第二章 栄光を掴む劇団
夜が明けて朝日が顔を出し、次第に荒れ続けていた吹雪が収まり始める。俺たちはブライダル王国から離れ、雪原を道なりに歩いていた。
積雪も徐々に少なくなっていき、もう大丈夫だろうと思いフードを外す。すると、突然ロリアーナ嬢に頭を鷲掴みにされた。
「あなたはもう執事じゃないんだから、その似合わない髪型もさっさと崩しちゃいなさいよ」
なんて勝手な真似を、と一瞬思ったが、すぐに一理あると思い直した。これから素性を隠して生きていく以上、七三分けのままでいるのは確かに都合が悪い。なすがままに髪を崩され、俺の髪型はナチュラルショートにリニューアルされた。
道なりに進んでいたところ、分かれ道に差しかかり、俺たちは足を止める。一つは、そのまま国境を越えられる平原の道。そしてもう一つは、雪に染められた森へと続く道だ。
ロリアーナ嬢は考えた末、森のほうを提案された。曰く、この先には村があり、もし居住の許可をもらえたら好都合な隠れ家になるとのこと。俺もバトラーさんも異論はなかったので、俺たちは道を曲がり、森の中へ足を踏み入れていった。
寒さにやられて葉を散らした木々の道を、俺たちは会話を交えながらひたすらに進んでいく。足下に生えた稚樹も、同じく吹雪にやられてたくさんの雪を被っていた。
辺りを見回しても、足跡などは一向に見当たらない。もしや、王家の勉学を適当にされていて、この先に村があると勘違いされたのではないか――。ロリアーナ嬢に疑いの目を向けたところ、「ちゃんと勉強していたわよ」と思いきり腕を叩かれた。
その証言を裏づけるかのように、次第に人の気配を感じられるようになる。遠くのほうで、煙が空にもくもくと上がっているのが見えたのだ。足跡のほうも、道から外れたところにたくさん見つかるようになった。
ロリアーナ嬢が待ちきれずに走り出したので、俺たちも駆け足でその後を追う。目当ての村は、それからすぐに見つかった。
辺りに立ち並ぶ木造の民家は、城下町の庶民が住むそれよりももっとおんぼろだ。そして外郭には、木製の簡易的な柵が張り巡らされている。村の中心では、子どもたちが焚き火の周りに集まり、一緒になってぬくもっていた。
ロリアーナ嬢が胸を弾ませながら、村に入ろうとしたときだった。
「止まれ、おめえら! 一体何もんだ!」
突然、入口の近くに立っていた茶色い短髪の青年が、訛りのある怒鳴り声を上げる。そして、手にしていた槍を突きつけ、村に入ろうとする俺たちを制止した。
着ている布の服は、穴だらけでみすぼらしい。しかしながら、図体のほうは俺より一回りも大きく、筋骨隆々としている。おそらく、普段から木こりなどをやっていて、自然と身に付いたものなのだろう。
どう説得しようか悩んでいたところ、ロリアーナ嬢が躍り出て、凛とした態度で青年に仰った。
「急に押しかけてしまいごめんあそばせ。私たち、流浪の旅をしておりましたところ、こちらの村をお見かけしましたの。できればここに滞在させてもらいたいのですけれど、村長はどちらにおられるかしら?」
淑女らしい言葉遣いを慇懃無礼に感じたのか、青年は訝しげにロリアーナ嬢を睨みながら言った。
「そんなふんぞり返った態度で言われても、うさんくささしかねえぞ。おいらたちを騙して泥棒しようとしてんじゃねえのか?」
「かっちーん」
ロリアーナ嬢が笑みをそのままに青筋を立て始めたので、俺は慌てて彼女を引っ込めた。その間、バトラーさんが代わりに頭を下げて言う。
「われわれが流浪の最中にあるのは本当です。今や行く当てがなく、藁にもすがる思いで各地をさまよっているのです。どうか、村長さんにお話だけでもさせていただけないでしょうか?」
どうにか誠意を受け取ってもらえたようで、青年は納得したようにうなずいて言った。
「こっちの爺さんは、何だか信用できるな。よし、この爺さんに免じて、おいらの父ちゃんに会わせてやるよ。おいらに付いてきな」
