第3話 逆転の断罪
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「ジャーダ夫人と掴み合いのケンカになって、ナイフで襲いかかったって聞いたわ」
「モンタルド男爵の奥様を殺してその後釜に座ろうなんて、なんたる非道!」
うわあああー、最悪じゃない。
まるで、わたしををとっちめるためにこのパーティーを開催したみたいだ。
ここはロルダンの卒業祝いのパーティーでしょ。そこに巷で噂の不倫女が出席したのが、みなさん気に食わないみたい。
ロルダンも複雑そうな顔をしていた。五年前、彼は留学に乗り気ではなかった。わたしと離れ離れになるのは嫌だと言った。
王都の貴族学校はエリート教育の全寮制で五年間帰省は許されなかった。
わたしは『五年なんてあっという間に来るわ。待っててあげるから、しっかり勉学に励みなさい』って言っちゃったの。
ただ励ましただけなのに、ロルダンはめちゃくちゃ喜んだのよ。そして留学先から手紙が頻繁にやって来た。わたしもこまめに返信を書いてたけど……そういえばこのところ手紙書くのおろそかになってたなー。
「ジャーダ夫人が教会のお仕事で家を開けたとき、モンタルド男爵の家でひと晩過ごしたのよね」
あっ、貴族学校の同級生のニクラ•サッキーニじゃない。
へー彼女もパーティーに呼ばれていたのね。卒業後の進路で一枠しかない教員にわたしが選ばれたので、ずっと恨んでいたけど、やっぱりね。わたしを罵った人たちって、ニクラの取り巻きじゃない。
不倫の噂をぶちまけた犯人は彼女かも知れない。確かめてみるか。
「ニクラ、わたしがモンタルド男爵とひと晩過ごしたの何で知ってるの? まさか、侍女のベルタから聞いたの。確かニクラとベルタは遠い親戚筋だったわね」
「そうよ。ベルタおばさんから聞いたのよ。ベルタおばさんは一族の集まりで『ロレンツィ家のお嬢様の行動が目に余る』とぼやいていたのよ。よくよく聞いたら、ネレーアはモンタルド男爵と一夜を過ごしたというじゃない。妻帯者に色目使って略奪しようなんて、クズ女のやることだわ」
「噂を広めたのはあなたね、間違いない?」
「そうよ、私よ。何か文句ある?」
ニクラは憎々しげに顔をゆがめた。今にも掴み合いになりそうな雰囲気に、大広間の人々は息を飲んだ。
──その時
「みなさんどうかなされのですか?」
と素っ頓狂な声があがった。
大広間の扉を開けて入って来たのはモンタルド男爵とジャーダ夫人だった。
うおおお──!!
どよめきが起こった。
わたしは緊張した。モンタルド男爵とジャーダがこのパーティーに出席するなんて聞いてないわよ。
あっ、ニクラが薄ら笑いをした。もしかして鉢合わせしたのは彼女の策略?
ジャーダがわたしを見つけた。そしてつかつかと近づいて来た。
大広間のみんなが息を呑んだ。
ジャーダはわたしの体をぎゅと抱きしめた。
「ネレーア、変な噂が流れてるって聞いたけど、大丈夫?」
「はい。噂を流した本人がそこにいますけど」
わたしはニクラを見た。
ニクラは呆れたように首を振った。
「ジャーダ夫人、この泥棒猫はあなたの夫モンタルド男爵とひと晩過ごしたのよ。これは事実よ。嘘でもなんでもない。ロレンツィ家の侍女ベルタに聞いたの。ネレーア、あなたは恥を知りなさい!」
「確かに僕はネレーアとひと晩同じ屋根の下で過ごしました。それの何が問題なんですか?」
モンタルド男爵が言った。
周りの貴族たちが仰天した。ここは地方の貴族社会だ。王都と違ってモラルには半端なくうるさい。小さな村社会の名残りが今も息づいていた。
「問題もありありよ。モンタルド男爵、あなたもいい歳して若い女に溺れるなんて最低だわ」
ニクラが言った。
「若い女に溺れる? はためにはそう見えたかも知れません。そこは反省いたします」
「不倫を認めたわね」
「不倫? 何のことですか」
「ネレーアとひと晩過ごしたって言ったじゃない」
「はい。朝まで語り合ってました」
「はっ? そんなわけないでしょ。大人の男女が……」
「自分の娘とひと晩語り合って、何がいけないんですか?」
「えっ」
「ネレーアは私の娘です。私たちは親子なんです」
ニクラは顔面蒼白だった。
「嘘、嘘よ、そんなの聞いてないわよ!」
「嘘ではないぞ」
人混みを分けてやって来たのは、わたしの父ロレンツィ子爵だ。背後に母のラーラもいた。
「わしはネレーアの育ての親で、本当の父親はモンタルド男爵じゃよ。わしとモンタルド男爵、ラーラは王都の貴族学校で机を並べて学んだ同窓生だったんだ」
◇
王都の王立貴族学校に入学してすぐに、隣の席のジャン・モンタルドとは仲良くなった。わしとジャン、ラーラの三人はいつもつるむようになった。
わしとラーラは同郷で幼なじみだった。ラーラを妹のように可愛がっていた。ジャンはラーラに気があった。
でも一歩踏み出せないのが、はたからみてもどかしく思った。それで言ってやった。
「ジャン、どうしてラーラに告白しないんだ」
「振られるのが怖いんだ」
「王立貴族学校で、お前ほど女にモテる男はいないぞ」
「よしてくれ、俺はラーラにだけ好かれたいんだ。でも、ラーラはスパーノが好きなような気がする……」
