行ってるなんて、俺は社会に反抗心を抱いてた。
が、今日の夜から4年ぶりの旅に出る。スタイルはあのときと変わったが、根本的なことは変わってないはずだ。
集会が終わると、みんな家まで急ぎ足で帰る。
単体で行く奴がほとんどだが、初心者はグループを作って行く。
たいていのやつらは自転車を使う。俺もいろいろ迷ったが、やはりここは自転車を使うことにした。
昭和72年7月19日金曜日 午後11時 専用装備された自転車にまたがり、旅が始まった。
1人、暗い夜道をこいでいく。おそらく日本の高校生の半分以上が自転車で旅を始めたはずだが、それでも夜道は暗く寂しい。