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元勇者の俺、魔王が経営するレストランで働くことになりました  作者: pakipaki
第1部:魔王と勇者のホワイトな職場
24/25

第24話 『黄金の騎士と、不格好な布巾』

今日から通常進行です。(22時更新)

改めてよろしくお願いします。

 王都の職人街に、昼下がりの穏やかな光が差し込んでいた。

 窓から差し込む陽光が、丁寧に磨き上げられた厨房の床を明るく照らし、平和そのものの時間が流れている。

 だがその静寂を破るように、店の外から聞き慣れた金属音が響いてきた。


 アルフレッドは慌てることなく、まるで条件反射のように調理台の定位置へ手を伸ばした。彼は手にした布巾を手慣れた動作でバサリと広げると、流れるような所作で頭から被った。

 鏡を見なくても分かる。今の自分は、漆黒の高級コックコートに不格好な白い布巾という、どう見ても不審極まりない格好だ。


「ふん……。またあの暑苦しい黄金の塊か。我が城の静寂を乱しに来るとは、懲りぬ男よ」


 カウンターで優雅に脚を組むディアボロが、呆れと不快感を隠そうともせずに吐き捨てる。


「マスター、文句を言わないでください。あいつが来るのは、ここが平和な証拠です。それに、出されたものは残さず食べてくれますから」


 アルフレッドが布巾の下で小声で窘めると同時に、カラン、とドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ。今日は、お一人ですか?」


 アルフレッドは背中を向けたまま、声を極限まで低くして、ガイルを迎えた。


「ああ、店員殿。今日もまた、寄らせてもらった」


 入ってきたガイルは、店内の空気を吸い込むように一度大きく息を吐くと、慣れた手付きで重い黄金の兜を脱ぎ、カウンターに置いた。

 露わになったガイルの素顔は、騎士らしい厳格さと、どこか育ちの良さを感じさせる、端正で誠実そうな青年のものだ。だが、今日の彼はいつもの鋭い目つきではなく、どこか縋るような、深い疲弊の色を浮かべていた。


「すまないな。今日だけは、騎士のガイルとしてではなく、ただの迷える男として、ここに来たかったのだ」


 ガイルは重い足取りで、カウンターへと腰を下ろした。


「ほう。金ピカの殻が中身を晒して、何事かと思えば。実に湿っぽい面構えだな。下僕よ、この男に一番強い酒でも出して、さっさと追い返せ」


 ディアボロが面白くもなさそうに冷やかすと、アルフレッドは包丁を動かす手を止めずに言った。


「マスター。まだ昼間なのにお酒はだめです」


「……すまない、店員殿。ディアボロ殿の言う通り、今の私は見苦しかろう」


 ガイルは力なく首を振り、アルフレッドの背中を見つめた。


「酒は……いや、今はやめておこう。酔えば、余計なことを口走りそうだ。店員殿、話を聞いてくれるか?」


「ええ。調理しながらで良ければ」


 アルフレッドは布巾の隙間から手元のキャベツを睨みつつ、覚悟を決めて包丁を握り直した。どうやら今日の親友は、かなり重症らしい。


「私は、卑怯な男なのだ」


 ガイルはカウンターに突っ伏すようにして、重い口を開いた。


「私は騎士として、聖堂にいる聖女エレン様を護る任務についている。彼女は光だ。だが、私はいつしか、そのお方に、許されぬ恋心を抱いてしまった」


「ぶっ!」


 アルフレッドは思わず噴き出した。危うくキャベツと一緒に、自分の指を切り刻みそうになる。 あの堅物で、仕事以外に興味がなさそうだった親友が、まさかエレンに想いを寄せていたとは。

 あまりの衝撃に、危うく勢いよく振り返りそうになった自分を、アルフレッドは必死に理性で抑え込んだ。


「店員殿、笑わないでくれ。私は本気なのだ。最近の聖女様は、特にお労しい。厳かな静寂に包まれた聖堂に独り籠もり、食事も喉を通らないご様子でな。先日など、祈りの合間にふと、聖堂の窓から遠くの空を見上げて『あの方は、今頃どうされているかしら』と、消え入りそうな声で呟かれていたのだ。その横顔の、なんと寂しげであったことか」


 ガイルの誠実な肩が、わずかに震えている。


「その『あの方』が私でないことなど、百も承知だ。おそらくは、あのお方とは……勇者アルフレッドのことなのだろう。彼はもういないのに、私は彼女の隣で護ることしかできぬ。だが、私はいつしか、彼女の隣に立ちたいと願うようになってしまった。これはもはや騎士としての忠義ではない。ただの男としての、醜い独占欲なのもわかっているのだ、だが……」


