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第3話 逆転の断罪


 **********


「ジャーダ夫人と掴み合いのケンカになって、ナイフで襲いかかったって聞いたわ」




「モンタルド男爵の奥様を殺してその後釜に座ろうなんて、なんたる非道!」






 うわあああー、最悪じゃない。


 


 


 まるで、わたしををとっちめるためにこのパーティーを開催したみたいだ。


 ここはロルダンの卒業祝いのパーティーでしょ。そこに巷で噂の不倫女が出席したのが、みなさん気に食わないみたい。






 ロルダンも複雑そうな顔をしていた。五年前、彼は留学に乗り気ではなかった。わたしと離れ離れになるのは嫌だと言った。


 王都の貴族学校はエリート教育の全寮制で五年間帰省は許されなかった。


 わたしは『五年なんてあっという間に来るわ。待っててあげるから、しっかり勉学に励みなさい』って言っちゃったの。




 ただ励ましただけなのに、ロルダンはめちゃくちゃ喜んだのよ。そして留学先から手紙が頻繁にやって来た。わたしもこまめに返信を書いてたけど……そういえばこのところ手紙書くのおろそかになってたなー。






「ジャーダ夫人が教会のお仕事で家を開けたとき、モンタルド男爵の家でひと晩過ごしたのよね」




 あっ、貴族学校の同級生のニクラ•サッキーニじゃない。




 へー彼女もパーティーに呼ばれていたのね。卒業後の進路で一枠しかない教員にわたしが選ばれたので、ずっと恨んでいたけど、やっぱりね。わたしを罵った人たちって、ニクラの取り巻きじゃない。




 不倫の噂をぶちまけた犯人は彼女かも知れない。確かめてみるか。




「ニクラ、わたしがモンタルド男爵とひと晩過ごしたの何で知ってるの? まさか、侍女のベルタから聞いたの。確かニクラとベルタは遠い親戚筋だったわね」




「そうよ。ベルタおばさんから聞いたのよ。ベルタおばさんは一族の集まりで『ロレンツィ家のお嬢様の行動が目に余る』とぼやいていたのよ。よくよく聞いたら、ネレーアはモンタルド男爵と一夜を過ごしたというじゃない。妻帯者に色目使って略奪しようなんて、クズ女のやることだわ」




「噂を広めたのはあなたね、間違いない?」




「そうよ、私よ。何か文句ある?」




 ニクラは憎々しげに顔をゆがめた。今にも掴み合いになりそうな雰囲気に、大広間の人々は息を飲んだ。






 ──その時






「みなさんどうかなされのですか?」


 と素っ頓狂な声があがった。




 大広間の扉を開けて入って来たのはモンタルド男爵とジャーダ夫人だった。






 うおおお──!!






 どよめきが起こった。






 わたしは緊張した。モンタルド男爵とジャーダがこのパーティーに出席するなんて聞いてないわよ。


 あっ、ニクラが薄ら笑いをした。もしかして鉢合わせしたのは彼女の策略? 




 ジャーダがわたしを見つけた。そしてつかつかと近づいて来た。






 大広間のみんなが息を呑んだ。






 ジャーダはわたしの体をぎゅと抱きしめた。




「ネレーア、変な噂が流れてるって聞いたけど、大丈夫?」




「はい。噂を流した本人がそこにいますけど」


 わたしはニクラを見た。




 ニクラは呆れたように首を振った。




「ジャーダ夫人、この泥棒猫はあなたの夫モンタルド男爵とひと晩過ごしたのよ。これは事実よ。嘘でもなんでもない。ロレンツィ家の侍女ベルタに聞いたの。ネレーア、あなたは恥を知りなさい!」




「確かに僕はネレーアとひと晩同じ屋根の下で過ごしました。それの何が問題なんですか?」


 モンタルド男爵が言った。




 周りの貴族たちが仰天した。ここは地方の貴族社会だ。王都と違ってモラルには半端なくうるさい。小さな村社会の名残りが今も息づいていた。




「問題もありありよ。モンタルド男爵、あなたもいい歳して若い女に溺れるなんて最低だわ」


 ニクラが言った。




「若い女に溺れる? はためにはそう見えたかも知れません。そこは反省いたします」




「不倫を認めたわね」




「不倫? 何のことですか」




「ネレーアとひと晩過ごしたって言ったじゃない」




「はい。朝まで語り合ってました」




「はっ? そんなわけないでしょ。大人の男女が……」




「自分の娘とひと晩語り合って、何がいけないんですか?」




「えっ」




「ネレーアは私の娘です。私たちは親子なんです」




 ニクラは顔面蒼白だった。






「嘘、嘘よ、そんなの聞いてないわよ!」




「嘘ではないぞ」


 


 人混みを分けてやって来たのは、わたしの父ロレンツィ子爵だ。背後に母のラーラもいた。




「わしはネレーアの育ての親で、本当の父親はモンタルド男爵じゃよ。わしとモンタルド男爵、ラーラは王都の貴族学校で机を並べて学んだ同窓生だったんだ」






     ◇




 


 王都の王立貴族学校に入学してすぐに、隣の席のジャン・モンタルドとは仲良くなった。わしとジャン、ラーラの三人はいつもつるむようになった。


 わしとラーラは同郷で幼なじみだった。ラーラを妹のように可愛がっていた。ジャンはラーラに気があった。


 でも一歩踏み出せないのが、はたからみてもどかしく思った。それで言ってやった。


 


