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F級専門の受付職員、担当した新人が全員S級になっていた――しかも有名S級美少女から「先生」と慕われています

作者: 抑止旗ベル
掲載日:2026/09/09


「俺、探索者に向いてないんだと思います」


 本日七人目のF級探索者は、俺の窓口に来るなりそう言った。


 ここは日本ダンジョン協会新宿支部。


 俺――高瀬圭介は、探索者登録を済ませたばかりの新人を担当する、F級専門の受付職員だ。


 仕事内容は、依頼の紹介、装備の確認、簡単な助言。先輩職員からは「誰でもできる雑用窓口」と呼ばれている。


 十九歳の青年、羽田海斗の盾には細い傷が五本、すべて右上から左下へ走っていた。左肩には打撲。剣の刃には、ほとんど使用痕がない。


「昨日は何と戦いました?」


「角兎が三匹です。剣を振る暇もなくて……盾で防いでいたら、仲間に助けられました」


「三匹を何分止めました?」


「え?」


「助けが来るまでの時間です」


「たぶん、十二分くらい……」


「盾は一度も落とさなかった?」


「はい。でも、攻撃できませんでした」


 俺は机の下から、貸し出し用の短槍を取り出した。


「羽田君。長剣は置いて、これを使ってみましょう」


「槍、ですか?」


「君は攻撃が遅いんじゃない。防御を崩したくなくて、剣を振れないんです。盾を構えたまま突ける武器のほうが合っています」


「でも、十二分も防いだだけですよ」


「新人が角兎三匹を相手に十二分耐えるのは、『だけ』ではありません」


 彼は目を丸くした。


「今日から四日間、背の高い盾と短槍で訓練してください。それでも駄目なら、別の方法を考えます」


「別の方法を考えてくれるんですか?」


「それが俺の仕事ですから」


◆◆◆


 四日後、羽田君は再び窓口へ来た。


 今度は、ひどく興奮した顔だった。


「高瀬さん! できました!」


「落ち着いて。何がです?」


「訓練場で、粘液鼠を五匹、十五分止めました! 盾の隙間から槍を出したら、二匹は自分で倒せたんです!」


「それはよかった」


「教官に、盾役の適性があるって言われました。来週から正式に防衛訓練を受けられます!」


 近くの窓口で書類を処理していた同僚たちが、一斉にこちらを見た。


 羽田君は頭を下げると、足取り軽く訓練場へ向かっていった。


「短槍に替えさせただけで、あんなに変わるものなのか」


 隣の席の柴田さんが感心したように呟いた。


「盾の傷が全部同じ角度でしたから。怖くて目を閉じている人なら、傷はもっと散ります。彼は最後まで相手を見ていたんです」


「そこまで見ていたのか?」


「装備確認は受付の仕事でしょう」


 そう答えると、斜め向かいの窓口から小さな笑い声が聞こえた。


「新人相手なら、たまたま助言が当たることもあるさ」


 神谷俊介。俺と同期の受付職員だ。


 彼はA級、S級探索者の専用窓口を担当している。


 仕事は速く、制度にも詳しい。だからこそ、彼はF級窓口を非効率だと考えていた。


「高瀬は一人に時間をかけすぎなんだよ。F級の大半は半年で辞める。将来性のある探索者に時間を使うほうが、協会全体の利益になる」


「そうかもしれないな」


「反論しないのか?」


「羽田君が盾役に向いていたのは事実だから」


 神谷は肩をすくめた。


 俺自身、探索者として成功できなかった人間だ。


 六年前に探索者登録をしたものの、攻撃技能は最低値。身体能力も平均以下。E級への昇格試験にも落ちた。


 だから俺は、新人が何につまずくのかをよく知っている。


 俺がしているのは、自分が昔ほしかった助言を渡しているだけだった。


◆◆◆


 翌週、三人組のF級探索者が窓口へ来た。


「パーティーを解散しようと思っています」


 代表して口を開いたのは、小宮大地という体格のいい青年だった。


「俺たち、連携が全然できなくて。俺がなぜか魔物に狙われるし、桜井の火は当たらないし、宮野は弓を撃てないし……」


「撃てないんじゃありません」


 弓を抱えた宮野美咲が俯いた。


「外したら誰かに当たりそうで……」


 もう一人の桜井理奈も、小さく手を挙げた。


