表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元勇者の俺、魔王が経営するレストランで働くことになりました  作者: pakipaki
第1部:魔王と勇者のホワイトな職場
13/25

第13話 『小麦色の腕と、週一の光る新入り』

 職人街の喧騒から少し離れた『キッチン・ブラン』の重厚な扉を、誰かが遠慮がちに叩いた。控えめな音が二度。俺が「はい、どうぞ」と声をかけるより早く、扉がゆっくりと開き、一人の少女が背筋をピンと伸ばして入ってきた。


 そこに立っていたのは、黄金色の髪を高い位置できっちり二つに結んだ少女だった。左右に揺れるツインテールは、彼女の規則正しい歩き方に合わせて、メトロノームみたいに正確に揺れている。顔には知的な金縁の眼鏡をかけているけれど、その奥にある瞳は、まるで店内の掃除が行き届いているか厳しくチェックでもしているみたいに、あちこち忙しなく動いていた。


「失礼いたします。こちらで、掃除の……あっ」


 彼女は挨拶の途中で、入り口の小さな段差をわざわざ大袈裟に跨ごうとして、逆に足をもつれさせた。おっと、と声を出す暇もなく、勢い余って前につんのめった彼女の鼻先から、金縁眼鏡がずり落ちる。彼女は真っ赤な顔をして、慌てて眼鏡をクイッと押し戻し、何事もなかったかのように再び背筋を伸ばした。


「失礼いたしました。私、……レンと申します。こちらで働かせていただきたく、参りました」


 彼女の声は、低めで凛としているけれど、どこか緊張で震えているのが分かった。カウンターの奥では、ディアボロが磨き上げたグラスを光にかざしながら、ルビーのような瞳を彼女に向けていた。月光を浴びたみたいな彼の銀髪がさらりと肩に流れ、磁器のように白い肌が店内の薄明かりの中で冷たく光っている。


「……なんだ、その分不相応に周囲を嗅ぎ回るネズミのような小娘は。我が城の静寂を乱すどころか、隅々まで品定めに来たのか。はっきりさせてもらおうか」


 ディアボロは冷ややかな笑みを浮かべて、その白磁の手で不機嫌そうにカウンターをトントンと叩いた。だけど、俺には分かっていた。マスターの視線は、彼女が着ている、つぎはぎだらけだけど一点の汚れもない真っ白なエプロンドレスに釘付けだ。彼は、表向きは厳しいけれど、こういう清潔さに妥協しないやつには意外と甘いところがある。


「まあ待ってくださいよ、マスター。ちょうど掃除を手伝ってくれる人を探していたところでしょう? レンさん、と言ったかな。そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」


 俺は小麦色の腕を拭いながら、厨房から彼女の前に歩み寄った。近くで見ると、金縁眼鏡の奥の瞳が、俺の腕の筋肉をじーっと見つめていた。まるで何か珍しい生き物でも見るみたいに瞬きを繰り返す彼女を見て、俺はなんだか面白い子だな、と思った。この真面目すぎる瞳を見ていると、なんだか放っておけない気持ちになる。


「あ、料理人様。私のような……いえ、光の……あ、いえ、旅の者を気遣ってくださるなんて。私は、ただこの箒……森で拾ったただの枝を束ねた道具で、皆様の足元の汚れを払うことしかできませんが」


 彼女は背負っていた古びた箒を、宝物でも扱うみたいに大切に抱えて差し出した。だけど、その拍子に、抱えた箒の柄がカウンターのメニュー表に当たって、バサリと床に落としてしまった。


 ディアボロは、その箒から漂うなんだか清々しい気配を敏感に感じ取ったみたいだったけれど、彼女のそんな不器用な様子を見て、ルビーの瞳をわずかに細めた。


「ふん。旅の者だと。貴様のような騒がしく、危なっかしい娘を雇って、我が城が堅苦しい空気になったらどう責任を取るつもりだ、アルフレッド」


「大丈夫ですよ、マスター。彼女の目を見てくださいよ。何としてもここで働きたいって、そんな一生懸命な気持ちが伝わってきます。俺がしっかり教えますから」


 俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに胸を張り、眼鏡を指でキリッと押し上げた。その時、レンズに店の灯りが反射して彼女の目が真っ白に光って見えたのが、なんだかおかしくて笑いそうになった。


「レンさん、住み込みを希望しているのかい?」


 俺が優しく問いかけると、彼女は慌てて首を振った。


「いいえ!! 私は……週に一度だけ、こちらへ通わせていただきたいのです!! それ以外の日は、皆様に忌まわしい姿をお見せするわけには参りませんので!!」


「週に一度だと? 貴様、我が城を腰掛け程度に考えているのか。職を求めながら、週の六日を不在にするなど、我を愚弄しているとしか思えぬがな」


 ディアボロが身を乗り出して、磁器のように白い肌の指先で、彼女の顎をクイッと持ち上げた。いつもの、人を寄せ付けないような魔王の威圧感だ。だけど、彼女は金縁眼鏡の奥で視線を泳がせながらも、しっかりとした声で言葉を返した。


「そうです!! 私は……特定の曜日を除く六日間、恐ろしい呪いによって全身が眩しく発光し続けてしまう体質なのです!! 光が収まる一日だけ、私はこの店で平穏な静寂に仕えたいのです!!」