偶然にも、この青年は村長さんの息子らしい。青年が先導して歩きだし、俺たちはその後を付いていく。その間、ロリアーナ嬢は機嫌を損ねながらも、「村に入れてもらえたんだから」と自分に言い聞かせていた。
「おめえら、家族なんだろうが、出来の悪い妹がいて大変そうだなあ」
「ぶっちーん」
青年の余計な一言により、俺は激昂したロリアーナ嬢を宥める羽目になる。一方のバトラーさんは手伝う気がなく、ほっほっと笑うばかりだった。
村長さんのもとへ向かう途中、青年がパグだと先に名乗ってくれる。俺とバトラーさんは自分の名前をそのまま伝えたが、ロリアーナ嬢だけはローラという偽名でお答えになった。
ロリアーナの名をそのまま伝えれば、彼女が王家の者であるとばれかねないから、無理もない。その後、ロリアーナ嬢は俺を手招きして呼び、耳打ちで釘を刺した。
「あなたも今後はローラって呼びなさいよね。あと敬語も禁止」
俺はパグに気づかれないよう、無言のままうなずいた。
村長さんの家に辿り着き、靴を脱いで中にお邪魔する。中には大部屋一つしかなかった。床は粘土が敷き詰められ、壁や天井は質素な板張りと、見るからに脆弱そうだ。それでも、板の隙間に苔を詰めて補強したりと、貧しいながらも工夫を凝らして生活しているようである。
村長さんは、奥さんと二人で藁の円座に腰かけ、衣服の空いた穴を縫い直している最中だった。二人とも、息子のパグに引けを取らないほどに屈強だ。無精ひげが目立つ村長さんのほうは、布の服から筋肉のラインが浮き出ている。奥さんのほうも、俺に劣らないほどに腕ががっちりとしていた。
「ああん? パグ、誰だその連中は?」
こちらの存在に気づき、村長さんは遠くまで響きそうな野太い声を上げる。パグは村長さんに歩み寄りながら、「行く当てがないやつらなんだとよ」と説明した。次に、俺たちのほうを振り向いて家族の紹介を始める。
「おいらの父ちゃんで、この村の村長を務めているマスコロだ。で、こっちが母ちゃんのモグリー」
「初めまして、マスコロさん、モグリーさん」
俺たちは挨拶とともに会釈した。マスコロさんが体ごと向け、じろじろと俺たちを見つめながら言う。
「行く当てがないんだってな。そんで、この村に流れ着いたわけか。あいにく、俺たちは貧困の中を生き抜くのに必死で、人を歓迎するほどの余裕がないんだよ」
「そうですか……」
俺が大人しく引き下がろうとしたとき。ロリアーナ嬢――いや、ローラが急に躍り出て、マスコロさんへの説得を始めた。
「不躾な真似をしてごめんあそばせ。それでも、居住できる場所がどうしても必要ですの。村の仕事は当然手伝いますし、金の工面だって可能な限り行いますわ。あなたがたの負担にはなりませんことよ」
パグがモグリーさんと一緒に、また訝しげな表情を浮かべて言う。
「そのお偉いさんみてえな物言いがうさんくせえんだって。適当にほらを吹いているだけなんじゃねえのか?」
ローラは胸に手を当て、なおも毅然とした態度で続けた。
「嘘なんかではありませんわ。私たちは本当に、新たな寝床がほしいだけ。もし聞き入れていただけたなら、私たちは村の一員として尽くすことを誓いますわ。どうか信じていただけないかしら?」
パグたちが首を傾げる一方で、マスコロさんは少しでも信じる気になってくれたようだ。無精ひげを親指でさすりながら、マスコロさんは一つ提案する。
「じゃあ、こうするか。今、畑の収穫が足りなくて、大人たちが飢えを我慢しながら暮らしているところなんだ。もしおまえさんが助けてくれたなら、ちょうど空いている家に住まわせてやるよ」
「感謝しますわ、マスコロさん」
礼とともに、ローラは上品にカーテシーをした。そして、俺のほうを振り向き、逃亡の際に持ち出した巾着袋を取り出して言う。
「今から城下町の質屋に装飾品を売りに行くわよ、アスーム。本当は演劇をするときの資金に充てるつもりだったけど、四の五の言ってられないわ」
「装飾品をですか?」
思わず仰天したところ、ローラに「敬語は止めなさいって言ったでしょ」と怒られてしまった。