「火球を撃つと、味方まで燃やしそうになります」


「昨日の戦闘記録を見せてもらえますか?」


 三人の探索端末を確認する。


 小宮君は一戦で二十七回、敵の注意を引いていた。


 桜井さんの火球命中率は二割。しかし、とっさに出した防御障壁は十二回中十一回成功。


 宮野さんは矢を一本しか放っていないが、他の二人より平均して七秒早く敵を発見していた。


「解散する必要はありません。役割が逆なだけです」


「逆?」


「小宮君は前衛で敵を引きつける。桜井さんは攻撃魔法をやめ、障壁で小宮君を守る。宮野さんは弓を捨てなくていい。ただし、戦闘中は索敵に専念してください」


 桜井さんが困った顔をした。


「でも、攻撃役がいなくなります」


「最初から一人で全部倒す必要はありません。採取依頼を中心に受けて、危険な敵は避ける。その間に小宮君が反撃を覚えればいい」


「戦わずに逃げてもいいんですか?」


 宮野さんが聞いた。


「依頼品を持ち帰れば達成です。魔物を倒すことは目的ではありません」


 三人は半信半疑だった。


 それでも、俺が作った役割表を持って訓練へ向かった。


◆◆◆


 二週間後。


「第三層の採取依頼、達成できました!」


 三人は魔力草の入った袋を受付台へ置いた。


 納品量は規定の二・三倍。負傷者はゼロ。予定帰還時刻より四十分早い。


「小宮が魔物を引きつけて、私が障壁で通路を塞いで、美咲が安全な抜け道を見つけたんです!」


「二回しか戦わずに済みました」


「これなら続けられそうです!」


 報告を聞いた周囲の職員がざわついた。


 F級パーティーの初回依頼は、軽傷者が出ることも珍しくない。それを三人は、規定を超える成果で終えた。


「次は一段階上の採取区域へ行けますか?」


 小宮君に尋ねられ、俺は首を横に振った。


「まだです。今回は宮野さんの索敵に頼りすぎています。次の二回は同じ区域で、撤退経路を全員が判断できるようにしてください」


 三人は少し残念そうな顔をしたが、すぐに頷いた。


 結果が出たからといって、すぐ難度を上げればいいわけではない。


 成功した直後こそ、同じ成功を再現できるか確かめる必要がある。


「せっかく調子がいいのに、慎重すぎないか?」


 神谷が言った。


「事故が起きれば、一度の失敗で辞めることになる」


「それは本人たちが判断することだろう」


「判断材料を渡すのが受付の仕事だよ」


「受付は教師じゃない」


 神谷の言葉は正しい。


 協会の規則上、受付職員は探索者を指導する立場ではない。


 けれど三人は、次の二回も負傷者を出さずに依頼を達成した。


◆◆◆


 一か月後、小宮君たちのパーティーはE級に昇格した。


 それを皮切りに、俺の窓口を訪れた新人たちの昇格報告が続いた。


 片手剣に向いていない青年には、狭い場所で扱いやすい棍棒を。


 詠唱が遅い魔法使いには、威力より準備時間を優先した魔法を。


 罠を怖がる少女には、床ではなく天井の変化を見る方法を。


 もちろん、全員がうまくいくわけではない。


 生活が不規則で訓練を続けられない者もいた。恐怖心を克服できず、探索者を辞めた者もいる。


 その場合は、素材鑑定や地上運搬の求人を紹介した。


 ダンジョンへ潜れないからといって、その人の努力まで無駄になるわけではない。


◆◆◆


 三か月後、支部内の定例会議で、奇妙な数字が報告された。


「F級探索者の三か月以内離職率が、前年同期の四十一パーセントから二十三パーセントまで低下しています」


 報告した柴田さんが、資料をめくった。


「E級昇格者も前年の一・八倍。特に高瀬担当の直近十組は、八組が昇格、残る二組も依頼達成率八割以上です」


 会議室の視線が俺に集まった。


「高瀬、何をした?」


 支部長に問われた。


「相談を受けて、向いていそうな役割を提案しました」


「それだけか?」


「はい」


 神谷が資料を覗き込み、眉をひそめた。


「短期間の結果だけでは判断できません。高瀬が簡単な依頼ばかり選んだ可能性もあります」


「それなら過去の記録も確認しましょう」


 柴田さんが別の書類を机に置いた。


「高瀬がF級窓口に配属されて四年。その間、六か月以上継続して相談を担当した探索者は十二名です」


