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珈琲の香りと二十五年越しの初恋  作者: 佐倉穂波


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04

 季節は夏へと向かっていた。

 飾り毬のような紫陽花を濡らす水滴。

 シトシト、ポツポツと奏でる雨音。


「ジメジメしなければ、梅雨も嫌いじゃないんだけどなぁ」

 百合子は窓の外を眺めながら呟く。

 今朝も湿気で膨らんだくせ毛に悪戦苦闘した後だった。梅雨の間、毎日それが続くと考えると気が滅入る。


 貸店舗の契約をしてから、内装工事の依頼や雑貨の仕入れ先の選定など、百合子は忙しい日々を過ごしていた。

 順調にいけば九月か十月には雑貨店のオープンになりそうだ。


「そういえば、八月に商店街で祭があるよ」

 そう教えてくれたのは健太だった。

 地域活性プロジェクトの一つとして、健太は百合子の雑貨店の開店にも関わってくれている。そのため、自然と連絡を取り合うことが多くなっていた。


 商店街の夏祭り__百合子にも覚えがあった。高校生の頃、同じクラスの友人たちと浴衣を着て参加したのだ。

 たこ焼きやイカ焼き、わたあめなどの出店が並び、美味しそうな匂いがそこかしこから漂っていた。射的やヨーヨー釣り、金魚すくいなども楽しかった。

 公園にはステージが設けられ、様々なイベントが時間ごとに進められていた。

 そして最後は、近くの河川敷で行われる花火大会でフィナーレを迎える。


 その夏祭りは、商店街の人たちで盛り上げられている。

 健太によると、店では夏祭りにちなんだ商品や特典も用意されるらしい。

 地域活性プロジェクトのメンバーとして準備に忙しい健太を見て、百合子は自分も何か参加できないかと考える。


 しかし、百合子の雑貨店はまだ準備中だ。内装工事も進んでおらず、見た目は空き店舗と変わらない。

 こんな状態で夏祭りに参加するのは難しいのではないか。健太に相談しようか迷ったが、忙しそうな彼に頼むのも憚られた。


 少し考えたあと、百合子は笹原に相談してみることにした。

 スマホを取り、メッセージを送ると、少しして返信が来た。


『宣伝も兼ねて、露店で何か売るのはどうだ?』


 そのメッセージを読み、百合子は夏祭りの光景を思い出す。

 確か、アクセサリーや小物を売る露店、似顔絵を描く店などが何軒かあった記憶がある。

 露店なら、店がなくても参加できるはずだ。


『いいね。それなら商店街活性の手伝いになりそう』

 百合子はすぐに返事を送った。


『ああ、地域活性プロジェクトってやつか。だったら、健太にどこで露店を開けばいいか相談した方がいいぞ』

『そうだね、聞いてみる』


 健太に相談の文章を書いていると、笹原からもう一件通知が来た。


『俺も手伝えることがあれば、何か手伝う』


 簡潔な文章の中に笹原の気心を感じた。教師として忙しい日々を送っているのに、百合子のことまで気にかけてくれる優しさが嬉しい。


「ふふ、『ありがとう』っと」

 思わず口角が上がる。


(あ、最近の若い子たちがどんな雑貨が好きか、学校の先生ならわかるかな?)

 商店街は、高校生の通学路でもある。今の流行を知っておくのも、仕入れの参考になりそうだ。

 百合子は笹原に追加でメッセージを送る。


『良かったら、今の若い子たちがどんな雑貨が好きか教えて欲しいな』


 百合子は今度、健太に向けてメッセージを作成する。


『夏祭り、私も露店で小物を売りたいと思うんだけど、どうかな? 露店開ける場所は空いてる? 手続きはどうしたらいい?』


 ハテナマークばかりの文章になってしまったが、そのまま送信する。

『いいよ~。いくつか露店出せる場所は空いてるから大丈夫! 手続きの書類は、今度会う時に持って行くね!!』

 すぐに健太から快い返事が返ってきた。


(う~ん、何を売ろうかな。笹原くんに最近の流行を聞いてから決めた方がいいかな?)


 考えていると、笹原から返信が来た。


『最近の流行か……俺の意見で大丈夫か不安だが。今日は早く上がれそうだから、喫茶店でコーヒーでも飲みながら話すか?』


『いいね。じゃあ、夕方いつもの喫茶店で』

 メッセージよりも直接話したほうが詳しく聞けると思い、百合子は笹原の提案に乗ることにした。


「よし、夕方までにこの書類を片付けるぞ」

 百合子は夕方の楽しみのために、ジメジメした湿気に負けないように気合を入れ直した。


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