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珈琲の香りと二十五年越しの初恋  作者: 佐倉穂波


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 九月下旬。店舗の内装工事が終わり、カウンターや棚もすっかり整った店内は、ようやく「お店らしさ」を帯びていた。

 朝の光が大きな窓から差し込み、白木の棚を柔らかく照らす。その光景を見ながら、百合子は胸の奥にじんわりと温かな実感を覚えた。

 ようやく夢が形になる——そんな手応えだった。


「ここにレジンのアクセサリーを並べたら可愛いね」

 隣で純恋が、段ボールの中から小さな箱を取り出しながら言った。

 百合子は微笑んで頷く。

「そうね」


 二人で棚を拭きながら、ふと百合子は昔のことを思い出していた。

 学生時代——文化祭の思い出だ。

 教室を飾るペーパーフラワーや、模造紙いっぱいの看板づくり。楽しくて夢中になって作っていた。

 「細かい作業が得意だね」と褒められるのが嬉しくて、放課後も残って手を動かしていた。

 ——何かを作って、誰かに見てもらうこと。それがいつの間にか、自分の喜びになっていたのかもしれない。


「お姉ちゃん」

 純恋の声に現実へ引き戻される。

「ねぇ、お店のホームページとか作ったらどうかな?」

「ホームページ?」

「うん。最近はネットでお店を探す人も多いし、オープン前から宣伝しておくと良いかなって」


 確かに、百合子も友人と会う時には「どこでランチしようかな」とか「この近くに可愛いお店あるかな」と、よくネット検索をする。

 ホームページを作るというのは、いい提案だと思った。


 けれど、純恋の様子がやけにそわそわしている。

 それを見て、百合子は小さく笑った。


「……もしかして、健太くんに相談したいんじゃない?」

「えっ!? そ、そんなことないけど!」

 慌てて否定する声が妙に高くて、百合子は思わずクスクスと笑った。


 以前、健太から「地域活性プロジェクトのホームページを作ってる」と聞いたことがある。ホームページの運営も、彼の仕事のひとつらしい。

「ふふっ、そういうの得意そうだもんね、健太くん」

「ち、違うってば。たまたま思いついただけだよ」

 純恋は耳まで赤くしながら、ラッピングペーパーをぴしっと折り直した。


 百合子は、そんな妹の様子が可愛くて仕方がなかった。


「でも、私にホームページ作りなんてできるかしら……。スマホの更新ボタン押したら、画面が真っ暗になって焦ったくらいだもの」

「それはただの操作ミスでしょ!」

 純恋が笑う。

「だってあのボタン、小さすぎるのよ」

「お姉ちゃん、年寄りみたいなこと言ってる」

 他愛のないやりとりに、店内の空気がふわっと和んだ。


「だからね、純恋にお願いしてもいいかな?」

 そう言うと、純恋の顔がぱっと輝いた。

「ほんと!? じゃあ、“お店に行きたい”って思ってもらえるような、素敵なホームページ作るよ!」

「楽しみにしてるね。健太くんにも相談してみるといいわ」

「……うん」

 純恋は、はにかみながら頷いた。


 その笑顔を見て、百合子の胸の奥が少し温かくなる。


「純恋って、ほんとに行動力あるよね」

「え? そうかな?」

「私が学生の頃なんて、やりたいことがあってもなかなか言い出せなかったもの」

「でもお姉ちゃん、文化祭の装飾リーダーだったでしょ? あれ、すごく評判良かったってお母さん言ってたよ」

「え、そんな話、いつ聞いたの?」

「こないだ帰省したとき」

 懐かしい記憶を引き出されて、百合子は照れたように笑った。

 ——あの頃と変わらず、自分は“手で作ること”が好きなんだ。


「……ねぇ、純恋」

「うん?」

「健太くんのこと、好きなのね」

 少し間をおいてから、百合子が穏やかにそう言うと、純恋の手がぴたりと止まった。

「うん」

「ふふ」

 優しく笑う姉に、純恋は頬を染めてうつむいた。


 窓の外では、夕暮れの光が店内をやさしく包んでいる。

 新しい店の空気と、姉妹の静かな笑い声。

 百合子は思った——この時間もまた、夢の一部なのだと。

 そして、純恋がまた一歩、未来へ踏み出す瞬間を、そっと見守りたいと願った。

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