 神谷が数字を読み上げた。


「S級三名、A級六名、B級二名、C級一名……?」


 一瞬、会議室から音が消えた。


 支部長が書類を奪うように手に取る。


「十二名中九名がA級以上? しかもS級が三人?」


「記録上はそうなっています」


「何かの集計ミスでは?」


 別の職員が言った。


「確認しました。雷撃術師の藤堂玲奈。防壁部隊長の黒崎拓海。単独斥候の柊木薫。現在S級の三名は、全員F級時代に一年以上、高瀬の窓口を利用しています」


 今度こそ、全員が俺を見た。


「高瀬。お前、知っていたのか?」


「三人がS級になったことは知っています。でも、それは本人たちが努力した結果です」


「三人とも、お前の担当じゃないか」


「F級専門なので、最初は全員俺の窓口に来ます」


「そういう意味ではない!」


 支部長に声を上げられてしまった。


 だが、本当に俺が特別なことをした覚えはない。


 藤堂さんは雷撃魔法の威力こそ高かったが、命中させるのが苦手だった。だから敵を見るのをやめて、地面へ導電杭を打つよう勧めた。


 黒崎君は盾を持つと足が止まる癖があったので、守る対象ではなく出口を背にするよう伝えた。


 柊木さんは人との会話が苦手だったが、音や匂いを記録する能力に優れていた。無理にパーティーへ入らず、斥候として情報を売る方法を一緒に考えた。


 それだけだ。


「偶然ですよ」


 俺が答えると、神谷が険しい顔をした。


「偶然でS級が三人も育つか?」


「育てたわけじゃない。相談に乗っただけだ」


「俺はA級担当になって三年だが、担当者からS級に上がったのは一人だけだぞ」


「十分すごいじゃないか」


「今は俺の話じゃない!」


 神谷が頭を抱えた。


◆◆◆


 翌日から、俺の窓口に妙な列ができた。


 F級探索者だけではない。E級やD級、中にはB級の探索者まで並んでいる。


「最近伸び悩んでいまして」


「高瀬さんに装備を見てもらいたくて」


「俺にも隠れた才能があると思いますか?」


「順番にお願いします。それと、隠れた才能が必ずあるとは限りません」


 期待されすぎても困る。


 俺にできるのは、記録を見て、本人の話を聞き、見落としている選択肢を示すことだけだ。


 列を整理していると、支部の入口が急に騒がしくなった。


 銀色の髪を後ろで束ねた女性が、白い外套を揺らして入ってくる。


 胸元には、探索者の最高位を示す金色の認識票。


「藤堂玲奈だ」


「『白雷』がどうして新宿支部に?」


 日本に二十人しかいないS級探索者の一人だった。


 彼女は周囲の視線を気にせず、まっすぐ俺の窓口まで来た。


「高瀬先生、お久しぶりです」


 その一言で、受付フロアが静まり返った。


「先生はやめてください。俺は受付職員です」


「私にとっては先生です。高瀬先生がいなければ、私は三回目の依頼で探索者を辞めていました」


「藤堂さんなら、別の方法でも成功していたでしょう」


「いいえ」


 彼女はきっぱりと否定した。


「当時の私は、動く魔物に雷を当てられず、自分には才能がないと思っていました。先生だけが、敵ではなく導電杭を狙えと言ってくれた」


 見物していた職員たちがどよめく。


「今でも使っています」


 藤堂さんは腰の小袋から、黒い杭を一本取り出した。


「私の広域雷撃術は、これを起点にしています。先生の助言が、私の戦い方の基礎です」


 神谷が椅子から立ち上がった。


「ちょっと待ってください。その導電杭は、藤堂さん独自の技術として教本にも載っていますよね?」


「最初の一本を渡してくれたのは高瀬先生です」


 全員の視線が、再び俺に突き刺さる。


「金物屋で買った園芸用の杭ですけど」


「値段は関係ありません」


 藤堂さんは笑った。


「私の人生を変えた一本です」


◆◆◆


 その日から、職場で俺を見る目が明らかに変わった。


 以前は「F級窓口の高瀬」と呼ばれていたのに、廊下を歩くだけで職員が会釈してくる。


 俺としては、少し居心地が悪い。


 神谷だけは何も言わなかった。


 ただ、以前のようにF級窓口を雑用扱いすることはなくなった。


 変化が起きたのは、それから十日後だった。