巾着袋から宝石箱を取り出し、断りを入れて蓋を開ける。すると、指輪やネックレスなどといった、眩い光沢を放つ装飾品の数々が姿を見せた。ローラが前まで被っていた、宝石だらけのティアラまである。パグたちが騒然としていることに気づき、俺たちは慌ててそれらを袋の中に戻した。
「となるとローラさん、私めは村の外でお待ちしていたほうがよろしいでしょうか」
バトラーさんの問いに対し、ローラは「お願い」とうなずいて答えた。
パグの家を後にし、いったん村の外に出る。すぐにバトラーさんとも別れ、俺とローラは足早にブライダル王国へ向かっていった。
また一時間ほどかけて先ほどの道を引き返し、俺たちは城下町の入口に辿り着く。今は衛兵がいたが、通行人を引き止めるようなことはしていないようだ。念のため、通りかかった馬車に隠れながら、俺たちは城下町へ入っていった。
城下町は主に、庶民が暮らす下層と、貴族が暮らす上層の二つに分かれる。そして、目的の質屋は上層のほうに建てられている。俺たちはフードを深く被り直し、まっすぐ上層へと進んでいった。
程なくして質屋に到着し、早速中に入る。店員も貴族の客たちも、貧しい格好で来た俺たちを見て、あからさまに不快感を示した。
しかし、俺たちが装飾品を取り出したときには、みんなして大口を開けながら立ち尽くしてしまう。王城にしかない最高級品ばかりだから、あのような反応になるのも無理はない。
一通り売却し、大金を抱えて店を後にする。変に目を付けられても困るので、俺たちは駆け足で来た道を引き返していった。
やがて、下層の市場までやってくる。今度はパンを買いに行こうとしたところ、あるものが目に映り、俺たちは足を止めた。
異様な光景だった。道の真ん中で、数百人はくだらないほどの人だかりができている。そのどれもが庶民で、みんなして驚嘆の声を上げているようだ。
俺は気にせず店へ向かおうと提案する。しかし、ローラに覗くだけしたいとごねられたので、俺は逆らえずに従った。
はぐれないようにローラの手を引っ張りながら、人込みを掻き分けて中へと進んでいく。少しばかり、生ごみのような腐臭がつんと鼻に付いた。
どうやら、この人だかりは輪をなしているようだ。やっとの思いで最前列に辿り着くと、不意に聞き覚えのある声が耳に入った。声の主に注目し、その正体に俺たちは思わず唖然とする。
輪の中心で声を上げていたのはほかでもない、このブライダル王国を統べるリシャール王だった。あごに白いひげを蓄え、宝石が輝く王冠を被り、鷹の紋章が描かれたマントを羽織った、いつものお姿である。
その隣には、ローラの妹君にあたるベルティーナ嬢が、たんぽぽ色のドレス姿で立っておられる。お二方に指一本触れさせないよう、周りでは五人ほどの近衛兵が警備に当たっていた。
普段王城におられるかたが、庶民たちの前に立って話をなさることは、普通ならばありえない。なぜなのかと疑問に思っていたところ、リシャール王が深刻な顔を浮かべながら仰った。
「安易に混乱を招くべきではないと思い、最初は事実を話すのを躊躇した。だがもう、四の五の言っている場合ではない。わが長女のロリアーナが、二名の執事と共に、昨夜から姿をくらましているのだ」
リシャール王から告げられた事実を聞き、庶民たちは息を呑み、どよめく。その事実は口伝てに広がり、道行く人たちの耳にも届いた。最終的に、その場にいる者全員が、足を止めてリシャール国王のお言葉を傾聴し始める。
辺りが熱気で蒸し暑くなり、ベルティーナ嬢は舌打ち交じりに呟いた。
「むさくるしいし、臭いし、うんざりしますわ。すべては身勝手なお姉さまのせい。なぜあんな女が王位を継ぐのかしら――」
「そのようなことを言うな、ベルティーナ!」
リシャール王が叱咤する。ベルティーナ嬢はびくつき、気まずそうにそっぽを向いた。
「何か理由や事情があったのだろう。私にも言えないような……」
庶民たちの前であるにもかかわらず、リシャール王は耐えきれずに大粒の涙を流し始める。愛娘が自分のもとから突然いなくなり、相当に辛い思いをなさったのだろう。
