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九月下旬。店舗の内装工事が終わり、カウンターや棚もすっかり整った店内は、ようやく「お店らしさ」を帯びていた。
朝の光が大きな窓から差し込み、白木の棚を柔らかく照らす。その光景を見ながら、百合子は胸の奥にじんわりと温かな実感を覚えた。
ようやく夢が形になる——そんな手応えだった。
「ここにレジンのアクセサリーを並べたら可愛いね」
隣で純恋が、段ボールの中から小さな箱を取り出しながら言った。
百合子は微笑んで頷く。
「そうね」
二人で棚を拭きながら、ふと百合子は昔のことを思い出していた。
学生時代——文化祭の思い出だ。
教室を飾るペーパーフラワーや、模造紙いっぱいの看板づくり。楽しくて夢中になって作っていた。
「細かい作業が得意だね」と褒められるのが嬉しくて、放課後も残って手を動かしていた。
——何かを作って、誰かに見てもらうこと。それがいつの間にか、自分の喜びになっていたのかもしれない。
「お姉ちゃん」
純恋の声に現実へ引き戻される。
「ねぇ、お店のホームページとか作ったらどうかな?」
「ホームページ?」
「うん。最近はネットでお店を探す人も多いし、オープン前から宣伝しておくと良いかなって」
確かに、百合子も友人と会う時には「どこでランチしようかな」とか「この近くに可愛いお店あるかな」と、よくネット検索をする。
ホームページを作るというのは、いい提案だと思った。
けれど、純恋の様子がやけにそわそわしている。
それを見て、百合子は小さく笑った。
「……もしかして、健太くんに相談したいんじゃない?」
「えっ!? そ、そんなことないけど!」
慌てて否定する声が妙に高くて、百合子は思わずクスクスと笑った。
以前、健太から「地域活性プロジェクトのホームページを作ってる」と聞いたことがある。ホームページの運営も、彼の仕事のひとつらしい。
「ふふっ、そういうの得意そうだもんね、健太くん」
「ち、違うってば。たまたま思いついただけだよ」
純恋は耳まで赤くしながら、ラッピングペーパーをぴしっと折り直した。
百合子は、そんな妹の様子が可愛くて仕方がなかった。
「でも、私にホームページ作りなんてできるかしら……。スマホの更新ボタン押したら、画面が真っ暗になって焦ったくらいだもの」
「それはただの操作ミスでしょ!」
純恋が笑う。
「だってあのボタン、小さすぎるのよ」
「お姉ちゃん、年寄りみたいなこと言ってる」
他愛のないやりとりに、店内の空気がふわっと和んだ。
「だからね、純恋にお願いしてもいいかな?」
そう言うと、純恋の顔がぱっと輝いた。
「ほんと!? じゃあ、“お店に行きたい”って思ってもらえるような、素敵なホームページ作るよ!」
「楽しみにしてるね。健太くんにも相談してみるといいわ」
「……うん」
純恋は、はにかみながら頷いた。
その笑顔を見て、百合子の胸の奥が少し温かくなる。
「純恋って、ほんとに行動力あるよね」
「え? そうかな?」
「私が学生の頃なんて、やりたいことがあってもなかなか言い出せなかったもの」
「でもお姉ちゃん、文化祭の装飾リーダーだったでしょ? あれ、すごく評判良かったってお母さん言ってたよ」
「え、そんな話、いつ聞いたの?」
「こないだ帰省したとき」
懐かしい記憶を引き出されて、百合子は照れたように笑った。
——あの頃と変わらず、自分は“手で作ること”が好きなんだ。
「……ねぇ、純恋」
「うん?」
「健太くんのこと、好きなのね」
少し間をおいてから、百合子が穏やかにそう言うと、純恋の手がぴたりと止まった。
「うん」
「ふふ」
優しく笑う姉に、純恋は頬を染めてうつむいた。
窓の外では、夕暮れの光が店内をやさしく包んでいる。
新しい店の空気と、姉妹の静かな笑い声。
百合子は思った——この時間もまた、夢の一部なのだと。
そして、純恋がまた一歩、未来へ踏み出す瞬間を、そっと見守りたいと願った。