 午後三時二十七分。


 支部内に警報が鳴り響いた。


『多摩第六訓練ダンジョンで崩落事故発生。地下二層と三層を結ぶ通路が封鎖されました』


 受付の大型画面に、緊急情報が表示される。


 多摩第六は、F級とE級が実地訓練に使う低難度ダンジョンだ。


「内部に十六名が取り残されています!」


 通信担当者の声が響く。


「崩落によって未確認の旧区画が開通。魔物の反応あり。推定A級が一体!」


「A級だと?」


 支部長の顔色が変わった。


 F級やE級の新人では、遭遇しただけで全滅しかねない。


「救助隊は?」


「現地到着まで最短二十五分です。付近にいた藤堂玲奈さんが向かっていますが、それでも二十分かかります!」


「内部との通信は?」


「不安定ですが、一部端末と接続できます」


 大型画面に、取り残された探索者の名前が表示された。


 羽田海斗。


 小宮大地。


 桜井理奈。


 宮野美咲。


 俺の窓口へ通っている四人がいた。


「現地の地図を出してください」


 俺は通信席へ向かった。


 神谷が横から腕を掴む。


「高瀬、何をする気だ?」


「四人の端末へ繋ぎます」


「相手はA級だ。受付職員が指示できる状況じゃない」


「倒す必要はありません。二十分、生き残ればいい」


 神谷は一瞬黙り、俺の腕を離した。


「……何が必要だ?」


「各自の位置、装備、周辺の音声。それから旧区画の建築資料を」


「俺が出す」


 通信が繋がった。


『高瀬さん!?』


 羽田君の声が聞こえる。荒い息の向こうで、何か重いものが床を叩いていた。


「状況を教えてください」


『巨大な獅子みたいな魔物がいます! 角が燃えていて……教官が負傷しました。俺たちは訓練倉庫に逃げています』


 画面に魔物の推定情報が出る。


 炎角獅子。A級。


 高い跳躍力と鋭い嗅覚を持つ。新人用装備で正面から防ぐのは不可能だ。


「宮野さんはいますか?」


『います』


「目を閉じて、周囲の音を聞いてください。出口を探すのではなく、空洞の広さと魔物の位置だけを教えて」


『はい』


 数秒後、宮野さんの震える声が返ってきた。


『右の通路に獅子。距離は四十……いえ、三十メートル。左奥から風の音がします。金属が揺れる音も』


 神谷が旧区画の図面を机に広げた。


「左奥は資材運搬路だ。だが出口は崩落している」


「出口でなくていい。広い場所へ移動できます」


 俺は通信へ戻った。


「小宮君、訓練用の発音球はありますか?」


『三個あります』


「右の通路へ一個ずつ投げて、魔物を引きつけてください。ただし最後の一個は残すこと」


『俺が囮になります』


「駄目です。君は敵に狙われやすい。それは、捕まっていいという意味ではありません。自分ではなく道具に仕事をさせてください」


『……分かりました!』


 発音球が投げられる。


 甲高い破裂音。


 炎角獅子の咆哮が遠ざかった。


「全員、左奥の運搬路へ移動!」


 通信担当者が叫ぶ。


「魔物が戻ってきます! 予想より早い!」


「桜井さん、通路の左右に障壁を斜めに張ってください」


『塞がなくていいんですか?』


「完全に塞げば壊されます。走る方向だけをずらしてください」


 二枚の障壁が展開された。


 追ってきた炎角獅子は一枚目を踏み台にしようとして、体勢を崩した。続く二枚目に肩をぶつけ、狭い通路で横滑りする。


 それでも止まらない。


『来ます!』


「羽田君。殴り合わないでください。最後尾で盾を構え、負傷者だけを守って」


『でも、俺が止めないと!』


「止めるのは壁です。君の役目は、全員を壁まで運ぶことです」


 運搬路の先には、古い鉄骨資材が積まれていた。


 だが、その前は吹き抜けになっている。獅子の跳躍なら一息で届く。


「残っている装備を確認!」


『盾三枚、短槍二本、消火筒が四本、訓練用ロープ――』


「消火筒を負傷者の通った道へ噴射してください。血の匂いを隠します」


 白煙が通路を満たす。


 獅子の足音が一瞬止まった。


「小宮君、最後の発音球を吹き抜けの向こうへ」


『はい!』


 音が鳴り、獅子が白煙から飛び出した。


