第4話 月下の誓い
わたしはシクシク泣いてるニクラに近づいた。
「ニクラは昔からわたしのこと目のかたきにしてたけど、いったい何が気に食わないの?」
「……ネレーアは私の大事な人を奪ったじゃない!」
寝耳に水だ。
「子ども頃、高原にハイキングしたときのこと覚えてる?」
ハイキング?
「うん、よく覚えてるわ。貴族の親子同士が親睦をはかるためのイベント。確か春先に母親たちと郊外の花畑に出かけたわ。そういえばあの時ニクラもいたのね」
「私が花束を作ってロルダンに渡そうとしたらいなかった。探したらふたりで遊んでいたじゃない。私の目の前でロルダンにキスをした」
うわっ、あれね。
見てたのか。
ロルダンが泣き出したやつ。
慰めようとしたらロルダンは逃げてしまったの。
「私はロルダンを追いかけて捕まえた。そしてロルダンに言ったのよ。『ネレーアに無理やりキスされたのね。かわいそうに……私がとっちめてやるわ』って。でもロルダンは私の腕を掴んで言ったのよ。『やめて! 僕は嬉しいんだ。嬉し泣きだよ。大好きなネレーアにキスされて嬉しいんだよー!』って」
えええー!!
そんなの聞いてないよ。
あの時の、わたしの罪悪感を返しなさいよ!
「ロルダンだけじゃない。貴族学校で私が好きになった男子は、みんなネレーアに夢中になるじゃない。そんなの不公平よ!」
そりゃ貴族学校で何回か告白されたことあるけど、ぜんぶ断ったよ。わたしは誰とも付き合うつもりはなかった。ロルダンの手紙が引き止めていたのよ。
ロルダンは遠距離でも手紙を頻繁にくれた。最初はただの現状報告だったけど、いつしか内容が変わっていった。
わたしに対する“愛の言葉”が書かれるようになったのは、わたしが十八歳のときだ。肖像画を送ってほしいとせがまれて、仕方なく送った直後から、わたしの容姿を絶賛する手紙が届いた。
その後、ロルダンはわたしの肖像画に語りかけるのが日課になったという。朝晩の挨拶は一日たりともかかさなかった。寄宿舎で一緒の部屋の友だちは、その様子に『まるで女神像を拝む信者だな』と呆れ返ったそうだ。
わたしは拝まれるような存在ではないけど、嬉しかった。遠い空の下でわたしを思ってくれる。そのことが心強かった。だから誰とも付き合うつもりはなかった。
その後、ニクラは取り巻きに連れられて退場した。
父の影響力は絶大だ。何しろロータス王国子爵の称号のほかにバルト民族の次期首長候補としての顔を併せ持っていた。
ニクラの家柄は父と同格だったけど、今回の件でその立場が危うくなるかも知れない。父は勝ち誇った顔をわたしに見せた。
大広間に美しい音楽が流れて来た。楽団の演奏でパーティーが再開した。みんなさっきまでの騒動が何もなかったように振る舞った。
それまで遠巻きで騒動を見ていた貴族たちが、わたしの周りに集合した。口々に不倫話を広めたニクラを断罪した。
「あいつは悪い女だ。まんまと騙された」
「ごめんねー。私もちょっと怪しいとは思ってたのよ」
「僕はネレーアのことを信じていたよ」
と貴族学校の元同級生が言った。あっ、告白されて振った男子だ。
どの口が言うのよ。噂話をさらに広めたのはあなたたちじゃない。
怒りが込み上げてきたけどおさえた。ここは貴族令嬢らしく、曖昧な笑顔でスルーした。わたしも大人になったのね。
二人の父と母ラーラ、ジャーダがこっちを見ていた。四人とも笑顔だ。
ロルダンが近づいて来た。わたしを人の輪からバルコニーに連れ出した。
外の新鮮な空気がおいしい。空を見上げると雲が流れて満月が現れた。
「やっと二人っきりになれたね」
「もしかして、この騒動はロルダンが仕掛けたの」
「うん、そうだよ」
「何で余計なことするのよ。噂話なんかほっとけばいいのに」
「そんなこと言わないでよ」
ロルダンによると、毎回届くわたしの手紙が途絶えたのを不審に思ったらしい。もしや、彼氏でもできたかと焦ったと。
フフフ、モンタルド男爵がやって来て忙しくなったときね。
で、この地に帰って来てから友人知人にわたしのことをいろいろ聞き出したら、例の噂話が耳に入った。“モンタルド男爵と不倫している”と。
ショックを受けて一時何もやる気が起きなくてふて寝していたんだって。ちょっとかわいい。
でも、一念発起してモンタルド男爵と対決することにしたそうよ。そんなの聞いてない。初耳だわ!
実際に貴族学校に会いに行って、渡り廊下を歩くモンタルド男爵と対面したら、一瞬で不倫の疑惑が払しょくされたという。
えっ、どうして?
「気づかなかったの? モンタルド男爵の目元とネレーアの目元、ほぼ一緒じゃないか。毎日ネレーアの肖像画を見てる僕には、ひと目で親子だとピンと来たよ!」
きゃっ!
知らなかった。
本物の親子って似るのね。
「それで僕は卒業パーティーを開くことにしたんだ。関係者をぜんぶ集めて対峙させたらどんなことが起こるか見ものだと思ってね。もちろん裏で工作はした。ネレーアの二人の父親をゲストとして呼ぶことにしたんだ。タイミングを見計らって入ってもらったよ」
「ありがとうロルダン。感謝するわ」
「これは貸しだよ。返してもらう、絶対に」
そう言って、ゴクリと唾を呑み込んだ。わたしをじっと見すえた。
「貸し?」
王都で妙な知恵さずかったわね。昔はわたしの後ろを引っ付いていたかわいい男の子が、成長したってことかしら。
「いいわよ。いつでも返してあげるわよ」
「ほんと? 絶対だよ!」
あれ、しつこい。
一瞬、興醒めしかけた。
「月がとっても綺麗ね。一緒に見ましょう」
わたしは夜風に吹かれてバルコニーから満月を見上げた。
「うん、月が綺麗だ」
ロルダンが距離をつめた。
顔に息がかかった。
ちょっと、近すぎる。
「月は反対側よ」
「ネレーアの瞳に写った月を見てるんだ。もっと近くで鑑賞させてよ」
「……」
「今、貸しを返してもらうよ」
ぎこちなく抱きしめられた。
ちょっと痛い。
強く抱きしめすぎよ。ほんと、女の扱いに慣れてないのね。そんなことじゃこれから先が思いやられるわ。
……でも、嬉しい。
これは絶対に秘密だけど、わたしは幼い頃からあなたに夢中だったの。
今だって、その思いはずっと変わらない。
再び会える日を心待ちにしていたのよ。
あっ、
唇に
キス……された。
せっかくの満月が、滲んで見える。
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