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珈琲の香りと二十五年越しの初恋  作者: 佐倉穂波


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02

 百合子は高校を卒業後、県外の大学に進学し、そのまま大手の雑貨メーカーに就職した。初めての職場で覚えることも多く、人間関係に悩むこともあった。

 そんな中で、上司の紹介で知り合った男性と付き合うことになり、婚約をした。

 しかし百合子は結婚することはなかった。

 結婚式まであと少しに迫った時期に、相手の浮気が発覚し婚約破棄になったのだ。


 当時はかなり落ち込んだ。

 相手の男性との関係も良好だと、百合子自身は思っていた。

 二十代半ばの百合子にとって、結婚は人生の次のステップだと信じて疑わなかった。

 だから裏切られたことがショックだった。


 仕事をしている時は良かったが、一人になると気持ちが沈み、休みの日は何もする気力がわかないまま一日が過ぎ去った日もあった。

 浮気される自分にも何か非があったのかもしれない、何が悪かったんだろうと、枕を涙で濡らした。


 そして、しばらく落ち込んだあと、百合子はその傷を忘れるように仕事に打ち込むようになった。


 プロジェクトのリーダーに選ばれたこともあり、忙しい日々を過ごしていた。

 そして気がつけばいくつもの季節越え、四十の誕生日も過ぎていた。

 年を追うごとに一年を早く感じるようになる__その言葉が今では実感に変わっていた。

 つい最近入社したと思っていた後輩が、いつの間にか頼もしい同僚に変化していた。

 周囲の同期や友人たちの中には、お一人様も多く「このまま出会いがなければ、結婚しなくても良いかな」という気持ちが現実のものになっていくのを自覚している自分がいたが、百合子に焦燥感はなく「まあ、出会いないから仕方ないよね」という気持ちだった。


 結婚した友人曰く「百合子の場合、出会いがないっていうより、出会いを求めてないよね。だから出会いがないんだよ」ということらしい。


 二十代から三十代にかけて「いい人は居ないの?」と帰省するたびに聞いてきていた母親も、最近は百合子の結婚は諦めたようで、話題にすることはなくなった。そのかわりに妹に同じ質問をしているようで、妹から「また聞かれたよ」と電話越しに愚痴を聞くことが多くなった。


 今回百合子は、いままで働いてきた会社を辞め実家に戻ってきた。


 そろそろ自分の店を持ちたい。

 せっかくなら実家の近くが良いと思って、優秀に育った後輩に後任を任せて退職したのだ。


(どこがいいかな)


 まだ具体的にどこで店を開くか考えていなかった。休養も兼ねてゆっくりと準備をしようと考えていた。

 ふと、数日前に訪れた通学路だった商店街を思い出す。あの喫茶店のある、少し寂れてしまった商店街だ。


 数日後、百合子は商店街を訪れていた。

 アーケードには人々の越えが反響し、昔ながらのカレー屋からは食欲をそそる香りが漂う。制服姿の高校生が横を駆け抜けていく。

 少し寂れても変わらない光景がそこにはあった。


(せっかくなら、思い出の場所でお店を開きたいな)

 この商店街は、青春時代を過ごしたキラキラとした思い出の場所だ。

 学校帰りに立ち寄った雑貨屋で売られている可愛いものを見ているだけでウキウキした記憶を思い出す。

 その頃の気持ちが、自分の雑貨店を開きたいという目標の根底だった。


「あれ? 百合ちゃん?」

 背後から名前を呼ぶ声。聞き知った声に振り返ると__そこには健太が立っていた。

「あ、健太くん。先日ぶりだね」

「空き店舗探してるの?」

「そうなの」


 喫茶店で再会した時、お互いの近況について話をしていた。

 健太は母親の介護が必要となったため、三年前から実家で暮らしている。そういえば、商店街の地域活性プロジェクトに参加していると話していたことを、百合子は思い出す。

 目の前の、空き店舗の連絡先を見ると、一緒に『地域活性プロジェクト』の文字も書かれている。


「健太くん。地域活性プロジェクトって、商店街で開店する支援とかって受けられる?」

「うん。そういう支援も活動のうちだよ」

 その返事を聞いて、百合子の表情がぱっと明るくなる。

「私ね、自分の雑貨店を開きたいって話したじゃない? この商店街で開きたいんだけど……」

「え、そうなの! 大歓迎なんだけど!」

 健太は嬉しそうに笑う。

「もう、借りたい店舗は決めたの?」

「ううん。まだ探してるところ。良い場所がある? あまり大きくなくて良いんだけど」

 百合子は小さな店で、自分の好きなもの囲まれて仕事がしたいと思っている。 

「そうだなぁ。何件かいい場所知ってるから、今から見に行く?」

「いいの? 用事とかあったんじゃない?」

 申し出は嬉しいが、用事をキャンセルして付き合ってもらうのは申し訳ない。

「母さんはデイサービス行ってるし、大丈夫だよ。それに、地域活性プロジェクトの立派な仕事じゃん。はじめは母さんの介護で戻ったけど、周りに助けてもらってばっかりでさ。オレも地域のために貢献したいって思ってるんだ。だから、遠慮しないで頼ってね」

 明るく笑う健太に、百合子も釣られて笑う。

「そう? じゃあ、お願いしようかな」

「任せて!!」

 それから、二人は空き店舗を回り、何軒か目で喫茶店の近くに百合子の理想に合った場所を見つけた。


 小さな硝子窓から午後の日差しが斜めに差し込み、床の木目が温かく光っていた。百合子は一歩踏み入れたとき「あ、ここが良い」という気持ちになった。


 気がつけば夕方になっていたため、契約などの書類処理は明日以降しようということになった。

「しっかり支援するから、大船に乗った気でいてよ」 

 胸を叩いてドヤ顔する健太。

 健太は昔から陽気で、ムードメーカーだった。年月を経ても変わらない健太の明るさに、百合子は胸の奥が温かくなった。

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