 敵意を引きつけやすい小宮君が物陰から姿を見せる。炎角獅子の顔が彼へ向いた。


「今だ、下がって!」


 小宮君が走る。


 獅子が跳んだ。


「桜井さん、床へ障壁!」


『床ですか!?』


「少し傾けて!」


 半透明の障壁が斜面となり、着地しようとした獅子の前脚を滑らせる。


 巨体が資材置き場へ突っ込んだ。


「羽田君、ロープを引いて!」


 羽田君が、あらかじめ鉄骨へ結びつけたロープを全体重で引いた。


 積まれていた鉄骨が崩れ、炎角獅子の周囲へ落下する。


 倒すには足りない。


 だが、即席の檻にはなった。


『閉じ込めました!』


「全員、距離を取ってください。藤堂さんが到着するまで刺激しないで」


 そこで、炎角獅子が鉄骨へ体当たりした。


 一本が弾け飛ぶ。


 二本目が曲がる。


 即席の檻は、長くはもたない。


『高瀬さん、あと何分ですか?』


「十一分です」


『十一分も……』


 誰かが泣き出した。


 羽田君の荒い呼吸が聞こえる。


『俺たち、やっぱりF級だから……』


「違います」


 気づけば、俺は通信機を強く握っていた。


「F級は才能がないって意味じゃない。まだ始めたばかりって意味だ」


 通信の向こうが静かになる。


「宮野さんが敵を見つけ、小宮君が誘導し、桜井さんが足を止め、羽田君が負傷者を守った。君たちはもう、自分の役目を果たしています」


『……はい』


「あと十一分、同じことを続けましょう」


 獅子が鉄骨を壊すたび、宮野さんが音で位置を伝えた。


 小宮君が発声と投石で注意を逸らす。


 桜井さんは残った魔力で、薄い障壁を何枚も作った。


 羽田君は盾を使い、飛んでくる破片から負傷者を守った。


 九分。


 七分。


 五分。


 とうとう最後の鉄骨が弾き飛ばされた。


 炎角獅子が檻から這い出る。


『高瀬さん!』


 直後、旧区画を白い光が貫いた。


『全員、伏せて!』


 藤堂玲奈の声。


 床に打ち込まれた三本の導電杭を結ぶように、雷が走った。


 炎角獅子の巨体が浮き上がる。


 轟音とともに床へ落ち、それきり動かなくなった。


『救助対象、十六名を確認』


 藤堂さんの冷静な報告が入る。


『負傷者四名。全員、命に別状なし。死亡者――ゼロです』


 受付フロアのあちこちから、息を吐く音がした。


 誰かが拍手した。


 それが広がり、やがてフロア全体を埋め尽くした。


 俺は力が抜け、その場の椅子へ座り込んだ。


「助かった……」


「高瀬」


 隣に立っていた神谷が、低い声で言った。


「お前が全員の特徴を覚えていたから、あの指示ができたんだな」


「相談記録に書いてあります」


「記録なら俺も読んだ。だが、あの場で四人の能力を組み合わせるなんて思いつかなかった」


「俺は、いつも通り助言しただけだ」


「いつも通りで十六人を救えるなら、それは普通じゃない」


 神谷は悔しそうに唇を噛み、それから深く頭を下げた。


「俺が間違っていた」


 周囲の職員たちが息を呑んだ。


「俺は探索者の今のランクしか見ていなかった。F級に時間を使うのは非効率だと決めつけていた。でも、お前はその先を見ていたんだな」


「先が見えるわけじゃないよ」


「じゃあ、何を見ている?」


「その人が昨日できなかったことと、今日できたことだ」


 神谷はしばらく黙り、苦笑した。


「それを見続けるのが、一番難しいんだよ」


◆◆◆


 事故から一週間後。


 協会本部による正式な調査結果が発表された。


 救助対象十六名、生存率百パーセント。


 高瀬圭介の指示開始からS級探索者到着まで十九分四十二秒。


 その間、炎角獅子による直接負傷者はゼロ。


 さらに過去四年間の担当実績も再調査された。


 長期担当者十二名のうち、A級以上への昇格者九名。S級三名。


 担当した新人全体の一年継続率は七十八パーセント。支部平均より三十二ポイント高かった。


 俺は支部長室へ呼ばれた。


「高瀬君。本部は君を、新設する新人育成室の主任に推薦した」


「主任、ですか?」


「等級は課長補佐相当。給与も現在の一・七倍になる」


「一・七倍……」


 それは少し心が動く。


