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珈琲の香りと二十五年越しの初恋  作者: 佐倉穂波


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03

 店の場所を決めた数日後、百合子は契約手続きなどの書類処理のため不動産屋を訪れていた。地域活性プロジェクトの助成も受ける書類も作成しないといけないので、健太も付き合ってくれていた。


「健太くんのおかげで、いい場所が見つかったわ。ありがとう」

 書類を記入しながら健太にお礼を言う。

「気に入った場所があって良かったね」

 健太も自分のことのように嬉しそうにしている。


「これから内装工事とか、仕入先の選定とか色々とすることが山積みだけど、それも楽しみだわ」

 これまでは会社単位の仕事だったが、これからは個人で全てしなければならない。とても大変そうだが、自分好みにすべて決められると思うと、胸がワクワクした。

「百合ちゃん、昔から雑貨好きだったもんね」

「うん。可愛いものも好きだし、少しレトロな感じのものも好き」

 百合子は、レースや花がらなどの乙女可愛いものも、シャビーシックな大人可愛いものも好きだった。


「あ、このあと時間ある? 良かったら喫茶店行かない? 透も誘ってさ」

「いいね。行きましょう」

 百合子は、健太の誘いに頷く。

「じゃあ、透に連絡しておくな」

 健太が、ポケットからスマホを取り出す。

 三人は先日、連絡先を交換していた。

 高校の頃使用していたメールアドレスは、随分前に変更していたため、お互いの連絡先を知らなかったのだ。

 今回はメール機能よりも使用頻度の高い、SNSの連絡先を交換した。

「お、既読付いた。『行く』ってさ」

 簡潔な返信が笹原らしい。

「じゃあ、先に向かってましょうか」

 百合子と健太は喫茶店に足を向けた。


***


 途中で笹原から『少し遅れる』と連絡が来たので、二人は珈琲を飲んで待つことにした。

 百合子は、ブレンドコーヒーを注文する。

 樹樹コーヒーは香ばしく大人な風味で美味しかったが、今日は高校時代に飲んでいた味を確かめたかったのだ。

「あ~、この味変わらないね。美味しい」

 百合子は目を閉じて、ブレンドコーヒーの爽やかな香りを楽しむ。

「青春の味だからね」

「そうそう」

 二人で談笑していると、三十分ほどして笹原が到着した。

「悪い、遅くなったな」

 笹原の表情はどことなく疲れており、ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めると「はあっ」と一つため息を吐いた。

「仕事、忙しいの?」

「ああ、そうだな……」


 笹原は高校卒業後、県内の大学へ進学した。教師となり、今は進学校で教鞭を取っている。

 教師をしていると聞いたとき、百合子は思わず「やっぱり」と口にしそうになった。笹原は昔から、誰かに教えるのがうまかったからだ。


「透の顔、受験生よりもやつれて見えるんだけど」

「授業の準備とか、試験の採点もだけど、何より色々と気を使うことが多いから疲れるんだよ」

 笹原が苦笑しながら返す。


 ニュースでも教師の不祥事などが報道されているのを目にすることがある。

 昔に比べて教師に対する風当たりは強い。

「ちょっとした言い方ひとつで、パワハラだセクハラだって言われかねないから、気を使うんだ」

 パワハラもセクハラも、どちらも笹原には似合わない言葉だが、言い方一つで問題視される世の中になっているのは確かだ。

「昔は、先生は偉い人ってイメージだったけどなぁ」

「いまは、友人みたいな距離感で話しかけてくる生徒が多いな」

 自分たちが高校生の頃とは、だいぶ教師と生徒の距離感も変わってしまったようだ。

「お店開店したら、リラックス効果のある雑貨も仕入れるから、見に来てよ」

「そういうので癒やされるのも良いかもしれないな」

 気を使う仕事だからこそ、癒やしは必要なのだ。


「透が来たし、軽食でも頼もうかな。百合ちゃんも頼むでしょ?」

「そうね。少しお腹空いたし、ホットサンドでも頼もうかな」

「いいな、ホットサンド。俺もそれにしよう。あ、樹樹ブレンドどうだった?」

 笹原が百合子に樹樹ブレンドを飲んだ感想を尋ねる。

「ビターな感じで美味しかったよ」

「じゃあ、今日は樹樹ブレンド頼もう。健太はどうする?」

「オレもホットサンドで良いよ」

 笹原がマスターに声をかけ、人数分のホットサンドと自分の樹樹ブレンドを注文する。


 マスターが豆を挽く低い音がカウンターから聞こえ、かすかに香ばしい香りが奥の席まで広がってくる。


「最近の子たちって、どんな感じなの?」

 百合子の周りには中学生や高校生の子が居ないため、今はどんな感じなのか気になり、笹原に尋ねる。

「そうだな……見た目は真面目な子が多いな」

 確かに、今日商店街で見かけた高校生たちは髪色も大人しく、スカートの丈も短くなかったのを百合子は思い出す。

「清楚系のアイドルグループが人気だし、そういうのも関係あるのかな?」

「そうだな。若い子は流行りに敏感だからな」

 そんな話をしていると、注文していたホットサンドと樹樹ブレンドが運ばれてきた。


 笹原が、さっそく樹樹ブレンドを一口飲む。


「確かに香ばしく大人な風味が良いな__日向は制服着崩してなかったけど、放課後になると靴下履き直していたな。あのダボダボの……ルーズソックスか? 何で帰るだけなのにわざわざ履き替えるんだ?って不思議に思ってたんだ。何でだ?」

「唐突だね」

「なんか、思い出した」

 笹原も樹樹ブレンドを飲んで、昔の光景を思い出したのだろうか。

「ファッションだったんだよ。学校じゃ指定の靴下だったから、少しでも流行に乗りたいって乙女心だよ。それに男子だって腰パンとか流行ってたじゃない。笹原くんはしてなかったけど、健太くんはしてたよね、腰パン。あと金髪だった!」

 今は落ち着いた茶色に染めているが、高校時代の健太は金髪で、見た目はヤンキーだったのだ。

「そういえば、金髪だったな」

 笹原が当時の健太を思い出したように笑う。

「はじめは、絶対に仲良くなれないタイプの人間だと思ってたんだけどな」

「ひでぇ」

 健太が笹原の告白に、笑いながらショックを受けたような表情を作る。

「高三の頃は、ほぼ毎日一緒に帰ってたよね」

「話してみたら、意外と気があったからな」


 曇りガラスから差し込むオレンジの夕日も、店内に流れるゆったりとした音楽も昔のまま変わらない。

 大人になっても、変わらず優しい空気が包んでいた。


 小さく笑う笹原は、来たときよりも表情が柔らかくなっていた。

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