第29話 青の魔物
ウソ、だろ――? 13歳の少女が政府軍の中型飛空艇を墜落させた、だと!? ……こうなって来ると、なぜ死んだのかが気になって来るな。
っていうか、コイツにそんな力はないよな? もしあったら……私たちの司令艦も落とされてしまうかも知れない。
「大型飛空艇を墜落させた彼女は、血まみれでシリオドアに戻った。タナトス皇帝は喜んだよ。まさに皇太子に相応しいって」
私はゴクリと生唾を飲み込む。なんてヤツだ。フィルドとどっちが強いんだ? 一度戦って貰いたいもんだ。
「でも、彼女はそれでも死んじゃった。フィルドに負けてね」
「えっ!? あのフィルドと戦ったのか!?」
まさか、もう戦っていたなんて……。
「敗因は簡単だよ。近くに弟がいたから。そのせいで、彼女は本領発揮できず、敗北したんだ」
「そ、そうか……」
弟がいたから本領発揮できないところを見ると、大規模攻撃が得意だったのかもな。周りを巻き込むほどの……。
「ところで、そろそろ時間稼ぎはいいかな?」
「…………ッ!」
し、しまった! バレていたのか! 私の背筋に冷や汗が流れる。この女……! 私は素早く戦闘態勢に入る。ニュクス同様、物理・魔法攻撃が効かないパーフェクター。どうやれば倒せるんだ……?
だが、次の瞬間だった。この炎のパーフェクターは全く予期しない言葉を口にした。
「……行きなよ」
「…………!?」
私はその場で驚き突っ立ったまま、カリュプソに視線を向ける。ど、どういうことだ? 逃がしてやるってことなのか……?
「私、人を弄んで殺すのは好きじゃないんだ。皇帝陛下や他の三王は好きみたいだけど、私はちょっとね……」
「カリュプソ……」
「私があなたを倒して、連合軍を追えば、たくさんの女の子が捕まる。捕まって、拷問されて殺される。そんなのは、イヤだから……」
「……あ、ありがとう」
私は一言、そう言ってカリュプソに背を向け、走り出す。向かう先は司令艦の方だった。コマンダー・モルに裏切を唆したパラックルがいる飛空艇だ。
ケイレイトは無事だろうか? クナやフィルストは? 3人の安否も気になるが、今は引き返しているヒマはない。今は司令艦に戻る事が先決だ……!
◆◇◆
私は去って行くコマンダー・アレイシアの背中をぼんやりと見つめていた。……サルリファスを“殺してくれた”のは、あの人のオリジナル――フィルド=ネストなんだよね。
これは私なりのお礼だった。もちろん、タナトス皇帝やイプシロンたちがクローンを弄ぶのもイヤだった、という理由もある。
「…………」
サルリファスは優しさがある一面、その力は恐ろしいほどのものだった。そして、自身の弟以外には冷たかった。アレは、シリオードの怪物だった。
私の脳裏に、“あの日”のことが焼き付いて離れない。サルリファスが政府軍に降伏して、中型飛空艇で連行された日、私も彼女と一緒だった。
*
――EF2007年(6年前)10月 【シリオード大陸 空域 中型飛空艇】
白銀の髪に青色の瞳をした女の子。シリオード皇太子サルリファス。彼女は両手をかざす。その先にいるのは大勢の国際政府軍兵士。全員がアサルトライフルの銃口を向けていた。
あの事件が起きたのは、政府軍中型飛空艇の艦内だった。私たちはシールドの張られた独房を破壊して、広い空間に出た。そこに待ち受けていたのが彼らだった。
「アウター中将、ターゲット2名を確認しました」
「一度だけ言うよ。私たちをシリオドアに返して」
「ははっ、威勢のいいガキだな。わたしは数ヶ月前、フィルド将軍の下でサキュバスどもを討伐した。何十匹ものサキュバスを殺したんだ。何が言いたいか分かるかな?」
私もサルリファスもすぐに分かった。逆らうなら、サキュバスと同じ運命を辿ることになるだろう。そう言っているんだ。
サルリファスは冷静だった。真っ直ぐとした瞳でアウター中将を睨んでいた。その瞳は、とても13歳の少女とは思えないものだった。
「分かった。みんな、死ぬ事になるね」
「ふっふっふ……。抵抗したら殺してもよいと政府代表より言われている。覚悟しろ」
アウター中将が勢いよく迫ってくる。その手にはナイフが握られていた。私は震えあがるも、サルリファスは冷静だった。
「あの討伐で、わたしは何十匹ものサキュバスの首をハネた。このナイフでな!」
自慢げに話しながら迫るアウター中将。その時、彼の頭を覆うようにして半透明をした青色の魔法の球が現れる。
「んん?」
アウターが立ち止まった瞬間だった。青色の球が消える。それと同時に彼の頭も消えた。……頭だけ。アウターは胴体だけになっていた。首だけが消え、その根元からは血が噴き出ていた。
すぐ近くで何かが現れ、転がる。私はそれを見てしまった。私は悲鳴を上げる。転がっていたのはアウターの生首だった。
それからは残酷な光景ばかりだった。サルリファスは魔法で何もかもを壊していった。兵士やロボットを引きずり込むブラックホールのような球。それが破裂した時、中に引きずり込まれた物が勢いよく出てくる。バラバラになって。血と肉片が中を舞い、私やサルリファスの服を汚していった。
やがて、中型飛空艇のエネルギー炉さえもサルリファスは破壊した。破壊する時、生き残った兵は、もはや戦意を失い命乞いをしていた。彼らはエネルギー炉を破壊された後、彼女の魔法で引き裂かれた。
飛空艇が墜落しそうになった時、彼女は私を抱き締め、時間魔法と空間魔法を使って大きくワープした。気がついた時には私たちは雪山にいた。
その時、サルリファスは血を吐いて倒れた。魔法の使い過ぎだった。彼女の苦しむ姿を見て、私はこのまま死んでしまえばいいって思った。今思えば、私が殺すことも出来た。でも、当時はそれすら怖くて手が出せなかった。
やがて、シリオードの軍勢によって私たちは助け出された。シリオドアに戻った時、サルリファスは一言、私に警告した。
――あの事、私の弟に喋らないでね。もし、喋ったら、死ぬことになるよ。
私は震えながら、泣きながら激しく何度も頷いた。もう、サルリファスのことが怖くて仕方がなかった。
その日から夜な夜な私は残酷な光景にうなされた。アウターの生首、肉塊に変えられる兵士たちの悲鳴、私に命乞いする兵士の姿、轟音と共に墜落した飛空艇、サルリファスの警告……。
だから、政府首都グリードシティでフィルドがサルリファスを殺した、という報告を聞いた時、私はようやく長年の恐怖から解放された、ような気分になった。
私が残酷なことを嫌がる理由は、もしかしたらこの事があったからなのかも知れない。これがトラウマになって、今、残酷なことが出来ないのかも知れない……。




