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珈琲の香りと二十五年越しの初恋  作者: 佐倉穂波


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プロローク

 桜の花がすべて散り、新緑が眩しい季節。

 百合子は二十五年ぶりに、高校時代に通っていた通学路の商店街を訪れていた。かつては人通りで賑わっていた商店街も、今ではシャッターの下りた店が目立ち、どこか寂しげだ。


(よく行ってた本屋さん、なくなってる。他のお店も閉まったり、違う店になっちゃったところが多いなぁ)


 思い出の店が消えている事実に少し胸が痛む。二十五年という歳月の大きさを、通りの景色が静かに語っていた。


(あ、でもあの服屋さんは昔から変わってない)


 変わってしまった風景の中に、ぽつんと残る懐かしい店構えを見つけると、当時は入ったことのない店なのに、胸がふっと温かくなった。

 懐かしさと同時に、過ぎ去った時間の重さがじんわりと押し寄せてくる。


(確か、この角を曲がって……二番目の角を曲がったところだったよね)


 すっかり姿を変えた商店街を頼りに、百合子は記憶をたぐりながら周囲を見渡して進む。


(あ、あった。ここだ)


 二番目の角を曲がった先に、目当ての店があった。

 茶色いレンガの外壁は煤け、長く時を刻んできた店であることを静かに語っている。ひび割れたレンガの隙間にはツタが絡まり、柔らかな影を落としていた。


 木彫りの看板に書かれた店名【樹樹じゅじゅ】は、文字がところどころ剥がれて読みにくくなっている。

 曇りガラス越しに、ほのかに珈琲の香りが漂ってくる。まるで昭和の映画のワンシーンのような、懐かしい空気をまとった喫茶店だった。


(わあ……懐かしい。マスター、まだいるのかな。でも二十五年も経ってるんだし、さすがにもう辞めちゃってるよね……)


 外観は変わっていなくても、店主が変わっていても不思議ではない。高校生だった自分が今ではアラフォーなのだ、年月の重みは十分にある。


 百合子はゆっくりとドアの取手に手をかける。


 カランカランッ。


 少し重たい懐かしいベル音と共に、扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 優しい声で迎えたのは、初老のダンディな男性だった。


(マスター……あの頃のままだ)


 驚くほど変わらない姿に、胸が熱くなる。


「お一人様ですか?」


「あ、はい」


 感動に浸っていた百合子は、慌てて返事をする。


「お好きな席へどうぞ」


 軽く会釈を返し、当時よく座っていた奥の席へ向かう。


(内装も……ほとんど変わってない)


 当時のポスターが今も壁に貼られている。紙は色褪せ、端は破けているが、その古びた風合いすら愛おしい。

 他にも懐かしいものが隠れていそうで、百合子は思わず立ち止まり、店内を見回した。


 カランカランッ。


 ドアベルが再び鳴り、誰かが入ってくる。

 入口へ目を向けると、黒いスーツをきっちりと着こなした男性が立っていた。


 その男性と目が合う。


「え?」


 男性は目をわずかに見開いた。知っている人を見るような視線に、百合子も思わず顔を見つめ返す。


 黒髪を丁寧にオールバックに整え、無駄のない仕草で眼鏡を押し上げる――理知的な雰囲気の男性。

 その姿に、記憶がつながった。


「え……笹原くん?」


 笹原透。高校時代の友人だった。卒業してからは一度も会っておらず、二十五年ぶりの再会である。


「久しぶりだな」


「ええ、本当に。ここにはよく来るの?」


 仕事帰りなのだろう、手には仕事鞄を持っている。


「いや……」


 笹原が口を開こうとした瞬間、またベルが鳴った。


「こんにちは~」


 Tシャツにジーンズというラフな格好の茶髪の男性が入ってくる。マスターに気さくに挨拶する様子から、常連らしい。


「お、今日は客が入ってるじゃないですか。珍しい。ん……?」


 男性は百合子と笹原を見て、首を傾げた。


「あ! もしかして透と百合ちゃんじゃない?」


 明るい声。その雰囲気に、百合子の記憶もよみがえる。


「健太くん?」


「そうそう。わー、久しぶりじゃん!」


 九堂健太――彼も高校の友人だった。笹原同様、卒業後は三人とも自然に連絡が途絶えてしまっていた。


 こうしてかつての友人だった三人は、二十五年の時を経て、思い出の喫茶店【樹樹】で再会を果たした。

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