兵士たちに体を支えてもらいながら、リシャール王は懇願するかのように続けた。
「誰でもいい。わが娘ロリアーナを目撃した者は、このリシャールにぜひとも伝えてほしい。どんなに些細な情報でも構わない。そして、もしロリアーナの耳にこの言葉が届いたならば、どうか考え直しておくれ。不満があったならば謝る。望みがあるならば聞き入れよう。お願いだから戻ってきておくれ……」
リシャール王は膝を突き、涙だらけの顔を地面にうずめ、悲痛の限りに号泣する。ちらと横を見てみると、ローラは罪悪感のあまり顔を真っ青にしていた。
「アスーム、私、お父さまに謝らないといけない……」
ローラがぽろぽろと涙をこぼし、うろたえながら声を震わせて言う。良心の呵責に苛まれながらも、俺は厳格に言葉を返した。
「行くな、ローラ。俺たちは後に引けない選択をしたんだ。演劇でアテナの舞台に立つって誓ったんだろ。おまえの決心はその程度のものだったのか?」
ローラは長い葛藤の末、リシャール王のもとへ向かうのを堪えた。決別するかのようにリシャール王に背を向け、ローラは群衆の輪を抜け出していく。俺もすぐにその後を追った。
駆け足で裏路地に逃げ込み、俺たちは足を止める。俺が「ご無礼をお許しください」と詫びると、ローラはぶんぶんと首を振り、言った。
「叱ってくれてありがとね、アスーム。おかげで夢を諦めずに済んだわ」
ローラは腕でごしごしと涙を拭き、両手でパンパンと強く頬を叩いた。そして、活気の戻った声で俺に呼びかける。
「さあ、パンをたくさん買って帰るわよ。みんなを長く待たせるわけにはいかないわ」
「あまりご無理をなされては――」
先に歩きだしたローラに心配の声をかけたが、ローラに「敬語禁止!」と怒られてしまった。どうやら、先ほどの荒っぽい口調がむしろちょうどいいらしい。
その後、下層にいる商人から山ほどのパンを買い、俺たちは今度こそ城下町を後にする。すでに昼を回っていたので、道草を食わずに村へとまっすぐ帰っていった。
外で待ってくれていたバトラーさんと合流し、俺たちは再びマスコロさんたちのもとへ赴く。パンが目に留まったのか、いつの間にかよだれを垂らした子どもたちが後を付いてきていた。
「まさか本当に持ってきちまうとはなあ」
子どもたちだけでなく、家で待っていたパグたちも唖然としていた。すぐにでもみんなにパンを配ろうとマスコロさんが提案し、俺たちも快諾して手伝う。
子どもたちはたいそう喜んでパンにかじりつき、大人たちも両手を組んで崇めるかのように感謝した。そして、みんなが俺たちのことを、村の一員として受け入れてくれるようになる。俺たちもまた、笑顔を向けてくれるようになったみんなに頭を下げ、感謝の意を示した。
食欲を抑えきれないパグの提案により、急遽、夜に宴を開くこととなる。俺たちは食べかけのパンを携え、村の中心にある焚き火の周りに集まった。
生野菜や山羊肉が盛られた陶器の大皿を、モグリーさんたちがたくさん運んでくれる。俺たちはそれらを串に刺し、焚き火で炙って口に運んだ。
王城での食事には劣るものの、野菜は歯ごたえがあり、山羊肉はワイルドな味わいで、結構美味しい。何よりも、みんなの歓迎してくれる気持ちがうれしかった。
パグからは、ビールが入ったカップを受け取った。鼻を近づけて嗅ぐと、甘くスパイシーな香りがする。これは、ビールの苦みを紛らわすために、シナモンなどを入れているからだろう。俺とバトラーさんが含味を楽しむ一方で、ローラは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。
串焼きもビールも十分に満喫し、俺たちはそばで踊っている村人たちを眺める。すると、マスコロさんとパグが俺たちの前で腰を下ろし、尋ねてきた。
「おまえさんたちは、この何もねえ村で何をするつもりなんだ? 本当にただ寝床がほしいだけなのか?」
「それは……」
演劇をしたいという目的を正直に打ち明けていいものなのか、俺は返答に窮した。
