雨の森のささやき
春の小径を抜けたユメとハルは、次第に森の奥へと足を踏み入れていった。
桜の花びらは遠くに舞い散り、その代わりに、深い緑色の木々が二匹を包み込んだ。
枝が絡み合い、光の筋が木々の間を縫って差し込んでくる。
森の中はひんやりとした空気に包まれ、地面には湿った苔や落ち葉がふんわりと敷かれていた。
「ここも……夢の世界なんだね」
ハルは少し緊張した様子でそう言う。ユメは尾を揺らしてうなずきながら、静かに答える。
「うん。森の中にも秘密がいっぱいあるみたいだよ」
ユメの言葉に、ハルは少し安心したように尾を揺らした。
二匹は並んで進みながら、森の静けさを感じ取る。
木々が風に揺れる音、葉のざわめき、そして遠くでさえずる小鳥の声が、まるで森自体が生きているかのように響いていた。
その時、空から細かい雨粒が降り始めた。
春の雨は冷たすぎず、むしろ心地よく、しっとりと肌を包み込んだ。
雨は木の葉を通り抜け、地面に落ちる音が静かに響く。
木々の間で、雨粒が光を反射し、まるで小さな虹が舞い上がっているようだった。
ユメとハルは雨に濡れながら、しずくが葉から滴り落ちる音に耳を澄ませた。
「雨の音って、まるでささやきみたいだね」
ハルは耳をぴくりと動かしながら言った。
ユメは少し考え込み、うなずいて答えた。
「うん、ほんとうに。雨の音が、何かを語りかけてくるみたいだね」
ユメは地面にできた小さな水たまりに目を向けた。
水面には、二匹の姿が映り込んでいる。
ユメとハルは、波紋が広がるたびに、その幻想的な模様が現れたり消えたりする様子を見つめた。
「なんか、消えちゃいそうだね……」
ユメが小さく呟くと、ハルも静かにうなずいた。
その間にも、二匹は森の奥へと進んでいった。
森の中はしっとりと湿っていて、苔や葉っぱの匂いが濃く漂っていた。
足元に注意を払いながら進んでいくと、小さな小道が現れた。
その道はぬかるんで滑りやすく、二匹は慎重に足を運ぶ。
雨粒が葉の上で跳ねる音と、風に揺れる木々の音が、すべて一つのリズムを奏でているように感じられた。
「ユメ、聞こえる?」
ハルが耳をぴくりと動かしながら、少し不安そうに聞いた。
「何が?」
ユメは足を止めて、ハルの方を見た。
「葉っぱのざわめき……声がする気がするんだ」
ハルは目を大きく見開き、あたりを見回す。
ユメは少し首をかしげて耳を澄ませると、確かにどこからか小さな声が聞こえてきた。
「ぽとん……ぽとん……」
それは、雨粒が葉から落ちる音に混ざり、どこか遠くから響くような音だった。
ユメは耳を立て、声を頼りに前に進んでいく。
「怖くないよ。一緒に行こう」
二匹はゆっくりと、声のする方向へと歩みを進める。
森の中はさらに湿り気を帯び、葉っぱや苔の匂いが強くなった。
木々の隙間から差し込む光は、雨の水滴を通して柔らかな光の筋を作り出し、二匹の足元を照らしている。
ユメの尾が揺れるたびに、周りの水滴が小さく光り、まるで二匹を導く道しるべのように感じられた。
やがて、二匹は小さな川にたどり着いた。
川の流れは穏やかで、雨粒が落ちるたびに波紋を広げていく。
ユメはその波紋に目を奪われ、ふと水面に映る光の粒に気づいた。
「……あれは?」
ハルも目を見開き、水面を見つめる。
その光の粒はまるで、森の精霊のように輝きながら、川面をくるくると回っている。
小さな声がその光の中から聞こえてきた。
ユメは尾を揺らしながら、静かにその存在に挨拶をした。
「こんにちは。私たちは迷子だけど、声を聞いてたんだ。よかったら、案内してくれる?」
光の粒はふわりと揺れ、まるで微笑んでいるかのように二匹の前に進む方向を示す。
ユメとハルは尾を揺らして応え、その後に続くように川沿いの小道を歩き始めた。
光の粒と森の雨音が、二匹の歩みに合わせてリズムを作り、まるで一緒に歩いているかのように調和していた。
道を進むうちに、雨は次第に小降りになり、森の緑がより鮮やかに輝き始めた。苔の上を歩くと、足の
下から柔らかな感触が伝わってくる。
ユメは尾を揺らし、ハルと共に森の匂いや音、光を全身で感じ取った。
小道の先には、大きな古木が立っていた。
その幹の隙間から小さな光が漏れ、枝の間には春の花が咲き誇る。
その光の粒はその中に集まり、まるで森の秘密の集会を作っているように見える。
「ここ……素敵だね」
ハルは尾を高く揺らしながら、感嘆の声を漏らす。
ユメも尾を揺らしてうなずき、二匹はその場所に静かに立ち尽くした。
雨の森の中で、二匹は光と音に包まれながら、心の中に深い安心感と喜びを感じた。
「森の声は、迷子でも道を見つけられるように教えてくれるんだね」
ユメは尾を揺らして、しみじみと言った。
ハルも小さく尾を揺らして、静かにうなずく。
二匹はそのまま、雨の森のささやきを聞きながら、ゆっくりと歩き続けた。
森を抜ける頃、雨はすっかり上がり、空には淡い虹が架かっていた。
森の木々や花々は、雨に濡れた葉や花びらを光らせ、春の美しい光景を映し出していた。
ユメとハルは尾を揺らして虹の方向に歩き、夢の中の新しい道を進む準備を整えた。
二匹は、迷子だった自分たちが今、どこへ向かうべきかを少しずつ知り始めていた。
森の声に導かれながら、自分の力と勇気を少しずつ信じられるようになったのだった。




