第1話 再会と絶望
勘違いで断罪された令嬢が、実の父と幼なじみの騎士と共に、北方民族の恐ろしい掟で「ざまぁ」するお話です。
全4話、最後までサクッとスカッとお読みいただけます。
──風の便りが届いた。
ロルダン•セバスティアーニが実家に帰って来たと。
二歳年下のロルダンはわたしの幼なじみだ。優秀な学生だった彼は、特待生制度でロータス王国の王立貴族学校に十五歳で入学した。
それから五年たって、この北部地域の故郷に凱旋した。
わたしは心が踊った。彼は子供の頃からわたしに夢中だった。いつもわたしに会いに来て笑顔を振りまいていた。かわいい男の子だったなー。
わたしたちはいつも一緒にいた。幼少期の思い出はいつも彼がいた。花畑で摘んだ花をわたしの髪に差してくれたのは、本当に嬉しかった。お礼にキスをしたら、泣き出したのにはびっくりしたけど。
ロルダンに会いたい。
会いたい。
会いたくてたまらない。
するとセバスティアーニ伯爵家からパーティーの紹介状が、わが家ロレンツィ子爵家に届いた。ロルダンの王立貴族学校卒業祝いのパーティーに参加してほしいとのことだ。
やった。
ロルダンに会える。
わたしは紹介状の手紙を手にしてベッドに背中を押しつけた。そして手紙にキスをした。
久しぶりに会うロルダン。あの女の子のような優しい笑顔が目に浮かぶ。
ドレス選びに悩んだ。大人びたものより爽やかな水色のドレスにした。
フフフ、これなら完璧だわ。わたしは姿見に全身を写した。体をくねらせてポーズを取った。ロルダンに成長したわたしを見てもらいたい。
当日の夜、わたしが乗った箱馬車は予定時間より遅れてセバスティアーニ邸に到着した。
執事に案内されて二階の大広間の前に立った。扉の向こうは賑わっていた。室内楽の音色と活発な話し声が聞こえた。笑い声が続いた。わたしは意を決して、扉を開けた。
わたしの姿がパーティー会場の人々に注目されると、それまでの賑わいは、ピタッと止まった。
シ──ン、となった。
視線が突き刺さった。
何よ、いったいどうしたのよ。
わたしの顔になにかついてるの?
「ネレーア、よく来たね。待ってたよ」
快活な声が聞こえた。顔を向けた。
えっ、誰?
ここらで見かけない精悍な顔つき。日焼けした顔に白い歯が目立つ青年が近づいて来た。
もしかして、ロルダンなの?
まさか、人間ってこんなに変貌するものなの。信じられない。
わたしはロルダンから両親のセバスティアーニ伯爵とザイラ夫人をもとに連れて行かれた。
「ネレーア•ロレンツィ嬢、よくお越しいただきました。今宵の宴会はロルダンの新たな門出として開かれたものです。最後までお楽しみください」
「ありがとうございます。楽しませていただきます」
わたしはザイラ夫人のこめかみが、一瞬ピクついたのを見逃さなかった。
「ところでこのパーティーの紹介状は誰から……」
「僕です、お母様」
「あら、あなただったのね。わたしはてっきり執事のミスかと思ったわ」
「僕は彼女に会いたくて直接紹介状を出しました」
そう言ってわたしを見てニコッと笑った。
そうそう、わたしたちの絆は深いのよ。ファーストキスの相手だしね。子どもの頃、わたしが無理やりキスしたんだけど。
ふと気づくと、大広間に流れていた音楽が途絶えていた。管楽器奏者たちの手が止まっていた。
この地方の田舎貴族と子弟たちが、息を呑んでわたしとロルダンを注視していた。
噂の張本人が現れて、興味津々のようね。
「ネレーアをここに呼んだのは理由わけがあるんだ。直接本人に聞くのが一番だと思ってね」
ちょっと嫌な予感がした。
わたしの予感って当たるのよ。
帰りたくなっちゃった。
ロルダンは一歩前に来た。わたしとの距離がぐっと縮まった。
近くでまじまじと見た。背が高くなったわね。日焼けの顔、太い首。肩幅や胸板も大きくなっていた。
ああ、あの可愛らしい二歳年下の少年はいなかった。
「ロルダン……たくましくなったわね。あんな痩せっぽちで泣き虫だったあなたが別人になったみたい」
「身体は貴族学校で徹底的に鍛えました。僕は勉学よりも剣の腕を磨くほうが性に合ってるみたいです。それにしてもネレーア、あなたも変わりましたね」
「あら、そう?」
勉学よりも剣の腕?
特待生なのに……
きっと謙遜してるんだわ。
わたしが変わった、どこが?
髪型は昔と変わらないロングヘアだけど、ひょっとして太ったかしら。
ドレスもお腹あたりがちょっとキツメ……甘い菓子が好きでやめられないのよ。
「送ってもらった肖像画よりも……実物のほうが綺麗だ。大人っぽくなって……魅力的だ」
えっ、何この展開。
ドギマギ、ドギマギ。
確かに胸は大きくなった。腰もくびれた。そのせいで殿方の視線に戸惑ったこともあったわ。
「噂の不倫女がどの面下げてやって来た!」
罵声が大広間にとどろいた。
えっ?
誰よ、変なこと言ったの。
わたしは血の気が引いた。
この大広間で、貴族子弟が集まるこの場で、あのスキャンダルを持ち出すなんて、マナー違反じゃないの。
「よく、のこのこと顔を見せたわね。不倫で家庭を崩壊させた悪女が!」
わたしをヤジる女の声が聞こえた。
「モンタルド男爵の夫人が病の床についてるって噂だ。彼女のせいだ」
「ああ、ネレーア。あなたはここに来ちゃいけなかったのよ」
この声は聞き覚えがある。わたしと仲の良かった女友達のイルマだ。
彼女とはモンタルド男爵のスキャンダルが発覚して以来合ってなかった。
わたしはスキャンダルなど気にせずに家と職場の貴族学校を往復していた。彼女の悲しげな顔に胸の奥がチクッと痛む。
「ここにいるみなさん全員が、ネレーアとモンタルド男爵との不倫のスキャンダルを知っている。面白おかしく言われているが、真相はどうなのか、不倫相手といわれるの本人から聞きたい」
ロルダンが言った。
そんなに聞きたいの?
男女のいざこざって、貴族界隈の大好物だもんね。
腹の中では羨ましく思ってるくせに、これみよがしに道徳を持ち出して糾弾する。それが貴族社会の風習なのよ。そんな悪意に、わたしは絶対負けない。