「別に答えづれえなら、無理して答えねえでいいんだ。ただ気になっただけだからよ」
俺の困り顔を見てか、パグが遠慮してくれる。ちらとローラのほうを見ると、ローラもあごに指を当て、話すか否かを悩んでいるようだった。
バトラーさんも沈黙に徹しており、判断をローラに委ねるつもりらしい。しばらく長考した末、ローラは決心したようにうなずき、立ち上がって答えた。
「わかりましたわ、正直に話しましてよ。私たち、演劇でアテナの舞台に立つのを夢見ておりますの。そのために、身分を捨てて故郷を離れ、ここに流れ着いたのですわ」
「演劇だあ?」
パグが大げさに驚いたものだから、踊りを楽しんでいた村人たち全員がこちらに注目した。こほんと咳払いし、ローラは話を続ける。
「ええ、演劇ですわ。そのために、私たちはこれまでずっと演技の練習を続けてきましたの。演技だけでなく、アスームは脚本家として、おじいは音響としての確かな素質を持っていますわ。ほかに信頼できる仲間を集めて、ブライダル城下町の劇場で公演を開くことが、当面の目標でしてよ」
全く期待しておらず、パグはやれやれと言わんばかりに両手を上げた。
「アテナって、世界的な芸術の祭りか何かだろ? それに出ようなんざうぬぼれがすぎるぜ、お嬢ちゃんよ」
パグの意見は至極真っ当なものだ。それでもプライドが許せなかったようで、ローラはむっとなって言い返す。
「なら、本気の演技を今からお見せしますわ。うぬぼれかどうかはそれを見てから判断なさいな」
ローラが焚き火の前に躍り出て、村人たちを注目させた。そして次に、俺を手招きして呼び、耳打ちで命令する。
「あなたが執筆した『敗走』の内容、覚えてるわね? あなたは自殺した友人の役をやりなさい。座ってるだけでいいから」
俺はあまり乗り気になれなかった。『敗走』は敗戦した兵士の逃亡を描いた陰惨な物語で、万人受けするような内容ではないからだ。
しかし、今のローラは闘志に満ちあふれており、取り止める様子がない。仕方なしに、俺は言われるがままにその場で座り、演技に備えた。
「暗い話だから、子どもたちは向こうで待っていてくださる?」
ローラの呼びかけを受け、親御さんたちが子どもたちを遠くへ連れていく。その間に、ローラは辺りに落ちているどんぐりを拾い、準備を始めた。
子どもたちがいなくなったところで、そろそろ演技が始まると思い、俺は首を垂れて死体役に徹する。程なくして、ローラが呼び声とともに駆け寄ってきた。
「お待たせ、ウィリアム! 大収穫だったわ!」
主人公がたくさんの木の実を抱え、飢えた友人に食べさせようとする。しかし、友人が主人公に迷惑をかけまいと、先に命を絶ってしまうというシーンだ。
「そんな、ウィリアム、どうして」
ローラがどんぐりを取り落とし、絶句しながら俺のもとへ駆け寄る。まだ演技としては序盤だったが、この時点で村人たちはすでにしんと静まり返っていた。
ローラはまだ、台詞らしい台詞を口にしていない。それでもなお、感情をダイレクトに表現した演技により、村人たちの目を釘づけにした。
俺が何度も経験した、登場人物が目の前にいるかのような錯覚を、パグたちも同様に味わっていることだろう。まさに、ローラにしかできない演劇のマジックだ。
「ようやくあなたと仲良くなれたのに。あなたのこと、もっと知れるところだったのに」
亡骸となった友人役の俺を抱え、ローラは声を震わせて悲嘆する。俺の頬に涙の粒をこぼしながら泣き崩れ、ここでローラは演技を止めた。
ローラが立ち上がって涙を拭い、村人たちのほうを向いて反応を窺う。やはり離しておいて正解だったのか、子どもたちはローラの悲鳴に怯え、親に泣きついていた。ほかの人たちはというと、呆然として黙り込んだまま微動だにしない。
期待に沿えなかったかと、俺が立ち上がって詫びようとしたときだった。マスコロさんがパチパチと、沈黙を打ち破るように拍手してくれたのだ。
「すごいな。正直、ここまでとは思わなかった。本気で演劇に取り組んでいるんだな、おまえさんたち」