 アルフレッドは、布巾の下で冷や汗が止まらなくなった。ガイルの語るエレンはあまりに美化されすぎていて、もはや別人の話にしか聞こえない。アルフレッドからすれば、彼女は「儚い聖女」などではない。少しでも隙を見せれば、とびきりの笑顔で超高火力の浄化魔法をぶっ放してくる、恐ろしい爆弾聖女だ。


「くくっ。騎士よ、貴様が憧れるその勇者とやらは、案外……必死に『小麦色の腕』を誇示しながら、不格好に布巾を被って耐えている……そんな男かもしれんぞ?」


 ディアボロの冷やかしが、アルフレッドの焦りにさらなる拍車をかける。


「な、何を言ってるんですかマスター!! 勇者なんて、今頃どこかで野垂れ死んでるか、不甲斐ない生活を送ってるに決まってますよ!! 聖女様を救うのは、今そこにいるガイルさんの仕事でしょうが!!」


「店員殿!! 親友への侮辱は断じて聞き捨てならんぞ!!」


 ガイルが勢いよく立ち上がった振動が、カウンター越しに伝わってくる。その声には、騎士としての、そして友としての譲れない熱が籠もっていた。


「アルフレッドは、誰よりも高潔で、強く、美しい男なのだ! あいつなら、今の君のように、頭に布巾を被って不審者のような格好で料理をするなど、天地がひっくり返っても絶対にありえん! あいつは完璧な男なんだ!」


 アルフレッドは顔から火が出るのを必死に堪え、捲り上げた小麦色の腕の筋肉をプルプルと震わせた。親友が自分を庇えば庇うほど、今の自分の姿が惨めで、申し訳なくてたまらなくなる。これほどまでに真っ直ぐ自分を信じている親友を、自分は布巾一枚を隔てて騙し続けているのだ。


「そ、そうですか。いい友人を持ちましたね」


 アルフレッドは震える声でそう返すのが精一杯だった。

 そして、逃げるようにコンロの火を強めた。

 ジュワアアアッ! と豚肉が焼ける音が、気まずい沈黙を埋める。


「お、おまたせしました。『厚切り豚肉の特製ジンジャーソテー』です」


 アルフレッドが差し出した皿には、生姜をたっぷりと聞かせた黄金色のソースが絡む豚肉のソテーが乗っていた。


「……美味そうだ。いただこう」


 ガイルはフォークを手に取り、肉を口に運んだ。一口噛み締めると、彼の眉間の皺が解けていく。


「……美味い。生姜の辛味が、私の湿気た心に活力をくれるようだ」


「しっかり食べて、元気を出してください。聖女様を守れるのは、ガイルさんだけなんですよ」


 アルフレッドの言葉に、ガイルはハッとしたように顔を上げた。そして、憑き物が落ちたような顔で、残りの肉を勢いよく平らげた。


「店員殿、君の言う通りだ。私は立ち止まっている場合ではないな。たとえ隣に立つ資格がなくとも、彼女のことを一番そばで見れるのは他でもない私だからな。……もしも、私の願いが叶って、アルフレッドに再会したとしたら、胸を張れる男でいなくてはな」


 ガイルは深く息を吐いた。兜を頭にかぶるガシャン、という無機質な音が、彼の「迷える男」の時間を終わらせた。


「ディアボロ殿、店員殿。失礼した。ここはいい店だな。また、寄らせてもらおう」


 ガイルが去った後、アルフレッドは頭から布巾を剥ぎ取り、ガックリと調理台に手をついた。額から流れる汗を、小麦色の腕で拭う。


「し、死ぬかとおもった。しかしガイルのやつ、あんなに悩んでいたとは」


「ふん。よく耐えたな。……下僕、紅茶を淹れろ」


「それにしたってエレンのやつ、ガイルの前で寂しげなふりをしてるなんて……。本当は俺たちを不意打ちで、浄化魔法で焼き払う算段を立ててるんじゃないかって気がして、そっちの方が怖いですよ」


 アルフレッドが顔を青くして付け加えると、ディアボロは燕尾服の裾をパタパタと楽しげに揺らした。


「くくっ。これほどまでに湿気た騎士が来るのなら、次回のレンの出勤日にでも、ガイルを鉢合わせさせてやろうか? 勇者と聖女と騎士の、感動の再会が見られるかもしれんぞ」


「ちょ、マスター!? 冗談はやめてくださいよ! あのふたりがここで会ったら、俺の正体どころか、店の屋根まで吹き飛びますよ!!」


 アルフレッドは溜息をつき、恐ろしい鉢合わせの予感に震えながら、再び包丁を握り直した。


 カウンターの隅では、ルシウスが設置した完全防御ケースの中で、ミニ燕尾服が静かに、けれど圧倒的な存在感を放って、この不格好で切ない「秘密」を、誰よりも静かに見守っていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます!

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