第17話 『銀指のギャレットと、怒れる魔王』
王都の夜は、昼間の喧騒が嘘のように深い闇に包まれる。休日のパフェ騒動から数日が過ぎて、お店はいつもの夜の営業を終えたところだった。俺は小麦色の腕を動かして、カウンターを丁寧に拭き清めていた。
店の奥では、ディアボロが満足げに、けれどどこか眠たそうに椅子へ体を預けている。白磁のような肌が、ランプの淡い光に照らされて、とても綺麗に見えた。
「アルフレッド、今日の料理も悪くなかったぞ」
ディアボロが、長い銀髪を白磁の指先でいじりながら、喉を鳴らすように言った。俺は手を止めずに、柔らかく微笑んで答える。
「それは良かったです。明日はもっと口に合うものを作りますから、楽しみにしていてくださいね」
「ふん。そこまで言うなら、期待してやろう」
そんな穏やかなやり取りを、冷たい夜風が切り裂いた。裏口の鍵が、音もなく外れる気配がした。俺は瞬時に小麦色の腕を伸ばし、調理台に置いてあった肉切り包丁を手に取る。だが、闇の中から現れたその影を見て、俺は思わず息を呑んだ。
「……よう、アル。相変わらず勘が鋭いな」
夜色の黒髪を短く刈り込み、不敵に笑う男。かつて勇者パーティーで、俺の影を預かっていたシーフのギャレットだった。ギャレットは銀の細工が施された鍵開け道具を指先でくるくる回しながら、慣れた足取りで店の中へ入ってきた。俺はゆっくりと包丁を置き、呆れたように溜息をついた。
「ギャレット、お前……。どうしてここが分かったんですか」
「勇者の気配を辿れば簡単さ。まあ俺にしかわからんがね。それより、あっちの『化け物』様をどうにかしてくれよ。視線だけで殺されそうだ」
ギャレットの視線の先で、ディアボロがゆっくりと立ち上がっていた。白磁の顔は氷のように冷たく強張っていて、その瞳からは、逃げ場のないような威圧感が放たれている。ギャレットは冷や汗を流しながら、引きつった笑いを浮かべていた。
「アルフレッド。この鼠は、貴様の知り合いか?」
ディアボロの声は、いつもより冷徹に、地を這うように低かった。自分の居場所に土足で踏み込んできた不届き者の登場に、ディアボロはあからさまに不機嫌になっていた。俺は慌てて、ディアボロの白磁の肩に小麦色の手を置く。
「ディアボロ様、落ち着いてくださいね。こいつは昔の仲間なんです。悪い奴じゃないですから」
「……仲間、だと? 我の知らぬ過去を持つ者が、我の許しも得ずに目の前へ現れるとは許されん」
ディアボロの白磁の眉が、さらに深く寄せられた。そんな空気を読んでいるのかいないのか、ギャレットがニヤリと笑って懐に手を入れた。
「おいおい、そんなに怖がらせるなよ。……なあ、アル。見てくれよ、この俺様が魔界のど真ん中からせしめてきた、最高のお宝をよ!!」
ギャレットが自慢げに差し出した手のひらには、眩しく輝く魔宝石が乗っていた。だが、その宝石からは、どす黒いもやのようなものが不気味に漏れ出している。
それを見た瞬間、ディアボロの瞳が、静かに怒るように鋭く細まった。
「貴様……それは我の宝物庫から消えた石ではないか!!」
ディアボロの怒声と共に、白磁の指先から鋭い黒い爪が突き出された。怒りに呼応して伸びたその爪先からは、バチバチと黒い雷が漏れ出し、店内の空気が震えた。
「待ってください、ディアボロ様!! 爪を引っ込めてください!!」
俺は、ディアボロの激昂に驚きながらも、二人の間に小麦色の腕を割り込ませた。俺の手がディアボロの手を優しく包むと、彼は一瞬だけ怯んだように動きを止めた。
「ギャレット、お前、まさか本当に盗み出したんですか?」
「ああ!! この眩しさが分かるか? 魔界に置いておくには勿体ねえ一級品だ。人間界で売りさばけば、国が一つ買えるぜ!」
勝ち誇るギャレットを、ディアボロが冷酷な眼差しで見下ろした。
「……愚か者が。それは魔界の深淵で眠らせておくからこそ無害なのだ。人間界などという清浄な地へ持ち出せば、その呪いが牙を剥き、辺り一帯を死に追いやるぞ!!」
ディアボロの正論に、ギャレットが初めて顔を引きつらせた。その隙を狙って俺は小麦色の腕を伸ばし、ギャレットの手から宝石をひょいと取り上げた。
「あ、おい!! 冗談だろ、俺様が命懸けで……!!」
「これは俺が預かります。あるべき場所へ戻しておきますから、お前はさっさと消えてください」
「……つれねえなあ。まあ、相棒の頼みなら仕方ない。じゃな、アル。お前、今の生活の方が似合ってるぜ」
ギャレットはそう言い残し、また闇の中へと消えていった。
静まりかえった店内で、ディアボロは不服そうに唇を尖らせ、じっと俺の手元を見つめていた。剥き出しになっていた黒い爪は、俺がなだめるように指先を撫でると、ゆっくりと白磁の奥へと収まっていった。
「……アルフレッド、あ奴とずいぶん親密そうではないか」
ディアボロが、目の前で繰り広げられた俺たちのやり取りを反芻するように、不機嫌に喉を鳴らした。白磁の肌が、少しだけ寂しげに強張っている。
「……我という主人がいながら、あのような鼠と相棒などと。我は認めぬぞ」
魔王としての威厳を保ちつつも、どこか執着を感じさせる声。俺は苦笑して、調理場へ戻った。ディアボロのために、温かい特製のミルクティーを用意する。それをカウンターへ置くと、小麦色の手で彼の白磁の手にそっと触れた。
「昔の話ですよ。でも、今はマスターの従業員……俺の主人は、あんただけですよ」
その言葉を聞いた瞬間、ディアボロの白磁の頬が、わずかに熱を帯びたように見えた。不機嫌に寄せられていた眉が解け、強張っていた顔がゆったりと緩んでいく。ホッとしたような、安堵の表情。そして、うつむき加減なその口角が、ほんの少しだけ上がった気がした。
「……ふん。当たり前だ。我の下僕の代わりなど、どこにもおらぬからな」
ディアボロはそう言って、優雅にミルクティーを啜った。その瞳には、隠しきれない満足感が静かに宿っていた。俺は小麦色の腕を動かして、汚れた器を洗い始める。悪くない夜だ、と俺は心の中でそっと呟いた。
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