「バカな、ラーラはただの幼なじみだ。ラーラと俺みたいないかつい顔じゃ釣り合うわけがない。ジャンとラーラは美男美女、お似合いだと思ってる」
「それ、信じていいのか?」
「ああ、こんなところでくだ巻いてないで帰ろうぜ」
わしは酒場から赤ら顔のオルを引きずり出した。
翌日、ジャンは校舎の裏でラーラに告白した。ラーラはOKした。
ラーラ良かったな。ジャンはいい奴だぞ。二人は理想のカップルになったわけだ。
子どもの頃からラーラの面倒を見てきたけど、やっと肩の荷が降りた気がした。
ラーラはジャンと付き合ってからも、なぜか頻繁にわしのところにやって来た。そしてたわいない話をして時間をつぶした。
ジャンのことを聞いたら「とてもいい人」と言った。「わたしにはもったいない」とも。そして満面の笑みを浮かべた。笑顔のわりにどこか寂しげではあったが……
この笑顔を独り占めできるジャンは、ほんとに幸せものだ。
王立貴族学校の卒業間際、ジャンはラーラにプロポーズした。
わしは安心した。少し前にラーラが身ごもったと聞いたからだ。ラーラの返事はOKだった。
ジャンとラーラの赤ちゃんか、こりゃとんでもない美男美女が生まれるぞと、ほくそ笑んだ。
二人はモンタルド男爵邸に箱馬車で向かった。ことの成り行きは前もって手紙で伝えてあった。ジャンとご両親は歓迎してくれて、それは大変なもてなしだったという。
しかし戻って来た二人の表情は暗かった。ラーラは顔をふせて寄宿舎に戻った。わしはジャンを問い詰めた。
「何かあったのか?」
「結婚の許しはでなかった」
ジャンが言った。
「なぜだ?」
「『蛮族とは絶対に結婚させない!』と父から言われた」
──蛮族。
ロータス王国北方地域の人間を揶揄した言葉だ。
わしらの先祖バルト族は船でこの地にたどり着いた。
辺境の荒れ地を開墾して住み着いたら、ロータス王国から偵察部隊がやって来た。一悶着あって争いになって多数の死者がでた。
その後度重なる争いがあって、我らの手強さに難儀した王国は、懐柔することを選択した。
王国に従属することを条件にこの地に移住することを認めたのだ。
そして族長たちに貴族の称号を与えた。その後この地に貴族学校や様々な王国の文化を持ち込んで、名前もロータス王国風に変更した。完全にロータス王国の臣民となった。いつしか王国の“北方の盾”と呼ばれる存在となった。
わしらは長い年月をへて、ロータス王国の臣民という帰属意識を持つにいたった。
なのに、未だに【蛮族】などとほざくやからがいることに憤慨した。
ジャンは申し訳ないと頭を下げた。彼の先祖が北方紛争で幾人か亡くなってると聞いて、わしは何も言えなかった。
「で、どうするつもりだ?」
「ラーラとは結婚しない。できない」
「蛮族だからか」
「違う! 父から『どうしても結婚すると言うのなら“廃嫡”する』と脅された。どうしょうもないんだ」
「嘘だ! 俺の知ってるジャンはそんなやわな男じゃない。何があった。本当のことを話せよ」
「……父から別れないとラーラを殺すと脅された。父は裏社会の顔役と深い繋がりがある。組織の暗殺者を差し向けると言われた」
「なんてこった!」
「そこでだ……スパーノ、ラーラを頼む」
「頼むってなんだ?」
「……ラーラとお腹の子を引き受けてくれ。こんな無茶なことをお願いできるのは、お前だけなんだ!」
そう言ってジャンは、わしの右手を両手で強く握りしめた。頭を下げたジャンの肩が小刻みに震えていた。
◇
「──そんなわけで、わしはラーラと一緒にこの地に戻って来た。お腹の子の父親になる決心をして、結婚するにいたった。このことは最近までネレーアは知らなかったのじゃ」
わたしはこっくりうなずいた。
モンタルド男爵の住居でひと晩過ごした夜、初めて本物の父親であることを明かされた。
びっくりしたし、とまどいもあった。
新しい父親モンタルド男爵は、わたしのことをすべて知りたいと言った。物心ついたときときから現在までの出来事を、事細かく明け方まで話すことになった。
おそらく、失われた二十年を何とか埋めたいと思ったのでしょうね。わたしはそれに根気よく付き合った。だって本当のお父様なんだもの。
「い、今の話ほんとなの? だったら私は間違ったスキャンダルを広めたってことになるわ……」
ニクラの顔がこわばった。
そのニクラの前に父ロレンツィ子爵が仁王立ちした。その鬼のような形相は凄まじかった。
「うちの娘を不倫だ、奪略愛だと嘘を言いふらした責任は取ってもらうぞ! 族長会議に掛けてやる。バルト民族の掟にしたがって舌をぶった切って、鞭打ちの刑だ!!」
ヒィィ──!
ニクラは腰がくだけて、ヘナヘナと座り込んだ。
【バルト民族の掟】は貴族の法律より上位に規定されていた。
犯罪を犯した者は、各地の族長たちの前で弁明をさせられた。そのこと自体が不名誉で、家名を汚したとして自害させられることもあった。
あっ、床に水たまりができた。
さらに広がった。
──お漏らしだ!
あー、かわいそうに。心から同情するわ。父がそこまでするとは思わないけど、あの迫力で言われたら混乱するわね。
「──ただし、反省するならば今回だけは許してやる」
「反省します! お許しください」
ニクラは土下座して床に額を押しつけた。
「……分かった。許そう」