「……全身が発光し続ける呪いだと?」


 ディアボロが意外そうに眉を跳ね上げ、その言葉を繰り返した。

 俺は横で話を聞きながら、思わず自分の逞しい小麦色の腕を見つめてしまった。世の中には、そんな変わった宿命を背負ったやつもいるのか。六日間も光り続けて、誰にも会えない不自由さを、彼女はどれほどの思いで耐えてきたんだろう。そんな必死で、どこか突拍子もない話を一生懸命にしているのを聞くと、嘘をついているようには思えなかった。


「マスター、いいじゃないですか。週に六日も光り続けているなんて、相当な苦労ですよ。その一日をうちで過ごすことで、彼女の心が少しでも休まるなら、俺は歓迎したいです」


「……ほう、六日間も発光し続け、一日だけ沈黙する呪いか。ふん、貴様の存在そのものが五月蝿い閃光のようだが、その理屈は一応の筋が通っているな。我も、常に発光する電球のような女を側に置く趣味はない」


 ディアボロは冷たく言い放ったけれど、その瞳の奥には、面白そうなやつを見つけた時の光が宿っていた。彼は、こういう理解不能で一生懸命なやつを観察するのが、実は嫌いじゃない。


「良かろう。アルフレッド、貴様がそこまで言うのであれば、この真面目でドジな小娘を週一の掃除係として置いてやる。ただし、営業が終われば即座に立ち去れ」


「ありがとうございます!! オーナー、そして料理人様!! 誠実に、かつ慎重に、備品を壊さないよう勤めさせていただきます!!」


 こうして、金縁眼鏡をかけた新人メイド、レンとしての週一通い生活が始まった。

 彼女の仕事ぶりは、確かに本物だった。箒を手にした瞬間、彼女の周りの空気が急に凛として、隅々の埃が嘘みたいに消えていく。まるで聖女みたいに。


 ただ、たまに気合が入りすぎて、棚の裏まで掃除しようとして箒を突っ込み、自分で棚をガタガタさせて驚いているのが玉に瑕だった。


「ここです!! 汚れが溜まっています!! 消えなさい、穢れ……いえ、埃よ!! あっ、また棚の角に肘を!!」


 彼女がやかましく、たまに自分の不器用さに悶絶しながら掃除を進めるたびに、店全体がどんどん綺麗になっていく。その様子をディアボロはカウンターで頬杖をつきながら、ニヤニヤと眺めていた。


「ふん。あの箒、ただの道具ではないな。貴様、どこでそれを手に入れた。あんなに汚れが落ちる枝は、滅多にお目にかかれるものではないぞ」


「……これは、その辺の森で拾った、ただの枝ですわ!! オーナーこそ、先程から喉を鳴らして、猫のようにくつろいでいらっしゃるのではありませんか!?」


「なっ。貴様、我が城を猫などと呼ぶか!! これは喉の筋肉の鍛錬だ!! アルフレッド、この失礼な娘を今すぐ叩き出せ!!」


「まあまあ、マスター。本当にお店が綺麗になりましたよ。レンさん、すごい技術だね。お礼に、今日のまかないは特製のポトフにするよ。市場でいいカブが手に入ったんだ」


 俺は厨房に戻って、逞しい腕を振るって野菜を切り分けた。大きなカブと肉厚なベーコンを、じっくりとスープで煮込む。完成した熱々の皿を、俺は彼女の前に置いた。


「わあ!! おいしい!! なんて、なんて優しい味なの!! カブが口の中でとろけます!!」


 彼女は一口食べるなり、金縁眼鏡の奥に涙を溜めて、熱さに少し驚きながらも、本当に幸せそうな顔をしてくれた。その一生懸命で純粋な反応を見ていると、なんだかこっちまで嬉しくなる。


「だろう? うちのアルフレッドの腕は、我の胃袋を完全に掌握しているからな。貴様のような新米には勿体ない味だ」


 ディアボロが横から口を挟むけれど、彼自身も、俺が淹れた紅茶を満足そうに啜っている。磁器のように白い肌の魔王と、それを支える俺の小麦色の腕。そこに加わった、光の呪いを持つ真面目すぎる女の子。二人の様子を見ながら、俺は改めて、この店の居心地の良さを感じていた。


「私、毎週来ます!! 光に呑まれない限り、必ず、毎週来ますから!!」


 彼女はツインテールを揺らして、一礼しようとして眼鏡を再びずらしながらも、強い決意を口にした。それを見送るディアボロのルビーの瞳も、どこか楽しそうに輝いているように見えた。


「ふん。来なければ呪いで光り輝くのだろう。面倒なことだ。仕事が終われば、とっとと自分の家へ帰るが良い。……貴様のその髪、あまり振り回すなよ」


 週に一度の、新しい仲間。その凛とした佇まいの裏にある、一生懸命すぎて空回っちゃうような彼女の正体に俺たちが気づくのは、もう少し先のことになるだろう。職人街の夜は、今日も穏やかに更けていく。不器用な魔王と、週一の光るメイド。この賑やかになった店で、俺はまた新しい料理を作るのが楽しみになっていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます!

よかったらブクマで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