「君の相談方法を体系化し、全国の支部へ広げたい。受けてくれるか?」


「条件があります」


「言ってみたまえ」


「週に三日は、F級窓口を担当させてください」


 支部長は目を瞬いた。


「主任になっても、窓口に座るのか?」


「新人育成の制度を作るなら、今の新人が何に困っているのか知らないといけません」


「部下から報告を受ければいいだろう」


「記録だけでは、盾の傷の角度までは分かりません」


 支部長は数秒黙ったあと、大声で笑った。


「分かった。好きにしたまえ」


「ありがとうございます」


「ただし、残り二日は指導者の育成に使ってもらう。君一人に任せ続けるわけにはいかないからな」


「それなら、ぜひ」


 俺が支部長室を出ると、廊下で神谷が待っていた。


「受けたか?」


「F級窓口を続ける条件で」


「やっぱりか」


 神谷は一冊の手帳を差し出した。


「これは?」


「俺が担当しているA級探索者の相談記録だ。最近伸び悩んでいる。時間があるときに、助言の仕方を教えてほしい」


「俺がA級に助言していいのか?」


「ランクを見ないんだろう?」


「それはそうだけど」


「俺も新人育成室へ異動願いを出した。お前のやり方を学ぶ」


 以前の神谷なら、決して口にしなかった言葉だ。


「歓迎するよ」


「先に言っておくが、事務処理の速さなら俺のほうが上だからな」


「知っている。だから来てくれると助かる」


 神谷は照れたように顔を背けた。


◆◆◆


 さらに一か月後。


 新人育成室が正式に発足した。


 羽田君はE級昇格試験に合格。


 小宮君たちのパーティーは、初心者向けダンジョンの月間採取記録を更新した。


 藤堂さんは、暇ができるたび訓練講師として顔を出すようになった。


 本人は「先生への恩返しです」と言っているが、F級の新人たちは毎回、S級探索者の登場に固まっている。


 今日も俺は、いつものF級窓口に座っていた。


「俺、探索者に向いてないんだと思います」


 本日五人目の新人が、半泣きで大剣を抱えている。


「何がうまくいかないんです?」


「剣が重くて、持ち上がらないんです。でも、探索者なら大きな武器を使わないと駄目だって……」


「誰に言われました?」


「武器屋の店員です」


 俺はため息をついた。


「まず、その大剣を床に置きましょう」


「でも、武器がなくなります」


「あなた、登録書類に薬草店勤務とありますね」


「実家が薬草店です。十年くらい手伝っています」


 彼の荷物袋から、練習中に採ったという薬草を見せてもらう。


 どれも根を傷つけず、葉も変色していない。


 保存処理まで完璧だった。


「剣ではなく、採取用ナイフを持ってください」


「ナイフで魔物と戦うんですか?」


「戦いません。あなたは薬草採取から始めましょう。この品質なら、初回依頼でも通常の二倍近い報酬になります」


「これが、ですか?」


「ええ。まずは自分にできることで、ダンジョンに慣れてください」


 青年の表情が明るくなる。


 少し離れた場所で、藤堂さんと羽田君たちがこちらを見ていた。


「先生、また見つけましたね」


「今度は採取系のS級でしょうか」


「気が早いですよ。まだ依頼も受けていません」


「高瀬さんがそう言う人ほど、後ですごくなるんですよ」


 俺は新人用の採取依頼を机に並べた。


「俺はただ、F級の相談に普通に乗っているだけです」


 なぜか、後ろで全員が笑った。


 新人は不思議そうにしていたが、俺は依頼書を一枚差し出す。


「では、最初の仕事を選びましょうか」


 その人が何級になるかなんて、今はまだ誰にも分からない。


 けれど、F級は才能がないという意味ではない。


 まだ始めたばかりという意味なのだから。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


「面白かった」「こんな受付職員に担当してほしい」と感じていただけましたら、下の☆☆☆☆☆から評価していただけると、とても励みになります。


次回作にもどうぞご期待ください!!!

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