ずっと動かなかったほかの村人たちも、マスコロさんの言葉を皮切りに、一斉に拍手喝采を送ってくれた。どうやら呆れていたのではなく、感動のあまり言葉を失っていただけらしい。子どもたちをあやしていた親たちも、俺たちを責めることなく称賛してくれていた。
予想以上の反応を受けて呆然とするローラに、俺は無言のまま拳を差し出す。握り拳を作ってこつんと合わせると、ローラはようやくえへへと照れ笑いした。
途端、パグが俺たちのもとへやってくる。ローラが警戒心をあらわにして身構えていたところ、パグは急に深々と頭を下げ始めた。
「わりい、お嬢ちゃん! まさかこれだけすげえ演技ができるとは思わなかった。でっけえ夢を掲げるだけのことはあるな」
ローラの演技が認められ、俺は得意げになりながらパグに言った。
「すごいだろ、ローラの演技は。俺たちも、ただのわがままに振り回されているわけじゃない。ローラの実力を信じているからこそ、俺たちはローラに付いていくって決断したんだ」
納得したようにうなずきながら、パグは言う。
「そうだろうな。こうして今、お嬢ちゃんの演技を目の当たりにして、同じことを考えたやつも少なくねえだろうよ。おいらだってそうさ。お嬢ちゃんと違って、おいらは木こりくらいしか取り柄がねえけどな」
予想外の発言を聞き、俺たちは互いに目を合わせて唖然とする。マスコロさんたちまで、気持ちは同じであるとばかりに、立ち上がって俺たちのもとへ集まってくれた。
ローラがカーテシーをしながら言う。
「きちんとした演劇を開くには、働き蜂のように多くの人員を必要としますわ。あなたがたが協力してくださるのなら、これほどうれしいことはありませんわ」
バトラーさんもローラの横に立ち、一緒になって頭を下げた。俺もそれに続き、村人たちに助力を乞う。
もう、ローラをただのうぬぼれ屋だとばかにする者は、誰一人としていなかった。みんな、口笛や拍手とともに、俺たちの仲間になってくれることを快諾してくれた。俺とローラは安堵し、一緒に深々と頭を下げて感謝する。
「演劇を開くってことはよ」
賑わいが絶えない中、マスコロさんが俺たちに質問した。
「バレエ団みたいに、俺たちも劇団を作るってことだろ? どんな名前にするか決めてんのか?」
俺は返答に窮してしまった。ローラも答えられないあたり、どうやら劇団の名前については何も考えていなかったらしい。
良案が浮かばずに俺たちが唸っていたところ、横にいたバトラーさんが提案した。
「もし名前が決まっていないのでしたら、ローリエ劇団というのはいかがでしょう? 団長になられるであろうローラさんの名前から連想しました」
「それって、香辛料とかに使われる、あの?」
目をぱちくりさせながら訊くローラに対し、バトラーさんはこくりとうなずいて言葉を続ける。
「ええ、そのハーブで間違いありません。ローリエには、『栄光』の花言葉が含まれています。いつかアテナの舞台に立つ私たちにふさわしい花言葉だと思うのですが、いかがでしょう?」
俺とローラは快く賛同し、『ローリエ劇団』の名を採用した。同時に、さすがはバトラーさんだと、俺は心の中で感心する。
バトラーさんは、俺やローラが困っているときに陰で何度も手助けしてくれた、優秀かつ寛大なお方だ。バトラーさんも一緒に来てくれて本当に良かったと、俺は密かに胸を撫で下ろした。
村人たちを呼んで再び注目させ、ローラは声を張る。
「みなさま! まずは演劇の企画と劇場の予約を、私たちのほうで進めますわ。それを終えたら、みなさまには本格的に稽古を始めてもらいます。忙しくなりますわよ。ローリエ劇団の栄光のため、共にベストを尽くしましょう!」
ローラのかけ声を皮切りに、村人たちは頼もしいばかりの鬨の声を上げてくれた。
村の仕事もあるだろうに、ここまで親身になって協力してくれるとは、みんなには感謝してもしきれない。みんなの厚意に報いるためにも、必ず演劇を成功させようと、俺は胸中で強く誓った。おそらくは、隣のお嬢さまも同じことを考えてくれていることだろう。