「ジャン、どうしてラーラに告白しないんだ」




「振られるのが怖いんだ」




「王立貴族学校で、お前ほど女にモテる男はいないぞ」




「よしてくれ、俺はラーラにだけ好かれたいんだ。でも、ラーラはスパーノが好きなような気がする……」




「バカな、ラーラはただの幼なじみだ。ラーラと俺みたいないかつい顔じゃ釣り合うわけがない。ジャンとラーラは美男美女、お似合いだと思ってる」




「それ、信じていいのか?」




「ああ、こんなところでくだ巻いてないで帰ろうぜ」


 わしは酒場から赤ら顔のオルを引きずり出した。




 翌日、ジャンは校舎の裏でラーラに告白した。ラーラはOKした。




 ラーラ良かったな。ジャンはいい奴だぞ。二人は理想のカップルになったわけだ。


 子どもの頃からラーラの面倒を見てきたけど、やっと肩の荷が降りた気がした。








 ラーラはジャンと付き合ってからも、なぜか頻繁にわしのところにやって来た。そしてたわいない話をして時間をつぶした。




 ジャンのことを聞いたら「とてもいい人」と言った。「わたしにはもったいない」とも。そして満面の笑みを浮かべた。笑顔のわりにどこか寂しげではあったが……


 この笑顔を独り占めできるジャンは、ほんとに幸せものだ。










 王立貴族学校の卒業間際、ジャンはラーラにプロポーズした。


 わしは安心した。少し前にラーラが身ごもったと聞いたからだ。ラーラの返事はOKだった。




 ジャンとラーラの赤ちゃんか、こりゃとんでもない美男美女が生まれるぞと、ほくそ笑んだ。






 二人はモンタルド男爵邸に箱馬車で向かった。ことの成り行きは前もって手紙で伝えてあった。ジャンとご両親は歓迎してくれて、それは大変なもてなしだったという。




 しかし戻って来た二人の表情は暗かった。ラーラは顔をふせて寄宿舎に戻った。わしはジャンを問い詰めた。




「何かあったのか?」




「結婚の許しはでなかった」


 ジャンが言った。




「なぜだ?」




「『蛮族とは絶対に結婚させない!』と父から言われた」






 ──蛮族。






 ロータス王国北方地域の人間を揶揄した言葉だ。


 わしらの先祖バルト族は船でこの地にたどり着いた。




 辺境の荒れ地を開墾して住み着いたら、ロータス王国から偵察部隊がやって来た。一悶着あって争いになって多数の死者がでた。




 その後度重なる争いがあって、我らの手強さに難儀した王国は、懐柔することを選択した。


 王国に従属することを条件にこの地に移住することを認めたのだ。




 そして族長たちに貴族の称号を与えた。その後この地に貴族学校や様々な王国の文化を持ち込んで、名前もロータス王国風に変更した。完全にロータス王国の臣民となった。いつしか王国の“北方の盾”と呼ばれる存在となった。






 わしらは長い年月をへて、ロータス王国の臣民という帰属意識を持つにいたった。


 なのに、未だに【蛮族】などとほざくやからがいることに憤慨した。




 ジャンは申し訳ないと頭を下げた。彼の先祖が北方紛争で幾人か亡くなってると聞いて、わしは何も言えなかった。




「で、どうするつもりだ?」




「ラーラとは結婚しない。できない」




「蛮族だからか」




「違う! 父から『どうしても結婚すると言うのなら“廃嫡”する』と脅された。どうしょうもないんだ」




「嘘だ! 俺の知ってるジャンはそんなやわな男じゃない。何があった。本当のことを話せよ」




「……父から別れないとラーラを殺すと脅された。父は裏社会の顔役と深い繋がりがある。組織の暗殺者を差し向けると言われた」




「なんてこった!」


 


「そこでだ……スパーノ、ラーラを頼む」




「頼むってなんだ?」




「……ラーラとお腹の子を引き受けてくれ。こんな無茶なことをお願いできるのは、お前だけなんだ!」




 そう言ってジャンは、わしの右手を両手で強く握りしめた。頭を下げたジャンの肩が小刻みに震えていた。






     ◇




 


「──そんなわけで、わしはラーラと一緒にこの地に戻って来た。お腹の子の父親になる決心をして、結婚するにいたった。このことは最近までネレーアは知らなかったのじゃ」






 わたしはこっくりうなずいた。






 モンタルド男爵の住居でひと晩過ごした夜、初めて本物の父親であることを明かされた。




 びっくりしたし、とまどいもあった。




 新しい父親モンタルド男爵は、わたしのことをすべて知りたいと言った。物心ついたときときから現在までの出来事を、事細かく明け方まで話すことになった。




 おそらく、失われた二十年を何とか埋めたいと思ったのでしょうね。わたしはそれに根気よく付き合った。だって本当のお父様なんだもの。






「い、今の話ほんとなの? だったら私は間違ったスキャンダルを広めたってことになるわ……」


 ニクラの顔がこわばった。




 そのニクラの前に父ロレンツィ子爵が仁王立ちした。その鬼のような形相は凄まじかった。




「うちの娘を不倫だ、奪略愛だと嘘を言いふらした責任は取ってもらうぞ! 族長会議に掛けてやる。バルト民族の掟にしたがって舌をぶった切って、鞭打ちの刑だ!!」






 ヒィィ──!






 ニクラは腰がくだけて、ヘナヘナと座り込んだ。




【バルト民族の掟】は貴族の法律より上位に規定されていた。




 犯罪を犯した者は、各地の族長たちの前で弁明をさせられた。そのこと自体が不名誉で、家名を汚したとして自害させられることもあった。






 あっ、床に水たまりができた。   




 さらに広がった。






 ──お漏らしだ!






 あー、かわいそうに。心から同情するわ。父がそこまでするとは思わないけど、あの迫力で言われたら混乱するわね。




「──ただし、反省するならば今回だけは許してやる」




「反省します! お許しください」




 ニクラは土下座して床に額を押しつけた。




「……分かった。許そう」


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